第3話:金縛りの暗闇と南耀公園
――動かない。
指先ひとつ、ピクリとも動かない。
さっきの地響きのような爆発音に跳ね起きようとしたはずなのに、俺の身体はまるで重圧に押し潰されたようにベッドへ縫い付けられていた。
(クソっ……なんで動かない……!?)
いくら頭の中で「起きろ」と命じても、手足は冷たい鉛のように重く、感覚すら遠ざかっていく。
視界も暗闇に包まれたままだ。目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
(……待て、これ……夢の中か……!?)
思考だけがクリアに冴え渡っていく中で、俺は自分が激しい疲労と睡眠不足のせいで「金縛り」のような状態――夢と現実の境界線に閉じ込められているのだと気づいた。
覚醒しようと必死に意識を揺さぶる。
だが、暗闇の奥から、さらなる異変が俺の意識を飲み込もうとしていた。
『――見つけたぞ』
頭の中に直接響くような、くぐもった謎の声。
バチバチバチッ……!
夢の暗闇の中で、不気味な紫色の放電がスパークし、俺の意識を焦がし始めた。
(なっ……なんだこれ……!? ダ・ヴィンチ……!?)
応答はない。当然だ、ここは俺の頭の中――夢の世界なのだから。
紫の電撃が渦を巻き、俺の視界を侵食していく。
夢の中で身体を起こそうと必死にあがく俺の前に、その「何か」が不気味に立ち現れようとしていた。
夢の中で紫の電撃が渦を巻き、俺の意識を飲み込もうとしていた――その時だった。
――ガガガガギィィィンッ!!!!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
全身を貫く猛烈な衝撃と激痛!
夢の中の不気味な暗闇が一瞬で真っ白に吹き飛び、俺の身体はベッドから跳ね上げられた。
そのまま放物線を描いて空間を飛び――
バゴォンッ!!
「ぶっ!?」
背中から自分の部屋の壁に思いっきり叩きつけられ、そのまま床へ崩れ落ちた。
「痛っ……! あったたた……っ! な、なんだ今のは……!?」
必死に息を整えながら激痛の走る背中を押さえる。視界が急速にクリアになり、見慣れた自分の部屋の天井が映り込んだ。なんとか夢から覚めることには成功したらしい。
だが、部屋の中には焦げ臭い匂いと、青白い放電の残光が漂っていた。
「……ハァ、ハァ……ダ・ヴィンチ……一体何が……」
俺が床で悶絶していると、デスクのスピーカーから、いつもと変わらない淡々とした合成音声が響いた。
『おはようございます、レオ様。心拍数および脳波の正常化を確認しました』
「正常化って……俺、今壁にぶっ飛ばされたんだけど!?」
見やると、デスクの上に置いてあったはずの手首用ガジェット――電撃銃のスパークが、パチパチと空しく煙を上げている。
『レオ様が重度の金縛り状態に陥り、自力での覚醒が不可能と判断したため、緊急処置を行いました。部屋のネットワーク経由で電撃銃の制御OSへ外部アクセスし、安全基準ギリギリの電圧で一発撃ち込ませていただきました』
「勝手に自作ガジェットに接続して撃つやつがあるか!! 痛ぇよ! 部屋の壁も凹んでんだろこれ!」
『ですが、お陰様で完全覚醒されました』
シレッと言い放つ自作AIに、俺は開いた口が塞がらなかった。
痛む腰を押さえながらなんとか立ち上がる。
「たく……まったく容赦ねえな、お前は……」
文句を言いながらも、俺はハッと息をのんだ。
夢の中で見た、あの不気味な紫の電撃と「見つけたぞ」という声。そして、起きる直前に響いた本物の爆破音。
「……ダ・ヴィンチ。冗談はここまでだ。さっきの爆発は……一体どこで起きた?」
デスクの上のモニターが音もなく立ち上がり、暗い部屋の中に青い光を投げかける。そこに表示されたマップのピンを見て、俺の心臓はドクンと嫌な跳ね方をした。
『爆発の発生地点を特定。市内、南耀公園です』
「……南耀公園……!?」
俺は絶句した。
南耀公園――そこは、俺の一番好きな女友達の家が、目と鼻の先にある場所だった。
「嘘だろ……あいつの家の、すぐ隣じゃないか……!」
頭の中に彼女の顔が浮かび、背筋に冷や汗が吹き出す。
『さらに詳細なスキャンデータを表示します。現場の化学物質および爆発痕から算出した爆発の被害範囲は、約200メートルです』
「200メートル……!?」
モニターのマップ上で、南耀公園を中心とした赤色の円がぐぐっと広がっていく。
その赤く染まった危険区域の円の中に――彼女の家が、完全に飲み込まれていた。
「200mなんて……公園どころか、周りの住宅街ごと吹き飛んでる範囲じゃないか!!」
『肯定。該当エリア内の建造物は甚大な被害を受けている可能性が極めて高いです』
「くそっ……!!」
眠気も、壁に叩きつけられた背中の痛みも一瞬で吹き飛んだ。
俺はデスクの上から電撃銃をひったくるように掴み、手首へ叩きつけるように装着。腰には【乾電池爆弾】の予備をセットした。
「ダ・ヴィンチ! ジェットパックの出力を最大に設定しろ! 今すぐ行く!!」
『了解。安全リミッターを解除し、最短ルートを検索します』
夜の冷たい風と一緒に、遠くからうっすらと消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
彼女が無事なのかどうかも分からない。一刻の猶予もなかった。
「待ってろ……!!」
背中のジェットパックが重低音を響かせて点火する。
俺は爆風が残る南耀公園へ向かって、夜空へ飛び出した――。




