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第3話

 昼過ぎに目が覚めた私は、ベッドに座って壁のカレンダーを見つめる。今日も夜からアルバイトが入っている。職場はアパートから歩いて数分の距離にある繁華街のコンビニだ。

 もうひと眠りしても出勤には差支えがないものの、日課があるため身支度を始める。レンジで温めるだけの即席パスタを食べて、家事を簡単に済ませ、軽く化粧をする。夕方前には準備が整い、いつものトートバッグを肩に提げて家を出た。

 日課とは近所を散歩することである。寒空の下、今日も公園では多くの子供が遊んでいた。小学生は友達と、未就学児はその親と平和なひと時を過ごしている。彼らは皆、こんな毎日が当たり前に続くと思っている。しかし、それは大きな間違いだ。

 少し歩いて住宅街に面した大通りに出る。片側二車線の道路にもかかわらず、車通りは少ない。交差点にはカラフルなランドセルを背負った小学生が集まっていた。次の瞬間、彼らは集団で信号を無視して走っていく。

 子供にはこうした一面がある。この前はピンポンダッシュをする男児を見かけた。ニュースではネットでの不良行為が目立つと伝えられていたため、一昔前のいたずらを目にした時は驚かされた。

 こうした行為は当然、自由の範疇から逸脱している。それを教える第一義的な責任は保護者にあるものだが、社会がその代わりを務めることも珍しくない。なぜなら、子供は社会の宝だからである。

 私たちに約束を守る義務があるように、社会にも責務がある。この関係性が何よりも重要だった。破綻した暁には、かりそめの平和は崩壊してしまう。

 夕焼けが終わるまで近所をほっつき歩いた後、私は職場に向かう。今日は比較的客入りの少ない日だった。毎日が同じ作業の繰り返しで、考え事をしながらでも仕事をこなせる。そうして、午後九時過ぎには手持無沙汰になった。

 私が一番嫌いな仕事は、化粧室を借りに来る客の対応である。ここは繁華街に近く、泥酔者の粗相がしばしば起きる。オーナーもそうした接客を嫌っているため、私はその仕事を毎回押し付けられていた。

 「愛莉ちゃん、ちょっと来て」

 オーナーに呼ばれると身構える癖がついてしまった。私は警戒しながらレジ前まで向かう。ただ、今回呼ばれた理由は客の粗相ではないらしい。オーナーが店先を顎でしゃくった。

 「さっきから子供が座り込んでる」

 「子供ですか?」

 私は中腰になって、ドアに貼られた会社ロゴの下から外を窺う。確かに、赤いランドセルを抱えた女の子が車止めに座っていた。

 「ちょっと話聞いてきてくれない?時間も時間だし」

 「私がですか」

 「だって俺、こんなひげ生えてるし、巨漢だしさ。怖がらせちゃうだろ」

 それくらい何も問題ない。そんな反論が無意味だと知っているため、素直に了承する。自動ドアが開くと入店音が流れる。その音に反応して女の子がこちらを向いた。

 「こんなところでどうしたの?」

 優しい声を心掛けつつ隣にしゃがみ込む。女の子の表情は硬く、私を警戒していた。根気強く笑顔を保っていると、再びランドセルを抱きしめて小さくなる。

 「おうち帰らないの?」

 返事を待つ間、私は女の子の観察を始める。年齢はまだ小学校低学年ほどで、身長も平均より低く見える。この年頃は誰でも可愛いものだが、この子の顔立ちはとりわけよく整っていた。目に入れたら痛いだろうが、お人形のようという比喩がよく当てはまる。ランドセルの隙間からは保護者向けのプリントが見え、近所の小学校名が読み取れた。

 「誰か待ってるならお店に入る?ここ寒いでしょ」

 先週の大寒波に比べれば随分マシだが、真冬の夜は子供に過酷すぎる。女の子は小さく首を横に振って、私の申し出を断った。ただ、この辺りの治安は控えめに言っても悪い。このままではトラブルに巻き込まれるかもしれず、私は粘り強く会話を続ける。

 「名前は?」

 「園田凪」

 やっと声を聞くことができて自然な笑みがこぼれる。か弱く儚い声で、名前の響きも美しい。このまま事情を話してくれることを期待する。

 「困ってるなら話してみて」

 「大丈夫」

 「そんなことない。こんな時間に一人なんて危ないもん」

 「でも」

 「お巡りさん呼ぼうか?」

 私がそう言った時だった。凪は急に立ち上がり、ランドセルを前に抱えたまま走り出す。追いかけるべきか逡巡していると、背後からオーナーが現れた。

 「どうだった?」

 一瞬目を離した隙に、凪は繁華街の雑踏に消えてしまう。オーナーは凪がいなくなったことに関心を示さない。終わったのならバフ掛けをするようにと私に指示を出し、店内に戻っていった。

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