麗しの水晶と小さな砂糖ネズミ
厄災除けと強運寄せ。
鉱石の力が全てではないが、どうせなら高性能のアミュレットを作りたい。なにせ敵は超弩級の不運吸引力を持つ歩く誘魔灯だ。勝ち目のない戦いかもしれないが、せめて一矢を報いたいではないか。
そんなわけで、相性を考慮しつつ頭の中で魔術式と配置計算をしながら鉱石を見せてもらっていた。ついでに黒系の石もチェックする。黒い色を持つ石は厄災を退ける力を持つ物が多いのだ。
今回試作した魔術弾丸素材に使用した鉱石も、単体だけでかなり強力な魔除けになる。特に黒水晶は最強と言われる邪気祓いの鉱石だ。持ち主を中心とした広範囲を一気に浄化する力を持つ反面、フル出力した時は自身の力以外を寄せつけないほどの強さを持っている。
アミュレットやタリスマンなどの守護装身具に組み込む際には単品で扱うか、他の鉱石とは干渉しないように最新の注意を払って配置しなければならない。他の石の力を吸収してしまうからね、モリオンさん。
なんていうか、「攻撃は最大の防御なり」を体現したような鉱石なのだ。強い。
加工せず、原石のままの方が最大限に能力を発揮できると聞くので、魔術式やデザインへの落とし込み方を含めて、現在試行錯誤中である。
他にも手持ちではない黒系の石を見せてもらう。海王石系も綺麗。七色碧玉とも呼ばれる祝福石と合わせるといいらしい。こちらもキラキラした青が美しい石だ。一緒に採掘されることが多い鉱石は、組み合わせると更に力を発揮する。
「この北方海王石と比べたら極東海王石は緑が強いんですね」
同じ黒でも微かに赤い物と濃い緑の物があるのね。私は見比べながら感想を口にする。補色同士でペアになってたりして。面白いな。
「産地も異なれば成分も変わりますからね。純粋な黒だと黒玉も綺麗ですよ。破邪の力もありますし」
「有機系の石もいいですよね。黒玉もそうですけど琥珀とか」
「木や樹液の化石は温かみを感じますしね。そうだ、有機系といえば」
言いながら代行さんは鉱石ケースの底に手を入れる。
お、珍しい石かも。代行さんは私の関心メーターを振り切らせる名人なので、安心して期待できる。
「水入りの鉱石はご存知ですよね」
「はい。瑪瑙や水晶に多いのでしたよね?」
生成の過程で気泡や空洞の中に水が閉じ込められ、そのまま鉱石になってしまうそうだ。古代の水。浪漫である。
「黒い石ではありませんが」
声と共に目の前に差し出された鉱石に、私は目が釘付けになる。モロに好み。なにコレ。
「磨りガラス状の水晶と薔薇色水晶の原石です。赤金針も内包していますね。この薔薇色水晶は綺麗に六角柱になっていますけど、この辺り、見てもらえますか?」
すでに見ている。というかそこしか見ていない。
全体的な印象はグラデーションのピンクから真紅。三インチほどの薔薇色の六角柱を抱きしめる、氷のような磨りガラスの群晶はまるで氷砂糖のようだ。うっかり美味しそう、なんて感想が口から出そうになる。鉱物を食らう変な生き物疑惑を抱かれるところだった。いけない、落ち着かなければ。
「この部分に水が入っているんですね」
代行さんの指が示した部分は薔薇色水晶の真ん中辺りだ。指先に揺れる小さな光。
水晶を傾けると水も動く。結晶とは異なる光の屈折が私の視線を捉えて離さない。ていうか、これただの水なの?
「古代の水ってこんなにキラキラしてる物なんですか?」
「普通はしてないですね」
そう答えた代行さんは、私の手の上に水晶を乗せてくれた。触れた途端、辛うじて残っていた私の中の冷静さが吹き飛んだ。
奇声こそ上げないものの、興奮状態で好みど真ん中の水晶を睨め回す。ヤバイ人に見えようが関係ない。今の私にはガン見する以外の反応はできない。
手のひらより少し大きめの水晶原石はずっしりと重い。色々な角度に傾けて、光の反射を確かめる。というか夢中になってキラキラを楽しんでしまう。
水晶の中で跳ね返る光、赤金針の反射、水の煌めき。ああ、綺麗。美しい紅色の金針の海にソーダ水のような大小の泡が散り、泡の中の揺れる水は虹色に輝く。
「お気に召しました?」
楽しそうな声色に我に返った。十分ほど時間が飛んでいたようだ。あらやだ。
「すみません。妄想が捗りすぎてトリップしていました」
正直に申告すると、代行さんはあははと笑った。あら可愛い。声を出して笑うところを初めて見た。
「こんな美しい結晶ばかりの水晶窟があるなんて信じられません。一度でいいから見てみたいですね」
代行さんは困ったように微笑んだ。
「残念ですが、ここではない場所にあるので」
やんわりと断られた。無茶振りを含んだ感想なのに、視線が優しい。こんな風に優しく見守りつつ、上手いこと姉を転がしてくれる弟がほしい。
少々値は張ったが、貴重で綺麗すぎる鉱石を手に入れることができた。守護力の強い石や黒系の石もいくつか増やせたし、何色もの粒鉱石をオマケしてくれたので、私は大満足だ。
「先月、ミルテさんにお会いしましたよ。お嬢さんもぷくぷくして可愛らしかった」
帰り支度をしていた代行さんが思い出したようにそう言ったので、ニヤニヤしながら色とりどりの鉱石を見つめていた私は顔を上げる。
「今、三ヶ月くらいでしたっけ? リーサンネちゃん、可愛いでしょうね」
「お祝いカードとビスハウト用のマウシェスを贈られたそうですね。喜んでおられましたよ」
ミルテさんとは私を担当してくれている石売りさんだ。領都の隣りにある街に住んでいる。姉妹のように育ったと言うロバの幻獣ロッテちゃんを相棒に、北の領内を縦横無尽に移動するパワフルなお姉さんだ。六月の始めに女の子の母になった。
産前休暇に入る前のミルテさんに、赤ちゃんの誕生祝いは何がいいかを尋ねた私にリクエストされたのは、ビスハウト用のマウシェス。ビスハウトは丸くてサクサクに焼かれたラスクで、朝食にフルーツやフレークチョコを乗せて食べることが多い。
赤ちゃんを迎えた家では、このビスハウトにマウシェスというアニスの種を使った砂糖菓子を乗せたカラフルなお菓子を客人に振る舞う習慣がある。通称ネズミラスク。北の領地内で伝わる風習のようで、初めてその名を聞いた時は驚いてしまった。
アニスには魔除けの力があるし、その独特な甘い香りは女性の味方とも言われるほど女性独自の不調に効果がある。産後のお母さんへの労りの意味もあるのね。
ちなみに、王都や他の領地や南方の国々では、アーモンドやアーモンドを模したチョコレートに色付き砂糖でコーティングしたドラジェというお菓子をお祝いとして贈る。出産祝いだけでなく、結婚などの慶ばしいイベントでよく見るかな。私の故郷では、赤ちゃんが一生食べることに困らないようにスプーンを贈るので、色々な習慣があるものだと感心してしまう。
このネズミラスク、古代からの伝統ではピンクと白の砂糖菓子なのだとか。男の子なら水色と白、女の子ならピンクと白で赤ちゃんの性別を知らせる時代もあったみたいだけどね。他にも、高貴な家系の新たな命の誕生や、大神官長などの宗教集団のトップが代替わりする時には特別な色の物が販売されるそうだ。
アニスの種を砂糖で衣がけをしたマウシェスは、その名のとおり尻尾つきのネズミの形をしている。そんなちびネズミたちには七人の魔女から祝福を与えるのがお約束だ。これは魔女の友人たちに協力してもらった。
通常は祝福を与えられたアニスシードに祈りを込めながらアイシングで何重にもコーティングしていくのだが、個人的嗜好で一番外側の色付にはミルクチョコを採用した。ミルクの白と多色のピンクの粒は、合わせると可愛らしい色合いになる。ファンシーカラー最高ですよ。ちょっと小太りのネズミちゃんになっちゃったけどな。魔女、かつ色彩魔術師である私ならではの技である。
このマウシェスを、たっぷりとバターを塗ったビスハウトの上にパラパラパラと乗せてネズミラスクはできあがり。お手軽に準備できていい。
贈ったマウシェスは近所の子どもたちはもちろん、訪ねてきたご友人たちにも好評だったらしく、速達でお礼のカードが届いた。北の領民はチョコレート大好きの民だからね。
「俺もいただきましたけど、あのマウシェスは美味しかったですよ」
「ありがとうございます。ともかく、無事に赤ちゃんが成長しているようで安心しました」
「ですね。ミルテさん、三月には復帰するのでよろしくとのことです」
代行さんはミルテさんから言伝てられたようだ。その言葉に、私ははたと気が付いた。もしかしてあと数回しかこの人とは会えないのかもしれない。それは困る。
見たことのない、珍しくて変わった鉱石はミルテさんを通して譲ってくれるかもしれないけど、私の中の野生動物餌付け欲が不完全燃焼になってしまう。
なんとかもう少しだけでも仲良くなりたい。どうしたものかしら。
「代行さんはこの後どちらへ向かわれるんですか?」
考えもなく、つい尋ねてしまった。
「今日ですか?」
「今日です」
一度、瞬きをした代行さんは、片付ける手を止めてこちらを見た。
「そうですね。まずは領都へ行こうかと思ってます。その後の予定は特にないかな」
今日中に領都へ着く手段はあるようだ。
「よろしければ、昼食を一緒にいかがですか? ミルテさんのご様子も伺いたいですし」
「確かにそんな時間ですね」
代行さんは時計を見ながらつぶやくと、にこりと笑ってくれた。
「ご迷惑でなければ、ぜひ」
一本釣り、成功。




