[分別の利益]法理編 栞とお勉強
夕方の事務所で、私は森下文具店でもらった鉛筆を一本、机の上に置きました。
それから、もう一本。
二本。
同じ長さ。
同じ重さ。
そしてノートに書く。
主債務 800万円
保証人 2人
「……四百万円ずつ」
「何がだ?」
また後ろにいました。
真壁さんです。
「もう驚きませんよ」
「成長したな」
「背後から人のノート覗く癖、直してください」
「それより、その四百万ってやつだ」
真壁さんが椅子を引き寄せました。
「今日の森下さんの話だろ?」
「そうです」
私は頷きました。
「森下さんと坂本さんは、どちらも普通の保証人でした」
「連帯保証人じゃない」
「はい。そこが今日の一番大事なところです」
私は大きく書きました。
普通保証人
と
連帯保証人
は違う。
「当たり前じゃないのか?」
「そう思うでしょう?」
「うん」
「でも問題文だと、“保証人”って文字を見た瞬間、全部同じに見えるんです」
「お前だけじゃないのか」
「全国の受験生に謝ってください」
「そんなにいるの?」
「います」
たぶん。
私は気を取り直して、今日の事件を最初から整理しました。
◇
「まず、“分別の利益”って何か」
「そこから頼む」
「はい」
私はノートに書きます。
分別の利益
=
保証人が複数いる場合に、
保証人の数に応じて
保証債務の負担額が分かれる利益。
「難しい」
「早いですね」
「“分別”と“利益”がくっついた瞬間、難しい」
「じゃあ、もっと簡単にします」
私は書き直しました。
分別の利益
=
人数割りしてもらえる。
「おお」
「これなら?」
「分かる」
「つまり、普通の保証人が二人なら、原則として一人あたり二分の一」
「三人なら?」
「三分の一」
「四人なら?」
「四分の一」
「給食当番みたいだな」
「例えが平和すぎます」
私は数字を書きました。
主債務 1,000万円
普通保証人 C・Dの2人
C 500万円
D 500万円
「これが分別の利益です」
「じゃあ債権者がCに、“一千万全部払え”って言ったら?」
「Cは、“私の保証債務は500万円までです”と主張できます」
「“残りはDに言ってください”ってことか」
「そういうイメージです」
私は赤鉛筆で囲みました。
普通保証人が複数いる
↓
原則として分別の利益あり
「だから森下さんも、800万円全部じゃなくて?」
「原則400万円です」
「坂本さんも?」
「400万円」
「合計800万」
「そうです」
「きれいだな」
「割り算だけなら綺麗なんです」
「法律はそこから汚くなる?」
「言い方」
でも、まあ。
だいたいそうです。
◇
「じゃあ」
真壁さんが言いました。
「連帯保証人だと?」
「分別の利益がありません」
「つまり人数割りされない」
「はい」
私は並べて書きました。
主債務 1,000万円
連帯保証人 C・Dの2人
C 1,000万円について責任
D 1,000万円について責任
真壁さんが眉をひそめました。
「やっぱり変な感じするな」
「何がです?」
「二人いるのに、二人とも一千万」
「そこ、最初は引っかかります」
「足したら二千万だろ」
「債権者が二千万円もらえるわけじゃありません」
「そこは前にもやったな」
「はい」
私は横に書きました。
※債権者は二重取りできない。
「つまり、債権そのものは一千万円です」
「うん」
「ただ、誰に一千万円全部を請求できるか、という話」
「ああ」
「普通保証人なら、原則として人数割りされた範囲まで」
「連帯保証人なら?」
「一人ひとりに全額請求できます」
「でも一人が全部払えば?」
「それで債権は消えます」
「なるほど」
私はまとめました。
普通保証人
→ 分別の利益あり
→ 人数割り
連帯保証人
→ 分別の利益なし
→ 各自、全額について責任
「この二つ、試験で並べられたらどうする?」
真壁さんが聞きました。
「まず“普通”か“連帯”かを見る」
「連帯の二文字」
「はい」
「また二文字か」
「民法、二文字で人生変えがちです」
「怖いな」
◇
「でも」
真壁さんが、さっきの図を指しました。
「連帯保証人Cが一千万全部払ったら、Cだけ損じゃないか?」
「そこが次です」
私は新しいページを開きました。
「債権者との関係と、保証人同士の関係を分けます」
「また出たな」
「何がです?」
「誰と誰の話か」
「民法の基本です」
私は大きく二つに分けました。
外部関係
=債権者と保証人の関係
内部関係
=保証人同士の負担の関係
「分別の利益があるかどうかは、まず外部関係の話です」
「債権者に対して?」
「はい」
普通保証人Cは、債権者に対して、
「私の負担は500万円まで」
と言える。
連帯保証人Cは、
「Dもいるから500万円しか払いません」
とは言えない。
「なるほど」
「でも、連帯保証人同士の内部では、最終的な負担割合の問題が残ります」
「そこが求償?」
「そうです」
私は数字を書きました。
主債務 1,000万円
連帯保証人C・D
内部の負担割合 各500万円
「仮にCが900万円払ったとします」
「多いな」
「Cの内部負担は500万円」
「うん」
「でも実際には900万円払った」
「400万円多い」
「その超えた部分について、一定の範囲でDへ求償できることになります」
私は矢印を書きました。
C
900万円弁済
自己負担 500万円
超過分 400万円
↓
Dへの求償
「じゃあCは、債権者に“Dの分はDから取れ”とは言えない」
「言えません」
「でも払った後なら、Dに“お前の分よこせ”と言える」
「そういう整理です」
「ややこしいな」
「でも線を引くと簡単ですよ」
私は書きました。
債権者に対して
→ 連帯保証人は分別できない
保証人同士では
→ 内部負担に応じて求償の問題が生じる
「外には全額、内では分担」
「!」
私は顔を上げました。
「真壁さん、それ採用です」
「また俺の語呂か」
「今日のは語呂じゃなくて要約です」
「報酬は?」
「鉛筆一本」
「安いな」
「森下文具店の高級品です」
「じゃあ二本」
「欲張るな」
◇
「じゃあ、もう一つ」
私はノートに書きました。
連帯保証人Cが900万円弁済した。
「CはDに対して400万円求償できるとして」
「うん」
「主たる債務者には?」
「……どうなる?」
「原則として、弁済した900万円について求償の問題を考えます」
「全部?」
「はい。主たる債務者は、そもそも元の借金を負っていた本人ですから」
「なるほど」
私は図を書きます。
債権者
↑
900万円
|
連帯保証人C
↓
主たる債務者への求償
「連帯保証人同士の“500万円ずつ”という内部負担と、主たる債務者に対する求償は同じ話ではありません」
「また別なのか」
「はい」
「法律、関係線多すぎない?」
「相関図が必要ですね」
「昼ドラみたいだな」
「借金昼ドラ」
「見たくねえ」
私もです。
◇
「じゃあ今日の森下さんの事件に戻ります」
私は書きました。
主債務 800万円
普通保証人
森下さん
坂本さん
「二人とも普通保証人」
「うん」
「だから分別の利益があります」
「一人400万円」
「はい」
「信用組合が森下さんに800万円全部請求した」
「そこが問題でした」
「もし契約書に“連帯保証人”って書いてあったら?」
「話は変わります」
「800万円全部請求できる?」
「連帯保証人としての要件が整っている前提なら、債権者との関係ではそうなります」
「怖っ」
「だから契約書の肩書き一つ見落とすな、です」
私は大きく書きました。
問題文で最初に見る。
「保証人」
なのか
「連帯保証人」
なのか。
「ここ一文字でも見落とすと?」
「二文字です」
「細かいな」
「連帯、二文字です」
「そこじゃねえよ」
私は笑いました。
◇
「でもさ」
真壁さんが少し真面目な顔になりました。
「分別の利益って、保証人にとって結構でかいんだな」
「大きいです」
「一千万の借金で保証人が二人なら、普通保証だと原則500万」
「はい」
「連帯保証だと一千万全部請求される可能性がある」
「はい」
「倍じゃん」
「そうなんです」
「三人なら?」
「普通保証なら原則三分の一」
「連帯保証なら?」
「それぞれ全額」
「差がもっとでかい」
「人数が増えるほど、普通保証では分別の利益の効果が見えやすいですね」
私はノートに書きました。
1,200万円
普通保証人3人
→ 各400万円
1,200万円
連帯保証人3人
→ 各自1,200万円について責任
「見た目の圧が違うな」
「でしょう?」
「普通保証、急に優しく見える」
「保証している時点で全然優しくないですけどね」
「それはそう」
大事です。
四百万円でも大金です。
“連帯より軽い”と“軽い責任”は、全然同じじゃありません。
◇
そこへ所長がやって来ました。
「何をまとめてる」
「分別の利益です」
「見せろ」
私はノートを差し出しました。
所長は数秒見ました。
「……字は少しマシになったな」
「法律を見てください」
「成長は評価してる」
「そこだけですか」
所長はページをめくりました。
「普通保証人は人数割り。連帯保証人は人数割りなし。外部関係と内部関係を分ける」
「はい」
「悪くない」
「やった」
「ただし」
出た。
所長の“ただし”。
だいたいここから一段難しくなります。
「試験で一番危ないのは、何だと思う?」
私は考えました。
「連帯保証人と普通保証人を混同する?」
「それもある」
「求償と分別の利益を混同する?」
「それもある」
「じゃあ?」
所長はペンを取りました。
そして一番下に書きました。
分別の利益は
「債権者に対する保証責任の範囲」
の話。
「……あ」
「求償は?」
「払った後の内部調整」
「そうだ」
真壁さんが覗き込みます。
「つまり?」
所長が言いました。
「払う前と、払った後を分けろ」
私はすぐ書きました。
払う前
→ 債権者に対して、いくら責任を負うか
→ 分別の利益
払った後
→ 誰にどれだけ返してもらえるか
→ 求償
「これ、分かりやすいですね」
「だろ」
真壁さんが言う。
「所長の発言だぞ」
「知ってます」
「俺にも著作権料くれ」
「何も言ってませんよね?」
「横で頷いた」
「参加賞ですか」
「鉛筆半分」
「分別の利益を使わないでください」
所長が笑いました。
◇
私は最後に、今日の要点をまとめました。
――分別の利益・最重要まとめ――
①普通保証人が複数いる場合
原則として分別の利益がある。
例
主債務1,000万円
普通保証人2人
↓
各保証人は原則500万円ずつ。
②分別の利益とは
保証人の数に応じて、
保証債務の負担額が分かれる利益。
簡単に言えば、
「人数割り」。
③連帯保証人には分別の利益がない。
連帯保証人が2人いても、
各自が主債務全額について責任を負う。
④ただし、債権者が二重取りできるわけではない。
誰かが全額弁済すれば、
その範囲で債権は消滅する。
⑤連帯保証人に分別の利益がないことと、
保証人同士の内部負担は別問題。
債権者に対しては、
「他の連帯保証人の分は、そちらへ請求してください」
とは言えない。
しかし、自己の負担部分を超えて弁済した場合には、
他の保証人との間で求償の問題が生じる。
⑥主たる債務者に対する求償と、
他の保証人に対する求償も分けて考える。
⑦試験では、
「普通保証人」か
「連帯保証人」か
を最初に確認する。
⑧さらに、
「債権者にいくら払う責任があるのか」
と
「払った後、誰にいくら求償できるのか」
を分ける。
私は、その下に大きく書きました。
分別の利益
=
「私は私の人数分まで」
「雑だな」
真壁さんが言いました。
「でも覚えやすいでしょう?」
「まあな」
「連帯保証人なら?」
「“人数なんか知らん、全額だ”」
「債権者目線が強い」
「怖いな」
「その怖さを覚えてください」
私は鉛筆を置きました。
◇
今日、森下さんは、
八百万円全部を払えと言われていました。
でも契約書を見れば、
普通保証人が二人。
分別の利益がある。
一人四百万円。
たったそれだけの話です。
割り算なら、小学生でもできる。
でも。
法律を知らなければ、その割り算すらできないことがある。
八百万円全部払え。
そう言われた時、
「本当に?」
と立ち止まれるか。
保証人が何人いるのか。
普通保証なのか。
連帯保証なのか。
そこを確認できるか。
法律の知識って、
時々、ものすごく地味です。
派手な逆転もない。
魔法みたいに借金が消えるわけでもない。
でも。
八百万円を四百万円に戻す。
それだけで守れる生活もある。
私は、森下文具店の鉛筆を二本並べました。
二人なら、二人分。
普通保証なら、それぞれ自分の分。
「栞」
「はい?」
「その鉛筆、一本くれ」
「嫌です」
「二本あるじゃん」
「分別の利益があるので、一本は私の分です」
「じゃあ一本俺の分じゃん」
「保証人じゃないので違います」
「法律で鉛筆守るなよ」
所長が奥から言いました。
「真壁」
「はい?」
「自分で買え」
「冷たいなあ」
「森下文具店でな」
「……じゃあ明日行くか」
私は少し笑いました。
法律は、
誰かに全部を背負わせるためだけにあるんじゃない。
誰かが背負わなくていい分まで、
背負わされないためにもある。
分別の利益。
難しそうな名前だけれど、
私は今日から、こう覚えることにしました。
――責任にも、ちゃんと境界線がある。
そしてその境界線は、
契約書を読める人にしか見えないことがある。
だから明日も、
私はたぶん勉強する。
森下文具店の鉛筆を使って。
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