19話 合同訓練
08時06分。
関東広域危機対応訓練センターの朝は、薄い霧に包まれていた。
山の稜線は白く霞み、訓練棟の窓には湿った光が映っている。
模擬市街地。
廃ビル型訓練棟。
射撃場。
瓦礫救助エリア。
ロープ降下塔。
地下通路。
そのすべてが、昨日までの静かな施設とは違う緊張を帯びていた。
今日は、国際合同訓練の初日だった。
警察庁。
警視庁。
自衛隊の特殊作戦系部隊。
海外からは、米国のSWAT系訓練チーム、英国SAS関係者、米軍特殊作戦部隊の訓練担当者。
報道は入らない。
記者発表もない。
公式には、国内外関係機関による非公開訓練。
だが、施設内にいる人間は分かっていた。
これはただの交流訓練ではない。
SERTという秘匿部隊が、初めて外部の実戦級チームと本格的に並ぶ日だった。
08時22分。
上原は黒の戦闘服姿で、訓練棟前の集合エリアに立っていた。
胸元には小さくSERT。
背中にも同じ文字。
戸張、吉田、片桐、水瀬、真壁、梶原、神崎。
それぞれの装備は任務別に調整されている。
戸張は突入装備。
吉田は拳銃と通信機、交渉用端末。
片桐は爆発物処理キット。
水瀬は検知器と防護装備。
真壁は救助用ロープと破城工具。
梶原は端末と通信解析機材。
神崎は軽装だが、施設内動線図を頭に入れている。
岡野は少し離れた見学エリア側にいた。
今日は室長として、各機関との調整役。
ただし、彼女の立つ位置は普通ではない。
訓練棟、射撃場、見学席、制御室、照明塔。
そのすべてが見える場所。
元狙撃手らしい位置取りだった。
戸張が上原に小声で言う。
「海外勢、こっち見てるな」
上原は前を見たまま答える。
「見るために来ている」
「見られるの好きじゃないんだよな」
「お前は目立つ」
「直城に言われたくない」
吉田が横から言った。
「副班長、今日は軽口も通訳されるかもしれませんよ」
戸張は少し顔をしかめる。
「それは困るな」
梶原が端末を見ながら言う。
「英語で軽口言えばいいんじゃないですか」
「余計に困る」
水瀬が淡々と続ける。
「誤訳で国際問題になる前に黙っていた方がいいです」
戸張は肩をすくめた。
「今日は厳しいな」
真壁が小さく笑った。
08時30分。
合同訓練のブリーフィングが始まった。
警察庁の担当官が概要を説明する。
初日は、基本連携確認。
射撃精度、突入隊形、制圧手順、救助連携、危険物対応。
2日目以降に、複合シナリオ訓練。
最終日は、市街地型人質救出と危険物無力化を組み合わせた総合訓練。
上原は説明を聞きながら、周囲を見ていた。
米国チームの隊長格、ハワード。
大柄で、無駄のない立ち方をしている。
英国側の訓練担当、リード。
細身で静か。
目がよく動く。
米軍側のミラー少佐。
表情は穏やかだが、腰から下の重心がまったく揺れない。
自衛隊側の佐伯二佐。
以前から上原と顔を合わせたことがある。
彼は上原に軽く頷いた。
SERTを知っている人間の頷きだった。
ハワードが通訳を介して言った。
「SERTの実戦対応については、事前資料がほとんどありませんでした。今日は、ぜひ実際の動きを見たい」
戸張が小声で言う。
「そりゃ資料に出せないからな」
上原は答えない。
岡野が前に出た。
「SERTは、単独の突入部隊ではありません。交渉、制圧、爆発物、NBC、災害救助、サイバー、鑑識、重要施設警備を統合して対応する混成チームです」
リードが静かに聞く。
「つまり、現場で全領域を判断する部隊ということですか」
岡野は頷いた。
「ただし、万能ではありません。各専門家を正しい順番で動かすための部隊です」
ハワードが上原を見る。
「現場指揮はあなたが?」
上原は短く答えた。
「はい」
「楽しみにしています」
上原は表情を変えずに言った。
「訓練ですので、楽しむより確認します」
通訳が訳すと、ハワードは少し笑った。
「いい答えだ」
09時12分。
最初の訓練は射撃だった。
単純な命中精度ではない。
移動しながらの識別射撃。
人質役、犯人役、非武装者、危険物を持った対象。
瞬間的に判断し、撃つ対象と撃たない対象を選ぶ。
海外チームも自衛隊側も、動きは洗練されていた。
速い。
無駄がない。
確実に当てる。
SERTの順番になると、戸張が前に出た。
上原も横に立つ。
吉田は少し後方。
梶原はタイムと映像を確認。
合図。
ターゲットが出る。
戸張は撃つ。
上原は撃たない。
次の瞬間、上原が横へ一歩動き、別のターゲットへ一発。
吉田が声を出す。
「手を上げて」
撃つのではなく、声で止める対象。
戸張はその声を聞いて撃たない。
さらに奥から、ナイフを持ったターゲット。
戸張が足へ一発。
上原が別方向の銃器ターゲットへ一発。
最後に、爆発物らしき物体を持った対象。
戸張は撃とうとしない。
上原も撃たない。
片桐が横から声を出す。
「撃てば落とす。落とせば起動する想定」
吉田が前に出る。
「動かないで。手を離さず、そのまま膝をついて」
ターゲットは訓練用の人形だ。
だが、SERTはそれを人間として扱う。
タイムだけなら、他国チームより少し遅い。
しかし、誤射はない。
撃たない判断が速い。
ハワードが腕を組んだ。
「Interesting」
リードは目を細めた。
「撃つ前の判断が速い」
ミラー少佐が通訳なしで言った。
「They don’t chase speed. They control the scene.」
梶原が小声で言う。
「褒めてますね」
戸張が戻りながら言った。
「分かるのか」
「だいたい」
「じゃあ俺が速いって言ってたか?」
「言ってないです」
「そこは言えよ」
吉田が横で少し笑った。
10時18分。
次は突入訓練。
市街地訓練棟の1階店舗区画。
犯人役3名。
人質役2名。
入口は正面と裏口。
通常なら、正面から圧をかけ、裏から突入する。
SERTは違った。
上原は突入前に神崎と梶原へ聞いた。
「人の流れは」
神崎が図面を見ながら言う。
「犯人役が逃げるなら裏口。ただし、裏口は見えすぎます。逃げ道に見せた罠の可能性があります」
梶原がカメラ映像を見て言う。
「室内音声、奥で水音。トイレか厨房側に人がいます。人質は正面から見える2名だけではないかもしれません」
吉田が続ける。
「犯人役の声が正面側に偏っています。奥の1人は黙っている」
上原は頷いた。
「正面突入はしない。厨房側から確認。龍一、圧だけかけろ」
戸張が笑う。
「一番得意なやつだ」
「撃つな」
「分かってる」
戸張が正面でわざと存在を見せる。
盾。
ライト。
足音。
犯人役の注意が正面へ向く。
その間に、上原、吉田、神崎が厨房側へ回る。
片桐はドア下のトラップを確認。
水瀬は室内煙の有無。
真壁は人質搬出ルートを確保。
厨房奥に、3人目の人質役がいた。
正面からは見えない位置。
訓練シナリオ上は、気づかれにくい隠し人質。
上原はそれを最初に抜いた。
正面で戸張が犯人役の声を引きつける。
吉田が奥の犯人役へ声をかける。
「あなたはまだ撃っていない。今なら終われる」
犯人役が一瞬反応する。
その隙に、上原が距離を詰める。
戸張が正面から入る。
犯人役3名を制圧。
人質役3名全員救出。
所要時間は標準よりわずかに長い。
だが、人質損耗ゼロ。
トラップ起動ゼロ。
隠し人質の発見。
ハワードが訓練棟から出てきた上原を見る。
「なぜ3人目がいると?」
上原は答えた。
「見えている人質だけなら、犯人役の声が多すぎました」
通訳が訳す。
ハワードは少し笑う。
「声の数で?」
吉田が補足した。
「犯人役は、見える人質に向けて話していました。でも奥の1人だけ、声を出す相手が違っていました」
リードが静かに頷く。
「音を読んだ」
神崎が言う。
「逃げ道も、見えすぎていました」
ミラー少佐が上原を見た。
「突入部隊というより、現場解体班だな」
上原は少しだけ考えてから答えた。
「そう呼んでもらって構いません」
戸張が小声で言う。
「現場解体班。悪くないな」
梶原が言う。
「でも略称が増えると面倒です」
11時32分。
訓練は順調に進んでいた。
片桐は爆発物模擬処理で、海外チームの爆発物処理担当と意見交換をしていた。
模擬爆発物は、ドア開閉に連動する単純なものではなく、室内の照明スイッチ、携帯電波、足元の圧力センサーが複合された設定だった。
片桐はそれを見て、最初に照明スイッチではなく、壁の裏配線を確認した。
海外担当が驚く。
「なぜそこを?」
片桐は答えた。
「分かりやすいスイッチは、だいたい見せるためのものです」
水瀬はNBC訓練区画で、煙の濃度変化を見ていた。
訓練用煙のはずなのに、彼女は毎回検知器を当てる。
海外チームの1人が言った。
「訓練用でも毎回測るのか」
水瀬は淡々と答えた。
「訓練用だと信じて吸う理由がありません」
相手は一瞬黙り、すぐに頷いた。
「正しい」
真壁は瓦礫救助区画で、自衛隊側と要救助者搬出を確認していた。
大柄な身体で瓦礫をどかすだけではない。
崩れる前に、どこを触ってはいけないかを見ている。
神崎は見学エリアの移動ルートを組み替えていた。
海外部隊、管理官、通訳、訓練スタッフ。
人が増えるほど、動線は乱れる。
彼はそれを静かに整えていく。
岡野は一度も大声を出していない。
だが、彼女が目を向けた場所には、必ず誰かが配置される。
梶原が端末を見ながら呟いた。
「今のところ、異常なし。逆に怖いですね」
上原は言った。
「異常は、ない時ほど見ろ」
「はい」
12時14分。
昼休憩。
各チームが簡易食堂へ移動した。
緊張は少し緩んだが、SERTの面々は完全には緩めない。
戸張はトレーを持ちながら、海外隊員たちの視線に気づいていた。
「見られてるな」
吉田が言う。
「さっきからです」
「俺がか?」
「SERTがです」
「そこは俺でもいいだろ」
水瀬が味噌汁を受け取りながら言う。
「副班長は、視線より音量で目立っています」
「そんなに喋ってない」
梶原が言う。
「比較対象が上原班長なので」
「それは基準がおかしい」
少しだけ笑いが起きる。
その時、ハワードが上原の席へ来た。
通訳も一緒だ。
「隣、いいですか」
上原は頷いた。
「どうぞ」
ハワードは座り、昼食を見ながら言った。
「あなたたちは、敵を倒すより先に、状況を止める」
上原は箸を置いた。
「倒すだけなら、他の部隊でもできる」
通訳が訳すと、ハワードは少し笑った。
「自信があるのか、謙虚なのか分からない」
「役割の話です」
リードも近くに来ていた。
「SERTは、世間には知られていないのですね」
吉田が答える。
「知られない方が動きやすいこともあります」
リードは頷いた。
「だが、敵には知られ始めている」
その言葉に、SERT側の空気がわずかに変わった。
リードはそれを見逃さなかった。
「すみません。踏み込みすぎましたか」
岡野が席に着く。
「いいえ。正しい指摘です」
リードは岡野を見る。
「あなたが室長ですね」
「岡野です」
「あなたの立ち位置は、指揮官というより、狙撃手のそれに見えます」
戸張が小さく笑いそうになったが、黙った。
岡野は表情を変えない。
「昔の癖です」
リードは静かに頷いた。
「良い癖です」
13時03分。
午後の訓練が始まった。
複合シナリオ。
模擬市街地の一角で、武装犯が人質を取り、同時に建物内に不審物、さらに化学物質の可能性。
各国チームが順番に対応する。
SERTは最後だった。
他チームの動きは速く、正確だった。
突入、制圧、搬出。
それぞれの強みがある。
SERTの番になると、上原はすぐには動かなかった。
梶原が映像を見る。
神崎が動線を見る。
吉田が犯人役の声を聞く。
片桐が不審物の位置を見る。
水瀬が煙の流れを見る。
真壁が搬出ルートを見る。
戸張が突入可能位置を見る。
上原はそれを受けて、短く指示を出す。
「正面は見せる。入らない。水瀬、風下を避ける。片桐、不審物は触る前に周辺確認。真壁、人質搬出は裏ではなく横。神崎、見学エリアの人を一段下げろ」
ハワードが見学席で腕を組む。
「また正面から行かない」
リードが言う。
「彼らは入口を信用していない」
ミラー少佐が答える。
「それでいい。入口は敵が決める」
SERTは建物に入った。
正面で戸張が圧をかける。
犯人役の視線を引く。
吉田が交渉する。
声を低くし、犯人役の呼吸を落とす。
その間に、上原と真壁が横の壁面から進入。
片桐は不審物に仕込まれたダミー配線を見抜く。
水瀬は訓練用煙の流れから、化学物質設定の発生源が見える場所とは違うと読む。
梶原が制御システムのログを見て、照明が一度だけ不自然に落ちた時間を拾う。
「班長、設定外のログがあります」
上原の足が止まった。
「設定外?」
「今の訓練シナリオにはない外部入力。訓練棟2の地下通路側から」
その瞬間、上原の声が変わった。
「全員、訓練停止」
戸張が反応する。
「本物か」
「確認するまで止める」
上原は無線を切り替えた。
「岡野室長、訓練棟2地下通路に設定外ログ」
岡野の声がすぐ返る。
「全チーム、待機。見学者を下げます」
管理官が慌てる。
「今のシナリオに地下通路は使っていません」
梶原が画面を見る。
「地下通路の扉が1回開いています。13時11分。今から約6分前」
神崎が言う。
「その時間、見学者の一部が移動していました。通訳スタッフ、管理官補佐、海外チームのサポート要員が通路近くを通っています」
吉田が低く言った。
「紛れた」
上原は短く指示した。
「龍一、俺と地下。吉田、見学者確認。梶原、地下カメラ。片桐、水瀬、不審物対応準備。真壁、搬出路を確保。神崎、人の流れを止めろ」
「了解」
13時22分。
地下通路は冷えていた。
訓練棟2と訓練棟3をつなぐ、設備用の通路。
普段は施錠されている。
壁には配管。
天井にはケーブルラック。
非常灯だけが赤く光っている。
上原と戸張は、足音を殺して進んだ。
梶原の声が入る。
「地下カメラ、2台落ちています。残り1台に人影。作業服ではありません。訓練スタッフのベストを着ています」
戸張が低く言う。
「スタッフに化けたか」
上原は答えない。
先の角。
かすかな金属音。
戸張が手で合図する。
1人。
いや、2人。
上原が角の手前で止まる。
その時、吉田の声が入った。
「見学者側で1名不明。海外チームの通訳補助として登録された男性です。本人確認資料はありますが、所属元に照会中」
神崎が続ける。
「彼は、昼休憩後から見学エリアを離れています」
梶原が言う。
「その人物の登録端末、地下にあります」
上原は短く答えた。
「確保する」
角の先。
男が端末を壁の制御盤へ接続していた。
もう1人は周囲を警戒している。
手には拳銃ではない。
訓練用の模擬銃に見える。
だが、本物かもしれない。
戸張が目だけで上原を見る。
上原は頷いた。
戸張が先に出る。
「手を離せ」
警戒役の男が振り向き、模擬銃のようなものを向ける。
戸張は撃たない。
横へ入り、銃口を壁へ逃がす。
同時に腕を押さえ、体を壁にぶつける。
模擬銃が床へ落ちた。
重い音。
本物だった。
上原は制御盤前の男へ近づく。
男は端末のキーを押そうとした。
上原は手首ではなく、端末そのものを押さえた。
キーが押されない。
男が蹴りを出す。
上原は半歩下がり、膝を外し、肩を押さえて壁へ押し込む。
男の息が詰まる。
戸張が警戒役を拘束する。
「こっち確保」
上原も男を床へ伏せさせる。
「確保」
梶原が叫ぶように言った。
「端末、切らないでください。接続維持したまま押さえてください。何かを起動しようとしていました」
上原は端末をそのまま押さえる。
「片桐」
片桐の声。
「向かいます」
13時29分。
地下通路に片桐と水瀬が到着した。
制御盤に接続された端末を確認する。
片桐が眉を寄せた。
「爆発物ではありません。ただし、訓練用の音響と煙と扉ロックを同時起動するプログラムです」
水瀬が言う。
「煙のタンクは?」
梶原が確認する。
「今回は訓練用に戻っています。ただ、地下通路で扉をロックして煙を流せば、見学者と訓練参加者を分断できます」
片桐が低く言った。
「混乱を作るため」
上原が男を見る。
「目的は何だ」
男は黙っている。
戸張が落ちた銃を確認する。
「実弾入りだ」
空気が冷えた。
訓練場に、実弾。
笑えない。
岡野の声が無線に入る。
「上原、全訓練を中止。各チームは安全区域へ。海外部隊には必要最小限を説明します」
上原は答えた。
「了解」
その時、梶原が声を上げた。
「班長、端末内にメッセージがあります」
「内容は」
梶原は短く息を吸った。
「“これは予行ではない”」
戸張が低く言う。
「始まったな」
上原は男を見下ろした。
合同訓練は、訓練のまま終わらなかった。
相手は来た。
見学者として。
スタッフとして。
通訳補助として。
そして、本物の銃を持って。
13時41分。
訓練センター全体は、表向きには安全確認による中断となった。
海外チームにも、施設内で不審者を確保したことは伝えられた。
だが、実弾の件は限られた者だけに共有された。
ハワードは上原に近づいた。
「これは訓練ではないな」
通訳は必要なかった。
上原は答えた。
「はい」
リードも静かに言った。
「我々も協力できます」
岡野が前に出た。
「ここから先は、日本国内の警察事案です。ただし、皆さんを巻き込んだ以上、情報共有はします」
ミラー少佐が頷く。
「我々は指示に従う。ただし、撃たれる側で黙っている趣味はない」
戸張が小声で言う。
「頼もしいな」
吉田が聞こえないふりをした。
梶原は押収端末を見ていた。
「班長、これだけじゃありません。端末が外部と短時間通信しています」
「相手は」
「不明。ただ、発信先の識別名が残っています」
上原が見る。
画面には短い文字。
**NOISE-00**
これまで、NOISE-02、NOISE-04、NOISE-LINE。
数字や線はあった。
だが、00は初めてだった。
岡野の表情が変わらないまま、声だけが少し低くなる。
「中心かもしれないわね」
上原は画面を見た。
ノイズの中心。
それが本当に存在するなら、今日の訓練場はただの舞台ではない。
向こうがこちらを見る場所であり、こちらが向こうを見る場所にもなる。
戸張が言う。
「どうする、直城」
上原は短く答えた。
「訓練を再開する」
周囲が一瞬、静かになった。
吉田が見る。
「本気ですか」
「中止すれば、相手は目的の一部を達成する。訓練を止める。SERTを見せる。海外部隊を不安にさせる」
神崎が頷く。
「再開するなら、動線は全て変えます」
片桐が言う。
「不審物確認も最初からやり直しですね」
水瀬が続ける。
「煙、薬剤、空調系も再確認します」
真壁が言った。
「安全区域も作り直します」
梶原が端末を閉じる。
「制御系は僕が見ます。今度は向こうが触った瞬間に分かるようにします」
岡野は上原を見た。
「上原」
「はい」
「再開するなら、訓練ではなく実戦の構えで」
「そのつもりです」
岡野は少しだけ頷いた。
「許可します」
上原は全員を見た。
「ここから先、訓練名目の警戒任務に切り替える。相手はまだいるかもしれない。海外部隊も巻き込まれている。だが、主導権は渡さない」
戸張が笑う。
「やっと本番らしくなってきたな」
水瀬が冷たく言う。
「副班長、その言い方は不謹慎です」
「悪い」
吉田が静かに言った。
「でも、気持ちは分かります」
片桐が装備を確認する。
「訓練場を使った実戦。嫌な組み合わせですね」
真壁が頷いた。
「でも、ここには訓練された人間が多い」
神崎が周囲を見る。
「だからこそ、混乱させられた時の被害も大きい」
梶原が言う。
「NOISE-00。ようやく数字の始まりが出ました」
上原は頷いた。
始まり。
中心。
あるいは、また別の囮。
決めつけない。
読む。
撃つ前に読む。
突入する前に救う。
それでも止められないなら、制圧する。
合同訓練は、中断ではなく形を変えた。
訓練の中に、実戦が混ざった。
そしてSERTは、その境界線の上に立ったまま、次の動きを待っていた。




