[連帯保証]法理編 栞とお勉強
夕方の事務所で、私はノートの真ん中に、大きく三行を書きました。
先に本人へ請求してください。
本人の財産から取ってください。
人数で割ってください。
「……全部、駄目なんだよなあ」
思わず、ため息が出ました。
「何がだ?」
「うわっ!」
振り返ると、真壁さんがいました。
「背後から覗かないでください」
「お前がブツブツ言ってるからだろ」
「勉強中です」
「知ってる。で、何が全部駄目なんだ?」
私は鉛筆で、三行を順番に指しました。
「今日、浜田さんが銀行に言いたかったことです」
「兄貴に先に請求しろ」
「はい」
「兄貴は土地持ってるから、そっちから取れ」
「はい」
「保証人は二人いるから半分だろ」
「はい」
私は三行すべてに、大きなバツを書きました。
「連帯保証人の場合、この三つが全部通用しません」
「……改めて聞くと、えげつねえな」
「えげつないです」
「保証人なのに?」
「“連帯”保証人ですから」
「二文字増えただけじゃねえか」
「その二文字が重いんですよ」
私はノートを新しいページに開きました。
連帯保証人の三つの特徴。
①催告の抗弁権がない。
②検索の抗弁権がない。
③分別の利益がない。
「よし」
真壁さんが椅子を引き寄せました。
「今日は俺にも分かるようにやれ」
「いつも分かるようにやってますよ」
「法律屋の“分かりやすい”は信用ならん」
「私、法律屋じゃなくて事務見習いなんですけど」
「十八歳の事務見習いが“検索の抗弁権”なんて言うか普通」
それを言われると弱い。
私は鉛筆を持ち直しました。
「じゃあ、浜田さんの事件で一つずついきましょう」
◇
「まず、催告の抗弁権です」
私は書きました。
普通の保証人
債権者
↓
保証人へ請求
保証人
「まず主たる債務者に請求してください」
「これが催告の抗弁権です」
「催告ってのは?」
「簡単に言えば、“まず本人に請求してよ”です」
「なるほど。名前ほど難しくねえな」
「そうなんです」
法律用語というものは、名前で三割くらい損をしています。
「普通の保証人は、いきなり自分に請求されたら、原則として“先に借りた本人へ請求してください”と言えるんです」
「でも浜田さんは?」
「言えません」
私は大きく書きました。
連帯保証人
「先に本人に請求してください!」
↓
通用しない。
「つまり銀行は、正夫さんじゃなくて、いきなり俊夫さんへ行ってもいい」
「はい」
「借りた本人を飛び越して?」
「はい」
「本人が元気にそこら辺歩いてても?」
「はい」
「本人が店開けて商売してても?」
「はい」
「……怖っ」
「だから連帯保証なんです」
私はノートの横に補足を書きました。
催告の抗弁権なし
=
債権者は、主たる債務者を先に追わなくてもよい。
「今日の銀行が、いきなり俊夫さんへ請求したのも、ここですね」
「じゃあ、銀行が意地悪したわけじゃないんだな」
「少なくとも、“正夫さんより先に俊夫さんへ請求したこと自体”は、連帯保証の仕組みとしておかしくありません」
「なるほどな」
真壁さんが腕を組みました。
「一個目は分かった」
「次、二個目です」
◇
私はノートに書きました。
検索の抗弁権。
「名前が一番分かりづらいですね」
「検索って、何を検索するんだ?」
「財産です」
「電話帳で?」
「違います」
「昭和だから検索って言われてもな」
「そこに時代を絡めないでください」
私は図を書きました。
主たる債務者
↓
土地あり
預金あり
車あり
「普通の保証人なら、一定の条件を満たせば、“本人には財産があります。その財産から先に取り立ててください”と主張できます」
「それが検索の抗弁?」
「はい」
「じゃあ今日の正夫さん、そのものじゃねえか」
「そうです」
正夫さんには土地があった。
商品在庫もあった。
車もあった。
なのに銀行は、俊夫さんへ請求した。
「普通の感覚なら、俊夫さんは言いたくなりますよね」
私は台詞を書きました。
「兄貴、土地持ってますよ!」
「先にそっち売ってくださいよ!」
「そりゃ言うわ」
「でも連帯保証人は――」
「言えない」
「正解です」
赤鉛筆で大きく書く。
連帯保証人には
検索の抗弁権がない。
「つまり?」
「主たる債務者に十分な財産があるとしても、それを理由に“私はまだ払いません”とは主張できない、ということです」
「本人が金持ちでも?」
「極端に言えば、そうです」
「保証人のほうが貧乏でも?」
「それだけでは拒めません」
「嫌な制度だなあ」
「かなり強い保証ですからね」
私はノートを見ながら続けました。
「普通保証なら、“本人に財産があるんだから、まずそこから回収してください”という防御がある」
「連帯保証は?」
「その盾がない」
「なるほど」
私は余白にまとめました。
催告の抗弁
=「本人に先に請求して」
検索の抗弁
=「本人の財産から先に取って」
「こう書けば覚えやすくないですか?」
「おお」
真壁さんが頷いた。
「“人に行け”が催告、“物に行け”が検索か」
「!」
私は顔を上げました。
「真壁さん、それいいですね」
「だろ?」
「使います」
すぐ書く。
覚え方
催告
→「まず本人へ行け」
検索
→「まず本人の財産へ行け」
「ちょっと待て」
「何です?」
「俺の発案だぞ」
「著作権料なら缶コーヒー一本で」
「安っ」
「教材界では破格です」
もちろん適当です。
◇
「で、三つ目」
私はページをめくりました。
「今日、幸一さんが一番びっくりしていたところです」
「二人いるんだから半分だろ、ってやつか」
「はい」
私は数字を書きました。
借金 600万円
保証人 2人
「普通の保証人が二人いる共同保証を考えます」
「うん」
「分別の利益がある場合、それぞれの保証人が負担する保証債務は、原則として頭数で割られます」
600万円÷2人。
300万円。
「つまり一人300万円?」
「そうです」
「それなら分かる」
「ところが連帯保証人には――」
「分別の利益がない」
「はい」
私は書き直します。
主債務 600万円
連帯保証人A → 600万円について責任
連帯保証人B → 600万円について責任
真壁さんが二度見しました。
「足したら千二百万円じゃねえか」
「銀行が千二百万円もらえるわけじゃありません」
「だよな?」
「そこ大事です」
私は横に大きく書きました。
※債権者が二重取りできるわけではない。
「債権はあくまで六百万円です。六百万円全部弁済されれば、当然そこで債権は消えます」
「じゃあ、“それぞれ六百万”ってのは?」
「銀行が、どちらの連帯保証人に対しても、六百万円全額を請求できるという意味です」
「ああ……」
真壁さんが頷きました。
「今日なら、俊夫さんに全部請求してもいい」
「はい」
「幸一に全部請求してもいい」
「はい」
「二人にそれぞれ請求してもいい」
「はい。ただし、実際に回収できる合計額は債権額までです」
「なるほど」
私はここを二重線で囲みました。
超重要!
連帯保証人が複数いても、
「人数で割った分だけ払えばいい」
とはならない。
これが、
「分別の利益がない」
ということ。
「“利益”ってついてるから分かりづらいんですよね」
「確かに」
「要するに、“人数割りしてもらえる利益”です」
「ああ!」
「それが連帯保証人にはない」
「だったら最初から“人数割りなし”って名前にしろよ」
「民法制定した人に言ってください」
「電話番号知らん」
「私もです」
明治の立法担当者に苦情電話は無理だと思います。
◇
私はページの上に、三つ並べました。
連帯保証人が失う三つの盾
①催告の抗弁権
本人へ先に行って!
②検索の抗弁権
本人の財産へ先に行って!
③分別の利益
保証人の人数で割って!
↓
連帯保証人には全部ない。
「……こう見ると凄いな」
「何がです?」
「逃げ道を一個ずつ塞いでる」
真壁さんの言い方に、私は少し考えました。
「確かに」
最初の盾。
まず本人へ行ってください。
使えない。
二番目の盾。
本人には財産があります。
使えない。
三番目の盾。
ほかにも保証人がいます。
使えない。
「だから連帯保証人って、債権者から見るとかなり強いんです」
「主たる債務者とほとんど同じじゃねえか」
「請求を受ける場面だけ見ると、かなり近いですね」
「でも、“本人そのもの”じゃないんだろ?」
「そこ重要です!」
私は机を叩きました。
「びっくりした!」
「すみません。でもそこ、試験で大事です」
私は書きました。
連帯保証人
≠
主たる債務者
「責任が重いからって、同一人物扱いしちゃ駄目なんです」
「そりゃ別人だからな」
「そうです。だから、連帯保証人が払った場合には、“本来払うべき人のために払った”という問題が残ります」
「……求償か?」
私は真壁さんを見ました。
「知ってるじゃないですか」
「不動産屋なめんな」
「さっき検索の抗弁で迷子になってた人が?」
「帰るぞ」
「ごめんなさい」
私は続きを書きました。
◇
もし俊夫さんが、銀行へ六百万円全額を弁済したらどうなるか。
銀行への六百万円の債務は消えます。
でも。
俊夫さんが、
「はい、私の六百万円でした」
で終わるわけではありません。
「だって、元々借りたのは正夫さんですから」
「そうだよな」
「だから、一定の範囲で主たる債務者に対して求償できます」
私は矢印を書きました。
銀行
↑
600万円弁済
|
俊夫さん
↓
求償
↓
正夫さん
「要するに?」
「“あなたの借金を代わりに払ったんだから、その分を私に返してください”です」
「そりゃ当然だな」
「はい」
「じゃあ、幸一との関係は?」
「そこもあります」
私はもう一つ図を書きました。
連帯保証人
俊夫さん
幸一さん
「連帯保証人は債権者に対しては分別の利益がありません」
「二人とも全額請求される」
「そうです。でも、“最終的に誰がどれだけ負担するのか”は別問題です」
「あ」
「前編で所長が言ったところですね」
私は所長の言葉を思い返しました。
あなたが払う責任があるかどうかと、
最終的にあなた一人が全部負担するかどうかは、
別の話です。
「銀行との外側の関係では、俊夫さん一人が全額請求されることがあります」
「うん」
「でも、だからといって最終負担まで全部俊夫さんに固定されるわけではない」
「なるほどな」
「一定の場合には、主たる債務者や他の保証人との間で求償の問題になるんです」
私は太字になるくらい強く書きました。
債権者との関係
と
保証人どうしの内部関係
を分ける。
「また“誰と誰の話か”か」
「そうなんです」
「法律ってそればっかりだな」
「実はそうなんですよ」
誰が誰に請求しているのか。
誰と誰の負担を決めているのか。
ここを混ぜると、一気に分からなくなる。
「銀行から俊夫さんへの請求なら?」
「全額あり得る」
「俊夫さんが払った後なら?」
「今度は求償関係を考える」
「よし」
真壁さんが満足そうに頷きました。
「だいぶ見えてきた」
「まだあります」
「まだあるの?」
「上級者向けですから」
「タイトルに偽りなしだな……」
◇
私は新しいページに書きました。
連帯保証人に生じた事由。
「ここから、絶対効と相対効です」
「来たな。法律用語のラスボス」
「そんなに怖くありません」
「絶対効って名前でもう怖い」
「簡単です」
私は二人の絵を描きました。
主たる債務者 A
連帯保証人 B
「B、つまり連帯保証人の側で何か起こったとします」
「うん」
「その出来事がAの債務にも影響するなら、絶対効」
「影響しなければ?」
「相対効です」
「それだけ?」
「それだけです」
「名前だけ強そうなんだな」
「法律用語あるあるです」
私は書きました。
絶対効
=ほかにも影響する。
相対効
=その人だけ。
「じゃあ具体例です」
まずは弁済。
「俊夫さんが銀行に六百万円払いました」
「払ったら?」
「銀行はもう正夫さんに同じ六百万円を請求できません」
「当たり前だな」
「はい。弁済された分だけ、元の債権が消えるからです」
私は書きます。
弁済
→ 絶対効
「俊夫さんが払ったのに、銀行が翌日正夫さんへ来て、“六百万円ください”と言ったら?」
「二重取りじゃねえか」
「そういうことです」
「これは分かる」
「次、相殺」
「出た」
「前にやりましたよね」
「自動債権と受動債権だろ」
「覚えてる!」
「馬鹿にしてんのか」
「ちょっと感動しました」
私は続けます。
「一定の場合に相殺によって保証債務の対象となる債権が消えれば、その消えた部分について主たる債務にも影響します」
ノートに書く。
相殺
→ 絶対効
「次、更改」
「新しい債務に入れ替えるやつか」
「そうです」
「次、混同」
「債権者と債務者の地位が同じ人に帰属する場合ですね」
「……急に難しくしたな」
「じゃあ、“貸す人と返す人が同じ人になっちゃった”」
「雑!」
「分かりやすさ優先です」
そして、四つをまとめました。
連帯保証人側の出来事で
主たる債務にも影響する重要なもの
弁済
相殺
更改
混同
「これ、覚え方ないのか?」
「あります」
「お」
「べ・そう・こう・こん」
「なんだそれ」
「弁済・相殺・更改・混同」
「語呂になってねえ」
「では真壁さん考えてください」
「……弁当、相当、交換、混乱」
「余計覚えにくくなりました」
「駄目か」
「却下です」
私は普通に四つを囲みました。
下手な語呂合わせは、時々、本文より暗記コストが高い。
◇
「じゃあ、それ以外は?」
真壁さんが聞きました。
「原則として、連帯保証人だけに生じた事情は、主たる債務者には影響しません」
「たとえば?」
「分かりやすいのが、債務の承認です」
私は書きました。
俊夫さん
「確かに私には保証債務があります」
「連帯保証人である俊夫さんが自分の保証債務を承認した」
「うん」
「それによって俊夫さん自身の時効には影響が生じ得ます」
「正夫さんは?」
「正夫さんの主債務の時効まで、それだけで更新されるわけではありません」
「おお」
「連帯保証人が勝手に承認しただけで、主たる債務者まで巻き込まれたら困りますからね」
「確かに」
私は大きく書きました。
連帯保証人だけに生じた事由
↓
原則 相対効
「改正民法では、この“原則相対効”という考え方が特に大事です」
「何でもかんでも連帯して影響するわけじゃないんだな」
「そういうことです」
「連帯保証なのに」
「“連帯”という名前に引っ張られないことですね」
私は注意書きをつけました。
連帯保証だからといって、
連帯保証人に起きたことが
何でも主たる債務者に波及するわけではない。
真壁さんが唸りました。
「試験作る奴、こういう引っかけ好きそうだな」
「大好きです」
「断言したな」
「前世で散々やられました」
「また前世か」
◇
「じゃあ逆は?」
真壁さんが言いました。
「逆?」
「正夫さんのほうで何かあった場合」
「おお」
いい質問です。
私は新しい図を書きました。
主たる債務
↓
保証債務
「保証債務には、“主たる債務にくっついている”という性質があります」
「付従性か?」
私はまた真壁さんを見ました。
「……本当に今日はどうしたんです?」
「馬鹿にしすぎじゃねえか?」
「すみません」
「俺だって不動産屋なんだよ!」
知っています。
顔が怖いだけの缶コーヒー配給係ではありません。
「そのとおり、付従性です」
私は続けました。
「保証債務は、主たる債務を保証するために存在しています」
「元の借金がなくなったら?」
「保証するものもなくなる」
「元の借金が減ったら?」
「保証の範囲もそれに応じて減る」
「なるほど」
「そして、主たる債務者について時効の完成猶予や更新が生じた場合、その効力は保証人にも及ぶ、という重要なルールもあります」
「保証人が知らなくても?」
「そこがポイントです」
私は書きました。
主たる債務者について生じた
時効の完成猶予・更新
↓
保証人にも効力が及ぶ。
「逆は違うんだよな?」
「はい!」
私は二本の矢印を書きました。
主たる債務者の時効更新
↓
保証人にも影響する
保証人だけの債務承認
×
主たる債務者の時効までは更新しない
「これいいな」
「ですよね」
「上下で覚えればいい」
「そうなんです」
保証は、主たる債務に従う。
でも、保証人側の出来事が何でも主債務へ逆流するわけではない。
ここを分けるだけで、かなり整理できます。
◇
そこへ、大槻所長が奥から出てきました。
「まだやってるのか」
「所長」
「今日は連帯保証です」
「見れば分かる」
所長は私のノートを手に取りました。
「催告、検索、分別……求償、絶対効、相対効か」
「完璧でしょう?」
「字以外はな」
「またそこですか」
「字は大事だ」
「法律より?」
「比較するな」
真壁さんが笑いました。
所長はノートを眺めてから言いました。
「栞」
「はい」
「試験なら、最初に何を見る?」
「え?」
「連帯保証の問題が出た時だ」
私は少し考えました。
「……普通保証なのか、連帯保証なのか?」
「まずそれだ」
所長は鉛筆を取りました。
そしてノートの下に書きます。
①「保証人」か
②「連帯保証人」か
まず確認。
「連帯の二文字を見落とすな」
「なるほど」
「その二文字があったら?」
真壁さんが答えました。
「三つの盾がない」
所長が頷きます。
「言ってみろ」
「催告の抗弁権なし」
「うん」
「検索の抗弁権なし」
「うん」
「分別の利益なし」
「よし」
私は思わず拍手しました。
「やめろ。恥ずかしい」
「満点です」
「俺を何だと思ってる」
「成長型ヒロイン?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「暴力反対です」
所長の口元がわずかに緩みました。
◇
「もう一つ」
所長が言いました。
「問題文で、“連帯保証人にある事情が生じた”と出たら?」
私は答えます。
「その事情が、主たる債務者にも影響するかを考える」
「原則は?」
「相対効」
「重要な例外は?」
私は指を折りました。
「弁済」
一つ。
「相殺」
二つ。
「更改」
三つ。
「混同」
四つ。
「よし」
所長は最後に一本、太い線を引きました。
連帯保証の問題は
「誰が」「誰に」「何を主張しているか」
を整理する。
「また人間関係ですね」
「民法は人間関係の法律だ」
所長が言いました。
「言葉だけ暗記するから難しくなる」
私はノートを見ました。
A。
B。
C。
問題集では、いつも記号だった。
でも今日は違う。
正夫さん。
俊夫さん。
幸一さん。
銀行。
正夫さんが六百万円を借りた。
俊夫さんと幸一さんが連帯保証した。
銀行は俊夫さんへ、いきなり全額請求できる。
俊夫さんは、
「兄貴に先に請求してください」
とは言えない。
「兄貴には土地があります」
とも言えない。
「幸一もいるから半分でしょう」
とも言えない。
でも、俊夫さんが全額払ったあとまで、全部が終わるわけではない。
今度は求償の話になる。
そして連帯保証人に何かが起きた時、それが主たる債務にも波及するのか、それとも本人だけなのかを考える。
私は、今日の要点を最後にまとめました。
――連帯保証・最重要まとめ――
①連帯保証人に催告の抗弁権はない。
「まず主たる債務者に請求して」
とは言えない。
②連帯保証人に検索の抗弁権はない。
「主たる債務者には財産があるから、そちらから先に取り立てて」
とは言えない。
③連帯保証人に分別の利益はない。
連帯保証人が複数いても、
「頭数で割った金額だけ負担します」
とは言えない。
各連帯保証人は、債権者に対して全額について責任を負い得る。
④ただし、債権者は二重取りできない。
一人が全額弁済すれば、その範囲で債権は消滅する。
⑤連帯保証人が弁済した場合、求償の問題が生じる。
債権者に対する責任と、
最終的な内部負担は別問題。
⑥連帯保証人側に生じた事由は、原則として相対効。
ただし、弁済・相殺・更改・混同など、主たる債務にも影響する重要なものがある。
⑦主たる債務と保証債務は切り離して考えない。
保証債務は主たる債務に付従する。
⑧問題文では必ず、
「誰に生じた事情なのか」
「誰に対して効力を及ぼすのか」
を確認する。
「……よし」
私は鉛筆を置きました。
真壁さんが横から覗き込みます。
「つまり一言で言うと?」
「またそれですか」
「最後は一言だろ」
私は少し考えました。
そしてノートの一番下に書きました。
連帯保証人――
「借りたのは私じゃない」が、
債権者にはほとんど通じない保証。
「怖いな」
「怖いです」
「もっと柔らかい覚え方ないのか?」
「じゃあ……」
私はその下にもう一行。
連帯保証人には、
「先にあっちへ」
「そっちから取って」
「みんなで割って」
の三つがない。
「おお」
「どうです?」
「そっちのほうが覚えやすい」
「宅建ならこれで十分です」
「最初からそれ書けよ」
「法理編が三行で終わるでしょうが」
商売というものを分かっていただきたい。
◇
帰り支度をしていると、真壁さんが急に言いました。
「なあ、栞」
「はい?」
「もし俺が店出すことになったらさ」
「はい」
「連帯保証人――」
「嫌です」
「最後まで言わせろよ!」
「普通保証でも嫌です」
「薄情だなあ」
「前編でも言いましたけど、信用と保証は別です」
「じゃあ五万円貸して」
「もっと嫌です」
「信用もねえじゃねえか」
所長が奥から言いました。
「真壁」
「はい?」
「栞が正しい」
「所長!」
「借金を申し込む前に仕事しろ」
「働いてますよ!」
私は吹き出しました。
今日も夕日が事務所の窓から差し込んでいました。
机の上には、浜田さんの事件で使った書類。
その横には、私のノート。
催告の抗弁権。
検索の抗弁権。
分別の利益。
昨日までなら、試験に出る難しい単語だった。
でも今は違う。
「兄貴に先に請求してください」
「兄貴には土地があります」
「二人いるんだから半分でしょう」
俊夫さんが必死に口にした三つの言葉。
全部、法律上は盾にならなかった。
だから私は、もう忘れないと思う。
連帯保証という制度が怖いのは、名前に「連帯」とついているからじゃない。
本来なら保証人が持っている防御を捨てて、債権者に対して極めて重い責任を引き受けるからだ。
判子を押すのは一秒。
責任を負うのは、何年になるか分からない。
私はノートを閉じました。
法律を勉強する理由は、
難しい言葉を覚えるためじゃない。
たった一度、
「ここに名前だけお願いします」
と言われた時。
その「名前だけ」の向こう側に何があるのかを、
ちゃんと想像できるようになるためだ。
「栞、帰るぞ」
「はい」
「戸締まりしろよ」
「真壁さんが最後でしょう」
「じゃあ電気消せ」
「それくらいやってください」
「連帯して消そうぜ」
「嫌です」
「電気くらい連帯しろよ」
「連帯という言葉に警戒心が芽生えました」
真壁さんが笑った。
所長も、少しだけ笑った。
昭和六十三年。
借金にも土地にも、世間が妙に強気な時代。
だからこそ私は、四文字だけは軽く扱わないことにしました。
――連帯保証人。
少なくともこれだけは、
試験が終わっても忘れないと思います。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




