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2話 奪われた証拠品

 0時42分。


 雨はまだ止んでいなかった。


 SERTの黒い車両は、都心の深夜を音もなく抜けていた。


 赤色灯は回していない。


 サイレンも鳴らしていない。


 ただ、濡れた道路の上を、3台の黒い車列が一定の距離を保ちながら走っている。


 上原直城は、2台目の後部座席でタブレットの画面を見ていた。


 助手席には戸張龍一。


 その隣の車両には吉田未華、片桐蓮司、水瀬怜奈。


 後方車両では梶原伊織が端末を広げ、移動中の車内を即席の情報室に変えていた。


 1時間前、雑居ビル立てこもり事件は収束した。


 人質は全員救出。


 犯人の森谷健二も確保。


 報道向けには、警視庁と関係機関の連携により解決、といういつもの表現で処理される予定だった。


 SERTの名前は出ない。


 黒い戦闘服の背中に映った白い4文字も、可能な限り映像から外される。


 だが、その直後だった。


 森谷事件で押収されたスマートフォン、記録媒体、外部サーバー接続ログの一部。


 それらを解析施設へ移送していた警察車両が、都内近郊の高架下で襲撃された。


 奪われたのは、証拠品の入った耐衝撃ケース。


 警察車両を襲った実行犯は3名。


 現場には発煙筒と金属片が撒かれ、車両のタイヤが損傷していた。


 拳銃の発砲はない。


 爆発物もない。


 だが、襲撃の時間と場所が正確すぎた。


 上原は画面から目を離さずに言った。


「梶原、現場映像は」


 車内のスピーカーから、梶原の声が返る。


「出します」


 タブレットに高架下の映像が映る。


 夜の片側2車線。


 雨で視界は悪い。


 警察車両が高架下に差しかかった瞬間、前方に白いワゴン車が停まる。


 同時に路面へ発煙筒が投げ込まれた。


 視界が赤い煙で潰れる。


 警察車両が減速したところで、側道からバイクが2台。


 1台が金属片を撒き、もう1台が後方を塞ぐ。


 ドアが開き、黒いレインウェア姿の人物がケースを奪って逃げる。


 映像はそこで一度途切れた。


 戸張が低く言う。


「雑だな」


「雑に見せてるだけかもしれない」


 上原は画面を止めた。


 奪われる瞬間。


 犯人の1人が、警察車両の後部座席に迷わず向かっている。


「ケースの場所を知ってる」


 吉田の声が別車両から入った。


「内部情報ですか」


「その可能性がある」


 梶原が続ける。


「ただ、移送ルートを知っていた人間は限られています。警視庁側、解析施設側、あと連絡を受けた一部の幹部だけです」


 片桐の声が割り込む。


「現場に爆発物の痕跡はなし。足止めは発煙筒と金属片。金属片は市販の工具を加工したものですね。爆弾を作る知識はない。でも、人を止める道具としては十分です」


 水瀬が淡々と言う。


「発煙筒は通常品です。ただし、煙の量が多いタイプです。視界を塞ぐ目的としては合ってます」


 戸張がフロントガラス越しに雨を見た。


「素人にしては段取りがいい。プロにしてはやり方が安い」


 上原は頷いた。


「実行犯は素人。指示役は別にいる」


 吉田が言う。


「闇バイトですか」


「可能性は高い」


 車内に一瞬だけ沈黙が落ちた。


 闇バイト。


 命令を出す者は姿を見せない。


 現場に出るのは、金に困った者、脅された者、後戻りできなくなった者。


 捕まるのは末端。


 本当に人を動かした者は、安全な場所から画面を見ている。


 梶原が続けた。


「犯行後、バイクは2方向に分かれています。ケースを持った人物は北側へ。もう1人は南側へ。白いワゴン車は現場放置です」


「追跡は」


「北側のバイクは途中で消えています。監視カメラ3台が同時に落ちました」


 戸張が眉を寄せる。


「偶然じゃないな」


「はい。通信障害ではなく、電源系を切られてます。現場を知っているか、事前に下見したか」


 上原は地図を拡大した。


 北側には廃工場地帯。


 南側には住宅街。


 その先に河川敷。


 普通に追うなら、ケースを持った北側を追う。


 戸張もそれを見ていた。


「直城、北に行くか」


 上原はすぐに答えなかった。


 雨粒が車窓を流れていく。


 タブレット上の赤い線が、犯人の逃走経路を示していた。


 上原は指で地図を少しずらした。


 高架下。


 防犯カメラが落ちた場所。


 金属片が撒かれた場所。


 白いワゴン車の放置位置。


 そして、南側へ逃げたもう1台のバイク。


「違うな」


 戸張が振り向く。


「何が」


「ケースを持ったやつは囮だ」


「証拠品を奪ったやつが囮?」


「本命は、南側だ」


 梶原がすぐに反応する。


「班長、南側のバイクは何も持っていません。映像上、ケースは北側です」


「ケースは見せるために持たせた」


 車内の空気が変わった。


 上原は地図上の南側を指で叩いた。


「奪った証拠品を隠すだけなら、北の廃工場に逃げ込むのは分かりやすすぎる。警察に追わせるための道だ」


 戸張が口元を歪める。


「じゃあ南は何だ」


「見ていたやつがいる」


「見ていた?」


「襲撃現場じゃない。俺たちの反応をだ」


 梶原の声が少し低くなった。


「SERTの出動確認ですか」


「おそらくな」


 吉田が言う。


「犯人たちは証拠品そのものより、こちらがどう動くかを見たい」


「そうだ。1話……いや、森谷事件で外部サーバーに転送ログがあった。あれを辿らせるために、証拠品を奪った可能性がある」


 戸張が低く笑った。


「こっちを釣るための餌か」


「釣られたふりをする」


 上原は無線を開いた。


「全車、進路変更。北側は警視庁の追跡班に任せる。SERTは南側へ向かう」


 梶原が言った。


「班長、それ、現場から見れば証拠品を追わない判断です。説明が面倒ですよ」


「説明は後で岡野室長に任せる」


「一番怖いところに投げましたね」


 戸張が前を見ながら言った。


「梶原、南側の監視カメラを拾え」


「やってます。……ありました。河川敷沿いの倉庫街に、不審な電波があります。短時間だけ立ち上がって、すぐ消えてます」


「発信源は」


「倉庫街の一角です。古い物流倉庫。現在は一部だけ民間会社が使っています」


 上原は短く言った。


「そこだ」


 黒い車列が、雨の道路で進路を変えた。


 SERTの車両は、サイレンを鳴らさない。


 街の中に溶けるように走る。


 だが、その中にいる者たちの表情は、完全に現場のものへ変わっていた。


 吉田が無線で言った。


「班長、実行犯が闇バイトなら、現場での説得が効く可能性があります」


「任せる。ただし、指示役が見ているなら、実行犯に逃げ道は残していないかもしれない」


「使い捨てですか」


「そうだ」


 片桐が言う。


「倉庫なら、出入口にトラップの可能性はあります。爆発物というより、簡易な足止めや火災誘導」


 水瀬も続く。


「発煙筒を使う相手です。密閉空間で煙を使われると危険です。換気口の位置を確認したい」


 梶原がすぐに答える。


「建物図面、古いですが取れました。2階建て。1階が倉庫、2階が事務所。裏口あり。北側に搬入口。南側に非常階段。屋上に小型アンテナらしき熱源」


 戸張が言う。


「突入は」


 上原は地図を見た。


「正面からは入らない」


「裏か」


「いや、見せるのは正面だ」


 戸張の目が細くなる。


「また変なこと考えてるな」


「犯人は、俺たちがどう動くかを見ている。なら、見せたいものを見せる」


 上原は無線を切り替えた。


「龍一、突入班を正面に見せろ。派手に配置する。ただし入るな」


「見せるだけか」


「そうだ。吉田は正面で拡声器。交渉開始の姿勢を見せる」


 吉田が返す。


「本当に交渉するんですか」


「する。だが、本命は別だ」


「了解」


「真壁、水瀬、片桐は裏手。梶原、倉庫の電波を追え。アンテナが本命なら、指示役と繋がっている」


 梶原がすぐに言った。


「班長、アンテナを壊せば通信は切れます」


「壊すな」


「え」


「拾え」


 梶原の声が止まった。


 戸張が横から言う。


「直城、通信を切らないのか」


「切れば相手は逃げる。繋がったままにして、向こうにこちらを見ていると思わせる」


「実際は」


「こっちが見る」


 戸張は一瞬黙り、薄く笑った。


「相変わらず嫌な読み方するな」


「褒め言葉として受け取る」


 倉庫街に近づくと、SERTの車両は二手に分かれた。


 正面に向かった車両が1台。


 裏手へ回る車両が2台。


 雨は強くなっていた。


 古い倉庫の外壁は黒ずみ、割れた看板が風で揺れている。


 正面の搬入口にはシャッター。


 その前に、1台のバイクが倒れていた。


 北へ逃げたはずのケース持ちではない。


 南へ逃げたバイクだ。


 戸張が防弾ベストの固定を確認し、隊員たちへ短く指示を出す。


「銃口を上げすぎるな。中に素人がいる。撃つ相手か、助ける相手か、見てから決めろ」


 隊員たちが頷く。


 上原は少し離れた位置から正面を見た。


「吉田」


「はい」


「声を届かせろ。時間を稼げ」


「得意です」


 吉田は拡声器を持ち、雨の中で倉庫へ向いた。


「中にいる人、聞こえますか。警察です。撃つために来たわけではありません」


 返事はない。


 だが、2階の窓のカーテンがわずかに揺れた。


 誰かが見ている。


 吉田は続ける。


「あなたたちは、証拠品の中身を知らされていないはずです。ケースを奪えと言われただけではありませんか」


 倉庫の中で何かが倒れる音がした。


 反応があった。


 戸張が小声で言う。


「図星か」


 上原は無線で裏手へ指示を出す。


「真壁、動け」


 裏手では、真壁が非常階段下にいた。


 隣には片桐と水瀬。


 片桐は扉の前でしゃがみ込み、隙間に小型カメラを入れている。


 爆発物処理で使う内視鏡カメラだ。


 見えない場所を見るための道具。


 片桐が囁く。


「扉の内側にワイヤー。開けたら何かが落ちる仕掛けです」


 真壁が聞く。


「爆弾か」


「違う。たぶん煙幕か音だけ。驚かせるための仕掛けですね」


 水瀬が検知器を確認する。


「化学剤反応なし。ただし発煙筒系なら換気が必要です」


 片桐は小さく笑った。


「安い仕掛けほど、踏むと腹が立つ」


 真壁が言う。


「解除できるか」


「できます。焦らなければ」


 片桐の手元が動く。


 工具がワイヤーに触れる。


 数秒後、仕掛けが無力化された。


「よし。開けていい」


 真壁がゆっくり扉を開ける。


 中は薄暗い倉庫だった。


 積まれた段ボール。


 古い棚。


 雨漏りの音。


 奥から、若い男の震えた声が聞こえた。


「来るな!」


 真壁は前に出すぎない。


「撃たない。手を見せろ」


「来るなって言ってんだろ!」


 吉田の声が正面から響き続けている。


「あなたたちは、指示された通りに動いただけかもしれない。けれど、今ここで人を傷つければ、もう戻れません」


 裏手の通路から見えたのは、若い男が2人。


 1人は鉄パイプを持っている。


 もう1人はスマートフォンを握りしめていた。


 その画面が光っている。


 誰かから指示が来ている。


 上原は無線で言った。


「梶原、スマホの通信を拾えるか」


「拾ってます。匿名通話アプリです。相手は中継を3つ挟んでます」


「声は」


「変声処理あり。ただ、通信経路は追えます」


「切るな」


「分かってます。見てる相手に、まだ見えてると思わせるんですよね」


「そうだ」


 正面では、吉田がさらに一歩踏み込んだ。


「今、あなたたちに命令している人は、ここにはいません。捕まるのはあなたたちだけです」


 中の男が叫ぶ。


「うるさい! 逃げれば金が入るんだよ!」


「その金、本当に受け取れると思いますか」


「黙れ!」


 戸張が上原を見る。


「直城、これ以上待つと暴れるぞ」


「分かってる」


 上原は倉庫の2階窓を見た。


 カーテンの隙間。


 わずかな黒い点。


 カメラ。


 正面を見ている。


 SERTの配置を見ている。


 ならば、見せる。


「龍一、正面で突入準備を見せろ。大きく動け」


「本当に入るな?」


「入るな」


「了解」


 戸張が手を上げる。


 隊員たちが盾を構え、正面シャッターへ寄る。


 いかにも突入直前に見える動きだった。


 倉庫内がざわつく。


 若い男たちの視線が正面へ流れる。


 その瞬間、裏手の真壁が動いた。


 鉄パイプの男へ一気に距離を詰める。


 撃つのではない。


 押さえる。


 真壁の腕が男の手首を捕まえ、鉄パイプが床に落ちる。


 もう1人がスマートフォンを握って逃げようとした。


 片桐が足元の段ボールを蹴る。


 派手ではない。


 だが、逃げる足が止まる。


 水瀬が低く言った。


「動かないで。転べば、そこのガラス片で足を切ります」


 男は固まった。


 真壁が押さえ込む。


「確保」


 戸張が正面から入る。


「全員、手を見せろ!」


 倉庫内にいた3人目の若者が、ケースを抱えていた。


 奪われた証拠品のケース。


 だが、開けられた形跡はない。


 上原はそれを見て、確信した。


 こいつらは中身を知らない。


 本当にケースを奪っただけだ。


 吉田が若者に近づく。


「名前は」


「……」


「今なら、まだ話せます。誰に命令されたの」


「知らない。アプリで来ただけだ」


「報酬は」


「50万。終わったら振り込むって」


 戸張が呆れたように言う。


「振り込まれるわけねえだろ」


 吉田が戸張を見る。


「副班長、今それ言うところじゃないです」


「悪い」


 その時、梶原の声が無線に走った。


「班長、通信元が動きました。こちらを見ていた端末が切断準備に入ってます」


「場所は」


「倉庫から約300メートル。河川敷側の駐車場。車内です」


 戸張がすぐに動く。


「直城、俺が行く」


「待て」


「逃げるぞ」


「逃がせ」


 戸張が振り向いた。


「またそれか」


「追えば、相手は切る。逃げたと思わせろ」


 上原は梶原に言った。


「梶原、相手の端末に、まだ倉庫内の映像が流れているように見せられるか」


「できます。録画をループさせます」


「やれ」


「やってます」


 戸張が目を細めた。


「相手はまだ倉庫を見てるつもりになる」


「そうだ」


「実際は」


「こっちは相手の車を見ている」


 梶原がすぐに言う。


「駐車場の防犯カメラ、取れました。黒のミニバン。運転席に1名。後部座席に1名。後部座席の人物が端末操作中」


「ナンバーは」


「偽装の可能性あり。ですが、顔は拾えます」


 上原は短く言った。


「神崎に回せ」


 この現場に神崎隼人はいない。


 だが、空港・重要施設警備を専門とする彼は、雑踏や群衆の中から不自然な人物を見つける目を持っている。


 今は別任務中でも、映像解析には使える。


 梶原が答える。


「送ります」


 数秒後、梶原の声が少し変わった。


「班長、神崎さんから返信。運転席の男、姿勢が一般人じゃないそうです。周囲確認の癖が警備か、犯罪組織の見張りに近いと」


 戸張が口元を引き締める。


「本職か」


「かもしれない」


 上原は言った。


「警視庁の捜査車両を向かわせろ。SERTは動かない」


「直城」


 戸張の声に、少しだけ苛立ちが混じった。


「ここで捕れる相手だぞ」


「捕れる相手しか見えていないなら、向こうの勝ちだ」


 戸張は黙った。


 上原は画面の中の黒いミニバンを見た。


「こいつらは、SERTが動くかを見ている。だから動かない。俺たちは、ただの現場部隊じゃないと思わせる」


 吉田が静かに言う。


「追いかけてこないことも、相手には圧になる」


「そうだ」


 黒いミニバンは数分後、静かに駐車場を出た。


 その後方を、警視庁の捜査車両が距離を空けて追う。


 SERTの車両は動かない。


 倉庫内では若者たちが確保され、証拠品ケースも回収された。


 事件としては終わった。


 だが、上原の表情は緩まなかった。


 梶原がケースの状態を確認する。


「開封なし。中身は無事です。ただ……」


「何だ」


「ケースの外側に小型発信機が付いてました」


 片桐が近づき、発信機を見た。


「市販品を改造したものですね。爆発物ではありません。ただ、位置情報は送れます」


 水瀬が言う。


「証拠品を奪うためではなく、どこへ運ばれるかを見るため」


 上原は頷いた。


「さらに、SERTがどう動くかも見ていた」


 戸張が低く言う。


「こっちを測ったわけか」


「そうだ」


 吉田が確保された若者たちを見る。


「使い捨ての実行犯に、証拠品と発信機を持たせて、警察とSERTの動きを見る。かなり嫌な相手ですね」


 上原は答えた。


「嫌な相手ほど、雑な事件に見せる」


 その時、倉庫の外で若い警察官がSERTの隊員たちを見ていた。


 先ほどの現場にもいた制服警官だった。


 黒い戦闘服。


 白い文字。


 SERT。


 彼は隣の警部補に、もう一度だけ小声で聞いた。


「あの人たち、さっきの現場にもいましたよね」


 警部補は雨の中で煙草を取り出しかけ、すぐにやめた。


 現場では吸えない。


 代わりに、短く息を吐く。


「忘れろと言ったはずだ」


「でも、あの人たちが来てから、現場が変わりました」


「だから忘れろ」


「なぜですか」


 警部補は少しだけ黙った。


 そして、黒い車両へ戻っていく上原たちを見た。


「あれは、俺たちが知っている警察の外側にいる警察だ」


「外側……」


「呼べる人間も、知っている人間も限られてる。だから、お前は知らなくていい」


 若い警官は、それ以上聞けなかった。


 SERTの黒い車両は、また報道カメラのない裏道へ出ていく。


 事件現場にいたことを残さないように。


 名前を残さないように。


 それでも、その背中の白い文字だけは、雨の中で妙に目に残った。


 撤収車両の中で、戸張が缶コーヒーを吉田に投げた。


 吉田は片手で受け取る。


「高いやつじゃないですね」


「自販機に高いやつがなかった」


「言い訳が雑」


「雑でも買ったことは評価しろ」


 吉田が缶を見つめ、少しだけ笑う。


「まあ、今日は評価します」


 戸張が何か言いかけた。


 その瞬間、上原の端末が鳴った。


 画面には岡野佐知の名前。


 戸張が小さくため息をついた。


「毎回これだな」


 吉田は缶コーヒーを開けずに言う。


「続きは、生きて帰ってからですね」


 戸張は苦笑した。


「それ、だんだん口癖になってないか」


 上原は通話を取った。


「上原です」


 岡野の声は落ち着いていた。


「証拠品は」


「回収しました。実行犯3名確保。全員、闇バイトの可能性が高いです」


「指示役は」


「別にいます。こちらの出動と対応を見ていました」


「SERTを?」


「おそらく」


 短い沈黙。


 岡野の声が少しだけ低くなる。


「報道には出さない」


「分かっています」


「けれど、完全に隠しきれる段階ではなくなってきたわね」


 上原は窓の外を見た。


 雨の夜の街が、黒いガラスに流れていく。


「敵にも、少しずつ見られています」


「世間より先に、敵が気づくのは厄介ね」


「はい」


「上原」


「はい」


「次は、向こうがこちらを選んでくるかもしれない」


 上原は答えなかった。


 その通りだった。


 今回、証拠品は取り戻した。


 実行犯も捕まえた。


 けれど、勝ったとは言えない。


 相手はSERTの動きを見た。


 出動時間。


 人数。


 車両。


 指揮の癖。


 そして、上原直城という男の判断。


 戸張が横から言った。


「直城、どうする」


 上原は端末を閉じた。


 車内の全員が彼を見ている。


 上原は短く言った。


「次は、こっちが選ぶ」


 梶原が後方車両から無線で言う。


「班長、それ言うと思ってました」


「ログは追えるか」


「追えます。時間はかかりますけど」


「急げ」


「急いでます。ただし雑にはやりません」


 上原は少しだけ目を伏せた。


「それでいい」


 黒い車両は、夜の道路を進んでいく。


 警察発表では、この事件もまた、証拠品強奪事件として処理されるだろう。


 SERTの名は出ない。


 会見で語られることもない。


 だが、敵はその名を見た。


 そして、街のどこかで誰かが、ニュース映像の端に映った黒い背中を拡大している。


 SATではない。


 SITでもない。


 SERT。


 その4文字は、まだ公には存在しない。


 だが、最悪の現場が続く限り、影はいつか形を持つ。


 上原は雨の向こうを見ていた。


 撃つ前に読む。


 突入する前に救う。


 それでも止められないなら、制圧する。


 そして今度は、見えない敵をこちらが読む番だった。

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