タリスマンと歓迎の宴(前)
シャワーを浴びて、小綺麗かつラクな服に着替える。キーラの作る靴の中では比較的大人しいデザインのミュールを出して、履き替えた。
徒歩旅行用の紐靴は、ブラシをかけて軽く汚れを落とす。その後に中にソーダポプリのサシェを入れるだけの簡単お手入れだ。
このサシェ、靴の中の湿気を取り、細菌の発生も抑えて消臭してくれる便利な代物だ。キーラは紐靴の購入者に、必ずこのお手入れグッズを付けてくれる。
旅人や巡礼者はともかく、山歩きをする屈強な狩人がゆめかわファンシーな見てくれのサシェを持ち歩いていると思うと、なんだか楽しい。
サシェのデザインはともかく、足を入れただけでオーダーメイドのインソールが生成される訳のわからない性能の靴だから、一度履いてしまうと手放せなくなっちゃうんだよね。
キーラといえば、いつか出会ったヘラジカさんとは友好的に契約できたと聞いた。彼らの巨大な角は毎年冬に生え変わる。キーラは用の無くなったその枝角を譲り受け、靴の素材にしているのだ。
昆虫魔術を得意としているキーラは、体の表面に付く寄生虫除去を対価として契約を結んでいるのだ。
そろそろ角が落ちるという頃に、文字どおりの虫の知らせがキーラに届く。真冬の山にも平気で特攻し、数日の単独野営も辞さないキーラだからこそ、最高の状態で手に入れられるのだろう。
というか、考えてみると我が友はなかなかの野生児だな。
キーラの靴のおかげで疲れにくいとはいえ、フットケアは欠かせない。爽快な香りのアルニカオイルでふくらはぎや膝をマッサージする。擦り込むように揉んでいく。温まった体に浸透していく感じが気持ちいい。
アルニカには血行促進効果があり、きちんとケアをすると筋肉痛になりにくくなる。明日、南の領都まで同じルートを戻って船に乗ると、私のバカンスはほぼ終わりになる。少しだけしんみりしつつ、体の手入れを続ける。
夏の終わりが近づくにつれて、陽が落ちる時間も少しずつ早くなっていく。少し前までは深夜近くでも明るかった空が、今では夜の八時を回る頃には影が落ち、黄昏色に染められる。
緯度の関係もあって、南方で過ごした期間はいつもの夏より夜が長くて面白く感じたけれど、一ヶ月もしないうちに秋分点の日が来てしまう。季節が流れるのは早いものだ。
約束どおりに迎えに来てくれたパーシーさんに案内されて、庭がよく見えるテラスルームへ入る。大きなテーブルには何種類もの軽食が並び、いつでもアペロが始められそう。焼く前のブロシェットやソーセージもあるので、ちょっとしたバーベキュースタイルだ。
色鮮やかな料理に見惚れていると、奥から可愛らしい小柄な女性が顔を出し、満面の笑顔で出迎えてくれた。
「テアさん。紹介が遅くなったけど、姉のリュシエンヌです」
「花の村へようこそ! ぜひともテアさんにお会いしたかったので、来ていただけて嬉しいわ。どうぞリュシーとお呼びくださいな。両親を呼んできますから、少しだけお待ちになって」
リュシーさんが奥へ声をかけると、パーシーさんによく似た方々が現れた。
お父様がクロードさん、お母様がエマさん、と紹介されたので、改めてこちらも自己紹介する。
「北の辺境伯領グイメハムのコロルリア、テアです。歓迎いただき感謝いたします。高価な恋スミレも戴いていますし、こちらの方こそお礼を申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます。お立ち寄りいただいて嬉しいですよ。私たちにできる精一杯の贈り物なので、喜んでいただけて安心しました」
「テアさんは、パーシーだけでなく我が家にとっても恩人ですもの。どうぞ楽しんでくださいね」
私のしたことといえば、業務内容的に合いそうな友人とパーシーさんを取り持ったくらいだ。大したことはしていないのだがいいのだろうか。
そうこぼした私に、パーシーさんが冷たい水で割ったパスティスを渡してくれた。
琥珀色のパスティスは加水すると白く濁る。ハーブが効いた淡い黄色の食前酒は、まるで太陽が溶けた甘いミルクみたい。
「そんなことないですよ。テアさんが作ってくれたきっかけで、新しい企画をいくつか立ち上げることができましたし。何より、あのタリスマンのおかげで大公国での契約も上手く行きましたからね」
「それはパーシーさんの交渉力が高かったり、頑張りの成果だったりしたからでは?」
そう尋ねると、パーシーさんはくすぐったそうに笑った。
「ありがとうございます。そう評価してもらえるのは嬉しいな。だけど、テアさんの力添えも確かにあったんですよ」
唐突に夏至祭での会話を思い出した。
大公国でグイメハムの魔女についての噂を聞いた、とパーシーさんは言っていたような。
いい内容なら問題ないが、私のことだ。火のない場所には煙は立たぬ。私は過去にやらかしたあれこれを思い出そうとする。
「テアさん」
パーシーさんの呼びかけに微笑みを返す。内心、冷や汗をだらだらと流しつつ、平静を装う。
「あれからずっと身に着けてるんですよ」
パーシーさんは首元から細いチェーンを引き出した。見覚えのある鉱石がきらりと光る。
「あら、ペンダントトップにしたんですね」
魔力を込めて銀を編み、トリエクトラと三つ葉を組み合わせたデザインは、我ながら気に入っている。この文様を台座にして力のある鉱石を配置した。
実のある人との縁を繋ぎ、好機を引き寄せると言われている金針水晶と、事業を成功に導く力がある鷹目石。男性が持っていてもおかしくない色合いに仕上げたタリスマンだったが、どうやらお気に召していただけたようだ。
「僕は魔術の行使はできませんけど、魔力の流れと質の良さはわかります。このタリスマンのおかげで気負い過ぎそうになった時に、一度立ち止まることができる。程よく力を抜くことができたのはテアさんのおかげだと思っています」
どうやら魔女としての力量を褒められたようだ。やらかした疑惑は杞憂に終わったようだ。よかった。
「お力になれたのなら嬉しいです」
神秘的な魔女の落ち着いた微笑みをセルフイメージしつつ、答えてみる。するとパーシーさんは、にこやかな笑顔を見せてくれた。
「あと、このタリスマンはテアさんのオリジナルデザインでしょう?」
「そうですね。基本は代々一族に伝わる製法だけど、細かい細工にこだわっているのは私くらいですので」
眠そうなパーシーさんの目が、楽しそうに細められた。
「大公国ではこのタリスマンが会話のとっかかりになりました。大人でも子どもでも、こういった物を身に着ける習慣があるようで、天気の話をするみたいに話題にしていましたね」
大公国では魔術を使える者が少ない。その代わりに、多くの民は保有する魔力を自身の能力強化に変換できる性質を持つ。力仕事系の職種や、手先の器用さに全振りした職人が多い国として有名なのだ。
そういった背景があるせいか、チャームやタリスマンなどの幸運のアイテムや、アミュレットのような魔除けアイテムは人気がある。
「そういった意味のお力添えということだったんですね。安心しました」
「このタリスマン、ひと目でテアさんの手による物だとわかる人が多くて、みなさん友好的に接してくれましたよ」
「汎用的なタリスマンを魔女組合に卸しているので、エルボリステリーで目にする方が多いのでしょうね。大きな街には必ず直営のお店がありますから」
「僕も覗いてみましたよ。テアさんのハーブ製品やお守り類はどれも欠品状態だったんですよね。魔女はどの国でも尊敬される対象だけど、特にテアさんの人気は高いように思いました。グイメハムの魔女殿は腕がいい、という評判もよく聞きましたし」
あら。あらあらあら。
その評価は素直に嬉しい。大公国にはしばらく行ってないけど、これは実際に目にしたい。褒められる機会は逃したくないわ。
「大公国には何年も行ってないけど、パーシーさんのお話を聞くと久々に行ってみたくなりますね」
「きっと大公国の方々も喜びますよ。魔女としてのテアさんはもちろん、戦闘魔術の使い手としても有名でしたから」
「え」
「大公女殿下に請われて、物理攻撃と魔術攻撃の大規模な模擬戦をされた話を聞かせてもらいました。テアさん、もの凄くお強いんですね」
杞憂じゃなかった。ガッデム。




