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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
マボンの祭りと始まりの月
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試される忍耐

 おまえだ、おまえ! とはさすがに言えない。

 喉まで出かかった声を押し込めて、なぜ今更そんなことを確かめようと思ったのか、ローディに尋ねてみる。


「さっきも話した、旧貴族の娘さんの肖像画の依頼なんだけど」


 東の隣国の大富豪のお家ね。


「報酬の他に大晦日大舞踏会(ジルヴェスターバル)の招待状をくださるそうなんだ」

「あら素敵」

「しかも祝祭の間(フェストザール)でのガラ・ディナー付」

「最高の席ね」


 ジルヴェスターバルとは、東の隣国での舞踏会シーズンを告げる最初の舞踏会だ。帝国時代に皇帝が住まわれた宮殿、現在は大統領府を会場にした、大晦日に開催されるエンターテイメントに振り切った大舞踏会だ。ダンスに参加しなくても様々なパフォーマンスを楽しみながら新年を迎えるイベントで、とても人気がある。

 フェストザールの席となると、ディナーコースの内容も高級な上に、席からオペレッタやバレエを観劇できる。だから超お高いのよ。富豪、凄い。


「その招待状、カオリーネにプレゼントしたら喜んでくれるかな、と思って。誰か好きな人がいたら一緒に楽しんでほしいんだ」


 おまえだ、おまえ!

 私は声を発する寸前で耐えた。二回目だ、この野郎。

 微笑みを貼り付けたまま、荒れ狂う感情をなんとか御する。


「ええと、ローディは自分で行こうと思わないの? 大晦日に用事があるとか?」

「特にないけど」

「だったら、カオリーネと一緒に行けばいいんじゃないかな。大晦日をあの街で過ごすのは楽しいと思うよ」


 宮殿の舞踏会だけでなく、街全体が新年を祝うムードに包まれるのだ。カウントダウンで花火も上がるしね。

 すると、ほんの少し困った顔をしたローディは、私から視線をそらした。


「……僕が誘ってもいいのかな」


 誘えっつってんだろ、この野郎。

 言いかけた口元を手で押さえて、深呼吸する。落ち着け、私。言葉が乱れてるわ。いけないいけない。


「カオリーネは喜ぶと思うよ」

「うん。彼女は優しいから、僕の誘いでも嫌がらないとは思う」


 おい、イケメン。そこらへんはもうちょっと自信持て。

 あと、カオリーネになんとなくいい女フィルターがかかってる気がするけど、そのままでいてください、お願いします。

 ローディよ。去年の夏至の日、君に恋い焦がれるあまり恋愛成就のおまじないを全てやろうとして全裸で野外をうろつこうとするカオリーネを止めるために、私とキーラがどれだけ苦労をしたかなんて知らなくていい。

 誘え。何も聞かずに誘え。大晦日の夜のスペシャルデートの申し込みなんてした日には、カオリーネは秒で受け入れるから。

 私は怨念めいた感情を込めながら、ローディを見据える。


「カオリーネは今年すっごく頑張ったと思うんだよね。お店を増やしたりとかさ」

「うん。それは近くで見てたから知ってる」


 気づいて、その距離感。近いって自覚してるじゃないか。


「そんな年の終わりを、王宮の舞踏会で過ごすことができるのは素敵だと思うのよね」

「僕もそう思う。だから、ご褒美っていうわけでもないけどこの招待状をカオリーネに譲りたいんだ」

「……いっそのこと、正装させてからリボンでぐるぐる巻きにして送りつけてやろうか、この朴念仁(ぼくねんじん)め……」

「え?」

「ひとりごとよ。なんでもないわ」


 直球で言ってしまいたいたくなる衝動に駆られてしまった。だけど、いくら当人以外の人間にはバレバレであっても、カオリーネの気持ちを本人の許可なく第三者が伝えるのは違うと思う。

 さて、どうしたものか。少し考えて口を開く。


「私とキーラは冬至祭(ユールタイド)が終わったら島国の方へ里帰りするんだよね」

「そうなの?」

「何年も帰ってないからね。だから、カオリーネはひとりでユール休暇の後半を過ごすことになるかもしれない」

「え」


 私にでも読み取れるほど、好きな人を心配する表情を出してくる。自覚してくれないかな、ほんと。


「そこで、さっきみんなで旅行したいねって話を思い出してほしいんだけど」

「来年行けたらいいねって話してたよね。南方とか」

「うん。夏の南方はおすすめしたい。だけど、休暇がなかなか合わなくて、冬にずれ込んだ場合の候補地があったらいいなと私は考えた」

「冬の旅行先か」


 私は東の隣国の首都の名前を上げた。もちろん王宮のある街だ。


「有数の観光地でしょう。夏の音楽祭も有名だけど、冬の舞踏会シーズンはもっと有名じゃない?」

「うん、確かに」

「だからローディにリサーチしてきてほしいな。せっかくジルヴェスターバルの招待状があるのなら、有効活用すればいいと思うの」

「でも、カオリーネに……」

「カオリーネには女子目線で見てきてもらいたいのよね。私とキーラの好みを一番知ってるわけだし」


 視線が泳ぎだしたローディの頬が、ほんの少し色づいたのを私は見逃さない。


「私、デビュタントの年に招待されたオペラ座舞踏会(オーパンバル)魔女組合舞踏会(ヘクセンシャフトバル)に出て踊ることが好きになったんだよね。だから毎年色んな舞踏会へ行くことはあるんだけど、ジルヴェスターバルはまだないの。いつか参加できたらいいなって思ってるんだけど、この機会に新年を迎える王宮の雰囲気を二人で確かめてきてくれないかな。それで感想をみんなで共有してくれたら嬉しい」

「ワルツしかレパートリーがないから、少し不安だな。僕がパートナーだとカオリーネが楽しめないかも」

「十分だよ。ローディは綺麗なステップを踏むし、ちゃんとカッコいいから」


 褒めたらローディは狼狽えてしまった。そこらへんの反応もピュアな十二歳児なのか。褒め褒め作戦はやめておこう。


「別に踊りっぱなしじゃなくていいんだし、美味しい食事と観劇を楽しんでくればいいと思うよ」

「……難しく考えすぎてたかな」

「そうだよ。それに、ワルツ以外のダンスが不安なら、ユールタイドで練習すればいいんじゃない? 私も協力するよ」

「あれ、君もワルツ以外は踊れないんじゃ?」

「踊れますよ、失敬な。私をワルツだけしか踊れない仲間に入れるんじゃない」

「三拍子のダンス以外興味なさそうだったから……。それに君がカドリーユとか踊るイメージがないというか」

「よろしい。君たち二人にはカドリーユを六番まできっちり叩き込んで差し上げるから覚悟をしとくように」

「え、怖い」


 私は鬼コーチになることを決心した。

 そうだわ、リヌスも巻き込もう。ヤツなら協力してくれるはず。私にカドリーユを教えてくれたのはリヌスなのだ。東の隣国で長く修行をしていたので、あちらの国の文化には詳しい。


「ダンスはともかく、オペラや歌の感想も聞きたいし、どんなガラ・ディナーかも知りたいな。芸術のプロと食のプロの二人にしか頼めないのよね、このリサーチって」

「そっか、リサーチか……。うん、わかった。そういうことなら、二人で調べてくるよ」


 畳みかけるような私の口車に、ローディは上手く乗ってくれた。承諾してくれてよかった。情緒面十二歳児は素直でいい。


「カドリーユを教えてくれるのは正直助かるな。あのダンス、参加できたら楽しそうだからね。舞踏会だと、君はワルツ以外でもすごく速いステップを踏みそうだ」

「そうかもね。舞踏会での勝負を引き分けたのはリヌスとロクランだけだし。他の時のパートナーには全部勝ってるんだけど」

「え? 勝負? ダンスって闘いなの?」

「闘いよ」


 腑に落ちない顔をしているローディだったが、カオリーネを誘うことと、十二月になったらカドリーユ教室を開始することを約束した。

 そう、舞踏会で踊る深夜のカドリーユも楽しいのだ。真夜中のテンション、ほろ酔いの頭、異常に速くなる音楽、いつの間にか知らん人がパートナーになってる、というシッチャカメッチャカさが面白い。

 そんなカドリーユの面白話や、変わり舞踏会のドレスコードの話をしているうちに、やっとダヴィッツが戻ってきた。愛の囁き、熱烈にも程がある。

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