魅惑の白い花とファームステイ
南の領都を発って二日後、白い花々が咲き乱れる村にたどり着いた。パーシーさんの農園がある村だ。
ファル・クー運輸商会の輸送車に近くの街まで乗せてもらって一泊。その街から一日半、街道を歩いた。グイメハムから北の領都へ行くより近い。
例によって、輸送車のキャリッジから降りた時には、辛口のロゼワインとパスティスというアニスやリコリスを使ったハーブのリキュールを抱えていた私だ。旅行中の身なのになんでだろうな。
大体、ファル・クー運輸商会はハーレイ以外にも危険な社員ばかりなのだ。ハーレイのような中型犬や小型犬ばかりでなく、力仕事担当の大型犬もいちいち可愛い。
誠実で純粋そうな眼差しで、セールストークをかましてくる。こわ。デンジャラスドッグの巣窟だわ、あそこ。
相変わらずいいカモな私だが、酒屋のセールストークには全力で負けに行くスタイルなので仕方がない。とはいえ、徒歩移動だとさすがに荷物になるので、ロゼワインは途中の宿泊地で飲んでしまった。
タバーンのご主人に、このワインに合うおすすめの料理をリクエストをして出てきたのが、カジキマグロのステーキのラタトゥイユ和え。軽やかな辛口ワインと魚料理に夏野菜。最高です。
添えられたバゲットとニ色のタプナードも嬉しい。酒が進む。オリーブとガーリックは正義。
そんなこんなで英気を養いまくった私は、予定より数時間早く目的地へ訪れることができた。
白い花の一つはは高級香水の原料として知られるチューベローズのようだ。これ、夜に見たいわ。月光を浴びて闇に浮かび上がる白い花の姿は、さぞ幻想的だろう。
この花は、夜になると甘い香りが強くなると言われている。昼間と夜では香りの成分が異なるので、魔術素材として使う時は、希望の月齢に合わせた月夜に摘み取るのだ。
蕾の時に摘んで抽出加工すると薬草として使うこともできる。なかなか便利な植物である。
官能的と表現されるほどに甘く濃厚なチューベローズの香り故か、面白い言い伝えがいくつもある。例えば、夜に咲くチューベローズには恋人同士で近づくことが禁止されていた話とか。なんでも我を忘れて愛し合ってしまうらしい。節操のない媚薬か。
はるか昔には香水を用いて男性を結婚という名の罠にはめることを禁ずる、なんて法律もあったらしい。
なに、その時代の男性ってそんなにチョロいの? ピュアピュアなの?
そんな感じで色っぽい伝説も数多くあるチューベローズ。悲しいことに、私にはそっち方面の縁がなさそうだ。ちくしょうめ。
やさぐれかけた気分を修正して、農園を目指す。
パーシーさんとは何通か手紙のやり取りをしているので、農園への詳しい道順も教えてもらっている。迷いなく歩を進めることができる。
歴史を重ねた古い街並みが集落の中心地らしい。迷路のような路地を抜け、広場を過ぎる。
山間にあるこの村は、それでもグイメハムよりだいぶ大きい。集落から少し外れた場所で足を止め、振り返る。午後の陽射しに照らされる、暖かなオレンジ色の家並みが美しい。観光に力を入れているらしき話を聞いていたので、感心ししつつ見惚れていた。
「テアさん!」
懐かしい声に思わず笑顔になり、集落とは反対の方向に目を向けた。
「お久し振り、パーシーさん」
ニヶ月ぶりに会うパーシーさんは、やっぱり眠そうな顔立ちだ。わざわざ駆け寄って出迎えてくれたことが嬉しい。
「よく来てくださいました。ここまで大変だったでしょう」
「領都からは途中までファル・クーの輸送車に乗せてもらったので、大丈夫でしたよ」
「家族みんなでテアさんをお待ちしてました。部屋の用意は済んでいますから、まずはお休みください」
ありがたい。パーシーさんの農園ではファームステイも行っているのだ。思い立ってすぐに予約を入れたので、今日の寝床は確保済だ。
持ちますよ、と言ってくれたので旅行鞄を渡すとだいぶ身軽になった。そのままパーシーさんの案内で農園に向かう。
「今夜はお約束したとおり、テアさんの歓迎会になりますからね。とびっきりの美味しいものでお腹を満たしてください」
「それは楽しみです。ご家族の方はお仕事中?」
「そうですね。まだみんな作業してるかな。テアさんはお客様でもあるんだから、気にしないでチェックインしちゃってください」
ならばご挨拶は後にしよう。
「手紙に書いたとおり、私、この夏は南方で過ごしていたんですよ。お土産買ってきたので受け取ってくださいね」
「それで少し重いんですね」
「甘いワインが入ってますからね」
農園に着くと二階の部屋へ通された。この地方特有の明るい色の壁や家具、暖かな色のウッド素材が目に優しい。
「陽が沈む前くらいに迎えに来ますね。それまでごゆっくり」
干しぶどうの白いワインとマジパンのお菓子を抱えたパーシーさんは、そう言って出ていった。お言葉に甘えて少しの間、休憩しよう。




