4-1話 お仕事をするのです!
事務所を出たあと、猫田たちは目的地まで向かう。道中、黒井が猫田に話しかけてきた。珍しいタイプの人間だと、猫田は思う。今まで、仕事を一緒にしていても黒井のようにフレンドリーに話しかけてくる者はいなかった。
「そういえば、お前の名前、猫田って言うんだよな」
「そうなのです」
猫田は黒井を見上げる。真っ黒い瞳と目が合った。猫田は目を合わせて、話すことが得意ではないため、すぐに視線をそらす。
「おれの名前は黒井。十六歳よろしく」
「年齢はどうでもいいのです」
「ごめん」
なぜかとても悪いことをしたかのようにしょんぼりする黒井。
「謝罪は不要なのです」
「このガキくそめんどくせぇな。お前ら面倒見ろよ。魔術師がいないと不安つったのはお前らなんだから」
葉尾が機嫌の悪そうな声を上げる。葉尾は猫田に会ってからというもの機嫌がよかったことがない。これが普通の人間の猫田に対する態度だ。
「はいはい。わかってるわよ。私は福光。神官をしているわ。よろしくね」
「はい、なのです」
「あの目つきの悪い子は葉尾。一応騎士を名乗ってる。あの図体が大きい人はスズ。格闘家よ。黒井は葉尾と同じ騎士。この編成のおかげであなたを雇うことになったのよ。見るからに近接戦に特化したメンバーが多いから、ちょっと不安でしょ」
「なるほど、なのです」
「今日私たちがする仕事はね、商人の荷物を運ぶ際に護衛をすることよ。道中に魔物や盗賊に襲われたら守ってほしいんですって」
「ふーんなのです」
「こいつちゃんとわかってるのか。魔物だぞ? 襲われてしょんべん漏らしても守ってやんねぇからな」
「魔物とは何度も戦ったことがあるのです」
「すげえなお前。おれだって数えるほどしかないのに」
「鵜呑みにすんな馬鹿」
葉尾が黒井を軽くこづいた。
「いて」
こづかれても黒井はやり返そうとも腹を立てる様子もない。もとからおおらかな性格なのだろう。
「あ、依頼人の方だわ」
福光の視線の先には貧相な服を着た、いかにもお金の無さそうな若商人が馬の隣で立っていた。
「ああ、これはこれは冒険者様がた。本日はよろしくお願いいたします。わたくし藤本と申します」
藤本はニヤリと不気味な愛想笑いをした。
「こちらこそよろしくお願いします」
福光がペコリと頭を下げる。
「馬車一台か」
黒井がボソリと呟いた。さらに、馬車といっても御者席もなく荷台だけを引かせるような貧相なものだ。
「オレらみたいな駆け出しにでかい荷物任せられるわけねえからな。中身もたいしたことないだろ」
「ええと、ではわたくしから歩きながら、今日の経路の説明をさせていただきます。基本的にわたくしが道を知っているので、ついてきてくださるだけで結構ですので」
そういうと藤本が馬の手綱を掴んで馬車を動かし始める。
一行はそれにぞろぞろとついていく。
「まず、王都郊外に出ましてミドリ街道沿いを進みます。それから、プリプリ山へ向かいます」
「ぷりぷり山。あの山なのですか」
猫田が遠くに見える山を指差す。曲線を二つ繋いだようなフォルムの山だ。
「そうです。よくわかりましたね」
「ケツなのです。ケツの形をしているのです」
「決してそういうことではありません!」
突如興奮した商人がヒステリックに叫んだ。
「びっくりしたー。どうしたんすか?」
突然のことに黒井が驚く。
「あの山はかの有名な伝説の冒険家プリプリプリリによって命名されたためそのような名前であるのです。けして、お尻のようだからという理由ではございません!」
「絶対ケツなのです」
「違います。絶対に」
「そんな冒険家知らないのです。デタラメなのです」
「それはあなたが子供で、無知だからです」
一歩も引く姿勢を見せない商人。ひ弱そうに見えて、譲れないものがあるらしい。
「オマエとは仲良くできそうにないのです」
「わたくしも同感です」
「仲良くしろよー」
黒井の間延びした声が響いた。
猫田たちはその後、特に何の障害もなくミドリ街道を抜け、プリプリ山の麓までやってきた。
「では、今から割れ目のところに向かい……わたくしとしたことが。山と山の谷間ですね。そこへ向かいます。一番山を越えやすくなっておりますので」
「ついにケツと認めたのです」
「ぐぬぬ……」
「まだその話続いてたのかよ。クソどうでもいいわ」
欠伸しながら葉尾が言った。
半日ほど歩いてきたが、魔物や盗賊に遭う機会はなかった。
「ぜんぜん魔物いないな」
と、黒井が呟く。
「まるでいてほしかったみたいね。魔物がいないに超したことはないんだから、良かったじゃないの」
「でも、これじゃ遠足に来たのと変わんないだろ。ただ歩いてるだけで、おれたちの存在価値が問われるというか。な、猫田」
「このガキに同意求めんのやめろよ、黒井」
「なんか通じるものが」
「心配しなくても、魔物はそのうち出てくるのです。魔物は森の深くに行くにつれて多くなる傾向にあるのです。むしろ、人里に近い今は盗賊に気をつけるべきなのです」
「はっ、適当言ってやがるぜ」
「そこの馬車止まれ! 命を取られたくないんなら、有り金全部と荷物を置いてけ」
盗賊が前方から行き先を塞ぐように現れた。
「言ってる先から来ちまったじゃねえか」
さすがの葉尾も不意を突かれたのか慌てたような声を出した。
「結構いるな。十人くらいか」
「た、たいしたものは入っていないので勘弁してくださぁい」
商人が今にも縮み上がりそうな声で叫んだ。
「お願いされたら言うこと聞くように見えるか? あ!」
盗賊が商人に向かって恫喝する。
「ひいい。皆さんよろしくお願いしますぅ」
「黙れ! 餓鬼三人とよくわからんやつ二人に何ができるってんだ」
「よくわからんやつというのはだれのことなのです?」
「おれのことかもしれないな」
「どう考えて、ガキとスズのことだろ!」
小麦用の麻袋と土鍋を被っている二人はいかにも異様だった。
すると、盗賊は猫田に視線を送った。
「なんだこの小さい小僧は。新種の魔物か。土鍋のようなものが頭から生えているぞ。警戒した方がいいかもしれん」
盗賊の長っぽい髪の長い男が言う。
「猫田は一応じゃなくてもレディなのです」
「あの盗賊たぶん馬鹿だろ」
葉尾があきれたように言った。
「まあ、いい。殺せ」
その言葉とほぼ同時に盗賊たちが襲いかかってくる。
「来たぞ」
葉尾は剣を構え、叫ぶ。
「おお! すげえ。福光なんでうしろにいるんだ」
黒井が興奮したような歓喜の声を上げる。それに苛立ちの籠もった声で福光が応える。
「何で喜んでんのよ! 私は神官だから戦えないのわかってる?」
「そうだった」
黒井は剣を引き抜き、盗賊と剣を交える。が、その後ろから別の盗賊が斬りかかってくる。
「おお」
黒井はそれをかわしたが、葉尾も同じ状況らしく、苦悶の表情をしている。一人で何人かを相手にするのはいささか新人にはきついものだった。
「くそっ。数が多い。ガキ! お前もさっさと戦え!」
「了解なのです。ゲローニャ!」
猫田は声高々に叫んだ。しかし、すぐには何も起きなかった。
「死ね!」
盗賊の一人が福光に斬りかかろうとする。もう逃れられないと思い福光は目を瞑る。
「福光!」
黒井は叫んだが、盗賊二人を相手にしているため、助けに行くことができない。




