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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
マボンの祭りと始まりの月
54/58

潮の香りを堪能する昼下がり(前)

 ランチ用に準備していたのは、おひとりさま仕様のガサツ料理だったので外食することにする。私にも見栄はあるのだ。それにこれから領都へ向かう人をお待たせするわけにもいかないしね。


「この集落では、どこかで食事をしたことはありますか?」

「エールハウス、なのかな。そこで遅い昼食を取ったことはあります。美味しかったですよ。料理もエールも」


 三対の猫苺亭だ。正式には宿付き居酒屋(タバーン)だけどエールハウスでもあるからね。あそこの日替わりランチは美味しい。サービス価格のエールもついてて満足度が非常に高い。


「この地域のエールは色が綺麗ですね。赤に近くて最初はフルーツ系のビールかと思いました。酸味もあるし」


 私の中の酒飲み人レーダーが反応する。そうかな、とは思っていたけど、この人も酒好きだ。私は確信を持って尋ねる。


「ちなみにワインはお好きですか?」

「好きです。蒸溜酒もね」

「どちらも取り揃えているビストロがあります。ランチはそこにしましょう」


 領都へ向かうのであれば、集落の中心を通り抜けて街道を南に下ればいいので丁度いい。私は代行さんをマリー・ルーへ案内することにした。


 マリー・ルーは、地元出身の女性シェフが経営する雰囲気が良くて気軽に入れるビストロだ。

 領都や王都の高級レストランを始め、()つ国の様々な店で修業をしてきたせいか、店主のヤスミンが作る料理は、伝統的なものから斬新なものまでレパートリーの振り幅が異常に広い。こだわりの食材を使った繊細で美しい一皿と、ジャンク極まりないコテコテギトギトな屋台フードが平気で並ぶところがたまらなく好き。

 その時の自分が食べたい、もしくは作りたい料理しか出さない、というヤスミンの強気な姿勢に惹きつけられる人は少なくない。なにせ、当日の朝にならないとその日のメニューを決めないのだ。朝のうちに本日のメニューが書かれた黒板を店頭に出し、気の早い人は開店前に内容を確かめに来て一喜一憂する。

 研究熱心なヤスミンは、客からのリクエストを受け付けてくれることも多い。遠く離れた場所で食した一品や、記憶の中にしかない思い出の味を託されると再現したくなるらしい。そのせいか、巡礼の途中で立ち寄った旅人が、わざわざ再訪することも珍しくない。

 疾走感あふれる気まぐれスタイル。マリー・ルーとはそういう店だ。

 ちなみに店名はヤスミンのお母様が好きだった昔の女優さんの役名なのだそうだ。マリーさんとルーさんがいるわけではない。いるのはヤスミンと、ヤスミンが王都のオーベルジュで料理長をしていた時に、彼女の腕に惚れ込んで移住してきたソムリエ兼パティシエのバルタことバルトロメウスの二人だ。


「この時期なら、そろそろムール貝が入ってるかしら。代行さん、貝類はお好き?」

「好きです。好き嫌いはないんですよ。旬の物はいいですね、季節を感じられる」


 同意しかない。


「牡蠣も先月くらいから出始めてるんですよね。王都の辺りと違って、北の領地では蒸し牡蠣や焼き牡蠣もありますよ。この土地に来るまで生食以外の食べ方を知らなかったけど、どちらも美味しくて好きです」


 十二月と三月のぷりっぶりに太った生牡蠣も至高の美味しさだけど、程よく加熱調理された牡蠣も、滋味深くてしんみりと美味しい。熱々で柔らかな貝というものは、なぜにあんなにも人を誘うのか。


「そんなに美味しそうな話を聞かせられると、合わせる酒も楽しみになりますね」

「私の経験上、牡蠣には赤も白も合います。ムールフリットだったらピルスナー系のビールも凄く合います」

「あー。フリットってフライドポテトですよね? 確かにビールは合いそうだ」


 賛同していただけた。

 揚げ芋(フリット)にはペールエールが合うかスタウトが合うか、よくキーラと朝まで議論するのだけど、いまだに決着はつかない。揚げたてポテトにはモルトビネガーをバッシャバシャにかけて食すのが私の正義(ジャスティス)。キーラはスタウト、できれば生の樽から注がれた物さえあればどっちでもいいそうだ。美味しいけどね、生樽(タップ)のスタウト。なんだったら、白身魚のフリットを付けてくれてもいい。むしろ付けてください。

 とはいえ、グイメハムを始めとした北の領地や大公国で定番のフリットはマヨネーズ系のソースを合わせて食べる。これはこれで美味しい。飲食についてはその土地の流儀に従え、というのが私とキーラの一致した意見である。


 集落の北側にある我が家から村の中心へ向かう。代行さんとは、工房の中へ案内する距離でしか並んで歩いたことはなかったのだが、速度を合わせてくれるせいか歩きやすいことに気づく。しかも、集落のあちらこちらを紹介しながら歩いていたのだが、なんだかとても話しやすい。聞き上手なイケメンは貴重である。なぜ同じくらいの年齢か近い年代に、そういった男性が私の周りにはいないのか。悔しみ。


 マリー・ルーの本日のおすすめメニューはムールフリット。生牡蠣もあった。予想が当たって小躍りしそうになる。

 ランチタイムも半ばを過ぎた時間にマリー・ルーに到着した我々は、外の景色を楽しめる窓際の席に案内された。向かい合い、私はメニュー表に指をさす。


「付け合せにバゲットかパスタを選べるんです。蒸されたムール貝から出るスープが絶品なんですよ。浸して食べるバゲットも最高だし、貝と香味野菜の濃厚なエキスが絡んだパスタもそれだけでメインの一皿になっちゃいます」


 声が弾んでしまったせいか、プレゼン上手いですね、と代行さんに微笑まれてしまった。


「では、それぞれバゲットとパスタにしてシェアしますか? 美味しい物は分け合いましょう」


 神がいた。にっこり微笑んだ美少女顔の神に魅力的な提案をされたので、全力で乗っかることにする。ムールフリットとは野菜と酒で蒸したムール貝と、からりと揚げた芋のコンビ料理だ。家庭でも簡単に作れるが、できたての熱々な料理と温度管理された美味しい酒がサーブされて飲食に集中できる環境も捨てがたい。しかも、ヤスミンの手によるバゲットなどのパン類や、手打ちのパスタは何物にも代えがたい。

 代行さんはメニューを見て、私に問いかける。


「生牡蠣の食べ比べというのも美味しそうですね。産地別で三種類。グラス一杯のワインかカクテル付き」

「頼みましょう」


 即答する私に、にっこりと笑ってくれる。目の保養である。


「ビールはいかがいたしますか?」


 おすすめの銘柄を口にすると賛同してくれた。バルタを呼んで、食前酒やワインの相談をしつつオーダーを伝える。デザートはおまかせにした。


 食前酒のスプリッツァは、ミラベルをスライスした物が入っていた。そろそろミラベルも見かけなくなってきたので、予想外の出会いが嬉しい。

 スプリッツァは辛口の白ワインに炭酸水を合わせた軽いカクテルだが、ミラベルの甘い香りがきりりとした強めの炭酸に合って飲み過ぎてしまいそう。

 代行さんから語られるミルテさんの様子が楽しくて、聞いていて嬉しくなる。初めてのお子さんに奮闘しつつも、ご夫婦で協力して育児に励んでいるそうだ。ロッテちゃんを含めたミルテさん一家はみんな元気とのこと。それが一番だわ。


「はい、生牡蠣の産地別三種の食べ比べ。好みでミニョネットソースをどうぞ。おすすめはレモン少しと白胡椒」


 言いながらバルタは皿を置く。ゴツゴツした長めの牡蠣は小振りな物とそれよりひと回り大きい物。平たく丸い物は少しお高めなんだよね。西の辺境伯領の特産品で、古くからの品種なのだそうだ。これを二つずつ、六個分の牡蠣が用意された。バター付きの黒パンも二枚ほど付いてきた。これで一人分。

 テーブルの上には、二人分を合わせて十二個の活きの良さそうな牡蠣が並んでいる。思わず口元が緩んでしまう。代行さんも同じような顔をしていたので、思わずくすりと笑ってしまう。


「大きい牡蠣は島国産だよ。これをたっぷりかけてみて」


 続いて、バルタは琥珀色の液体が入ったショットグラスも置いた。鼻に届く香ばしい麦の香りは、ほんのりと燻された気配。島国の北の方で作られるスモーキーなシングルモルトウイスキーだ。

 島の北西側にある小さな島々には多くのウィスキー蒸留所があり、同時に牡蠣の産地でもある。なるほど、同じ土地の物を合わせるのね。食べ物にはその土地の酒が一番合う、とはバルタの持論で、私も大いに賛同したい。


「味を途中で変えるなら、シトロンコンフィをほんの少し足すといいよ。これはヤスミン特製の物で、唐辛子が入ってるから塩気と酸味だけじゃなく辛味もあるんだ。ウィスキーとも合うよ」

「さすがバルタ。斬新な組み合わせだけど美味しそう。よくこんなの思いつくね」


 バルタは笑って否定する。


「これ、マクラウド少佐に教えてもらったんだ。少佐のお祖父さんの故郷では、定番の牡蠣の食べ方なんだって」


 なんということだ。ロクランたらそんな美味しそうな情報を隠し持っていたのか。クランペットの神様も人が悪い。そんな話を聞かされたなら、本場へ行きたくなってしまったではないか。今度会った時に、ホグマネイの後でもいいから案内してもらえるか交渉しようかしら。


「食べ終わる頃にムールフリットとビールを持ってくるね。どうぞ召し上がれ」


 牡蠣はどれも味わいが異なり、比較が楽しい。食べ慣れたものは小振りな牡蠣で、潮を蓄えているせいか塩気がありつつもあっさりとしているからいくらでも食べられる。実は、身が緑色の物が最高級品なのだが、滅多に出会えない。

 新鮮な生牡蠣なので、一つは何もつけずにそのたまいただく。エシャロットと赤いワインビネガーを合わせたミニョネットも牡蠣とは相性バッチリだ。

 そして辛口のワイン。牡蠣の味を邪魔しない、果実感が控えめで酸味のある白ワインが最高に合う。レモンといい、ミニョネットといい、酸味と酸味がぶつかり合っているのに、戦い合うのではなく手を取り合って踊り始めている。これはもう酸味祭り。

 平たくて丸い牡蠣はベージュ色の身にナッツを思わせる風味。これも海がそのまま口の中に飛び込んでくる感じが好き。三種類の中で一番大きな島国の牡蠣は、少しミルキーな濃厚さがあってプリプリしている。確かにウィスキーに合う。


「これ、俺のもう一つある故郷の牡蠣に少し似てるかな」


 代行さんが島国の牡蠣をつるんと飲み込んだ後にこぼした感想に、思わず反応してしまう。


「もう一つ?」


 聞き返す私に、にこりと笑顔を向ける代行さんが可愛い。成人男性に言う言葉ではないので口には出さないが、こんな美少女が妹だったら楽しそう。少しずつしか縮められない距離だけど、隠しそびれた表情の変化を見つけると嬉しくなる。


「ルーツが二つあるんですよ。一つはこの大陸にあるけど、もう一つはもっと東。東の東」


 異国風の容姿に異国の発音のお名前。そう言えばそうだった。あの綺麗な薔薇色の水晶が採掘できる場所も、そちらなのかもしれない。代行さんの故郷はきっと遠い場所なのだろう。


「このウィスキーをかけて食べる牡蠣の話、昔エッセイで読んだことがあるんですよね。もう今では読めないけど、記憶には強く残っている」


 面白そう。きっと酒好きで食い道楽の作家なのだろう。


「あっという間に六個、食べちゃいましたね。牡蠣の追加、どうします?」


 そう代行さんに尋ねる。


「もう少し行けそうだけど、生牡蠣は前菜みたいなものだし控えましょうか。メインの料理はバケツできますしね」


 しかも山盛りのフリットも付いてくる。名残惜しいが牡蠣はこれからの季節が本番だし、今日のところはこれぐらいにしておこう。待ってろよ、牡蠣料理。

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