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第18話 訓練場の影

 13時08分。


 神奈川県西部の山あいに、その施設はあった。


 表向きは、警察庁と関係機関が共同で使用する災害対応訓練施設。


 敷地は広い。


 山林に囲まれた一角に、模擬市街地、廃ビル型訓練棟、地下通路、車両突入訓練区画、ロープ降下塔、射撃訓練場、瓦礫救助エリアが並んでいる。


 一般には公開されていない。


 地図にも、詳しい名前は載らない。


 施設名は、**関東広域危機対応訓練センター**。


 来月、ここで非公開の合同訓練が予定されていた。


 警察庁。


 警視庁。


 自衛隊の特殊作戦系部隊。


 海外からは、SWAT系のチーム、英国SAS関係者、米軍特殊作戦部隊の訓練担当者。


 あくまで表向きは、国際対テロ連携訓練。


 だが、実際にはSERTの能力を外部に見せ、同時に他国部隊との連携手順を確認する重要な機会だった。


 その下見に、SERTが呼ばれていた。


 上原、戸張、吉田、片桐、水瀬、真壁、梶原、神崎。


 さらに本部側から、岡野も同行していた。


 室長としての確認。


 そして、元特殊部隊の狙撃手としての目。


 岡野は、訓練場を歩く時だけ少し表情が変わる。


 建物を見るのではない。


 射線を見る。


 風を見る。


 高低差を見る。


 人が立つ場所と、撃たれる場所を同時に見ている。


 戸張が小声で上原に言った。


「室長、やっぱり訓練場だと空気違うな」


 上原は前を見たまま答えた。


「昔の場所に近いんだろう」


「直城は?」


「俺も似たようなものだ」


「懐かしい?」


「懐かしむ場所じゃない」


 戸張は少しだけ笑った。


「だよな」


 案内役の施設管理官が、訓練棟を指した。


「こちらが市街地突入訓練棟です。1階は店舗、2階はオフィス、3階は住居想定。来月の合同訓練では、ここで人質救出と複合危険物対応を行う予定です」


 片桐が建物の外壁を見ている。


「扉の構造は実戦寄りですね」


 管理官が頷く。


「爆破開口にも対応しています。ただし、本番では模擬装薬のみです」


 水瀬が空調ダクトを見る。


「薬剤散布想定は?」


「低濃度の訓練用煙を使用予定です」


 真壁は建物横の瓦礫区画を見た。


「崩落救助との連動も?」


「はい。突入後に一部区画が倒壊した想定で、救助班が入ります」


 梶原は端末を見ながら言った。


「訓練システムはネットワーク制御ですか」


 管理官は少し誇らしげに答える。


「はい。扉、照明、煙、音響、カメラ、訓練用ターゲット、全て中央制御室から操作できます」


 その言葉に、上原の目がわずかに動いた。


「全て?」


「主要設備は、ほぼ全てです」


 神崎が周囲を見た。


「見学者や海外部隊の動線は?」


「こちらで想定しています。安全区域から各訓練を見られるように」


 岡野が初めて口を開いた。


「安全区域は、誰にとって安全なのかしら」


 管理官が少し戸惑う。


「え?」


「見学者にとって安全な場所は、狙う側にとっても見やすい場所になる」


 その場の空気が一瞬だけ止まった。


 岡野の声は責めていない。


 ただ、事実を言っただけだった。


 上原は施設全体図を見た。


 訓練棟。


 制御室。


 見学エリア。


 射撃場。


 地下通路。


 搬入口。


 その配置が、頭の中で重なっていく。


 瀬川が口にした言葉。


 訓練場。


 偶然か。


 それとも、ここか。


 13時31分。


 最初の異常は、制御室からの連絡だった。


「訓練棟3のカメラが落ちています」


 管理官が無線を聞いて顔を上げる。


「すみません。設備の不具合かもしれません」


 梶原がすぐに反応する。


「カメラ1台だけですか」


「いえ、3階東側の2台です」


 梶原は端末を開いた。


「外部アクセスの可能性は?」


 管理官は首を横に振る。


「この施設は閉域網です。外部からは入れません」


 梶原は静かに言った。


「閉域網でも、中に人がいれば入れます」


 その直後、射撃場側から短い破裂音が聞こえた。


 訓練用の音ではない。


 乾いた音。


 次に、警報。


 施設内のスピーカーが鳴る。


「射撃場にて安全確認。関係者はその場で待機してください」


 管理官の顔色が変わった。


「今日は射撃訓練の予定はありません」


 上原はすぐに言った。


「全員、装備確認」


 戸張はすでに上着の下へ手を入れていた。


 拳銃はある。


 だが、訓練場でむやみに抜くわけにはいかない。


 相手の数も、武器も、目的も分からない。


 岡野が射撃場の方を見た。


「音は1発。威嚇か、誤射に見せた合図」


 片桐が管理官に聞く。


「施設内に作業業者は?」


「今日は設備点検が入っています。制御システムと射撃場の防音壁確認で、外部業者が6名」


 水瀬が言う。


「身元確認は」


「事前登録済みです」


 神崎が低く言った。


「空港でも、事前登録済みの偽物がいました」


 上原は頷いた。


「管理官、施設を閉じる。ただし、一斉避難はさせない。各区画の職員をその場で待機」


「分かりました」


「梶原、制御室へ。水瀬、片桐も。訓練設備を見ろ。真壁は職員の安全確認。神崎は動線を切れ。龍一、吉田、俺は訓練棟3へ。岡野室長は」


 岡野は上原を見る。


「私は見学エリアを確認するわ」


 上原は一瞬だけ黙った。


 岡野は静かに続けた。


「来月、海外部隊が立つ場所よ。先に見ておく」


「了解しました」


 13時36分。


 梶原たちは制御室へ向かった。


 制御室は施設中央の低い建物内にある。


 扉は開いていた。


 中には職員2名。


 緊張した顔でモニターを見ている。


 画面には複数の訓練棟映像が並んでいた。


 だが、訓練棟3の3階東側だけが黒い。


 梶原は端末を繋ぐ。


「ログを見ます」


 職員が言う。


「こちらでは異常ありません。カメラだけが落ちたように」


 梶原はすぐに首を振った。


「違います。映像が落ちたのではなく、映像が止められています。通信は生きてる」


 片桐がモニター横の制御盤を見る。


「訓練用煙、扉ロック、音響、照明。ここから全部動かせるんですね」


 水瀬は空調制御を確認する。


「訓練用煙のタンクはどこですか」


 職員が答える。


「訓練棟横の機材庫です」


「薬剤の保管は」


「訓練用の無害煙だけです」


 水瀬は表情を変えない。


「無害と書いてあるものでも、混ぜられれば危険になります」


 梶原がキーボードを叩く。


「班長、制御系に不審な操作があります。内部端末からです。訓練棟3の一部扉が手動ロックに切り替わっています」


 上原の声が返る。


「目的は閉じ込めか」


「可能性あり。さらに、射撃場の警報が手動で鳴らされています」


 片桐が言う。


「射撃場の音は、本物ですか」


「音響ではありません。現地センサーが反応しています」


 水瀬が窓の外を見る。


「射撃場へ注意を向けさせて、訓練棟で何かをする」


 梶原は頷いた。


「いつもの見せ罠です」


 13時39分。


 上原、戸張、吉田は訓練棟3へ入った。


 中は無人のはずだった。


 だが、1階店舗区画には工具箱が置かれている。


 床には点検業者の足跡。


 そして、訓練用ターゲットの影。


 戸張が低く言う。


「匂いが嫌だな」


 吉田が聞く。


「何の匂いですか」


「人が隠れてる場所の匂い」


 上原は床を見た。


 足跡が2種類。


 作業靴。


 そして、もうひとつ。


 靴底の減り方が違う。


 訓練場の作業員ではない。


「2階へ」


 階段を上がる。


 2階オフィス区画。


 机、椅子、仕切り壁。


 訓練用の人質マネキンが並んでいる。


 その中に、ひとつだけ違和感があった。


 吉田が手を上げる。


「待ってください」


 マネキンの横。


 本物の人間が、椅子に座らされていた。


 作業服。


 口に布。


 手首を結束バンドで縛られている。


 設備業者の1人だ。


 意識はある。


 戸張が周囲を確認する。


「罠は」


 上原が床を見る。


「椅子の脚」


 細いワイヤーが、机の下へ伸びている。


 片桐がいれば、すぐ処理する。


 だが、今は中にいない。


 上原は無線で聞く。


「片桐、椅子にワイヤー。机下へ伸びている。映像送る」


 戸張が小型カメラで映す。


 片桐の声が返る。


「引っ張り式です。爆薬ではなく、警報か煙起動の可能性。切らないでください。ワイヤーの根元を固定してから椅子を動かせます」


 戸張が舌打ちする。


「面倒なことを」


 吉田は作業員の目を見る。


「聞こえますか。今、助けます。動かないでください」


 作業員は涙目で頷く。


 戸張がワイヤーの根元を固定し、上原が椅子を押さえる。


 吉田が結束バンドを切る。


 作業員の布を外す。


 彼は震えながら言った。


「3階に……仲間が……」


 上原が聞く。


「何人」


「2人……黒いケースを……運ばされて……」


 戸張が上原を見る。


「やっぱりケースか」


 作業員は続けた。


「俺たちは点検に来ただけです。途中で知らない男たちが……制服を着てて……」


 吉田が聞く。


「何をさせられたんですか」


「扉のロックと……訓練用煙の配管を……」


 水瀬の声が無線に入る。


「煙の配管?」


 上原は短く言った。


「水瀬、機材庫」


「向かいます」


 13時44分。


 水瀬と片桐は訓練棟横の機材庫へ向かった。


 鍵は開いていた。


 中には訓練用煙のタンク、ホース、制御ユニットが並んでいる。


 水瀬はすぐに1つのタンクを見つけた。


 ラベルが貼り替えられている。


「これです」


 片桐が慎重に確認する。


「封印が違う。開けられていますね」


 水瀬が検知器を当てる。


「訓練用煙ではありません。刺激性物質が混ぜられています。濃度は不明ですが、閉鎖空間で使えば危険です」


 片桐が配管を追う。


「訓練棟3へ繋がっています」


 梶原の声が入る。


「3階東側の扉ロック、外部操作準備あり。煙を流して閉じ込めるつもりです」


 水瀬は淡々と言った。


「最悪です」


 その声は静かだったが、怒っていた。


「人質役の作業員とSERTをまとめて閉じ込め、反応を見るつもりかもしれません」


 片桐がバルブを確認する。


「止められます。ただし、制御室側から再起動される可能性」


 梶原が言う。


「こちらで制御を押さえます。片桐さん、物理遮断を」


「了解」


 13時46分。


 真壁は施設職員を安全区域へ移していた。


 ただし、一斉避難はしない。


 移動させれば、それを狙われる。


 神崎は施設内の動線を見ていた。


 射撃場の警報で、人の流れがそちらへ向きかけている。


 神崎はすぐに止めた。


「射撃場へは行かせないでください。確認班は2名だけ。残りは中央区画に待機」


 管理官が焦る。


「しかし、射撃場で何かが」


「射撃場は見せています。本命は訓練棟です」


 その時、岡野から通信が入った。


「神崎、見学エリアに不審物」


 神崎の表情が変わる。


「不審物?」


「見学席の足元に小型カメラ。海外部隊が立つ予定の位置から、訓練棟3の入口と制御室の動線が見える」


 梶原が即座に反応する。


「室長、そのカメラ生きています。映像が外へ出ています」


 岡野は静かに言った。


「こちらを見ているわね」


 上原の声が入る。


「岡野室長、離れてください」


「いいえ」


 岡野は見学席の屋根の陰を見た。


「カメラは囮。もうひとつ、上にいる」


 全員の空気が変わった。


 見学エリアの上。


 照明塔。


 その影に、人がいる。


 狙撃手ではない。


 機材を持った監視役。


 だが、手元には遠隔操作端末。


 岡野は歩く速度を変えない。


 視線だけを上げる。


 昔の癖が戻る。


 風。


 距離。


 相手の姿勢。


 逃げ道。


 撃つ必要はない。


 ただ、相手が動く瞬間を待つ。


 照明塔の男が端末へ手を伸ばす。


 岡野は腰の拳銃を抜かなかった。


 代わりに、足元の小石を拾い、照明塔の金属部分へ投げた。


 軽い音。


 男が反射的にそちらを見る。


 その一瞬で、下に待機していた神崎が動いた。


 照明塔の階段を上がり、男の逃げ道を塞ぐ。


 男が降りようとする。


 神崎が静かに言った。


「そちらは危険です」


 男が別方向へ動く。


 そこには、真壁がいた。


 階段下で待っている。


 逃げ場はない。


 男は端末を投げ捨てようとした。


 岡野が下から言った。


「投げない方がいいわ」


 男の手が止まる。


 その声には、妙な圧があった。


 狙われていると錯覚するような圧。


 拳銃を構えていないのに、動けなくなる。


 神崎が端末を押さえ、男を確保した。


「照明塔、1名確保」


 岡野は端末を拾い上げ、梶原へ言った。


「生きている?」


 梶原が答える。


「はい。遠隔起動用です。煙、扉、音響、照明。複数制御できます」


 岡野は短く言った。


「上原、3階は罠よ」


「分かっています」


 13時51分。


 訓練棟3、3階。


 上原たちは、残る作業員2名を探していた。


 3階は住居想定区画。


 狭い廊下。


 複数の部屋。


 ベランダ。


 薄暗い照明。


 まるで本物の集合住宅のように作られている。


 梶原が制御室から言う。


「3階東側、まだカメラ復旧できません。映像を切られたままです」


 戸張が低く言う。


「目で見るしかないな」


 上原は頷く。


 部屋のひとつから、微かな音。


 金属が床に当たる音。


 戸張がドア横へつく。


 吉田が耳を澄ます。


「中に人がいます。息が荒い。複数」


 上原は手で合図する。


 突入ではない。


 開ける。


 戸張がドアノブを確認する。


 ワイヤーなし。


 だが、扉の上に小型装置。


「片桐」


 映像を送る。


 片桐が即答する。


「開閉センサーです。開けたら煙起動の信号が飛ぶ可能性。ただ、主制御は押さえました。物理的には無力化できます」


 戸張が工具を使い、センサーを固定する。


 上原が静かに言った。


「開ける」


 扉を開けた。


 中には作業員2名。


 床に座らされている。


 その横に、黒いケースが2つ。


 そして、もう1人。


 作業服姿の男が立っていた。


 その手には、小型端末。


 男は上原たちを見て、笑った。


「遅い」


 端末のボタンを押す。


 何も起きない。


 水瀬と片桐が配管を遮断し、梶原が制御を押さえ、岡野が遠隔端末を止めていたからだ。


 男の笑みが消える。


 戸張が一歩で距離を詰めた。


 男はナイフを抜く。


 戸張は刃を避け、手首を押さえた。


 男が抵抗する。


 だが、戸張の動きは速い。


 訓練ではない。


 実戦の速さ。


 相手の肘が落ち、ナイフが床に滑る。


 戸張は男を壁へ押さえた。


「確保」


 上原は作業員2名を確認する。


「けがは」


 1人が震えながら首を横に振った。


「ありません……でも、煙を流すって……」


「止めた」


 吉田が声をかける。


「もう大丈夫です。ゆっくり立てますか」


 作業員は頷いた。


 その時、梶原が言った。


「班長、黒いケース、M-03ではありません。表記なし。ただし、内部に発信機があります」


 片桐が無線で言う。


「開けないでください。こちらが行きます」


 上原はケースから離れる。


 3階の窓から、見学エリアが見えた。


 来月、海外部隊がそこに立つ。


 その位置から、この訓練棟がどう見えるのか。


 相手は見ていた。


 SERTの動きだけではない。


 合同訓練そのものを見ていた。


 14時06分。


 事件は収束した。


 設備業者3名を保護。


 偽装作業員3名を確保。


 照明塔の監視役1名を確保。


 訓練用煙の配管に混ぜられた刺激性物質は使用前に遮断。


 訓練棟の制御系も復旧した。


 射撃場の破裂音は、訓練用ターゲットに仕込まれた小型発火装置だった。


 殺傷目的ではない。


 注意をそらすため。


 そして、SERTの反応を見るため。


 梶原が押収した端末を見ながら言う。


「班長、ログにNOISE-LINEの痕跡があります。ただ、今回はかなりはっきりしています」


 上原が聞く。


「本体か」


「断定はできません。でも、前より近いです」


 片桐は黒いケースを確認していた。


「中身は空です。ただし、ケースの内部にセンサーが仕込まれていました。開けた人間、場所、時間を記録するタイプです」


 望月がいれば、証拠品として喜びはしないが、確実に保全しただろう。


 水瀬はタンクの成分を確認している。


「刺激性は高くありません。ただ、密閉空間で流せば咳と目の痛みで動けなくなる。訓練中なら事故扱いに見せられます」


 神崎が見学エリアを見た。


「来月の合同訓練でこれをやるつもりだったなら、海外部隊も巻き込まれていました」


 真壁が低く言う。


「訓練事故に見せる」


 吉田が言った。


「それとも、SERTの失敗に見せる」


 戸張の顔が険しくなる。


「性格悪いな」


 岡野が戻ってきた。


 手には押収された遠隔端末。


 上原が見る。


「ご無事ですか」


「ええ」


 戸張が言う。


「室長、照明塔のやつ、どうやって止めたんですか」


 岡野は淡々と答えた。


「少し注意をそらしただけ」


 神崎が小さく補足する。


「男は、撃たれると思って止まりました」


 戸張が岡野を見る。


「銃、抜いてないですよね」


「抜いていないわ」


「それで?」


 岡野は少しだけ目を細めた。


「そう思わせれば十分よ」


 戸張は小さく息を吐いた。


「怖いな、元狙撃手」


 岡野は答えない。


 上原だけが、少し昔を思い出したような顔をしていた。


 14時21分。


 施設管理官は青ざめた顔で頭を下げた。


「申し訳ありません。こちらの確認が甘かった」


 上原は首を横に振った。


「相手が入り込む前提で組み直してください。閉域網でも内部端末を取られれば終わります」


 岡野が続ける。


「来月の合同訓練は中止しません」


 管理官が驚く。


「中止しないのですか」


「ええ。相手がここを見ていたなら、こちらも利用します」


 上原は岡野を見る。


 岡野の判断は早かった。


 逃げるのではなく、誘う。


 ただし、準備した上で。


 岡野は静かに言った。


「訓練場を罠にされたなら、次は罠ごと訓練に組み込みます」


 戸張が小さく笑う。


「室長、怒ってます?」


「少し」


 吉田が言う。


「予定を邪魔された時よりは、静かですね」


 岡野は吉田を見た。


「怒っている時ほど、静かにするものよ」


 水瀬が淡々と頷く。


「同感です」


 梶原が端末を閉じながら言った。


「来月、かなり大変になりますね。海外部隊も来るんですよね」


 片桐が言う。


「訓練なのに実戦準備ですね」


 真壁が頷いた。


「それくらいでちょうどいいかもしれません」


 神崎は見学エリアから訓練棟を見ていた。


「相手はこちらの動線を見ている。なら、動線を作り替えます」


 上原は短く言った。


「全員、今日のログを洗う。来月までに、訓練計画を全部組み直す」


「了解」


 返事が揃った。


 14時43分。


 SERTの車両は訓練センターを離れた。


 山道を下る車内は静かだった。


 事件は終わった。


 だが、本番はまだ先にある。


 来月の合同訓練。


 SWAT。


 SAS。


 米軍特殊作戦部隊。


 自衛隊。


 そしてSERT。


 その場を、ノイズが見ている。


 ただの訓練にはならない。


 梶原が端末を見ながら言った。


「班長、押収端末に短いメッセージが残っていました」


 上原が聞く。


「内容は」


 梶原は画面を読み上げた。


**本番で会おう。**


 車内の空気が、少しだけ冷えた。


 戸張が低く言う。


「招待状か」


 吉田が答える。


「挑発ですね」


 片桐が言う。


「それとも、予告」


 水瀬は窓の外を見ていた。


「どちらにしても、準備するだけです」


 真壁が頷く。


「訓練場でけが人は出させません」


 神崎が静かに言った。


「見られているなら、見せるものを選べばいい」


 岡野は最後部座席で目を閉じていた。


 眠ってはいない。


 おそらく、射線を思い出している。


 照明塔。


 見学席。


 訓練棟の窓。


 風向き。


 距離。


 上原は前を見たまま言った。


「来月の訓練は、予定通りやる」


 戸張が笑う。


「訓練って名前の実戦になりそうだな」


「そうならないように準備する」


「そうなったら?」


 上原は短く答えた。


「その場で読む」


 車内は静かになった。


 撃つ前に読む。


 突入する前に救う。


 それでも止められないなら、制圧する。


 そして、訓練場に影が入り込むなら、その影ごと照らす。


 SERTの黒い車両は、山あいの施設を背に、次の大きな現場へ向けて静かに走っていった。


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