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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 保証、連帯債務

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119/254

[保証]現場編 『保証人になった覚えはない』

挿絵(By みてみん)

 保証人。


 この三文字ほど、「ちょっと名前を貸しただけ」が通用しない言葉も、なかなかありません。


 ――そして逆に。


「俺は保証人になったんだ!」


 と本人が力いっぱい主張していても、


 法律のほうが、


「いや、なってませんけど」


 と冷静に返してくることもあります。


 人の決意より書類のほうが強い。


 不動産業界、今日も世知辛いです。


     ◇


「だから俺が払うって言ってるだろ!」


 午前十時。


 大槻不動産の事務所に、野太い声が響きました。


 私は思わず、お茶を注ぐ手を止めました。


 怒鳴っているのは五十代くらいの男性。


 作業着姿で、日に焼けた顔。


 名前は田所源三さん。


 町工場を営む人で、うちのお客さんではありません。


 その向かいには、青ざめた若い男性が座っていました。


 源三さんの甥、田所浩司さん。


 数か月前、中古住宅を購入した人です。


 問題は、その代金でした。


「叔父さん、だから……もういいって」


「何がいいんだ!」


 源三さんが机を叩く。


「お前が払えねえなら俺が払う! 最初からそういう話だったろ!」


 私は湯飲みを置きながら、真壁さんを見ました。


 真壁さんも私を見る。


 目が合った。


 そして、ほぼ同時に眉をひそめました。


 ――嫌な予感しかしない。


 不動産屋で「最初からそういう話だった」は、だいたい最初からちゃんと書面にしていない話です。


 所長の大槻さんだけは、いつものように静かでした。


「順番に聞きましょう」


 低い声で言う。


「浩司さん。家の売買代金はいくら残っていますか」


「……六百万円です」


「支払期限は?」


「先月末です」


「払えなかった理由は」


「勤めていた会社が倒産して……」


 浩司さんが俯きました。


 どうやら、住宅を買った直後に勤務先が倒産。


 再就職はしたものの収入が大幅に落ち、売主に対する残代金六百万円を支払えなくなったらしい。


 そして売主側から、


 ――支払えないなら保証人に請求する。


 と言われた。


 そこで登場したのが、叔父の源三さんです。


「俺が保証人なんだよ」


 源三さんが胸を張りました。


「浩司が家を買う時に言ったんだ。『もし払えなかったら俺が払ってやる』ってな」


 私は小さく首を傾げました。


「誰に言ったんですか?」


「浩司にだよ」


「売主さんには?」


「会ったこともねえ」


 ――はい。


 早くも香ばしい。


「書類は?」


 大槻所長が聞きました。


「書類?」


「保証契約書です」


「そんなもんない」


 即答。


 私は思わず目を閉じました。


 心の中で、宅建テキストのページが勢いよく開きます。


 保証契約。


 債権者と保証人との契約。


 そして――書面が必要。


 これ、かなり重要なやつです。


「……真壁さん」


「言うな」


「まだ何も言ってません」


「顔に書いてある。『これ保証成立してないんじゃない?』って」


「先輩、読心術まで取得したんですか」


「お前が分かりやすすぎるんだよ」


 そんな小声のやり取りをしている間にも、源三さんは続けていました。


「俺は男として約束したんだ! 浩司が困った時は俺が責任取るって!」


 男として。


 強い。


 ものすごく強そうな言葉です。


 ただし民法は、男気を契約形式として採用していません。


「田所さん」


 私は口を開きました。


「一つ確認してもいいですか?」


「なんだ」


「叔父さんは、浩司さんに『払えなければ代わりに払う』と言ったんですよね」


「ああ」


「でも、売主さんとは何も約束していない」


「ああ」


「書面もない」


「だから?」


 私は少しだけ言葉を選びました。


「それなら、叔父さんは法律上の保証人ではない可能性が高いです」


「……は?」


 源三さんが固まりました。


 浩司さんも顔を上げる。


 真壁さんは腕を組んだ。


 大槻所長だけが、わずかに頷きました。


「保証契約というのは」


 私は続けました。


「借りた本人と保証人がする契約じゃないんです」


「何?」


「債権者と保証人がする契約です」


 私は机の上のメモ用紙を引き寄せました。


 そこに三人を書きます。


 浩司さん。


 売主。


 源三さん。


「浩司さんが主たる債務者。売主さんが債権者。そして叔父さんが保証人になるなら――」


 私は線を引きました。


 売主 ―― 源三さん。


「この二人の間に保証契約が必要です」


「でも俺は浩司に約束したぞ」


「それは、浩司さんとの約束です」


「同じじゃねえのか?」


「法律上は違います」


 源三さんの眉間に深い皺が寄る。


 分かります。


 気持ちは分かります。


 普通の感覚なら、


 「俺が保証する」


 と言ったら保証人になった気がします。


 でも法律は、相手を見ます。


 誰と誰が契約したのか。


 そこを雑にすると、六百万円単位で人生が転びます。


「しかも保証契約は」


 私は続けました。


「書面でしなければ効力が生じません」


「口約束じゃ駄目なのか」


「駄目です」


 源三さんが、ぽかんとしました。


 私はちょっとだけ申し訳ない気持ちになりました。


 男気を二段階で全否定してしまった。


     ◇


「じゃあ……俺は払わなくていいのか?」


 しばらくして、源三さんが聞きました。


「法律上の保証人としては、少なくとも今の話だけなら」


「……そうか」


 ところが。


 安心すると思った源三さんの顔は、むしろ曇りました。


 浩司さんが俯きます。


「だから言ったんだよ、叔父さん」


「何がだ」


「俺のことなんか放っといてくれって」


「馬鹿野郎!」


 また机が鳴った。


「家買って半年で困ってる甥っ子放っとけるか!」


「でも六百万だぞ!」


「六百万がなんだ!」


 ――いや六百万は六百万です。


 かなり「なんだ」では済まない金額です。


 でも、二人の顔を見ていると、少し事情が分かってきました。


 浩司さんの両親は早くに亡くなっている。


 源三さんは、浩司さんを半分息子のように育てたらしい。


 家を買う時も、


「何かあったら俺が助ける」


 と言った。


 それを浩司さんは、ずっと「保証人になってもらった」と思っていた。


 源三さんも同じです。


 でも、その善意は契約になっていなかった。


 法律って、ときどき残酷なくらい形式的です。


 でも――。


 形式があるから、人は守られることもある。


 本人すら分かっていない六百万円の義務を、


 「あの時そう言ったじゃないか」


 だけで背負わせないために。


 私はその意味を、少しずつ理解し始めていました。


「所長」


 真壁さんが低い声で言いました。


「売主側は、田所さんが保証人だと思ってるんですよね」


「ああ」


 大槻所長が書類を見ました。


「どうやら浩司さんから聞いただけらしい」


「じゃあ、向こうも保証契約書を持ってない」


「そういうことだ」


 私は少し考えました。


 そこで、大槻所長が浩司さんに聞きます。


「ところで、家を失いたいですか」


「え?」


「売買契約を解除されても構わないですか」


「それは……嫌です」


 浩司さんは即答しました。


「母が生きていた頃から、いつか自分の家を持ちたいと思ってて……」


 その声が弱くなる。


「やっと買えたんです」


 源三さんの顔が険しくなりました。


「だから俺が払うって言ってるだろ」


「叔父さん」


「六百万くらい――」


「工場の機械、買い替えるんだろ」


 浩司さんが言いました。


 源三さんが黙る。


「叔父さんの会社だって余裕ないじゃないか」


 なるほど。


 そっちも危ない。


 保証人が一人沈んで、主債務者も沈む。


 昔からよくある悲劇です。


 私は思わず口を挟みました。


「全額を叔父さんが払う必要はないと思います」


 二人がこちらを見る。


「浩司さんは今、再就職してるんですよね?」


「はい」


「毎月なら、いくら払えますか」


「……十二万円くらいなら」


「売主さんと支払い方法を組み直す交渉はできます」


 私は所長を見る。


 大槻所長が頷きました。


「残代金を分割にする。そのうえで必要なら、改めて保証をつける」


「改めて?」


 源三さんが聞く。


「はい」


 私は言いました。


「本当に叔父さんが保証するなら、今度はちゃんと売主さんとの間で書面にします」


「今度こそ保証人になるのか」


「なりたいなら、です」


 私は少し強調しました。


「保証人は、頼まれたから絶対になるものじゃありません」


 源三さんが黙りました。


 浩司さんが慌てます。


「ならなくていい! 本当に!」


「やかましい」


「叔父さん!」


「ただし」


 大槻所長が口を開きました。


 事務所の空気が、ぴたりと締まる。


「保証する額は考えた方がいい」


「額?」


「何でもかんでも背負う必要はない」


 所長は浩司さんの支払計画を見ながら言いました。


「例えば、残額六百万円全部ではなく、一定額までの保証にする。支払期限や条件も書く」


 源三さんが目を細めます。


「そんなことできるのか」


「契約なんだから、内容を決めればいい」


 さすが所長。


 男気を契約書に落とし込む作業が妙に上手い。


 真壁さんも頷きました。


「それなら浩司も自分で払う責任は残るし、叔父さんもいきなり全部背負わずに済む」


「……なるほどな」


 源三さんが腕を組みました。


 私は続けました。


「あと、保証すると、元本だけじゃなく利息や違約金なども範囲に入ることがあります。そこも曖昧にしない方がいいです」


「おい」


 源三さんが私を睨みました。


「さっきから怖いことさらっと言うな」


「怖いから言ってるんです」


 保証って、入口はだいたい人情なんです。


 出口で数字になります。


 だから入口で数字にしておいた方がいい。


     ◇


 午後。


 売主の佐伯さんにも事務所へ来てもらいました。


 六十代の男性で、最初からかなり険しい顔をしていました。


「話が違うじゃないか」


 開口一番です。


「保証人がいるって聞いたから、支払いを待ったんだぞ」


 浩司さんが頭を下げました。


「すみません」


「叔父さんが払うって話だったんじゃないのか!」


 そこで源三さんが立ち上がりました。


「払わねえとは言ってねえ」


「叔父さん!」


「ただし」


 源三さんは私をちらっと見た。


「ちゃんと話を決める」


 お。


 学習してる。


 午前中まで「男が一度言ったんだから全部払う」だった人が、契約条件を確認し始めました。


 人間、六百万円が絡むと成長が早いです。


 大槻所長が前に出ました。


「佐伯さん。まず整理します」


 静かな声。


「現時点では、田所源三さんとの有効な保証契約が成立しているとは言い難い」


「何?」


「あなたと田所さんとの間に書面がありません」


 佐伯さんの顔が変わります。


「じゃあ私はどうなるんだ!」


「ですから、そこで終わらせずに話をしましょう」


 所長は一枚の紙を出しました。


 支払計画です。


「浩司さんは毎月十二万円を支払う」


「十二万?」


「加えて、賞与月に一定額を上乗せする」


 佐伯さんが紙を見る。


「それで足りるのか」


「時間はかかります。ただ、解除して争うより回収の可能性は高い」


 所長は淡々と続けます。


「そして源三さんは、一定範囲で保証する意思がある」


「全額じゃないのか!」


「全額にする必要はありません」


 大槻所長の声には、妙な迫力がありました。


「保証は罰ではありません。契約です」


 ――それ。


 すごく大事。


 保証人になると、なぜか「主債務者と同じだけ全部背負うのが当然」という空気になりがちです。


 でも契約なら、範囲を決める。


 誰が。


 誰に対して。


 いくらまで。


 何を保証するのか。


 そこを言葉にする。


「俺は」


 源三さんが口を開きました。


「二百万までなら保証する」


 浩司さんが顔を上げました。


「叔父さん」


「勘違いすんな」


 源三さんは甥を睨む。


「お前の借金を俺が払うんじゃない」


「……」


「お前が自分で払う。どうしても駄目な時だけ、二百万までは俺が尻を持つ」


 浩司さんの目が赤くなりました。


 佐伯さんはしばらく黙っていました。


「……それなら」


 ようやく言う。


「分割でいい」


 浩司さんが息を呑む。


「本当ですか?」


「ただし、一回でも黙って遅れたら駄目だ」


「はい!」


「払えないなら払えないで、先に言え」


「はい!」


 大槻所長が頷きました。


「では、その条件で書面を作りましょう」


 私は思わず、机の下で小さく拳を握りました。


 ――決まった。


     ◇


 書類を作り終えた頃には、外はすっかり夕方でした。


 浩司さんは、何度も頭を下げて帰っていきました。


 源三さんも帰り際、私の前で立ち止まりました。


「嬢ちゃん」


「はい」


「俺、最初から保証人だった方が格好よかったか?」


 何を聞くんですか、この人は。


 私は少し考えてから答えました。


「今日ちゃんと内容を読んでから保証人になった方が、格好いいと思います」


 源三さんは鼻を鳴らしました。


「口が達者だな」


「事務見習いですから」


「事務に必要か、それ」


「たぶん宅建には必要です」


「意味分からん」


 そう言って、源三さんは笑いました。


 玄関を出る直前、振り返って一言。


「……ありがとな」


 今度は小さな声でした。


 それだけ言って、帰っていきました。


 私はしばらく玄関を見ていました。


「栞」


 後ろから真壁さんが呼ぶ。


「はい?」


「今日のお前、少し危なかったぞ」


「え?」


「最初に『保証契約は無効です』って言った時だ」


「だって書面が――」


「法律的にはそうでも、あの場でそれだけ言ったら、佐伯さんは『じゃあ俺だけ損か』ってなる」


 私は黙りました。


 なるほど。


 正しいことを言えば、それで事件が解決するわけじゃない。


 むしろ、正しさだけ置いて帰ると、誰かがその下敷きになる。


「実務はな」


 真壁さんが缶コーヒーを一本放ってきました。


 私は慌てて受け取る。


「法律で線を引いて、その線の上で、みんなが歩ける道を探すんだよ」


「……真壁さん」


「なんだ」


「今日は珍しく格好いいですね」


「今日は、って何だ」


「いつもは顔だけ怖いので」


「返せ、そのコーヒー」


「もう私のです」


 缶を胸に抱える。


 そこへ大槻所長が、書類を片づけながら言いました。


「栞」


「はい」


「保証で一番危ない言葉、分かったか」


「『俺が何とかする』ですか?」


「近い」


 所長は少し笑いました。


「『名前だけ貸してくれ』だ」


 私は思わず吹き出しました。


「確かに」


「保証に、“名前だけ”なんてものはない」


 所長の言葉が、静かに事務所に残りました。


 私は今日作った保証契約書を見る。


 債権者。


 保証人。


 保証する債務。


 金額。


 条件。


 紙の上では、全部ただの文字です。


 でも、その一行一行の向こうに、浩司さんの家がある。


 源三さんの工場がある。


 佐伯さんが受け取るはずだったお金がある。


 昨日までなら、


 保証=借金を代わりに払う人。


 それくらいにしか思っていなかった。


 でも違う。


 保証とは、


 誰かを助けるために、自分の財産まで差し出す可能性のある約束だ。


 だから法律は、口約束では足りないと言う。


 書いて。


 読んで。


 考えて。


 それでも引き受けるのか確認する。


 形式的で冷たいように見えて、


 実は、ずいぶん人間くさい仕組みなのかもしれません。


 私は缶コーヒーを開けました。


「真壁さん」


「ん?」


「私、保証人にはなりませんからね」


「誰も頼んでねえよ」


「絶対ですよ」


「お前に保証してもらうくらいなら自分で払う」


「ひどい」


「十八歳の事務見習いに借金背負わせる奴の方がひどいだろ」


 それはそうだ。


 夕暮れの事務所に、私たちの笑い声が響きました。


 昭和六十三年。


 土地も家も、金額がどんどん大きくなる時代。


 人情も景気も勢いがあって、


「俺に任せろ」


 の一言で話が進んでしまうこともある。


 でも。


 誰かを本当に守りたいなら、


 勢いだけでは足りない。


 何を引き受けるのか。


 どこまで引き受けるのか。


 ちゃんと分かった上で、名前を書く。


 その方がたぶん、


 口約束よりずっと優しい。


 私は机の上の契約書を、もう一度きれいに揃えました。


 今日の教訓。


 保証人になるなら、男気より先に書面を読め。


 ――うん。


 宅建のテキストには書いてないけど、


 たぶん試験より人生に効くやつです。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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