15話 予約はまだ残っている
18時11分。
銀座の夜は、雨上がりの光をまとっていた。
歩道には濡れた石畳が細く光り、ショーウィンドウには高級ブランドの照明が映っている。
傘を閉じた人々が、足早に駅へ向かう。
その流れの中で、岡野佐知は腕時計を見た。
黒のロングコート。
小さめのバッグ。
普段のSERT室長の空気を少しだけ薄めた、非番の姿だった。
待ち合わせ場所は、銀座の架空ホテル、ホテル瑞光銀座の1階ロビー。
今日は珍しく、女性メンバーだけで集まる予定だった。
岡野。
吉田未華。
水瀬怜奈。
望月透子。
仕事ではない。
会議でもない。
報告でもない。
ただの食事だった。
予約は18時30分。
ホテル最上階のレストラン。
窓際席。
吉田が珍しく予約を取った。
水瀬はコース内容を事前に確認していた。
望月は、食後のデザートについてだけ少し期待しているようだった。
岡野は、3人には言っていないが、少し楽しみにしていた。
非番に予定を合わせること自体、SERTでは難しい。
まして女性陣だけで集まるなど、ほとんど初めてだった。
ロビーのソファ横で、吉田が手を上げた。
「岡野室長、こちらです」
「今日は室長を外していいわ」
岡野が言うと、吉田は少しだけ笑った。
「では、岡野さん」
「それでいい」
水瀬はすでに到着していた。
姿勢よく立ち、ホテルの案内板を見ている。
「予約時間まで、あと17分です」
吉田が言う。
「水瀬さん、楽しみにしてました?」
「時間を確認しただけです」
「でも、メニュー見てましたよね」
「アレルギー確認です」
望月が少し遅れてロビーへ入ってきた。
グレーのコートに、落ち着いたバッグ。
いつもの白手袋はない。
「すみません。鑑識から抜けるのに少し時間がかかりました」
岡野が言う。
「間に合っているわ」
望月は時計を見る。
「18時14分。十分ですね」
吉田が笑った。
「全員、時間に厳しすぎません?」
水瀬が淡々と答える。
「遅れると、料理の温度が変わります」
「そこなんですね」
望月も頷く。
「温度は重要です」
吉田は少しだけ肩をすくめた。
「今日は、ちゃんと最後まで食べましょうね」
岡野は静かに頷いた。
「そうね」
その言葉が、少しだけ不吉に響いた。
18時18分。
ホテルのロビーに、小さな違和感が走った。
最初に気づいたのは、望月だった。
彼女は会話を止め、ロビー奥の観葉植物の前を見る。
そこに、ホテルスタッフの制服を着た男が立っていた。
背筋は伸びている。
笑顔も作っている。
だが、靴が違った。
ホテルスタッフの革靴ではない。
滑り止めの強い、作業用に近い靴。
望月が小さく言う。
「あのスタッフ、靴が合っていません」
水瀬が視線だけ向ける。
「制服も少し大きいですね」
吉田が続けた。
「緊張しています。手が開いたり閉じたりしている」
岡野は、ロビーの反対側を見た。
自動ドア近くに、客を装った男が1人。
新聞を持っているが、読んでいない。
視線はエレベーターと受付を往復している。
さらに、フロント横の柱の陰。
スーツ姿の女がスマートフォンを握りしめている。
顔色が悪い。
誰かを待っているようで、誰かから逃げたいようにも見える。
岡野は息を吐いた。
「……今日は食事の予定だったのだけれど」
吉田が小さく言った。
「まだ事件とは限りません」
その瞬間、ロビー奥の男が動いた。
スタッフ用通路から出てきた女性従業員に近づき、何かを渡すふりをして腕をつかむ。
女性従業員の顔が固まった。
叫ぼうとした口を、男が低い声で制した。
自動ドア近くの男が、新聞を畳んだ。
柱の陰の女は、スマートフォンを落としそうになっている。
吉田が呟いた。
「事件ですね」
水瀬は腕時計を見た。
「予約まで12分です」
望月が静かに言った。
「早く終わらせましょう」
岡野の目が、室長のものに戻った。
「予定は変えないわ」
4人は同時に動かなかった。
それぞれ別方向へ、自然に散った。
ロビーにいる客は、誰も気づかない。
岡野はフロント方向へ。
吉田は柱の陰の女へ。
水瀬はロビー奥のスタッフ用通路へ。
望月は、さりげなく観葉植物の前に落ちていた小さな紙片を拾った。
紙片には、手書きのメモ。
18:20
VIP控室
ケース回収
女を黙らせろ
望月は小さく眉を動かした。
「ケース」
またか。
だが、口には出さない。
岡野に視線だけ送る。
岡野は頷いた。
吉田は柱の陰の女へ近づいた。
「大丈夫ですか」
女はビクッと肩を震わせた。
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫な人は、そんなふうにスマートフォンを握りません」
女の目が揺れた。
吉田は声を落とす。
「誰かに脅されていますか」
「……違います」
「違うなら、そのスマートフォンを見せてください」
女は答えない。
画面には、メッセージが表示されていた。
逃げたら妹の動画を流す。
控室の鍵を開けろ。
吉田はそれを一瞬で読み取った。
「あなたはホテルの方ですね」
女は唇を噛む。
「……はい」
「名前は」
「相原……です」
「相原さん。今から言うことだけ聞いてください。あなたの妹さんの動画は、まだ公開されていません。公開される前に止めます」
「無理です」
「無理かどうかは、こちらで判断します」
吉田の声は柔らかい。
だが、相原の恐怖をその場に縛りつけない強さがあった。
水瀬はロビー奥へ進んでいた。
男は女性従業員をつかんだまま、スタッフ用通路へ入ろうとしている。
水瀬は後ろから声をかけた。
「すみません」
男が振り返る。
「関係者以外は」
「あなたも関係者ではありませんね」
男の目が変わる。
女性従業員の腕を引く。
水瀬は視線を落とした。
男の右手。
袖の中に、細い注射器のようなもの。
水瀬の表情が冷える。
「それを使えば、傷害では済みません」
男が舌打ちした。
「黙れ」
「中身は何ですか。鎮静剤ですか。筋弛緩薬ですか。量を間違えると死にます」
「何なんだよ、お前」
「通りすがりです」
水瀬は一歩近づく。
男は女性従業員を盾にしようとした。
その瞬間、水瀬は女性の肩を引くのではなく、男の注射器を持つ手首の内側へ入った。
針先を外へ逃がし、親指の付け根を押さえる。
握力が抜ける。
注射器が床に落ちた。
男が殴りかかる。
水瀬は半歩下がり、腕を流し、男の肘を外へ折った。
派手な音はない。
男は膝から崩れた。
「動かないでください」
女性従業員は息を呑んだ。
「あなた……」
「今は声を出さないで。救急ではなく、警備を静かに呼んでください」
水瀬は注射器をハンカチ越しに拾い、液体の色を見た。
「……本当に予定を邪魔するには十分ですね」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
望月は紙片をバッグへ入れず、証拠保全用の小袋に入れた。
非番でも、それくらいは持っている。
持っていることに、本人は疑問を持っていない。
彼女は床を見た。
観葉植物の近くから、フロント横の廊下へ続くわずかな泥の跡。
ホテルのロビーに似合わない泥。
雨上がりの外から入った靴跡だ。
望月は、靴跡の向きを追う。
VIP控室へ向かっている。
その途中、廊下の角に清掃カート。
カートの中にはリネン袋。
しかし、袋の膨らみが硬い。
望月は小さく呟いた。
「またカート」
最近、多い。
ただ、今回はロビーでも港でも空港でもない。
ホテルだ。
望月は清掃カートの横に立つ。
触る前に写真を撮る。
リネン袋の端に、金属粉。
さらに、微かな焦げ臭さ。
「片桐さんがいたら喜びそうね」
そう言ってから、望月は自分で首を振った。
「いえ、喜びはしないか」
岡野はフロント横を通り、VIP控室へ向かっていた。
ホテルスタッフに見える男が、控室の扉の前に立っている。
その扉の中には、今夜、政治家でも芸能人でもなく、ある民間企業の役員がいる予定だった。
架空企業、東都メディカルデバイス。
医療機器関連会社。
最近、海外企業との大型契約を発表したばかり。
岡野は頭の中で情報を組み立てる。
医療機器。
黒いケース。
動画で脅される従業員。
偽スタッフ。
注射器。
VIP控室。
目的は殺人ではない。
誘拐か。
データか。
ケース回収か。
岡野は扉の近くで足を止めた。
男が言う。
「こちら、関係者以外は」
岡野は短く言った。
「どきなさい」
男の表情が硬くなる。
「聞こえませんでしたか」
「聞こえたわ。あなたが関係者ではないことも」
男の右手が内ポケットへ動いた。
岡野はその手だけを見ていた。
速い。
だが、岡野の反応はそれより早かった。
彼女は一歩だけ内側へ入り、男の手首を掴む。
拳銃ではない。
小型の電撃器。
岡野は手首を回し、男の体を扉から離す。
その動きは、年齢を感じさせない。
力任せではなく、角度で崩す。
男の背中が壁に当たる。
「声を出すと、ここで終わらせるわ」
岡野の声は低い。
男は動けなかった。
岡野は無線を持っていない。
非番だからだ。
だが、彼女はスマートフォンを出し、短いメッセージを送った。
上原。ホテル瑞光銀座。警備要請。表には出さないで。
そのあと、もう1件。
梶原。至急、ホテル館内カメラと外部アップロード監視。相原という女性従業員が脅迫されている。
送信。
岡野は男の腕を押さえたまま、控室の扉を見た。
中から、微かな声。
役員らしき男の声。
そして、別の男の声。
「ケースを出せ」
岡野の目が細くなる。
18時23分。
予約まで7分。
吉田は相原をロビーの陰へ座らせていた。
「妹さんの動画は、誰に撮られたものですか」
相原は震えている。
「分かりません……でも、妹が高校の時に……いじめられていた時の……」
吉田の表情がわずかに変わった。
怒りではない。
怒りを表に出せば、相原がさらに怯える。
だから声を落とす。
「分かりました。あなたが悪いわけではありません」
「でも、鍵を……」
「まだ開けていませんね」
相原は泣きそうな顔で頷く。
「開けろって言われて……でも、怖くて」
「怖くて止まれたのは、強いです」
その時、吉田のスマートフォンに梶原から返信が来た。
動画公開用アカウント検知。隔離します。
岡野室長からも連絡あり。現場支援に入ります。
吉田は相原に画面を見せた。
「今、止めています」
「本当に……?」
「本当です。あなたはここにいてください。動かなくていい」
相原は泣きながら頷いた。
水瀬は制圧した男をホテル警備員へ静かに引き渡していた。
「大声を出さないでください。一般のお客様には体調不良者対応と説明を」
警備員は戸惑いながら頷く。
「あなたは、警察の……」
「今は聞かない方がいいです」
望月が清掃カートから黒いケースを見つけた。
大きくはない。
だが、重量がある。
ケース表面に、小さな擦り傷。
そして、ラベル跡。
L-07ではない。
今回は、M-03。
望月はすぐに写真を撮る。
ケースは開けない。
非番であっても、証拠品の扱いは変わらない。
「岡野さん」
望月は静かに呼んだ。
岡野はVIP控室前の男を押さえたまま振り返る。
「ケース?」
「あります。M-03。中身は未確認」
「触らないで」
「当然です」
吉田も合流する。
「相原さんは保護しました。動画は梶原さんが止めています」
水瀬が注射器を見せる。
「こちらは鎮静剤の可能性があります。濃度不明。使われていれば危険でした」
岡野は控室の扉を見た。
「中に2人。役員1人、人質状態の可能性。もう1人がケースを要求している」
吉田が聞く。
「交渉しますか」
岡野は少しだけ考えた。
「予約まで、あと5分ね」
水瀬が時計を見る。
「18時25分です」
望月が言う。
「料理の開始には間に合います」
吉田が苦笑した。
「本気ですね、皆さん」
岡野は静かに言った。
「せっかくの非番を潰されるのは、好きではないの」
その声に、3人が同時に頷いた。
控室の中の男が叫んだ。
「ケースを持ってこい! こいつがどうなってもいいのか!」
岡野は扉の前に立った。
吉田が横につく。
水瀬は注射器の男を警備に預け、扉の反対側へ。
望月はケースの位置から離れず、証拠を守る。
岡野は扉越しに言った。
「ケースは見つけたわ」
中の男が黙る。
「誰だ」
「あなたに名前を教える必要はない」
「警察か」
「そう思うなら、動かないことね」
男の声が荒くなる。
「入ってくるな! こいつに薬を打つぞ!」
水瀬が小さく言った。
「中にも薬剤あり」
岡野は扉の構造を見た。
ホテルのVIP控室。
厚い扉。
内開きではない。
電子ロック。
だが、相原は鍵を開けていない。
つまり、男は別ルートから入った。
スタッフ通路か、隣室との連絡扉。
岡野は目だけで水瀬へ合図する。
水瀬は頷き、隣室側へ回る。
吉田は扉越しに話し始めた。
「あなたは、ケースを手に入れれば逃げられると思っていますか」
「黙れ!」
「ケースを渡されても、外へ出られません」
「出られる」
「外の仲間はもう動けません」
男の呼吸が変わった。
岡野はその変化を聞いていた。
吉田が続ける。
「ロビーの男。スタッフ通路の男。清掃カートのケース。全て押さえました」
「嘘だ」
「嘘なら、あなたのスマートフォンに連絡が来ているはずです」
沈黙。
男がスマートフォンを見る気配。
その瞬間、水瀬が隣室側から動いた。
連絡扉。
開いている。
男はそこから入った。
水瀬は隣室の暗がりを進み、控室側の半開きの扉へ近づく。
中が見えた。
企業役員が椅子に座らされている。
口元に布。
男が1人、注射器を手にしている。
吉田の声に気を取られている。
岡野は扉の外で男の位置を読む。
見えていない。
だが、声の位置、反響、役員の呼吸。
すべてを聞いている。
元スナイパーだった頃と同じだ。
撃つのではない。
見る。
待つ。
最後の一瞬だけ、動く。
水瀬がスマートフォンを一度だけ振動させた。
準備完了の合図。
岡野は電子ロック横の非常解錠ボタンを押した。
同時に、水瀬が内側から男の腕へ入る。
男が振り返り、注射器を役員へ向けようとする。
その腕を水瀬が外へ逃がす。
岡野が扉を開けた。
動きは静かだった。
しかし、速い。
岡野は男の視線の外から入り、手首ではなく肩を押さえた。
注射器を持つ腕が下がる。
男が抵抗する前に、吉田が役員の椅子を後ろへ引き、針先から距離を取る。
水瀬が注射器を奪い、床へ落とさず確保する。
男が叫ぼうとする。
岡野は男の腕を背中側へ回し、壁へ押さえた。
「静かにしなさい」
その声で、男は動きを止めた。
戦闘は数秒。
控室の外にいる客には、ほとんど何も聞こえていない。
役員は息を荒くしながら、吉田を見る。
「あなたたちは……」
吉田は布を外しながら答えた。
「ホテルの安全確認です」
役員は信じていない顔をした。
当然だった。
岡野は男を警備員へ引き渡す。
「警察が来ます。静かに移してください」
警備員は震えながら頷いた。
望月は黒いケースを見ていた。
その表面に、男の指紋が複数。
さらに、ケースの持ち手に血液らしきもの。
「証拠として十分ですね」
水瀬が注射器を確認する。
「こちらも。濃度によっては殺人未遂です」
吉田が相原へ戻る。
「相原さん。終わりました」
相原は立ち上がれず、ロビーの椅子に座ったまま泣いていた。
「妹の動画は……」
吉田のスマートフォンに梶原から返信。
公開阻止。元データの所在も特定。所轄へ引き継ぎます。
吉田は画面を見せた。
「止まりました」
相原は顔を覆った。
「ありがとうございます……」
吉田は少しだけ優しく言った。
「今日は、あなたが止まったから間に合いました」
18時29分。
警察がホテル裏口から入った。
ただし、表向きは体調不良者対応と警備上の確認。
ロビーにいた一般客の多くは、事件があったことに気づいていない。
ホテルスタッフも、詳細は知らされない。
犯人4人は静かに引き渡された。
黒いケースM-03も、望月の管理で警察へ。
注射器は水瀬が安全に封入。
相原は保護。
役員は別室で事情聴取。
すべてが、15分足らずで終わった。
岡野のスマートフォンに上原からメッセージが入る。
こちらで引き継ぎます。無事ですか。
岡野は短く返した。
問題なし。予定に戻ります。
数秒後。
了解しました。
さらに戸張から別のメッセージ。
女性陣だけで事件解決ですか。怖いですね。
岡野は既読をつけただけで返さなかった。
吉田のスマートフォンにも戸張から来ていた。
大丈夫か?
吉田は少し考えて返す。
大丈夫です。予約に間に合いました。
すぐに返信。
そこ?
吉田は少しだけ笑った。
水瀬が時計を見る。
「18時31分です。1分遅れました」
望月が言う。
「ホテル側に事情を説明すれば、料理の開始を調整してくれるでしょう」
岡野はエレベーターの方を見る。
「行きましょう」
吉田が言う。
「このままですか?」
「このままよ」
水瀬が注射器を警察へ引き渡し、手を消毒する。
「問題ありません」
望月も証拠袋を渡し終え、バッグを持ち直した。
「では、デザートまで予定通りで」
4人は、何事もなかったようにエレベーターへ向かった。
ロビーでは、警察官が静かに犯人を連れていく。
ホテルのスタッフが、信じられないような顔でその背中を見ていた。
若いスタッフが先輩に聞く。
「あの女性のお客様たち……何者なんですか」
先輩スタッフは首を横に振った。
「分からない」
「警察の方ですか」
「たぶん……でも、名乗っていない」
エレベーターの扉が閉まる直前、岡野たちの姿が見えた。
普通の客のように、静かに立っている。
その数分前、ホテル内の誘拐未遂と脅迫事件を止めた人間たちには、とても見えなかった。
最上階。
レストランの窓際席に案内されると、銀座の夜景が広がっていた。
雨上がりの街が光っている。
スタッフが少し緊張した様子で言った。
「本日はお待たせして申し訳ございません。コースの開始を調整しております」
岡野は穏やかに頷いた。
「ありがとう」
吉田は席に座り、ようやく肩の力を抜いた。
「本当に戻ってきましたね」
水瀬はメニューを見ている。
「前菜は冷製なので、影響は少ないと思います」
望月が言う。
「デザートが予定通りなら、問題ありません」
吉田が笑った。
「皆さん、思ったより食事への執念が強いですね」
岡野は窓の外を見たまま言った。
「非番を守るのも、時には任務よ」
その言葉に、3人が少しだけ笑った。
料理が運ばれてくる。
白い皿。
小さな前菜。
香りの良いスープ。
さっきまでの緊張が嘘のように、レストランは静かだった。
吉田がグラスを持つ。
「では、改めて」
水瀬が続ける。
「予定通りの食事に」
望月が言う。
「証拠保全完了と、デザートに」
岡野は少しだけ口元を緩めた。
「全員、無事だったことに」
4つのグラスが、静かに触れた。
音は小さい。
だが、確かに響いた。
その頃、ホテルの裏口では、所轄の刑事が警備員に事情を聞いていた。
「犯人を押さえたのは誰ですか」
警備員は困った顔で答えた。
「女性のお客様たちです」
「名前は」
「分かりません」
「所属は」
「それも……」
刑事はロビーを見回す。
だが、もうどこにもいない。
事件を解決した4人は、最上階で料理を食べている。
誰も、そのことを知らない。
それでいい。
撃つ前に読む。
突入する前に救う。
それでも止められないなら、制圧する。
たとえ非番でも。
たとえ予約の直前でも。
予定を邪魔されたなら、静かに、確実に終わらせる。
そして終わったなら、何事もなかったように席へ戻る。
銀座の夜景を見下ろしながら、岡野たちはようやく、予定していた食事を始めた。




