[混同]法理編 栞とお勉強
夕方の事務所で、私はノートを開きました。
今日の事件を、もう一度、最初から整理してみる。
田島さんは、お父さんの土地を借りて、自分の家を建てていた。
つまり田島さんは、
土地について「借地権」を持っていた。
そして、お父さんが亡くなった。
田島さんは一人息子で、その土地を単独相続した。
すると田島さんは、
土地の「所有権」と、
その土地を借りる「借地権」を、
両方持つことになる。
「……やっぱり、自分で自分から土地を借りることになるんだよなあ」
私はノートの端を指で叩きました。
「なんだ。また一人でぶつぶつ言ってるのか」
後ろから声がしました。
真壁さんです。
「復習です」
「今日の?」
「はい。混同」
「こんどう?」
「さっき散々使ったでしょう」
「言葉は聞いた。でも、俺は現場で分かればいい」
「宅建受ける人は、それじゃ駄目なんです」
「お前はまだ受けてないだろ」
「前世で散々苦しみました」
「また意味分からんこと言ってるな」
私は無視して、ノートの真ん中に大きく書きました。
混同
「まず、混同って何か」
私は鉛筆を持ち直しました。
「簡単に言うと、本来は別々の人の間にあるはずの権利関係が、同じ人に集まることです」
「今日みたいに?」
「そうです」
私は図を書きました。
父B ――土地所有者
子A ――借地権者
「最初は、こう」
「うん」
「AはBの土地を借りている」
「普通だな」
「はい。でもBが死亡して、Aが土地を単独相続すると……」
私は書き換えました。
A ――土地所有者
A ――借地権者
「同じ人になった」
「そういうことです」
「で、借地権が消える」
「はい」
私はその横に丸をつけました。
所有権と借地権が同一人に帰属
↓
原則として借地権は消滅
「なんで消えるんだ?」
「意味がなくなるからです」
「雑だな」
「でも、本質です」
私は続けました。
「借地権って、他人の土地を使うための権利ですよね」
「ああ」
「でも自分がその土地の所有者になったら、借地権がなくても土地を使える」
「そりゃそうだ」
「だから、借地権を別に残しておく意味がない」
「なるほど」
私はノートに書きました。
混同=権利が同一人に集まって、
その権利を残す必要がなくなること
「これが基本です」
「今日の田島さんだな」
「はい」
「じゃあ、混同って借地権だけの話か?」
「違います」
私は鉛筆を三本、机の上に並べました。
「宅建で押さえたいのは、主に三つです」
一つ目。
借地権などの物権。
二つ目。
抵当権。
三つ目。
債権。
「順番にいきます」
「嫌な予感しかしない」
「逃がしませんよ」
私はまず、一つ目に線を引きました。
① 所有権と他の物権の混同
「さっきの借地権がこれです」
「借地権って物権なのか?」
「借地権には、地上権と賃借権があります」
「おっと、急にややこしくなった」
「宅建はそういう試験です」
「性格悪いな」
「前世の私もそう思ってました」
私は少し笑って続けました。
「地上権のような物権なら、所有権と同じ人に帰属したことで、原則として消滅します」
「じゃあ賃借権は?」
「賃借権でも、貸主と借主が同一人になれば、契約関係として残しておく意味がなくなります」
「要するに、自分の土地を自分から借りない」
「そう覚えておけば、まず大丈夫です」
私は大きく書きました。
覚え方
「自分の土地を、自分から借りる必要はない」
「これは分かりやすいな」
「でしょう?」
「試験にそのまま書くなよ」
「所長と同じこと言わないでください」
真壁さんは笑いました。
次に私は、二つ目を書きました。
② 所有権と抵当権の混同
「こっちは宅建らしいですよ」
「抵当権か」
「はい」
私は図を書きます。
A――土地所有者・債務者
B――抵当権者・債権者
「AがBからお金を借りて、自分の土地にBのための抵当権を設定した」
「よくあるな」
「そのあと、BがAからその土地を買ったとします」
「すると?」
私は図を書き換えました。
B――土地所有者
B――抵当権者
「こうなります」
「自分の土地に、自分の抵当権?」
「はい」
「……意味あるか?」
「ないですよね」
「じゃあ消える」
「そのとおりです」
私は丸をつけました。
所有権と抵当権が同一人に帰属
↓
原則として抵当権は消滅
「抵当権って、他人の不動産から優先的に弁済を受けるための権利です」
「うん」
「でも、その不動産そのものが自分のものになった」
「なら、わざわざ自分に対して優先する必要はない」
「そうです」
「自分で自分に競売かけるみたいな話になるな」
「そこまでやるとだいぶ変です」
「分かりやすいだろ」
「……悔しいけど、まあ」
私はノートに付け足しました。
覚え方
「自分の土地に、自分の抵当権は要らない」
「これで二つ目」
「あと一つか」
「一番分かりやすいようで、意外と忘れやすいのが最後です」
私は三つ目を書きました。
③ 債権と債務の混同
「これは、お金の貸し借りです」
「ほう」
「BがAに百万円貸していたとします」
私は書きました。
B――債権者
A――債務者
「AはBに百万円返さないといけない」
「普通だな」
「ところが、Bが亡くなって、その唯一の相続人がAだったら?」
「AがBの権利を相続する」
「はい」
私は書き換えました。
A――債権者
A――債務者
真壁さんが眉をひそめました。
「自分が自分に百万円払うのか?」
「払えません」
「じゃあ消える」
「そのとおり」
私は大きく書きました。
債権者と債務者が同一人になる
↓
その債権は原則として消滅
「これを、債権の混同といいます」
「一番分かりやすいな」
「そうですね」
「自分から自分に取り立てはできん」
「はい」
私は今日のタイトルを思い出して、少し笑いました。
「自分から自分へ家賃も払えないし、自分から自分へ借金も返せない」
「お前、その覚え方気に入ってるな」
「かなり」
そこへ、大槻所長が奥から出てきました。
「まだやってるのか」
「所長、混同をまとめてました」
「そうか」
所長は私のノートを覗き込みます。
「所有権と借地権。所有権と抵当権。債権と債務」
「はい。基本はこれでいいですよね」
「基本はな」
その言い方。
私は嫌な予感がしました。
「……基本は?」
「混同には例外がある」
「やっぱり!」
真壁さんが笑います。
「宅建、簡単に終わらせてくれんな」
「法律は、だいたい例外が本番です」
「嫌な世界だな」
所長は私の鉛筆を取りました。
「栞。ここは試験で狙われる可能性がある。書いておけ」
「はい」
所長が書いたのは、こうでした。
混同しても消滅しない場合がある
「え?」
真壁さんが首を傾げます。
「同じ人になったら消えるんじゃないのか?」
「原則はそうだ」
所長が答えます。
「だが、その権利を消すことで第三者が困る場合は、残ることがある」
「第三者?」
「はい」
私はそこで、民法の条文を思い出しました。
「あ……第三者の権利の目的になっている場合」
「そうだ」
所長が頷きました。
私はノートに書きました。
超重要
所有権と他の物権が同一人に帰属しても、
その物または物権が第三者の権利の目的となっているときは、
その物権は消滅しないことがある。
「ちょっと待て」
真壁さんが手を上げました。
「急に分かりづらくなったぞ」
「具体例でいきます」
私は紙を一枚めくりました。
「例えば、Aが土地を持っていて、Bがその土地に地上権を持っているとします」
「うん」
「さらに、そのBの地上権に、Cの抵当権が付いている」
「もう嫌だ」
「逃げない」
私は図を書きました。
A――土地所有者
B――地上権者
C――Bの地上権に抵当権
「この状態で、Bが土地の所有権まで取得したら?」
「普通なら、地上権と所有権が同じBに集まるから、地上権が消える」
「そうです。でも――」
私はCを指しました。
「Bの地上権には、Cの抵当権が付いている」
「地上権が消えたら?」
「Cの抵当権の目的も消えてしまう」
「ああ」
真壁さんがようやく頷きました。
「Cが困る」
「そういうことです」
私は大きく囲みました。
第三者を害する混同は、単純には消さない
「これが例外の感覚です」
「つまり」
真壁さんが腕を組みます。
「本人だけの話なら、『もう同じ人だから消しましょう』でいい」
「はい」
「でも、そこに第三者の権利がぶら下がっていたら」
「勝手に消すと第三者まで巻き込まれる」
「なるほどな」
私は頷きました。
「宅建の問題では、混同を見つけた瞬間に『消滅!』って飛びつかないことです」
「一回、第三者がいないか見る」
「そうです!」
私は赤鉛筆で書きました。
試験の鉄則
① 同一人に権利が集まったか確認
② 原則は混同で消滅
③ 第三者の権利が付いていないか確認
「これなら俺でも分かる」
「真壁さん基準で説明するの、結構いい訓練になりますね」
「どういう意味だ」
「褒めてます」
「絶対違うだろ」
私は笑いながら、さらに続けました。
「あと、債権の混同も覚えておいたほうがいいです」
「さっきやったろ?」
「はい。でも債権の混同は、連帯債務や保証と絡むと問題が少しややこしくなるんです」
「出たな。連帯」
「今日は深入りしません」
「助かった」
「でも考え方だけ」
私はノートの余白に書きました。
債権者と債務者が同一人になれば、
原則としてその債権は消滅する。
「例えば、債務者Aが債権者Bを単独相続した」
「Aが自分に対する債権を相続する」
「はい」
「それで債権は消える」
「そうです」
「でも連帯債務者とか保証人がいると?」
「他の人への影響まで考える必要が出てきます」
「やっぱり深入りしなくていい」
「宅建の範囲で出たら勉強してください」
「俺は受けん」
「じゃあ私の話を聞いてください」
「なんでだよ」
所長が、私のノートの一番下を指差しました。
「栞。最後に一行でまとめろ」
「一行ですか」
「試験中に思い出せる形でな」
私は少し考えました。
借地権。
抵当権。
債権。
どれも、本来は別々の人がいるから意味を持つ。
それが一人に集まる。
すると、原則として消える。
ただし、第三者を巻き込むなら、そのまま消してはいけないことがある。
私は書きました。
混同――
「権利とその相手が一人になれば原則消滅。
ただし第三者がいるなら要注意」
「どうでしょう」
所長が頷きました。
「悪くない」
「試験で使えます?」
「使える」
真壁さんが横から口を挟みます。
「もっと簡単にしろよ」
「じゃあ真壁さんなら?」
「自分対自分になったら終わり。ただし他人が絡んだら終わらない」
私は黙りました。
「……何だよ」
「分かりやすいです」
「だろ?」
「悔しい」
「今日は二回目だな」
私は真壁さんの言葉も、小さくノートに書きました。
自分対自分になったら終わり。
ただし、他人が絡んだら終わらない。
乱暴です。
でも、試験場ではこういう雑な言葉のほうが、意外と生き残ります。
私は最後に、今日の三つをまとめました。
混同の三大パターン
① 借地権などと所有権
同じ人に帰属
→原則、借地権などは消滅
② 抵当権と所有権
同じ人に帰属
→原則、抵当権は消滅
③ 債権と債務
債権者と債務者が同じ人
→原則、債権は消滅
そして、その下に大きく書きました。
ただし!
第三者の権利がある場合は、
混同しても消滅しないことがある。
「よし」
私は鉛筆を置きました。
「これなら覚えられそうです」
「お前が?」
「読者がです」
「誰だ、その読者って」
「未来の誰かです」
「また変なこと言ってるな」
真壁さんが缶コーヒーを机に置きました。
「ほら」
「ありがとうございます」
「今日も頭使ったろ」
「はい」
「混同したか?」
「何と何がですか」
「お前の頭と法律」
「それ、たぶん消滅しません」
「第三者が絡んでるからか?」
「そういう問題じゃありません」
所長が小さく笑いました。
私は缶コーヒーを両手で包みます。
今日まで、混同という言葉は、ただの法律用語でした。
同一人に帰属する。
権利が消滅する。
文章だけ見れば、それだけです。
でも今日、田島さんは借地権が消えると聞いて、自分の家まで失うと思った。
実際は逆だった。
借地権が必要なくなるほど強い権利――所有権を受け取ったから、借地権が消えた。
権利が消える。
それは必ずしも、何かを失うという意味ではない。
法律は、ときどき同じものを二重に持たないよう、静かに整理する。
ただし、その整理で誰か別の人の権利まで消してしまうなら、そこで一度立ち止まる。
私はノートを閉じました。
混同。
覚え方は単純です。
自分の土地を、自分から借りない。
自分の土地に、自分で抵当権をつけない。
自分から自分へ、借金は返さない。
そして――。
そこに第三者がいたら、話は別。
法律は、一人だけを見ていない。
そのことだけは、忘れないようにしようと思いました。
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