第二十三話 捕獲された魔術師
ルギアは早朝、急に宿屋の扉を叩かれて瞬時に身構えた。横にいる女が悲鳴をあげかけるのを、やや乱暴に手で口をふさいで黙らせる。
彼には心当たりがあった。
しばらく前に、双子の姉から王都へ顔を出すようにと連絡が来ていた。魔術で作り出された鳥は、彼の血の匂いをかぎとって居場所を見つけることが出来る。
頼みたい仕事があると言ってきたので、すぐにその時にいた街からは逃げ出した。
魔術で作り出した鳥は彼の居場所を姉に知らせることはない。その場で消える。でも、その鳥を追っている者が万が一いないとも限らなかったからだ。
ルギアがいた場所から王都への距離と、鳥の飛ぶ速度を考えればまずあり得ないことだったが、気は抜かなかった。
彼は仕事なんてものは、全くもってする気がないからだ。
彼はそんな人間だから、王弟からの、王宮で雇われ魔術師にならないかという誘いを蹴って、こうして各地を旅している。
それを分かっていながら仕事をさせようとする姉には当然ながら腹が立つ。
彼は亡命前、母国アンダートで魔術を一通り修めた。
彼のその魔術の腕と、姉の幻術の才がなければ、両親を殺された後、二人は逃げ延びられなかっただろう。
もう何かに縛られる生活は送りたくない。
それは縛られていながら、依存を生む。離れ難くなる。
彼は母国で王族として暮らし、国に縛られていた。その地位と両親を失った時のような気持ちはもう味わいたくない。
姉は楽観的だから、彼の気持ちは分からないらしい。何度断っても、理由をつけては呼び出そうとする。
それと同列に扱って良いのか分からなかったが、彼は一人の女性に入れ込むこともなかった。今腕の中にいる女性も一夜限りの相手だった。可愛らしいし温かいが、それに慣れるつもりはない。
再度扉が叩かれた。もう彼がここにいるのだと知られていることは間違いない。宿屋中が騒ぎになっているのも分かっていた。
彼は少し落ち着いた女の口から手を離すと、ざっと服を着てからその扉を開けた。
そこには予想通りの、騎士の一団がいた。
「姿を変えているのに、なぜ分かった?」
「姉上様からのご助言に従ったまでです」
彼らは慎重だった。余計なことは喋らない。その見破り方をルギアに知られないようにしている。次に彼を探さなければならなくなった時に、それがより面倒になるからだろう。
ルギアは、ベッドで固まっている一夜を共にしただけの名前も知らない女に、「ごめんね、騒がせて。迷惑料も払っていくから君はゆっくりするといい」と言ってその部屋を出た。
ルギアは騎士たちに取り囲まれて宿屋の前に停められていた馬車に乗り込み、その中で変身を解いた。
ここから逃げ出すことは出来るが、これほど多くの騎士を送り込んでまで彼を連れ戻そうとすることは今までなかった。
彼は今回ばかりは姉の意向に従うことにした。もしかすると、本当に困った事態に陥っているのかもしれない姉を、やはり見捨てることは出来ない。
馬車が動き出すと、彼は昨夜ほとんど眠っていなかったことを思い出した。程よい揺れが彼の中にいる睡魔を刺激する。
ルギアは小ぶりの馬車の席の上でマントを自分の体に巻き付けて、丸まるようにして眠りについたのだった。
◆
ルギアに逃げる隙を与えないようにか、もしくはよほど急いでいるのかは分からなかったが、馬を変えつつ走り続けた馬車は次の日の夕方には王都に入った。
王宮内に建つ、王弟が姉のために整備させた屋敷の前で馬車から降りた彼は腰を伸ばした。
王弟が彼を「久しぶりだな」と言って迎えた。そして、その屋敷のサロンに案内されると、姉が赤子を抱いて待っていた。
「何人目ですか?」
ルギアは姉の夫のリュードガーに気軽に聞いた。彼自身が王族として生まれ育ったため、王弟である義兄に対する敬意などというものとは、彼は無縁である。
「四人目だよ。そなたは相変わらずか」
ルギアはその通りだったので、特に言うべきこともなく肩をすくめた。
「どうして私の居所が分かったのです?」
彼は姉に聞いたが、彼女は微笑むだけで答えない。聞くだけ無駄ということだろう。
彼の変身の癖でも見抜かれたのだろうと、彼はこの馬車での旅の間に考えていた。次はもう見つかりたくはない。
彼が普段使っている変身術は、基本的に年齢も体格も変えられない。幻術の一種で、見た目が違うように見せているだけだ。
本来の高度な変身術を使えないわけではないが、それは魔力の消費が激し過ぎる。
彼らが母国から逃亡した時にはその術を使わざるを得なかったが、そのせいで彼はしばらく寝込む羽目になった。
「で、何の用ですか? 新しい赤子が生まれたのなら、初めからそう書いて送ってくれれば祝いの言葉くらい返しましたよ」
彼はその程度の用事ではないことが分かっていながら、一応厭味ったらしく言ってみる。
常に微笑みを浮かべている姉は彼をイラつかせる。このように彼の意思を無視した行動をとらせる時などは特に。
「あなたにお願いがあるの」
「仕事なんて受けませんよ。医療魔術で食べていけますんでね」
彼はそう言いながら、自分が油断していたことに思い当たって舌打ちした。
彼の居場所はずっと前から目星をつけられていたのかも知れないと今さらながら気づく。
姉からの連絡が来てからは魔術はほとんど使っていなかったが、金が尽きれば使わざるを得なかった。
医療魔術を使える者は少ないとは言わないが、街に何人もいない。ルギアと年齢や体格が近い者を探すのは、それほど難しいことではないだろう。
思わず顔を顰めて姉を睨みつけるが、彼のそんな様子を見ながらも姉は赤子に優しげな微笑を向けながら言う。
「私の可愛らしいお友達がおかしなことに巻き込まれたようなの」
「魔術がらみで? 姉上が力になってやれば、たいていの問題は解決出来るでしょう?」
「これは無理なの。生まれ変わりの契約魔法なんて大きな術は、私には手出しが出来ないもの」
彼は耳から流れ込んできた単語を飲み込むのに時間がかかった。
それをようやく理解してから、何か裏があるのではないかと姉を疑いながら口を開く。それほど、今この国で聞く可能性などないほど大きな術だった。
「……今なんと? 生まれ変わり? この国にはそんな力を持った魔術師はもう居ないでしょう」
「ええ。今はね。でもそれは百年ほど前に結ばれたものらしいから」
「百年前……。それならばあり得ますね……」
ルギアは興味に負けた。面白そうだと思ってしまった。彼は遠慮なく、どかりと近くの椅子に腰掛ける。
「詳しい話をお聞きしましょう」
ルギアは姉と義兄に向けて微笑みかけながら口の端を持ち上げた。
つづく……




