1-2話 猫田なのです!
川谷が猫田を追って下りていくと、女性の高いしゃべり声が聞こえてくる。この建物の一階は応接室、二階は所属する冒険者たちの待機場所となっているが、一人ひとりに椅子と机が与えられているため、事務室のようにも見える。
ここは川谷が経営する冒険者派遣事務所である。パーティーに所属していない冒険者を人手が足りないパーティーに派遣している。所属している冒険者全員が女性で、気が向いた時に仕事ができる比較的自由な労働環境であった。
下の階に逃げ込んだ猫田は年上の金髪の少女に慰めてもらっていた。神官らしい白い装いに、長いまつ毛に縁どられた青い瞳。上品さが溢れる彼女は誰もが絶世の美少女だと思うだろう。猫田の隣の席に座った彼女は背の低い猫田に視線を合わせて、話を聞いている。
「しげばやし。しょちょーがひどいのです。しょちょーが猫田をいじめるのです」
「そうなんですね。でも、所長も本気でそんなこと言ったんじゃないと思います。あの人意外と子供ですから」
「しげぴー。誰が子供だって?」
「所長」
川谷が後ろから接近していることに気が付かなかった茂林は、びっくりしたように口元を手で覆う。
「まあ、かわいいから許す」
「許すん……ですね」
茂林とは対面の椅子に座った受付嬢の野入が書類から目を離さないまま言った。顔は整っているが、まとめた黒髪と黒縁の眼鏡のせいか地味な雰囲気を醸し出している若い女だ。
「だが、その幼女と呼ぶに値しないクソガキは許さん。のいりん。猫田の仕事を増やすように調整しておいてくれ。盗みを働いた罰だ」
「え、はい。わかりました」
野入は戸惑いながらも了承する。猫田は仕事をするのが嫌いなのだ。
「そんなことしてよいのですか。猫田はしょちょーが児童虐待とパワハラをしていると世間に言いふらすかもですよ」
「なんでそんなことだけ知っているんだ。悪質な餓鬼め。この事務所から追い出されたいのか?」
「所長! そんな言い方ないじゃないですか! 猫田さんは褒めないと成長しないタイプですよ! 暴言を吐いてもまったく反省しません」
茂林が川谷に訴える。
「かばってるのかディスってるのかわからないね・・・・・・しげちゃん」
少し呆れた様子で野入が言う。
「猫田は悪くないのです。そこに魚があったからそれを取っただけなのです」
「あーだから猫田さん魚を握りしめてるんですね。ちょっと生臭いのになんなんだろうと思ってました」
「何気にしげちゃんが、一番猫田さんを傷つけてるよ。ところで所長。今月の依頼予約一覧完成しました。しげちゃんの指名がとても多いのですが・・・・・・」
「どいつもこいつも考えていることは一緒か。適当に理由をつけて他の神官で我慢してもらえるようにしろ。まったく、うちはキャバクラじゃないんだが。しげぴーがかわいいせいで」
「それは他の神官にも失礼な言い方な気が・・・・・・」
「わたしは顔だけの女じゃないですよ」
茂林はすねたようにむくれる。その顔が子供っぽくて川谷は笑う。
「そうだな。しげぴーはなんたってメリーヌ神官女学院の卒業生だからな」
メリーヌ神官女学院はこの国屈指の神官の名門校である。並の実力では入学試験を受けることすらできないという全国の子女のあこがれである。その卒業生には有力な政治家や冒険者として大成する者も少なくない。
「だが、この中にどれくらいその価値を理解している奴がいることか」
「わたしはそんなことはどうだっていいんです。猫田さんと毎日楽しくおしゃべりできれば」
「でも、しげちゃん。猫田さんとお仕事いっしょにできたことないよね」
「そうなんです。だから、事務所にいるときは楽しくおしゃべりしたいんです。でもすでにお客さんとの待ち合わせの時間が近づいていて」
「しげぴー今日仕事入っていたのか」
「はい。猫田さん、お魚さんは所長にでも料理してもらってください」
「猫田は魚を食べるのは嫌いです。みーちゃんにあげるのです」
「意地でも食わす」
「べ」
猫田が川谷に向かって鼻にしわを寄せながら舌を出す。意地でも食べたくないらしい。その顔を見た川谷は猫田の頭に乗った土鍋を奪う。すると、猫田の頭に猫の耳のようなものが出現する。それは猫の耳のように見えるだけでただの寝ぐせである。
「こいつで魚の煮物でも作るか」
「返すのです!!」
鼻にしわを寄せ、凄まじくでかい声を出す猫田。川谷はヘラヘラ笑いながら猫田に土鍋を返す。
「もう、所長ったら、猫田さん虐めて楽しいんですか! 仲良くしてください。野入先輩も!」
「え? あたし?」
「そうです。いつも猫田さんと所長のやり取りに興味なさそうに見て。さっきだって、簡単に所長の命令に従ったじゃないですか。仕事を増やしたら猫田さんかわいそうだと思わないんですか」
「まさか。しげちゃん。大丈夫だよ。所長にはああいったけど、それはその場しのぎで実際に増やしたりしないよ。児童虐待で訴えられたくないし」
野入は茂林を安心させるように微笑みかける。
「私の前でよくそんなことが言えたな。のいりん。もっと、上司に対して誠実になったらどうだ」
「はは」
野入は笑って誤魔化す。
「でも、それならよかったです。わたしがいない間に喧嘩しないように見張っておいてくださいね、野入先輩。わたしは仕事に行きますから」
「よかないぞ。はあ。……なら、お前たちが代わりにあのじゃじゃ馬を制御してくれ」
「あ、まってしげちゃん。言うの忘れてたんだけど、そのお客さん今朝、キャンセルになったんだ」
野入が慌てるでもなく平然と言い放つと、茂林は花咲くような笑顔になる。
「わあ、本当ですか。やった、嬉しいです」
「労働意欲がなくてよろしいことだな」
「そのお客さんどころか、今日はほとんどのお客さんがキャンセルになったんです」
「なんだと」




