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キズあり令嬢の結婚 〜旦那様は前世で私を殺したそうです〜  作者: 針沢ハリー


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第十四話 初めての王宮



 その日のエリオットの帰宅は早かった。

 昼間のうちに王宮から屋敷に使いがあり、そう知らせてくれたので、クレアは夫を出迎えるべく早めに夕食用の着替えを済ませ、夫の帰宅の知らせを待っていた。


 夕食を共にとれる日は数日に一度はある。しかし、それよりもさらに早い時間に彼が帰ってくるのは、婚約して一緒に暮らし始めてから初めてのことだった。


「若奥様。若旦那様がお戻りになりました」

 メイドのナーラに声を掛けられて、クレアは読んでいた本を閉じ、玄関に向かう。すぐに出迎えられるよう、彼女は自室ではなく玄関のすぐそばにある小さめのサロンにいたのだ。


 エリオットは彼女がすでに玄関扉のそばで待ち構えていたのを見て、微笑を浮かべた。

 すぐに彼女に近づくと、その手を取って軽く口づけをする。妻が出迎えられる時間に帰宅した時にはそうすると彼は決めているようだった。


 初めの頃は彼のその義務的とも思える行動に戸惑いを覚えたクレアだったが、結婚してからもう数か月がたった今ではすっかり慣れてしまった。

 義務でも少し嬉しい。彼からクレアに何か気持ちを伝えようとしてくれていると思えたから。


 クレアはいつも通り、自室に着替えに行くエリオットと短い言葉を交わしながら階段を上り、自分も部屋に戻ろうとしていた。ところが、彼はクレアの腰を抱いて、そのまま彼女を連れて自室に入った。そんなことは初めてだった。


 クレアは数えるほどしか彼の私室に入ったことがない。

 もちろん、この部屋は内扉で彼の寝室や夫婦の寝室と繋がっている。さらに進むとクレアの寝室や私室や居間がある。


 彼は仕事を持ち帰るので、彼の部屋には基本的には鍵がかけられているけれど、用事があるときは内扉を使って出入りすることが出来る。

 しかし、二人で過ごすのは基本的には夫婦の寝室であるため、この部屋には、以前彼から本や資料を借りるために訪れた時に入ったきりだった。


 彼はおもむろに言った。

「少し話がある」

「は、はい」


 クレアは彼に勧められるままにソファに腰かける。彼はその正面に座った。


「実は、来月王宮で行われる国王陛下の生誕祝いの宴に夫婦で出席するようにと命令されてしまった」


 クレアもその宴が行われることは知っている。しかし、その招待客は随分前に決まっていて、その時には婚約すらしていなかったエリオットとクレアはそこに名前を連ねてはいないのだと聞いていた。

 そもそもカレドアル伯爵家の嫡男に過ぎないエリオットは、当主のように個人的に招待客になることは基本的にはないはずだった。

 それに、宴の当日、彼は王弟殿下の部下として、裏で万事不都合がないか監督する役目を担うために王宮に控えていなければならないと聞いていた。


「ずいぶんと急なお話ですが。お父様とお母様が出席されないことになったのですか」


 伯爵夫妻の代理として、というくらいしか、急遽エリオットとクレア夫婦が格式の高い宴への出席を求められる理由に思い当たらない。

 でも、領地にいる伯爵夫妻に何かあったのであれば、そちらを先に言うのではないだろうか。彼女は無意識に眉を寄せていた。


 それに、エリオットは首を横に振る。


「シュリアー妃殿下のご希望だそうだ。もちろん、表面上は王弟殿下の指示ということになる。あなたは随分と妃殿下に気に入られたらしい」


 クレアは驚いた。彼女は今でもよく、あの素晴らしいお茶会を思い出す。シュリアー様にはまたお会いしたいと思っていた。もしあの方にも同じように思っていてもらえるのならば素直に嬉しかった。


「まだ完全に生活が落ち着いたとも言い難いところに負担をかけてしまうが、王弟殿下からの直のご下命では断れない。面倒だろうが、出席の準備を頼む」

「かしこまりました。せっかく作っていただいたドレスもございますし。私のことはお気になさらずに」


 確かに彼女は嫁いで間もない状態で、そのような大きな宴に参加することになるとは思っていなかった。緊張もするけれど、エリオットの妻となった以上、それらは今後も避けて通れない。

 クレアは社交の経験は少ないものの、昔から微笑みながら人の視線を交わすのには慣れている。

 母から不吉と言われていた傷跡があっても、クレア本人を気に入って、声をかけてくれる年上のご婦人が領地の近くにはいた。そういう方に、ここでも出会えるのではないかという期待も少しだけあった。

 いずれにしろ、出席は決定している。王都での夜会には良い思い出はないけれど、何とかなると思うしかない。


「新しいドレスを作らせてもいい。あなたの好みもあるだろうから」

「いえ! 私にはもったいないようなドレスがたくさんありますし、袖を通してもいないのが心苦しいほどでした。今あるものの中で、お祝いの席にふさわしいものがありますから」


 エリオットが婚約時に作らせたドレスは、どれも非常に手の込んだものだった。肩が出ているように見えながら薄い生地で覆われていて、彼女の腕の傷跡を隠すように大輪の花々を模した美しい刺繍が配置されているドレスなど、彼女が安心して着ることが出来るものばかりだった。

 彼がクレアのことを、実際には、その心をとらえて離さない女性を想った結果だろう。彼はクレアの傷跡を、前世の自分がつけたことが原因で現れたものだと確信しているようだから。


「気に入ったものがあるならよかった。では、私の服装もそれに合わせよう。ドレスや宝飾品が決まったらメイド長にでも言っておいてくれ」

「はい。分かりました」

「宝飾品も、もしいいものがなければ急ぎで作らせる」


 クレアはそれも「いただいたものをつけたいので」と断り、何でも買っていいと繰り返すエリオットの言葉から逃れるように、先に食堂へ向かったのだった。



 ◆



 クレアは、生まれて初めて王宮へ足を踏み入れた。

 彼女の生家は辛うじて王都屋敷を維持している程度の地方の一子爵家に過ぎなかったから、このような格式の宴に招かれることはない。


 四日ほど前に領地から王都の屋敷にやって来た義理の父母とエリオットと共に、伯爵家の持ち物の中でも一番格式の高い、大きな馬車に乗って王宮へ到着した。

 クレアは集まっている馬車の数と、そこから吐き出される人の多さに、ついついエリオットの腕に添えた手が震えた。彼はそれに気づいてくれた。まっすぐ前を向きながらも、彼女の震える手にその手を添えてくれた。

 嫡男夫妻は当主夫妻に続いての入場となるので、二人は当主のすぐそばに控えている。私語が許される場ではないので言葉を交わすことはないのだが、エリオットが緊張するクレアをなだめるようにする、そんな一つの仕草で、周りからは自分たちも普通の夫婦に見えているのだろうとクレアは思った。



 彼女がここでそんなことを思ったのは、昨夜エリオットから改めて聞かされた、彼が前世の記憶を取り戻したという、その場面について詳しく聞いたからだった。

 エリオットは初めて父親に連れられて王宮を訪れた時に前世の記憶を思い出したのだと言っていた。そこが前世の彼であった人物にとって重要な意味を持つ場所だったからだ。

 彼には「あなたも何か思い出すかもしれない」と、やや不安そうな面持ちで言われたものだった。


 そしてそこで何度目かの疑問が頭をかすめた。本当にクレアがクラウディア女王の生まれ変わりだとして、その記憶がよみがえった時、自分を殺した人間の生まれ変わりであるエリオットをどう思ってしまうのだろうか、と。



 自分たちの名前が呼ばれたクレアは、エリオットに導かれるままに、全貴族がそこに招かれることを名誉と思っているだろう、その場所に足を踏み入れた。

 彼女も貴族の端くれであり、これまで大貴族が開催する夜会に出席したことはある。エリオットと出会ったのがまさにそんな場だった。

 その時もその大きなお屋敷や広間の大きさに驚いたものだったけれど、王宮の大広間はそれとはわけが違った。

 細部にまで施された彫刻に、張り付けられた金、そして見事に咲き誇る花々。彼女はその壮麗さに見とれた。エリオットの腕に触れていなければ、立ち止まってしまっていたかもしれない。



 国王陛下を迎え、宴が本格的に始まると、次に待ち受けていたのは挨拶の繰り返しだった。とはいえ、カレドアル伯爵やエリオットが先導してくれるので、クレアはただ微笑みを浮かべていただけだった。もちろん、貴族年鑑でしか知らなかった名前と目の前の人物を一致させながら頭に叩き込むことは忘れなかった。


 やがて、それが終わったかと思うと、国王陛下に御挨拶に行くという義父母と離れ、今度はエリオットと共に、彼が仕事上世話になっているという方々に挨拶に回る。

 カレドアル伯爵家の威光の賜物だろうが、クレアをおかしなもので見る人も、当て擦るようなことを言う人もほとんどいなかった。

 もちろん、ドレスを誉めながら、腕の傷跡を探すような視線を向けてくる人はいたけれど、「夫が贈ってくれたものです。お褒めいただいて嬉しいですわ」と言えば皆笑顔を張り付ける。


 問題だったのは、時折妙に馴れ馴れしくエリオットに触れてくる女性たちの存在だった。

 エリオットは通常であれば結婚しているべき年齢でも、クレアと出会うまでは婚約者さえもっていなかった。だから、頭の中では彼に誰か恋人くらいはいただろうと彼女も思ってはいた。

 しかし、若い未亡人や、既婚者でも夫と別行動をとっているらしいご婦人が親し気にエリオットを呼ぶ声に平静ではいられなかった。

 そんな自分に驚きつつも、その方たちをあしらいつつクレアを紹介しては遠ざかるエリオットについて歩くしかない。

 彼女はその時ばかりはエリオットの顔を見ることが出来なかった。


 そして、かならず挨拶せねばならない方たちの元に辿り着いた時、クレアはようやく安心できたのだった。

 その方々は、先ほどまで国王陛下らと共に壇上にいたリュードガー王弟殿下とそのお妃様だった。クレアは王弟殿下の側妃、実際にはたったお一人のお妃でおられるシュリアー様にはお茶会に招かれて話をしたが、王弟殿下には彼女らの結婚式で少しご挨拶をした程度の接点しかない。


「クレア。またお会いできて嬉しいわ。二人とも、さあ、顔を上げてちょうだい」

 シュリアー様の声に、クレアは失礼にならない程度に顔を上げた。彼女の笑顔は前にも見た通り、とても無邪気さを感じるものだった。それにつられて、クレアも微笑みを浮かべる。


 王弟殿下はやはり御兄弟の国王陛下に雰囲気が似ていた。銀色の髪に緑の瞳の体格がいい男性だ。お年は四十半ばだと知ってはいるが、実際の年齢よりもとても若く見えた。

 シュリアー様は、先日のお茶会の時よりも落ち着いた雰囲気のドレスをお召しだった。金色の髪に褐色の肌によく合う薄い水色のドレスに、濃い緑の瞳と同じ色の小さい石を複雑に組み合わせた、大変素晴らしい意匠の宝石たちでその美しさを際立たせている。シュリアー様も、三人も子どもがいらっしゃるようには見えない少女めいた雰囲気をお持ちだ。


「エリオット。クレア殿。挨拶回りご苦労だな。急な招待だったが、応じてくれて感謝する」

 王弟殿下は、最後の言葉はクレアに向かって言った。クレアは恐縮して軽く腰を折った。


「本当に、急でごめんなさいね。でも、あなたをぜひ王宮にご招待すべきだと思って」

 

 シュリアー様のその言葉に、どういう意味だろうかとクレアは内心首を傾げた。ただ、シュリアー様は楽しそうに微笑んでいた。



つづく……

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