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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 不法行為

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[共同不法行為]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)


 夕方。


 私は今日の事件を思い返しながら、ノートを開いていました。


 造成会社。


 解体業者。


 重機業者。


 三社が同じ工事に関わり、その途中で佐伯さんの塀と庭が壊された。


 でも。


 誰がどの部分を壊したのかは、はっきりしない。


「……これ、普通に考えたら嫌すぎるな」


 私は鉛筆の先で、ノートをこつこつ叩きました。


「何がだ?」


 またです。


 また真壁さんが、いつの間にか後ろに立っています。


「真壁さん、気配消すのやめてもらえません?」


「消してない」


「怖い顔の人が無音で背後に立つと、寿命が縮むんです」


「失礼だな、お前」


 真壁さんは私の机に腰を寄せました。


「で、何が嫌なんだ?」


「被害者の立場です」


「佐伯さんか」


「はい」


 私はノートに三つの丸を書きました。


 A――造成会社。


 B――解体業者。


 C――重機業者。


 そして、その下に。


 D――被害者・佐伯さん。


「今日みたいな事件で、佐伯さんが『誰が塀のどこを壊したのか全部証明してください』って言われたら、かなり無理がありますよね」


「まあな」


「作業してたのは業者側ですし、どの重機が何時にどこへ入ったかなんて、普通の隣人には分かりません」


「分かるわけないな」


「それなのに」


 私は鉛筆を置きました。


「誰がやったか分からないから、誰にも請求できません」


 そう言ってしまったら。


 損をするのは、被害者だけです。


「そこで出てくるのが」


 私は大きく書きました。


 共同不法行為。


「今日のやつだな」


「はい」


 私は頷きました。


「共同不法行為というのは、簡単に言えば、複数の人が共同して他人に損害を与えた場合に、その人たちが責任を負う仕組みです」


「共同して、ってのは?」


「一緒に悪いことを相談してないと駄目なのか、って話ですね」


「そうそう」


 真壁さんが指を立てました。


「今日の三社、別に『佐伯さんの塀を壊そうぜ』って相談してたわけじゃないだろ」


「もちろん、それは必要ありません」


「お」


「共同不法行為は、悪党三人が悪事を計画する話だけじゃないです」


「急に芝居がかったな」


「分かりやすさ重視です」


 私はノートに書きます。


 共同不法行為


 複数人の行為が共同して一つの損害を生じさせた場合。


 または。


 複数人が共同して行為した中で、誰の行為が実際に損害を与えたのか分からない場合。


 この場合、共同行為者は責任を負う。


「ここ、大事ですね」


「どこが?」


「誰が直接やったか分からない場合でも、責任を免れないことです」


「今日そのままだな」


「はい」


 私は三社の名前を丸で囲みました。


「造成会社も工事に関わった」


「うん」


「解体業者も塀に触った」


「うん」


「重機業者も重機を入れた」


「うん」


「でも、どの一撃で塀が全部崩れたのかは分からない」


「一撃って言うな」


「じゃあ、どの作業で」


「うん」


「分からない」


 私はそこで線を引きました。


「だから、被害者が請求できない――にはならない」


 真壁さんが頷きました。


「なるほど」


「ここが共同不法行為の被害者救済のポイントです」


 私はさらに書きました。


 被害者は、共同行為者全員に対して、損害賠償責任を追及できる。


 真壁さんが、そこで少し眉をひそめました。


「全員に?」


「はい」


「じゃあ、三社に三回分請求できるのか?」


「できません」


「即答だな」


「そこは大事なので」


 私は慌てて大きくバツを書きました。


 損害が100万円なら。


 三社から100万円ずつ取って300万円。


 ――にはなりません。


「当たり前だろ」


「でも試験問題だと、こういうところを変な聞き方してくるんですよ」


「試験って嫌な奴だな」


「同感です」


 私は続けました。


「被害者が受けた損害は一つです。だから、最終的に受け取れるのも、その損害額まで」


「100万円なら100万円まで」


「はい」


「じゃあ、三社のうち一社が100万円全部払ったら?」


「被害者との関係では、それで賠償は済みます」


「残り二社は?」


「被害者に対しては、それ以上払う必要はありません」


 真壁さんが腕を組みました。


「じゃあ、全部払った一社だけ損じゃねえか」


「そこで」


 私はにやりとしました。


「求償です」


「出たな」


「何がです?」


「お前、そういう法律用語を出す時だけ楽しそうだぞ」


「気のせいです」


 気のせいではありません。


 前世で死ぬほど見た言葉が、今は実際の事件とつながっている。


 正直、ちょっと楽しい。


 私は新しい段落を書きました。


 共同不法行為における求償。


「たとえば」


 私は具体例を作ります。


 AとBが共同不法行為をして。


 被害者Cに100万円の損害を与えた。


 内部的な責任割合は。


 Aが70%。


 Bが30%。


「分かりやすいですね」


「今度はアルファベットか」


「試験っぽくしてます」


「嫌な予感しかしないな」


「では、Aが被害者Cに100万円全部払いました」


「ほう」


「この場合、Aは本来、自分の負担部分である70万円を超えて、30万円多く払っています」


「その30万円は?」


「Bに求償できます」


「なるほど」


 私はノートに書きます。


 Aの責任割合70%。


 Bの責任割合30%。


 損害額100万円。


 Aが100万円全額賠償。


 ↓


 AはBに30万円を求償できる。


「つまり」


 真壁さんが言いました。


「被害者には、とりあえず一人が全部払うこともある」


「はい」


「でも、最後は加害者同士で公平に分ける」


「その理解で大丈夫です」


「じゃあ最初から70万円と30万円ずつ請求すればいいじゃねえか」


「被害者に、それを押し付けないためです」


「ああ」


 真壁さんの顔が、少し真面目になりました。


「被害者側からしたら、加害者同士の割合なんて知ったこっちゃないもんな」


「そうです」


 私は頷きました。


「誰が何割悪いかで揉めるのは、加害者側の内部事情です」


「被害者は損害を受けただけ」


「はい」


「だからまず被害者を救う」


「そういう考え方です」


 私はノートの横に小さく書きました。


 外部関係と内部関係を分ける。


「何だそれ」


「ここ、すごく大事です」


「説明しろ」


「被害者との関係を、外部関係」


「うん」


「共同不法行為者同士の関係を、内部関係と考えると分かりやすいです」


 私は二つに分けて書きました。


 外部関係


 被害者 対 共同不法行為者。


 被害者の損害をまず填補する。


 内部関係


 共同不法行為者 対 共同不法行為者。


 最終的な負担割合を調整する。


「今日の三社なら?」


「佐伯さん対三社が外部関係」


「うん」


「造成会社、解体業者、重機業者の間で『お前が何割悪い』と話すのが内部関係」


「分かりやすいな」


「ですよね」


「珍しく」


「余計な一言いります?」


 真壁さんは笑いました。


「でも、その責任割合って誰が決めるんだ?」


「当事者同士で合意できればそれでもいいですし、争いになれば最終的には裁判所が判断することもあります」


「何を見て?」


「それぞれがどれくらい損害発生に関与したか、とか」


「過失の大きさ?」


「そうです。責任の程度ですね」


 私は少し考えて、書き加えました。


 求償は、各共同不法行為者の負担部分に応じて行う。


「じゃあ、AとBが半々なら?」


「Aが100万円全部払ったら、Bに50万円求償」


「Aが60、Bが40なら?」


「Bに40万円求償」


「簡単だな」


「数字だけなら」


「数字だけなら?」


「判例問題になると急に牙をむきます」


「また試験の悪口か」


「事実です」


 私はページをめくりました。


「共同不法行為の求償関係は、誰がどこまで負担するかとか、どういう場合に求償できるかとか、判例を押さえないといけない部分があります」


「今日全部やるのか?」


「嫌です」


「はっきり言ったな」


「今日は基本だけです」


 その時。


 所長が奥から出てきました。


「基本だけで十分だ」


「所長」


「最初から全部詰め込むと、結局何も残らん」


「それ、受験生だった頃の私に言ってほしかったです」


「何だそれ」


「独り言です」


 危ない危ない。


 転生前の話を普通に始めるところでした。


 所長は私のノートを見ます。


「共同不法行為か」


「はい」


「なら、もう一つ書いておけ」


「何ですか?」


「被害者から見た責任と、加害者同士の負担を混同するな」


「あ」


 私はすぐに書きました。


 超重要。


 被害者に対する責任と、共同不法行為者間の内部的負担割合は別問題。


「たとえば」


 所長が言います。


「Aが七割、Bが三割悪いとしても」


「はい」


「被害者が必ずAに七割、Bに三割ずつ請求しなきゃいけないわけじゃない」


「そうですね」


「そこを混同すると間違える」


「はい」


 私は大きく丸で囲みました。


「外と中を分ける、ですね」


「そうだ」


 所長は頷きます。


「被害者の立場からすれば、加害者側の都合で賠償が遅れるのが一番困る」


「はい」


「だから外では被害者保護を優先する」


「そして中では公平に精算する」


「そういうことだ」


 真壁さんが腕を組んで唸りました。


「法律って、意外と商売と同じだな」


「どういう意味です?」


「客に迷惑かけたら、まず店が対応するだろ」


「ああ」


「誰がミスしたかは、あとで店の中で話す」


「確かに」


「客に『担当者同士で揉めてるんで待ってください』なんて言えねえからな」


 私は思わず頷きました。


「それ、すごく分かりやすいです」


「だろ」


 真壁さんが少し得意げな顔をしました。


 なんか悔しい。


「じゃあ、ノートに書いておきます」


「俺の名前も書け」


「嫌です」


「なんでだよ」


「試験会場で『真壁さん理論』って思い出したら集中切れそうなので」


「失礼すぎるだろ」


 所長が小さく笑いました。


 私は最後に、今日の内容を整理します。


 共同不法行為。


 一つ目。


 数人が共同して不法行為により他人に損害を加えた場合。


 共同不法行為者が責任を負う。


 二つ目。


 共同の行為の中で、誰が実際に損害を加えたのか分からない場合でも、責任を免れるとは限らない。


 三つ目。


 被害者に対する賠償責任と、共同不法行為者同士の最終的な負担割合は分けて考える。


 四つ目。


 一人の共同不法行為者が自己の負担部分を超えて賠償した場合。


 他の共同不法行為者に対し、その負担部分に応じて求償できる。


 私はそこで鉛筆を止めました。


「……結局、今日の事件って」


「ん?」


 真壁さんがこちらを見ました。


「すごく単純なんですよね」


「そうか?」


「はい」


 私はノートの一番下に書きました。


 被害者に、


 「誰がやったか分からないから諦めて」


 と言わせないための仕組み。


 そして。


 加害者同士では、


 「誰がどれだけ負担すべきか」


 を後で調整する仕組み。


「これが共同不法行為です」


「ずいぶん簡単にまとめたな」


「最初はこれでいいんです」


「判例は?」


「あとで覚えます」


「逃げたな」


「戦略的撤退です」


「同じだ」


 そこへ所長が、机の端に紙袋を置きました。


「佐伯さんからだ」


「またですか?」


「塀の修理が始まった礼だそうだ」


 中を見ると。


 栗羊羹。


「所長」


「何だ」


「共同不法行為って、いい制度ですね」


「食い物で評価するな」


 真壁さんが呆れました。


「お前、本当に法律好きなのか甘い物好きなのか分からんな」


「両立します」


「そういう問題じゃねえ」


 私は羊羹を三つに切りました。


 一つを所長へ。


 一つを真壁さんへ。


 一つを自分へ。


 真壁さんが笑います。


「お、今日は平等だな」


「責任割合が同じなので」


「何の責任だよ」


「栗羊羹を食べる責任です」


「それ責任じゃねえだろ」


 所長がため息をつきました。


「お前ら、法律を何だと思ってるんだ」


 でも。


 その口元は、少し笑っていました。


 私は羊羹を一口食べて、ノートを見ました。


 共同不法行為。


 昨日までなら。


 ただの試験用語だった。


 複数人。


 損害。


 連帯。


 求償。


 そんな単語を並べて覚えていただけだったと思う。


 でも今日は違う。


 佐伯さんの壊れた塀がある。


 三社の責任の押し付け合いがある。


 そして。


 誰が壊したか分からないままでも、被害者を置き去りにしない仕組みがある。


 法律は、ときどき。


 分からないことを、そのまま弱い側の負担にはしない。


 その代わり。


 責任を負う側には、後からちゃんと整理する道も残している。


 外では被害者を守る。


 中では公平に分ける。


 たぶん。


 共同不法行為で一番覚えておくべきなのは、その二段構えなのだと思います。


 私は最後に、赤鉛筆で大きく書きました。


 共同不法行為――


 「誰がやったか分からない」は、被害者を見捨てる理由にはならない。


 そして。


 一人が全部払ったら終わり、でもない。


 負担部分を超えて払った分は、他の共同不法行為者へ求償できる。


 ページを閉じます。


「栞」


「はい?」


「明日は何だ?」


 真壁さんが羊羹を食べながら聞きました。


「できれば平和な日がいいです」


「法律の勉強にならんぞ」


「事件が起きないと勉強できないシステム、やめません?」


「お前が勝手にそうしてるだけだろ」


 それもそうです。


 昭和六十三年。


 私は今日もまた。


 過去問では分からなかった法律の顔を、一つ覚えました。


 そして明日は。


 できれば誰も。


 他人の塀を壊しませんように。


 ほんとうに。


 共同不法行為は。


 ノートの中だけで十分です。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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