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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
マボンの祭りと始まりの月
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北の領地の魔女たち

「私、かねてから思っていたのだけど」


 キャラメルナッツミルクティーを一口飲んでから、マルティナは一同を見渡した。


「本来、(しゅ)であるはずのハーブ交換より、スイーツ持ち寄りパーティーがメインイベントと化している現状は魔女としてどうなのかしら」


 マルティナはクリームチーズのタルトレットを手に取ると、カットしたメンブリージョを乗せて口に入れた。これほど説得力のない発言もないだろう。おまいう。


 グイメハムから街道を半日ほど歩くと、隣接する子爵領第三の街にたどり着く。今年のハーブ交換会こと、北部魔女組合秋季年会の会場である。世話人はこの街在住のコルネリア。大きな商家の奥様との兼業魔女だ。

 魔女の奥様は洗練されたカフェ付きのエルボリステリーを営んでいて、地域のご婦人方や若いお嬢さんたちに人気の場所になっている。


「仕事は素早く、休憩は優雅に。魔女の三訓のひとつですわ。きちんと実践しているではありませんか」


 コルネリアの言うとおり、交換会はサクッと終了した。私の目当であるアルニカを始め、あまり目にしたことのないハーブを手に入れることができて大満足である。


「優雅な休憩時間に重きを置き過ぎているのではないかしら。交換会はハーブだけでなく、各自の情報を共有する目的もあるでしょう?」

「情報の共有ならお茶やケーキを楽しみながらでも有意義な時間を過ごせますわ。この赤すぐり(グロゼイユ)のメレンゲタルトはいかがかしら」

「断面が美しいわね。グロゼイユの鮮烈な赤に薔薇を(かたど)ったピンクのメレンゲが可愛いわ。どなたが用意したの?」

「ドリカよ」

「呼んだ?」

「今、マルティナに気に入ってもらえそうなケーキをすすめていたの。酸味のあるお菓子が好きでしょう、彼女」

「そうなのね。あちらのミロワール・カシスも甘酸っぱくていいわよ。名前のとおりカシスのジュレが鏡面みたいで見た目も綺麗なの」

「あら、今年最後のルバーブとチェリーのタルトもあるのよ。マルティナにはこの爽やかな風味を是非とも味わってもらわなくちゃ。どうぞ召し上がれ」

「ありがとう……?」


 お姉様方の怒涛の反撃に感心する。正論ではあるけど隙だらけの姿勢で意見するマルティナに、応援を呼びつつも華麗に丸め込むコルネリア。商家の奥様、凄い。

 ご両親が二人とも市民貴族(ヨンクヘール)という議会議員だったコルネリアは、弁が立ち、交渉事に強く根回しに長けている。そのまま両親と同じく議員になると思いきや、魔女として生きることを選択した。故に彼女は、魔女の他に市民貴族の娘としてのヨンクフラウの称号を持っている。

 二つの称号と、世俗に疎そうな儚げな外見という武器を持った少女時代のコルネリアは、多くの国を旅し、様々な出来事を経験したらしい。その頃に現在のご主人と出会い、二人で商会を立ち上げ、繁盛させ、現在に至る。少年少女向けの冒険物語みたいな過去を持つ奥様は、今も昔も楽しそうだ。


 ドリカはコルネリアと同期の魔女で、東の辺境伯領に近い土地に住んでいるハンドメイドのコスメ作家だ。古典を読み込み、昔ながらの化粧品やヘアケアアイテムを再現して販売している。

 私がまだ十代の頃に舞踏会用のヘアセットが決まらない、と相談した時に教えてもらった砂糖水とウォッカのヘアスプレーは今も愛用中だ。ガッチガチに固まるのよ、あれ。アホ毛退治に最適な逸品です。

 海藻と白泥を使ったレモングラスのシャンプーバーや、枝毛対策用のキャロットオイルも私のお気に入りで、ドリカから定期的に購入している。以前、家に泊まりに来たキーラが一度使って惚れ込んでしまい、ドリカを紹介したことがある。すると、月が変わらないうちにラインで揃えてしまったと報告してくれた。わかる。

 今日は夏に南方で採取したマロウの根と、花と葉とシードオイル一式のポリジセットをドリカと交換した。その時に、米料理にハマりつつあることを伝えたら、米の茹で汁は髪と肌にいい、と簡単なリンスや化粧水のレシピを教えてくれた。ちょっとした雑談から有益なアドバイスをくれる頼もしいお姉さん、好き。


 そんなドリカは身の回りにある野菜や果物や調味料を材料にしているせいか食べる事も大好きで、歩くレストランガイドとの異名を持っている。当然、スイーツにも詳しい。

 手練手管に長けまくっているお姉様コンビと対峙しているマルティナは、圧倒的に劣勢だ。順調にスイーツ情報に絡め取られている友の声を背に、私は今回の交換会で取引をした相手と和やかに交流を進めていた。


 咳止め芹根ことラシーヌドールや、解毒したパルサティラを見つけた時には、出品したヘルダと固い握手をしてしまった。しばらく手元になかった物なので嬉々として交換したのだが、私の持ち合わせていた乾燥コストマリーと精油のセットとクローブピンクの砂糖漬(クリスタリゼ)をヘルダも狙っていたそうなので、お互いにいい取引ができた。


「嬉しいわ。テアが作る花のクリスタリゼ、好きなのよ。コストマリーの精油もちょうど欲しかったの。南方で採取した物を精油したのですってね。あなたの手による物なら安心だわ」

「ありがとう。私もラシーヌドールを探してたんだ。そろそろ咳止めドロップを作りたかったからね。ヘルダの仕入れた物なら高品質だし私も嬉しいよ」

「セップの目利きだから品質については保証するわ」


 相変わらず息子自慢が微笑ましい。

 若い頃はアルカロイドの研究者としてアカデメイアに勤務していたヘルダだが、結婚を機に退職し、アロマ療法師と調香師方面へ舵を切った趣味に生きる女性である。毒物や薬効について膨大な知識を持っているため、若年魔女には頼りにされる存在だ。

 一人息子であるセップは新大陸と行き来をする凄腕バイヤーで、探せない物はないとの評判をよく耳にする。母親に叩き込まれた植物知識だけではなく、服飾方面にも詳しいので、魔女以外の職人にも顧客は多いらしい。


 遠くでマルティナたちが戯れている声を聞きながら、私も久々に会ったヘルダとの会話を楽しんでいた。聞けば聞くほど新大陸の話が面白い。ヘルダを通した物ではあるが、セップの体験談は興味深い。あちらで若い頃に過ごしたことのある神官さんにも、改めて新大陸の話を聞いてみようかな。いつか行ってみたい。


「ヘルダ、あのミロワール・カシスはあなたが持ってきたのでしょう? とても美味しかったわ」


 キラキラした瞳でヘルダに声をかけてきたのはマルティナの双子の姉、ラウラだ。極めてよく似た顔立ちながら、彼女たちの区別は容易い。二人とも古風な話し方をするところは変わらないが、小柄で少女趣味強めな黒い方が姉のラウラ、姉よりは背が高くて少女趣味強めな白い方が妹のマルティナ。性格ではない。選びがちな服の色のことだ。色が異なるだけで、どっちもヒラヒラフリフリしてるけどね。


「お気に召したようね。よかったこと」

「土台のビスキュイに挟まれたカシスのガナッシュ、ほんの少しスミレのリキュールが入っていてうっとりしてしまったわ。メインの二種類のムースも、鏡のようなグラサージュも美味しすぎて恋をしてしまいそう」

「まあ。そんな感想を聞いたら、作り手はさぞや喜ぶでしょう。伝えておくわね」


 ヘルダが毎年用意するスイーツは、全て同じ菓子職人の作る物だ。派手ではないが美しい仕上がりに、つい見惚れてしまう。味はもちろんのこと、繊細な作業や隠れたこだわりを見つけるのが楽しい。


 ちなみに私と双子姉妹は毎年用意するスイーツを決めている。私はフルーツタルト、マルティナはチーズタルトかタルトレット、ラウラはフラン。もちろん、まったく同じ物ではないが大枠としてそんな感じだ。他にも同じく自分の担当領域を決めている者は数人いる。ミシュリーヌはエクレアやルリジューズなどのシュー菓子専門だし、コレットもクッキーやフィナンシェなどのシンプルな焼菓子だ。ギリギリ若手である私を始め、二十代の魔女たちの暗黙のルールである。

 以前、全員が全員奇をてらったというか、自分の好みに全力を投入した結果、その年のスイーツパーティーはバターチーズチョコ祭り〜超絶濃厚クリームを添えて〜、的な感じになってしまったのだ。濃いよ。美味しいけど濃すぎるよ。

 我らの消化器官がどれだけ丈夫であろうと、味覚という感覚器は移り気なのだ。あの時ほどシンプルでさっぱりとした味わいのスイーツを恋しく思ったことはない。

 やりたい放題の三十代より上のお姉様方や、恐れを知らない十代の妹魔女たちは欲望に忠実過ぎる。そう、私たちは忖度を要求される悲しきスキマの世代なのだ。中間管理職、という文言で闇を宿しそうになるロクランの気持ちが少しわかる気がする私だった。


 しみじみしながらヘルシーフードにどハマリしているヴェロニークのお手製ガトーショコラを食んでいたら、コルネリアが一同に声をかけてきた。スリムな体型で優しそうな年配の男性と並んでいる。


「皆様、私の古くからの友人を紹介いたします。本日の特別ゲスト、パティシエ兼グラシエのドニよ」


 職人自体を用意するのもありなのか。私は戦慄した。華やかな仕掛けが大好きなコルネリアらしいけど、これ、歯止めが効かなくなっていかない? お姉様方は自重を知らない。濃ゆっ濃ゆのものが出てきたらどうしよう。


「私からは薔薇とベリーのウフ・ア・ラ・ネージュを提供するわね。こればかりは、できたてをサーブしたくてドニに頼んでしまったの。どうぞ召し上がれ」


 予想に反してさっぱりと軽めな、だけどレストランでしか食べられないデザートだった。イル・フラントットと同じく、ゆるいカスタードソースの海に浮かぶメレンゲの浮き島はふわりとした雲のような口当たりで、とても軽やかだ。

 ドニさんが作ってくれたウフ・ア・ラ・ネージュは、その名のとおり卵の形に成形されている。薔薇のピューレを包み込んだ、つるりとしたメレンゲをスプーンですくい、口の中に入れると淡雪のように溶けてしまう。

 このひと皿にはベリーのアイスクリームが三種類も添えられていて、その色合いの美しさにテンションが上がる。さらりとしたカスタードソースの淡い黄色のに白いメレンゲ、赤にピンクに濃い紫のアイスクリーム。

 アイスだけを食べたり、カスタードソースと混ぜ込んでフルーツカスタードにしたり、アイスとメレンゲだけで食べたり、と様々な選択肢を与えてくれるのだ。この小さなお皿の中に無限の可能性がある。コルネリア、あなたのおもてなしの心、しっかりと受け止めたわ。

 締めに相応しい、食べ終わると名残惜しくなるデザートだった。やっぱりスイーツ持ち寄りパーティーは最高だ。

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