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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 意思表示

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[錯誤]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)

 翌日の夕方。仕事を終えた私は、自分の机に一冊のノートを広げていました。


 表紙には、少し大きめの字で、


 「錯誤」


 と書いてあります。


 昨日の長谷川さんの一件を、もう一度頭の中で整理するためです。


 事件の最中は分かったつもりでも、翌日になると「あれ、これってどういうことだっけ?」となる。


 勉強というのは、だいたいそういうものです。


 そこで私は、昨日の事件を思い出しながら、できるだけ簡単な言葉でまとめてみることにしました。


 まず、ここです。錯誤って、そもそも何?


 錯誤とは、簡単に言えば「勘違い」です。


 ただし、民法が全部の勘違いを助けてくれるわけではありません。


 例えば、


「3,000万円で買うつもりが、計算間違いで3,000万円と100円を提示してしまった」


 くらいなら、普通は契約を取り消すほどの話ではありません。


 そこで民法九十五条は、


 法律行為の目的や取引上の社会通念に照らして「重要な錯誤」であること


 を求めています。


 つまり、


 「ちょっとした勘違い」ではダメ。


 「契約するかどうかを左右するほど大事な勘違い」である必要がある。


 昨日の長谷川さんの場合なら、


 「新駅ができる」


 という事情が、土地を買うかどうかを決めるほど重要だった。


 だから、ここが問題になるわけです。


「栞」


 突然、後ろから声がしました。


「はい?」


「今のところ、何点?」


 振り返ると、真壁さんが立っています。


「何がですか?」


「そのノート」


「……勉強に点数つけないでください」


「じゃあ俺が採点する」


「もっと嫌です」


 真壁さんは勝手にノートを覗き込みました。


「“錯誤とは勘違い”……まあ、分かりやすい」


「でしょう?」


「ただな」


「はい」


「勘違いなら、誰でも契約取り消せるみたいに読めるぞ」


「……あ」


 私は慌てて書き足しました。


 「重要な錯誤である必要がある」


「そう。それでいい」


 真壁さんは満足そうに頷きました。


「法律は、うっかり全部を救ってくれるほど甘くない」


「でも、昨日の長谷川さんは救われました」


「だから、その“重要な勘違い”だったわけだ」


 なるほど。


 私は赤ペンで丸をつけました。


 次に重要なのが、これ。錯誤には二種類ある。


 錯誤には、大きく分けて二種類あります。


 ①表示の錯誤


 ②動機の錯誤


 この二つをごちゃごちゃにすると、問題が一気に難しくなります。


 ①表示の錯誤


 これは、


 「心の中で思っていたこと」と「実際に表示したこと」が食い違っている場合。


 例えば、


 甲土地を買うつもりだったのに、契約書を間違えて乙土地の売買契約書に署名してしまった。


 本人の意思は、


 「甲土地を買う」


 なのに、


 表示は、


 「乙土地を買う」


 となっています。


 つまり、


 意思と表示が不一致。


 これが表示の錯誤です。


「これは分かりやすいな」


 真壁さんが言いました。


「でしょう?」


「昨日の新駅の話とは違うな」


「そうなんです」


 私はノートに大きく線を引きました。


 ②動機の錯誤


 昨日の長谷川さんはこちら。


 例えば、


 「新駅ができるから、この土地を買おう」


 と思って、


 実際に、


 「この土地を買います」


 と表示した。


 この場合、


 「この土地を買う」という意思と表示は一致しています。


 だから、表示そのものを間違えたわけではありません。


 間違っていたのは、その前提。


 つまり、


 「新駅ができると思っていた」


 という動機の部分です。


 これが、


 動機の錯誤。


「じゃあ、栞」


 今度は所長が口を挟みました。


「はい」


「宝くじが当たると思って家を買った人間は?」


「……動機の錯誤?」


「じゃあ、宝くじが外れたら取消せるか?」


「……」


 私は固まりました。


「ダメ、ですよね」


「普通はな」


「ですよね」


「“俺は当たると思っていた”というのは、基本的に本人の勝手な思い込みだ」


 所長は新聞を畳みながら続けます。


「だから、動機の錯誤では、もう一つ重要な条件がある」


 私はすぐにノートを確認しました。


 そして書きました。


 動機が相手方に明示または黙示に表示されていること。


「これです」


「そうだ」


 所長が頷きました。


 「思っていただけ」では足りない


 ここは試験でも狙われます。


 例えば、


 Bさんが、


 「この土地は将来絶対に値上がりする」


 と勝手に思い込んで土地を買った。


 ところが、値上がりしなかった。


 これだけなら、


 「動機の錯誤だから取消せる」


 とはなりません。


 なぜなら、その「値上がりすると思っていた」という動機が、相手方に表示されていないからです。


 逆に、


 「将来駅ができると聞いたので、それを前提にこの土地を買います」


 と相手方に伝えていたなら話が変わってきます。


 昨日の長谷川さんが、まさにこれでした。


「つまり」


 真壁さんが指を一本立てました。


「心の中で思ってるだけならダメ」


「はい」


「相手に伝えていれば、動機の錯誤として問題になる可能性がある」


「はい」


「そして、伝え方は必ずしも口でハッキリ言わなきゃいけないわけじゃない」


「……黙示でもいい」


「正解」


 私はノートに二重線を引きました。


 明示と黙示


 明示というのは、簡単です。


 言葉や書面などで、はっきり伝えること。


「新駅ができるから、この土地を買います」


 これは明示です。


 一方、黙示というのは、


 言葉でははっきり言っていなくても、事情からその意思が相手に伝わっていると認められる場合。


 つまり、


 「言ってない=絶対に表示されていない」


 ではありません。


 ここは注意です。


 例えば、高額な歴史的価値のある絵を、


 「本物だから買う」


 と明言していなくても、取引の事情から「本物であること」が購入の前提として相手に伝わっていると評価される場合があります。


 動機の表示は、必ずしも言葉だけではない。


 ここがポイントです。


「じゃあ昨日の件は?」


 真壁さんが聞きました。


「長谷川さんの場合は、かなり明確です」


「なぜ?」


「ご主人が、“新駅ができるから買う。それがなければ即決しない”と営業担当者に伝えていたからです」


「つまり明示」


「はい」


「分かりやすいな」


 真壁さんが頷きました。


 ……昨日はあんなに怖い顔をしていたのに、今日は完全に講師役です。


 さて。ここからが一番大事です。重要な錯誤とは?


 錯誤があっただけでは、取消しできません。


 「法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要な錯誤」


 である必要があります。


 つまり、


 その勘違いがなかったら、その契約をしなかったと言えるほど重要なのか。ここを見ます。


 昨日の長谷川さんなら、


「新駅ができないと知っていたら、その土地は買わなかった」


 と明確に言っていました。


 しかも、価格も新駅ができることを前提に判断していた。だから、重要性が問題になるわけです。


「じゃあ、“日当たりが思ったより悪かった”は?」


 真壁さん。


「場合によります」


「“近所のコンビニが閉店した”」


「場合によります」


「“思っていたより庭が狭かった”」


「場合によります」


「全部場合によるじゃないか」


「法律ってそういうものです」


「便利な逃げ方を覚えたな」


 所長が笑いました。


「重要かどうかは、個別具体的に判断するしかない。だから試験でも、“重要な錯誤”という言葉が出たら、具体的事情を見るんだ」


 私は頷きました。


 法律は数字だけで割り切れないところがあります。


 だからこそ、問題文の事情が重要なのです。


 ここで次の問題。でも、勘違いした本人が悪かったら?


 どんなに重要な勘違いでも、


「すみません、私があまりにも雑でした」


 という場合まで、無条件に助けてもいいのでしょうか。


 答えは、


 原則としてダメ。


 民法九十五条三項では、


 表意者に重大な過失がある場合、原則として錯誤取消しができない


 とされています。


 これが、


 重過失。


 です。


 「ちょっとした不注意」ではありません。


 普通の人に期待される注意を、著しく欠いていたような場合です。


「例えば?」


 真壁さんが聞きました。


「宅建士が重要事項説明書を自分で確認せず、部下に全部任せて、そのまま署名したとか」


「なるほど」


「普通なら確認するべきところを、あまりにも確認していません」


「それは確かに雑だな」


「雑というレベルを超えてます」


 私は書きました。


 重過失=「ちょっと不注意」ではない。かなりひどい不注意。


 これなら覚えやすい。


 ここで、ノートの真ん中に大きくまとめました。


 錯誤取消しの原則


 ① 法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要な錯誤がある


 +


 ② 表意者に重大な過失がない


 ↓


 錯誤による取消しができる


「これを覚えておけばいい?」


 真壁さんが聞きます。


「基本はこれです」


「基本は?」


 私は少し嫌な予感がしました。


「……例外があります」


「やっぱりな」


 真壁さんが頭を抱えました。


 民法という科目は、基本ルールを覚えたところで、


 「ただし」


 を平気で出してきます。


 表意者に重大な過失があったとしても、例外的に取消しが認められる場合があります。


 それが二つ。


 ① 相手方が、表意者の錯誤を知っていた、または重大な過失によって知らなかった場合


 ② 表意者と相手方が、同じ錯誤に陥っていた場合


 です。


「つまり?」


 所長が聞きます。


「相手も悪い場合と、相手も同じ勘違いをしていた場合です」


「簡単に言えば、それだな」


 所長が頷きました。


 私はもう一度書きます。


 表意者が重過失でも……


 → 相手方が悪意・重過失


 → 共通錯誤


 なら、例外的に取消し可能。


「共通錯誤って、例えば?」


 真壁さん。


「売主も買主も、“この土地には新駅ができる”と信じて契約していた場合ですね」


「二人とも勘違い」


「そうです」


「それなら確かに、買主だけを責めるのも変だな」


「そういうことです」


 なるほど。


 錯誤という制度は、単純に「勘違いした人を助ける」というだけではありません。


 誰が、どの程度、どう勘違いしていたのか。


 そこまで見ています。


 そして、ここ。錯誤は「無効」じゃない


 宅建試験で、かなり引っかけられそうなところです。


 錯誤による意思表示は、


 無効ではありません。


 取り消すことができる。


 です。


 昔の民法では、錯誤は「無効」とされていました。


 現在の民法では、


 取消し。


 ここは絶対に間違えない。


「栞」


 所長が言いました。


「はい」


「心裡留保や虚偽表示と一緒に勉強していると、混ざるぞ」


「……混ざります」


「だから表にしておけ」


「はいっ!」


 私はノートを開いたページの端に、こう書きました。


 錯誤 →  原則「取消し」 → 「無効」ではない


 これでよし。


 ここも重要。誰が取消せる?


 錯誤は、


 勘違いした本人=表意者を保護する制度


 です。


 だから原則として、


 表意者本人が取消しを主張する。


 相手方が、


「あなた、勘違いしてたんだから契約を取り消しましょう!」


 と言うことは、原則としてできません。


 例えば、


 AがBに土地を売った。


 Bに動機の錯誤があった。


 すると、


 「Bが勘違いしていたんだから、Aがその錯誤を理由に取消す」


 というのは原則としてできません。


 錯誤取消しは、錯誤した本人を保護するための制度だからです。


「ここ、試験で出たら?」


 真壁さん。


「“相手方が取消しを主張できる”と書いてあったら、まず疑います」


「いい」


「原則、表意者本人」


「覚え方は?」


 私は少し考えました。


 そして書きました。


 「勘違いした人を救う制度。だから、まず勘違いした人。」


「雑だけど覚えやすいな」


「真壁さんにだけは言われたくないです」


「何だと?」


 所長が新聞の陰で笑いました。


 ここまでなら、まだ何とかなります。でも問題は、さらに第三者が出てきた時です。


 Aが勘違いして、Bに土地を売った。


 ところが、その後Bが、その土地をCに売った。


 すると、


 「AとBの契約を錯誤で取り消したら、Cからも取り戻せるの?」


 という問題が出てきます。


 ここで民法九十五条四項。


 錯誤による取消しは、善意でかつ過失がない第三者には対抗できない。


「善意無過失」


 私はノートに大きく書きました。


 つまり、Cが、


 Aに錯誤があったことを知らず、しかも知らなかったことについて過失もない


 のであれば、


 AはCに対して、


「Bとの契約は錯誤だったから取り消します!」


 とは言えません。


「逆は?」


 真壁さん。


「Cが悪意、または有過失なら、AはCに錯誤取消しを対抗できます」


「そう」


 私は図にしました。


 A

 ↓ 錯誤による売却

 B

 ↓ 転売

 C善意無過失→AはCに取消しを対抗できない

 C悪意または有過失→ AはCに取消しを対抗できる


「ここまで来ると、もう土地が飛び交ってるな」


 真壁さんが言いました。


「不動産ですから」


「錯誤だけで三人も出てくる」


「民法の問題文、人数増やすの好きですよね」


「A、B、Cだけならまだいい」


「Dまで出てきたら嫌です」


「そのうちEも出るぞ」


「やめてください」


 所長が笑いました。


 私は最後のページに、今日の内容を一枚でまとめました。


【錯誤・これだけは覚える】


① 錯誤=勘違い


ただし、重要な錯誤でなければ取消しできない。


② 錯誤には二種類


・表示の錯誤 →  意思と表示が一致していない


・動機の錯誤 →  意思と表示は一致しているが、その動機に勘違いがある


③ 動機の錯誤


 その動機が、明示または黙示に相手方へ表示されていること


が必要。


④ 重要な錯誤


 法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要であること。


⑤ 重過失


 表意者に重大な過失がある場合、原則として取消しできない。


⑥ ただし例外あり


 表意者に重過失があっても、


・相手方が悪意または重過失

・相手方も同じ錯誤に陥っていた(共通錯誤)


 なら、取消しできる場合がある。


⑦ 効果


 錯誤による意思表示は、「無効」ではなく「取消し」。


⑧ 誰が取消す?


 原則、錯誤に陥った表意者本人。


⑨ 第三者


 錯誤取消しは、善意無過失の第三者には対抗できない。


 私はペンを置きました。


「……よし」


 かなり整理できた気がします。


 昨日の事件も、こうやって分解してみると、実は一つ一つの条件が見えてきます。


 長谷川さんの場合、


 新駅ができると思った。


 ↓


 その前提で土地を買った。


 ↓


 「新駅ができるから買う」と相手にも伝えていた。


 ↓


 実際には新駅計画がなかった。


 ↓


 しかも、それを知っていたら買わなかった。


 だから、


 動機の錯誤。


 そして、


 重要な錯誤である可能性がある。


 さらに、相手方への表示もある。


 あとは、長谷川さん側に重過失があったかどうか。


 昨日の事件では、ここも含めて事情を一つ一つ確認していったわけです。


「栞」


 また真壁さん。


「何ですか」


「最後に一つ」


「はい」


「昨日の長谷川さん、結局なんで助かったと思う?」


 私はノートを見ました。


「新駅ができるという動機が重要だったから?」


「それもそうだ」


「相手に表示していたから?」


「それもそう」


「重過失がなかった可能性があるから?」


「そう」


 真壁さんは頷きました。


「でも、一番大事なのは」


「……?」


「証拠が残ってたことだ」


 私は、はっとしました。


 営業担当者が書いた、


 「新駅構想あり」


 という手書きメモ。


 あれがなければ、もっと難しい話になっていたかもしれません。


 口頭で言った、言わない。聞いた、聞いていない。そんな争いになったら、話は一気に面倒になります。


「だから不動産は、何でも記録しとけ」


 真壁さんが言いました。


「電話したら日時を書く。説明されたらメモする。資料は取っておく。メールは消さない」


「……真壁さん」


「ん?」


「それ、錯誤の勉強というより不動産屋としての心得じゃないですか?」


「両方だ」


 所長が新聞を畳みました。


「それに栞」


「はい」


「もう一つ、ノートに書いておけ」


「何をですか?」


 所長は少し考えてから言いました。


「分からないことを、分かったつもりにしない。」


 私はペンを取って、その言葉を書きました。


 分からないことを、分かったつもりにしない。


 ……なんだか、法律の勉強というより人生訓みたいです。


「所長、それ、錯誤の話ですか?」


「まさに錯誤の話だろう」


「あ」


 確かに。


 人は、


「たぶんこうだ」


 を、


「きっとこうだ」


 に変えてしまいます。


 そして、


「きっとこうだ」


 を、


「絶対こうだ」


 と思い込んでしまう。


 昨日の新駅だって、最初はただの噂でした。


 それが、


 「計画があるらしい」


 になり、


 「できるらしい」


 になり、


 「できるから、この土地は上がる」


 になった。


 そして最後には、


 「だから買う」


 になった。


 人の思い込みというのは、こうやって少しずつ大きくなるのかもしれません。


「栞」


「はい?」


 真壁さんが私のノートを指差しました。


「そこ、もう一個」


「まだあるんですか?」


「ある」


 真壁さんは余白に勝手に書きました。


 「今だけ」「ここだけ」「急がないと」には要注意。


「……それ、民法九十五条ですか?」


「違う」


「ですよね」


「俺の人生経験だ」


 私は思わず笑いました。所長も笑っています。


 法律の条文には書かれていない。


 でも、たぶん大事なことです。


 ノートの最後には、三つの言葉が並びました。


 重要な勘違いなら、取消しできる。


 でも、重過失があれば原則として助けてもらえない。


 そして、動機は相手に表示しておく。


 これで、今日の勉強は終わり。


 私はノートを閉じました。


 錯誤。


 最初はただの「勘違い」だと思っていました。


 でも、勉強してみると違う。


 民法が見ているのは、「勘違いしたかどうか」だけではありません。


 その勘違いは重要だったのか。本人はどれくらい注意していたのか。相手は知っていたのか。その動機は相手に伝わっていたのか。第三者はどうだったのか。


 つまり、


 「誰が、何を、どこまで勘違いしていたのか」


 を、一つ一つ確認しています。


 法律は、意外と細かい。


 でも、その細かさには理由があるのでしょう。


 勘違いした人を無条件に助けてしまえば、今度は契約する相手が安心できなくなる。


 逆に、


「契約したんだから全部自己責任」


 としてしまえば、本当に大きな勘違いをした人まで救われなくなる。


 だから、その間を探している。


 契約を守ることと、人を守ること。


 その両方を、なんとか両立させようとしている。


 ……そう考えると、錯誤という制度も、少しだけ見え方が変わります。


「さて」


 私はノートを鞄にしまいました。


 今日はもう帰ろう。


 そう思ったところで、真壁さんが言いました。


「明日は何だ?」


「何がですか?」


「次の勉強」


「……まだ決めてません」


「じゃあ、俺が問題を出してやる」


「遠慮します」


「AがBに土地を売って――」


「帰ります!」


「最後まで聞け!」


 事務所に笑い声が響きます。私は鞄を抱えて、逃げるように玄関へ向かいました。


 けれど、扉を開ける前に一度だけ振り返る。


 机の上には、さっきまで書いていたノート。


 その表紙には、大きく、


 「錯誤」


 とあります。


 昨日まで、この言葉を見ると、


 「勘違い」


 くらいにしか思っていませんでした。


 今は少し違います。


 錯誤とは、


 人が「こうだ」と信じたものと、現実との間に生まれたズレ。


 そして法律は、そのズレがどれほど大きく、どんな事情で生まれ、誰に責任があるのかを、一つ一つ見ていく。


 私は最後に、ノートの端へ小さく書きました。


 「勘違いは、全部が救われるわけじゃない。

 でも、本当に大事な勘違いなら、法律は見捨てない。」


 そして私は、今度こそ事務所を後にしました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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