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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 保証、連帯債務

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128/244

[分別の利益]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所で、私は森下文具店でもらった鉛筆を一本、机の上に置きました。


 それから、もう一本。


 二本。


 同じ長さ。


 同じ重さ。


 そしてノートに書く。


 主債務 800万円


 保証人 2人


「……四百万円ずつ」


「何がだ?」


 また後ろにいました。


 真壁さんです。


「もう驚きませんよ」


「成長したな」


「背後から人のノート覗く癖、直してください」


「それより、その四百万ってやつだ」


 真壁さんが椅子を引き寄せました。


「今日の森下さんの話だろ?」


「そうです」


 私は頷きました。


「森下さんと坂本さんは、どちらも普通の保証人でした」


「連帯保証人じゃない」


「はい。そこが今日の一番大事なところです」


 私は大きく書きました。


 普通保証人


 と


 連帯保証人


 は違う。


「当たり前じゃないのか?」


「そう思うでしょう?」


「うん」


「でも問題文だと、“保証人”って文字を見た瞬間、全部同じに見えるんです」


「お前だけじゃないのか」


「全国の受験生に謝ってください」


「そんなにいるの?」


「います」


 たぶん。


 私は気を取り直して、今日の事件を最初から整理しました。


  ◇


「まず、“分別の利益”って何か」


「そこから頼む」


「はい」


 私はノートに書きます。


 分別の利益


 =


 保証人が複数いる場合に、


 保証人の数に応じて


 保証債務の負担額が分かれる利益。


「難しい」


「早いですね」


「“分別”と“利益”がくっついた瞬間、難しい」


「じゃあ、もっと簡単にします」


 私は書き直しました。


 分別の利益

 =

 人数割りしてもらえる。


「おお」


「これなら?」


「分かる」


「つまり、普通の保証人が二人なら、原則として一人あたり二分の一」


「三人なら?」


「三分の一」


「四人なら?」


「四分の一」


「給食当番みたいだな」


「例えが平和すぎます」


 私は数字を書きました。


 主債務 1,000万円


 普通保証人 C・Dの2人


 C 500万円


 D 500万円


「これが分別の利益です」


「じゃあ債権者がCに、“一千万全部払え”って言ったら?」


「Cは、“私の保証債務は500万円までです”と主張できます」


「“残りはDに言ってください”ってことか」


「そういうイメージです」


 私は赤鉛筆で囲みました。


 普通保証人が複数いる


 ↓


 原則として分別の利益あり


「だから森下さんも、800万円全部じゃなくて?」


「原則400万円です」


「坂本さんも?」


「400万円」


「合計800万」


「そうです」


「きれいだな」


「割り算だけなら綺麗なんです」


「法律はそこから汚くなる?」


「言い方」


 でも、まあ。


 だいたいそうです。


  ◇


「じゃあ」


 真壁さんが言いました。


「連帯保証人だと?」


「分別の利益がありません」


「つまり人数割りされない」


「はい」


 私は並べて書きました。


 主債務 1,000万円


 連帯保証人 C・Dの2人


 C 1,000万円について責任


 D 1,000万円について責任


 真壁さんが眉をひそめました。


「やっぱり変な感じするな」


「何がです?」


「二人いるのに、二人とも一千万」


「そこ、最初は引っかかります」


「足したら二千万だろ」


「債権者が二千万円もらえるわけじゃありません」


「そこは前にもやったな」


「はい」


 私は横に書きました。


 ※債権者は二重取りできない。


「つまり、債権そのものは一千万円です」


「うん」


「ただ、誰に一千万円全部を請求できるか、という話」


「ああ」


「普通保証人なら、原則として人数割りされた範囲まで」


「連帯保証人なら?」


「一人ひとりに全額請求できます」


「でも一人が全部払えば?」


「それで債権は消えます」


「なるほど」


 私はまとめました。


 普通保証人

 → 分別の利益あり

 → 人数割り


 連帯保証人

 → 分別の利益なし

 → 各自、全額について責任


「この二つ、試験で並べられたらどうする?」


 真壁さんが聞きました。


「まず“普通”か“連帯”かを見る」


「連帯の二文字」


「はい」


「また二文字か」


「民法、二文字で人生変えがちです」


「怖いな」


  ◇


「でも」


 真壁さんが、さっきの図を指しました。


「連帯保証人Cが一千万全部払ったら、Cだけ損じゃないか?」


「そこが次です」


 私は新しいページを開きました。


「債権者との関係と、保証人同士の関係を分けます」


「また出たな」


「何がです?」


「誰と誰の話か」


「民法の基本です」


 私は大きく二つに分けました。


 外部関係


 =債権者と保証人の関係


 内部関係


 =保証人同士の負担の関係


「分別の利益があるかどうかは、まず外部関係の話です」


「債権者に対して?」


「はい」


 普通保証人Cは、債権者に対して、


「私の負担は500万円まで」


 と言える。


 連帯保証人Cは、


「Dもいるから500万円しか払いません」


 とは言えない。


「なるほど」


「でも、連帯保証人同士の内部では、最終的な負担割合の問題が残ります」


「そこが求償?」


「そうです」


 私は数字を書きました。


 主債務 1,000万円


 連帯保証人C・D


 内部の負担割合 各500万円


「仮にCが900万円払ったとします」


「多いな」


「Cの内部負担は500万円」


「うん」


「でも実際には900万円払った」


「400万円多い」


「その超えた部分について、一定の範囲でDへ求償できることになります」


 私は矢印を書きました。


 C

 900万円弁済


 自己負担 500万円


 超過分 400万円


   ↓


 Dへの求償


「じゃあCは、債権者に“Dの分はDから取れ”とは言えない」


「言えません」


「でも払った後なら、Dに“お前の分よこせ”と言える」


「そういう整理です」


「ややこしいな」


「でも線を引くと簡単ですよ」


 私は書きました。


 債権者に対して

 → 連帯保証人は分別できない


 保証人同士では

 → 内部負担に応じて求償の問題が生じる


「外には全額、内では分担」


「!」


 私は顔を上げました。


「真壁さん、それ採用です」


「また俺の語呂か」


「今日のは語呂じゃなくて要約です」


「報酬は?」


「鉛筆一本」


「安いな」


「森下文具店の高級品です」


「じゃあ二本」


「欲張るな」


  ◇


「じゃあ、もう一つ」


 私はノートに書きました。


 連帯保証人Cが900万円弁済した。


「CはDに対して400万円求償できるとして」


「うん」


「主たる債務者には?」


「……どうなる?」


「原則として、弁済した900万円について求償の問題を考えます」


「全部?」


「はい。主たる債務者は、そもそも元の借金を負っていた本人ですから」


「なるほど」


 私は図を書きます。


 債権者

  ↑

 900万円

  |

 連帯保証人C


  ↓

 主たる債務者への求償


「連帯保証人同士の“500万円ずつ”という内部負担と、主たる債務者に対する求償は同じ話ではありません」


「また別なのか」


「はい」


「法律、関係線多すぎない?」


「相関図が必要ですね」


「昼ドラみたいだな」


「借金昼ドラ」


「見たくねえ」


 私もです。


  ◇


「じゃあ今日の森下さんの事件に戻ります」


 私は書きました。


 主債務 800万円


 普通保証人

 森下さん

 坂本さん


「二人とも普通保証人」


「うん」


「だから分別の利益があります」


「一人400万円」


「はい」


「信用組合が森下さんに800万円全部請求した」


「そこが問題でした」


「もし契約書に“連帯保証人”って書いてあったら?」


「話は変わります」


「800万円全部請求できる?」


「連帯保証人としての要件が整っている前提なら、債権者との関係ではそうなります」


「怖っ」


「だから契約書の肩書き一つ見落とすな、です」


 私は大きく書きました。


 問題文で最初に見る。


 「保証人」


 なのか


 「連帯保証人」


 なのか。


「ここ一文字でも見落とすと?」


「二文字です」


「細かいな」


「連帯、二文字です」


「そこじゃねえよ」


 私は笑いました。


  ◇


「でもさ」


 真壁さんが少し真面目な顔になりました。


「分別の利益って、保証人にとって結構でかいんだな」


「大きいです」


「一千万の借金で保証人が二人なら、普通保証だと原則500万」


「はい」


「連帯保証だと一千万全部請求される可能性がある」


「はい」


「倍じゃん」


「そうなんです」


「三人なら?」


「普通保証なら原則三分の一」


「連帯保証なら?」


「それぞれ全額」


「差がもっとでかい」


「人数が増えるほど、普通保証では分別の利益の効果が見えやすいですね」


 私はノートに書きました。


 1,200万円


 普通保証人3人


 → 各400万円


 1,200万円


 連帯保証人3人


 → 各自1,200万円について責任


「見た目の圧が違うな」


「でしょう?」


「普通保証、急に優しく見える」


「保証している時点で全然優しくないですけどね」


「それはそう」


 大事です。


 四百万円でも大金です。


 “連帯より軽い”と“軽い責任”は、全然同じじゃありません。


  ◇


 そこへ所長がやって来ました。


「何をまとめてる」


「分別の利益です」


「見せろ」


 私はノートを差し出しました。


 所長は数秒見ました。


「……字は少しマシになったな」


「法律を見てください」


「成長は評価してる」


「そこだけですか」


 所長はページをめくりました。


「普通保証人は人数割り。連帯保証人は人数割りなし。外部関係と内部関係を分ける」


「はい」


「悪くない」


「やった」


「ただし」


 出た。


 所長の“ただし”。


 だいたいここから一段難しくなります。


「試験で一番危ないのは、何だと思う?」


 私は考えました。


「連帯保証人と普通保証人を混同する?」


「それもある」


「求償と分別の利益を混同する?」


「それもある」


「じゃあ?」


 所長はペンを取りました。


 そして一番下に書きました。


 分別の利益は


 「債権者に対する保証責任の範囲」


 の話。


「……あ」


「求償は?」


「払った後の内部調整」


「そうだ」


 真壁さんが覗き込みます。


「つまり?」


 所長が言いました。


「払う前と、払った後を分けろ」


 私はすぐ書きました。


 払う前


 → 債権者に対して、いくら責任を負うか


 → 分別の利益


 払った後


 → 誰にどれだけ返してもらえるか


 → 求償


「これ、分かりやすいですね」


「だろ」


 真壁さんが言う。


「所長の発言だぞ」


「知ってます」


「俺にも著作権料くれ」


「何も言ってませんよね?」


「横で頷いた」


「参加賞ですか」


「鉛筆半分」


「分別の利益を使わないでください」


 所長が笑いました。


  ◇


 私は最後に、今日の要点をまとめました。


 ――分別の利益・最重要まとめ――


 ①普通保証人が複数いる場合


 原則として分別の利益がある。


 例


 主債務1,000万円


 普通保証人2人


 ↓


 各保証人は原則500万円ずつ。


 ②分別の利益とは


 保証人の数に応じて、


 保証債務の負担額が分かれる利益。


 簡単に言えば、


 「人数割り」。


 ③連帯保証人には分別の利益がない。


 連帯保証人が2人いても、


 各自が主債務全額について責任を負う。


 ④ただし、債権者が二重取りできるわけではない。


 誰かが全額弁済すれば、


 その範囲で債権は消滅する。


 ⑤連帯保証人に分別の利益がないことと、


 保証人同士の内部負担は別問題。


 債権者に対しては、


「他の連帯保証人の分は、そちらへ請求してください」


 とは言えない。


 しかし、自己の負担部分を超えて弁済した場合には、


 他の保証人との間で求償の問題が生じる。


 ⑥主たる債務者に対する求償と、


 他の保証人に対する求償も分けて考える。


 ⑦試験では、


 「普通保証人」か


 「連帯保証人」か


 を最初に確認する。


 ⑧さらに、


 「債権者にいくら払う責任があるのか」


 と


 「払った後、誰にいくら求償できるのか」


 を分ける。


 私は、その下に大きく書きました。


 分別の利益


 =


 「私は私の人数分まで」


「雑だな」


 真壁さんが言いました。


「でも覚えやすいでしょう?」


「まあな」


「連帯保証人なら?」


「“人数なんか知らん、全額だ”」


「債権者目線が強い」


「怖いな」


「その怖さを覚えてください」


 私は鉛筆を置きました。


  ◇


 今日、森下さんは、


 八百万円全部を払えと言われていました。


 でも契約書を見れば、


 普通保証人が二人。


 分別の利益がある。


 一人四百万円。


 たったそれだけの話です。


 割り算なら、小学生でもできる。


 でも。


 法律を知らなければ、その割り算すらできないことがある。


 八百万円全部払え。


 そう言われた時、


「本当に?」


 と立ち止まれるか。


 保証人が何人いるのか。


 普通保証なのか。


 連帯保証なのか。


 そこを確認できるか。


 法律の知識って、


 時々、ものすごく地味です。


 派手な逆転もない。


 魔法みたいに借金が消えるわけでもない。


 でも。


 八百万円を四百万円に戻す。


 それだけで守れる生活もある。


 私は、森下文具店の鉛筆を二本並べました。


 二人なら、二人分。


 普通保証なら、それぞれ自分の分。


「栞」


「はい?」


「その鉛筆、一本くれ」


「嫌です」


「二本あるじゃん」


「分別の利益があるので、一本は私の分です」


「じゃあ一本俺の分じゃん」


「保証人じゃないので違います」


「法律で鉛筆守るなよ」


 所長が奥から言いました。


「真壁」


「はい?」


「自分で買え」


「冷たいなあ」


「森下文具店でな」


「……じゃあ明日行くか」


 私は少し笑いました。


 法律は、


 誰かに全部を背負わせるためだけにあるんじゃない。


 誰かが背負わなくていい分まで、


 背負わされないためにもある。


 分別の利益。


 難しそうな名前だけれど、


 私は今日から、こう覚えることにしました。


 ――責任にも、ちゃんと境界線がある。


 そしてその境界線は、


 契約書を読める人にしか見えないことがある。


 だから明日も、


 私はたぶん勉強する。


 森下文具店の鉛筆を使って。

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