第四話 転移者の宿命
「ティア、ちゃんと朝ご飯食べなさい!」
「ごめん! もう出ないと遅刻する!」
いつもなら丁寧に編み込む髪も簡単に一つにまとめただけで、私は家を飛び出した。今日は日直なのを忘れていた。授業が始まる前に、職員室にエアコンのリモコンを借りに行かないといけないのに、普段と同じ時間に起きてしまった。今頃、教室は灼熱だろう。
通学路を全速力で走っていると、後ろから
「おーい」
と間延びした声が追ってきた。その声はあっという間に近付いてきて、私を追い越す。クラスメイトのミヤだ。明らかに人間の出せるスピードを超えている。突っ込みたい所だが、今の私は急いでいるのだ。ミヤにかまっている暇はない。
「ねえねえ、ティア。びっくりした?」
「してない」
「つれないなぁ」
「はい、はい」
ミヤは私と同じ速度で滑るようについてくる。うっとうしいったらありゃしない。
「もう、なんなの?」
「ローラースケート」
「は?」
「池が凍らなくなったから、スケートできなくなったでしょ? お兄ちゃんが、中央都市から氷の上じゃなくても滑れる靴を送ってくれたんだー」
私はミヤの足下に目をやる。底に車輪のついた靴をはいていた。
「ふーん」
「全然、感動してないね」
「私、運動音痴だから。スケートも好きじゃなかったもん」
「まあ、体育の成績、2だもんね」
いちいちうるさい奴だ。ミヤは前も見ずに、すいすい滑る。そして、案の定、道を歩いていた人にぶつかりそうになってずっこけた。
「大丈夫か?」
ヴァリタス先生だった。今は私用でお出かけ中なのか、白衣をはおっていない。先生はかがんで、ミヤに手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
ミヤを立ち上がらせると、
「公道でローラースケートはやらない方が良い」
と穏やかに注意して、私たちとは別の方向に歩いて行ってしまった。その背中をながめながら、ミヤが私の耳元に口を近付けてくる。
「あのおじさんが、ティアの想い人?」
「なっ!」
先生はまだそんなに遠くに行っていないので、聞こえてしまうかもしれない。私はミヤの口を手のひらで無理矢理押さえた。
「うもももももも」
変な声を出すな! 先生の背中が見えなくなったから、私はミヤを解放する。
「あのねっ! 先生は奥さんがいるの!」
「別に良いじゃん。だって、転移者なんでしょ? 元の世界には永遠に帰れないよ」
そう。そうかもしれない。だけど私は、先生に好きだなんて言えない。
むしろ、いつか必ず、先生が元の世界に戻る方法をこの手で見つけ出すと決意している。
「素直じゃないねぇ」
何も分かっていない親友の頭を、私は軽くひっぱたいた。




