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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
マボンの祭りと始まりの月
49/58

ダヴィッツを待ちながら

 黒、黒、黒。

 チャラじいの仕様書にある「二つの澄んだ闇」をどう表現するか。私はまだくるくると考えていた。

 数年ぶりの新作だというチャラじいの魔術弾丸。今までにない新たな色素材を指定されたので、試行錯誤するだけでも楽しい。指定の数値になるように、展開プログラムを組み込むのも面白くて仕方ない。興奮のあまり脳汁出そう。

 魔術式の仮計算をある程度のまとめたので、本格的に素材の選定に入るとしよう。

 今の時期だと、どの花になるかしら。パッと思いつくのは暗黒薔薇と漆黒ペチュニアだろうか。探せば黒スミレもあるかもしれない。ダヴィッツに相談しよう。

 鉱石の候補はいくつかある。射手の魔力を増幅させるために、チャラじい依頼の魔術弾丸用色素材には、全てのベースに水晶系の鉱物を使っている。今回は黒水晶を使うつもりだ。

 そこに黒曜石と黒いダイヤかスピネルを追加。色味によっては、黒瑪瑙か黒琥珀を更に追加。ブラックオパールも良さそうだけど、ちょっとキラキラし過ぎかもしれない。

 アクセントに赤鉄鉱はどうだろう。光沢のある金属のような黒は、砕いて粉末にすると血のような赤になる。少しだけ入れて赤みのある闇色を試作してみようかな。

 そうすると補色が欲しくなる。暗い緑を含んだ闇。真夜中を過ぎた深い森の闇。黒翡翠を合わせてみようか。


 頭の中で足したり引いたりしながら、ダヴィッツの店へ向かう。ついでにヌガーか砂糖菓子も見ていこう。糖分ほしい。

 店内は、晩夏の名残と秋めいた花や緑が混じり合い、移りゆく季節の賑やかさがあふれている。ふわふわした麦藁色を探そうとしたら、先に声をかけられた。


「あれ、テア?」


 店主の髪色より先に目に入ったのは、明るい栗色。一見、キラキラした王子様のような外見の穏やかな貴公子がいた。カウンター近くのお菓子コーナーを見ていたローディことローデヴェイクが、妙に嬉しそうな様子で私を手招きする。


「なんだか久々にローディを見た気がするわ」

「君こそ。しばらくぶりだよね。夏の間、南方へ行ってたんだって?」


 珍しい場所で珍しい人に会った。グイメハムで生まれ育った彼だが、ここ数年は領都のアトリエで作業していることが多い。


「うん。戻ってきてるならお土産持ってくればよかった。いつまでいられるの?」

「大きな仕事が終わったから、しばらく休暇を取ってるんだ。来月になったら、また外つ国に行くからね」


 人気画家は忙しい。


「へえ。どこ行くの?」


 尋ねると、東の隣国だそうだ。なんでも大富豪の一人娘の肖像画を描くらしい。半月ほど滞在して、領都のアトリエで作業するそうだ。


「来年の二月に社交界デビューらしいよ。旧貴族のお嬢さんだからオペラ座の舞踏会(オーパンバル)かな」


 東の隣国は貴族制度を廃止しているが、旧貴族の方々の中でも経済的に成功している家格の高い一族は、それなりの影響力を持っている。そんな超上流階級のお嬢様の社交界デビューの場が、オーパンバルだ。

 あの国のオーパンバルの凄いところは、そんな名家のお嬢様方以外にも、才能あふれる国内外の一般市民の少女たちも大勢招待していることだ。

 十月の終わりになると、学業や芸術、実業で才能を示し、努力を形にした十五歳の少女たちに招待状が届く。使者は選定の精霊、ヴェル様。普段は大きな鷲の姿をしているが、使者として人前に出る時は夜鷹の雛に擬態する。白くて丸くてふわんふわんしたコミカルな造形は非常に可愛らしい。鳥系の姿をした精霊様たちは、確実にヒトの萌え殺しを狙っている。


 参加の意志がある者には、ダンスレッスンチケット、ドレスやグローブや靴などを仕立てる衣装チケット、当日の着付け、メイク、ヘアセットを担当してくれるサロンのチケットの三点セットが贈られる。そして、毎年異なるデザイナーの手によるティアラを頭にセットされた少女たちは、舞踏会の夜だけプリンセスになるのだ。

 ちなみに、ティアラは記念品として手元に残る。しかも、準備にかかる費用や参加費は無料なので、大陸中の少女たちが憧れる大イベントでもある。

 一応、将来有望な男子諸君も同じような条件で招待されるのだが、如何せん女子のキラキラした夢と欲望の方が目に付きやすい。初めての燕尾服を披露する少年たちもキラキラしてるけどね。白い手袋をつけた男性は年齢を問わずカッコよくて好き。


 格式の高い舞踏会でもあるオーパンバルは、主催団体が募る寄付額も大きい。大陸でも最大級のチャリティーイベントだと思う。一般参加者や観客の購入するチケット代は全て寄付金になる。

 寄附先は毎年変わり、デビュタントたちはその内容のイメージした生花のブーケを手にして入場するので、一層華やかだ。

 オーパンバルにデビュタントとして参加できるのは一生に一度。初々しいデビュタントたちが漆黒のタキシードと純白のドレスで左回りのワルツを披露したあとは、一般参加のダンスマニアに混じって一晩中踊り明かす。踊ることが好きな者には夢のような一夜だ。朝の五時には終わるので、世界一優雅な朝帰りを体験することができるかもしれない。


「月が変わったら、もう少年少女が招待状に一喜一憂する時期なのね。早いなー」

「年々時の流れる速さが加速していく気がするよ……」

「不思議だよね……」


 しみじみと遠い目をする私たちだった。


「来月から外つ国ってことは、ローディも秋分祭は参加できるんだ。それまでにカオリーネも帰ってくるといいね」

「うん。彼女が一緒だとどんなことでも楽しく過ごせるからね。早く会えるといいな」


 惚気けてるようで惚気けていないんですよ、この男。

 リヌスとはまた違う方向に嘘がつけないというか、思ったこと、感じたことをそのまま口にするタイプなのだ。彼の言葉に舞い上がったり落ち込んだり妄想したり闇に落ちたり、カオリーネは非常に忙しい。

 ただし、ローディが振り回しているわけではなく、カオリーネが過剰に反応して踊り狂ってるだけである。気持ちはわからないではないが、もうちょっと落ち着け。そして話を聞け、カオリーネよ。

 鈍感素直クールと暴走妄走族という厄介な性質同士の組み合わせとはいえ、二人の仲は少し進展したらしい。詳しく聞けていないけど、カオリーネが幸せならそれでいいのだ。


「そういえばダヴィッツの姿が見当たらないけど、どこか行ってるの?」

「アレクサンドラ・ジャクリーンたちに愛を囁きに行っているよ……」

「……そっかー……」


 私とローディは、より一層の遠い目を店の外に向ける。小道を挟んだ向かいにある花園。どうやらダヴィッツはそこにいるようだ。

 六月以来の休暇で幼なじみの顔を見に来たローディは、流れるように店番を任されて途方に暮れていたそうだ。すぐ戻るよ、と言われてから三十分。どうにもこうにもならない所に私が来たそうだ。救助隊か。


「ええと、呼んで来ようか? テアはダヴィッツに用事があるんだよね?」

「あるにはあるけど邪魔はしたくないかな、色々な意味で」


 アレクサンドラ・ジャクリーンは、ダヴィッツが手塩にかけて育てた八重咲きのダリアで、紅色から黄色を含んだ珊瑚色のグラデーションの花弁がとても美しい花だ。そしてなんか知らんけど動く。

 一昨年に大輪の花を咲かせて以来、枯れることなく成長し続け、今では七フィートを超える背丈を誇っている。そいつがウロウロと歩き回るもんだから、ダヴィッツの花園へ遊びに行く時は妙な緊張感が伴う。常に人の視界へ入り込もうとする主張のいアレクサンドラ様だけでなく、やたら大きな食虫植物みたいな造形のヤバそうなヤツらや、風もないのにもぞもぞうねうねしている力強そうな蔓植物やらもいらっしゃるからね。ホラーハウスかな。

 初めてこの美しいダリアを見せてもらった時に、「女王様みたいな風格だね」なんて感想を口にしたもんだから、ダヴィッツは古い時代の女王の名前をつけてしまった。そのことをアレクサンドラ様はしっかり覚えていらっしゃる。うっかり命名に関わってしまった私が花園に顔を出すと、のっしのっしと寄ってくる。そして褒め倒すまで離れてくれない。ウザかわ怖い。


「まあ、客足が途切れている時間帯だからね。多分、もうすぐ戻るとは思うけど。他に用事があるなら代わろうか?」


 そうローディに提案してみる。


「ありがとう。特に予定は入れてないから大丈夫だよ。店番なんて久々だから戸惑っていたけど、もう少し頑張ってみる」

「じゃあ、ダヴィッツが戻るまで付き合うよ。それにローディにも聞いてみたいことがあるし」

「僕に?」

「絵を描く時に透明感を表現する場合ってどうするの?」


 画家の顔になったローディにアドバイスをもらう。なるほど、水彩絵具か。混ぜ物をするのもいいらしい。アカシアの樹脂ね。ついでに領都の画材屋さんの情報もくれた。私に絵心はないが、そういったお店に入るのは嫌いじゃない。今度、領都に行ったら覗いてみよう。大量に陳列された絵の具を思い浮かべるとワクワクする。


「サイキリアで面白い文房具屋さんがあったよ。カスタムノートの店なんだけど、店主さんがオリジナルインクも調合してくれるんだ。棚を見てるだけで時間が溶けてく怖いお店だけど」

「それは興味深いね」

「そのお店で手帳を作ってカオリーネにプレゼントしてきたんだ。グイメハムへ帰る前に、南の領都に開店したお店に寄って渡してきたの。すごく素敵なお店だったよ」

「君もお祝いに行ったんだね。僕も開店当日に行ってきたんだ。カフェの雰囲気が良くて、とても過ごしやすかったな」


 謎が解けた。それでカオリーネはご機嫌だったのか。遠い所にいるはずの大好きな人がわざわざ来てくれたんだもの、そりゃテンション高いわ。そしてそれが何日も維持するところがカオリーネらしい。


「いいよね、あのカフェ。カオリーネとお茶を飲みながら南方の話をしてたんだけど、またみんなで旅行できたらいいねって盛り上がったよ」

「いいね。去年の夏至祭旅行もよかったよね。確かにカオリーネはずっと楽しそうだった。彼女は忙しいから、あんな風に休暇を楽しんでくれたらいいな」


 カオリーネちゃんはローディくんと一緒にいるだけで、何があっても楽しく過ごせると思います。

 なんて学級委員みたいなことを口にしそうになるが、二人ともいい大人だからな。外野がちょいちょい突く必要はない。


「みんなで旅行となると休暇を合わせる必要があるよね」

「まあ、そこはみんな個人事業主だから繁忙期を外せばなんとかなるんじゃない? 来年合わせられたらいいよね」


 その辺りはおいおい調整していこう。


「そうだ。僕も君に聞きたいことがあったんだ」

「いいよ。私の知ってることならなんでもお答えしましょう」

「頼もしいね。君なら仲がいいから知っているかもしれない。カオリーネって誰か好きな人はいるのかな?」


 なんでもないことを尋ねるような口調で、ローディはとんでもない質問を投げかけてきた。

 そこからかよ!

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