花のテラスでティータイム
夏咲きのクレマチスは純白の小さな花火だ。花弁と同じくらいに華やかな雄しべが広がり、群れるように咲き誇る。豊かな緑の海と白い花たちは、艶やかな蔓薔薇と競うようにパーゴラに巻き付き、カフェの客たちの目を楽しませていた。
大きさや形の異なる緑の葉たちのおかげで、程よい緑陰が私たちを陽射しから守ってくれている。穏やかなそよ風が吹き抜ける度に、ちらりちらりと木漏れ日が揺れる。まるでご褒美のような夏の風景。
街全体が小高い丘にあるので、開けた先には青い海が見える。
あの海を越えて飛んでくれたのね。
黙々と馬蹄形のケーキを口に運ぶアンドレちゃん眺めながら、私はオレンジフラワーのアイスティーを一口飲んだ。この家族思いで頑張り屋の少年に、幸運がたくさん訪れてくれるといいな。
『テア、このビスキュイ美味しいわよ。お一ついかが?』
「ありがとう。このミニサイズのカリソンも食べてみて。甘いからサリーが飲んでるカフェフラッペに合うよ」
常々思っているのだが、グリフォンは手先が器用だ。
どう見ても小さな物を掴み辛そうな形状の指と長い鉤爪を持っているのに、ナイフとフォークを使いこなし、ティーカップやグラスも優雅に持つことができる。
『この時期だからムース状の氷が美味しいわね』
サリーは砂糖なし、アンドレちゃんは砂糖とミルク入りのカフェフラッペを飲んでいる。
カフェフラッペは、濃いめに淹れたコーヒーと好みの量の砂糖とひと掴みの氷をリキダイザーで粉砕撹拌して作られる。しゃりりとした小さな氷粒と空気を含んだコーヒーの泡がたまらない。夏季限定の冷たい飲み物だ。
「私、夏が来る度にフェアリマギカ社の業務用リキダイザーを買おうと思ってるのに、毎年セールで惨敗するのよ」
『思い切ってセール前に買っちゃえばいいのに』
「高いんだもの」
『家庭用の普及品で妥協は……できなさそうね、テアは』
サリーはおかしそうに笑った。
「セールでいい感じに安くなってる時に買いたいのよ」
『諦めないのはいいことよ』
分厚い天然氷をふわふわにもシャキシャキにも削れたり、粉雪のように粉砕できるリキダイザーは業務用だけなのだ。欲しいよう。できればお安く。
サリーが分けてくれたビスキュイはほんのり甘く、カリカリした軽い食感が楽しい。ティータイムを楽しむこと二十分。テラス席と店内を繋ぐ扉が開いて、クロエさんとカオリーネが姿を現した。
「テア! ひと月ぶりだね! 来てくれてうれしいよ!」
満面の笑みの金髪美女はテンション高めの状態だ。なにがあった、カオリーネよ。
「少し遅くなったけど開店おめでとう。南のお店もすごくいい雰囲気で気に入っちゃった」
「ありがとう。カフェスペースも楽しんでくれてるようで嬉しいな」
「蔓薔薇とクレマチスの組み合わせはロマンだね。これは一季咲き?」
「そう思うでしょ。真夏なのにこんなに綺麗に咲いてるものね。でも、どちらも四季咲きの品種なんだ。思い切ってドナ・マギアロサから取り寄せちゃった」
「大奮発じゃない。それなら本当に一年中楽しめるものね」
ドナ・マギアロサは植物愛が天元突破している種苗商会だ。特に四季咲きの蔓植物が有名で、庭造りや園芸を趣味にしている者にとって憧れのブランドでもある。
魔術要素のある不思議な品種を数多く取り揃えているため、かなりお高い。最高級の品質と手厚いアフターサービスを併せた金額なので納得はできるけどね。
カオリーネにプレゼントの手帳を渡す前に、改めてグリフォンの親子を紹介する。サリーとは顔を合わせたことがあるらしいが、当然アンドレちゃんとは初対面だ。
「サリーさんはオープンしてすぐにお見えになってくれたんですよ、社長」
クロエさんの言葉に、カオリーネは一層顔を綻ばせる。
『仕事でよくこの辺りに来ているので、お店のオープンを楽しみにしていたんですのよ。珍しい食材もたくさんあって、ついつい買い過ぎてしまいました』
「光栄ですわ。私もエリザベッタさんのピクルスや野菜のソースが大好きで、グイメハムでの共同購入に参加してるんですよ」
『まあ、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね』
食材関連会社の経営者同士、話が合うようだ。息子のアンドレちゃんは、軽く人見知りを発症しつつも、興味深そうに会話が弾んでいる母親たちを見ている。
数分話した後、カオリーネとサリーはビジネスチップを交換していた。
また近いうちにね、とトリスカニッレへ帰る親子を三人で見送ると、クロエさんは店内へ戻って行った。残された私とカオリーネは、再びテラス席に着く。
「これ、開店祝いのプレゼント。開けてみて」
ギフトボックスを渡すと、カオリーネはテンション高めに何度も礼を言った。だから、なにがあったの、カオリーネ。
「わ、可愛い!」
箱を開けた途端、カオリーネは声を上げる。
「箱の内側のプリントも綺麗ね。この状態でインテリアとして飾ってもいいんじゃないかな」
「せっかくだから本体もよく見てみてよ」
さっそく手帳を手に取り、ボタン留めの飾りタイルに触れる。指先でつるりとした表面を撫でながら、カオリーネは表情を崩した。
「飾りタイル、こんなに小さいものだとアクセサリーにも良さそうね。髪留めとか良さそう」
「髪留めとイヤリングは見かけたかな。あとペンダントトップ」
市場を歩いていた時に見かけたアクセサリーを思い出しながら、サイキリアでの出来事を話した。
「サイキリア、楽しそうだね。いつか行ってみたいわ」
「すごく良かった。私もまた行こうと思ってるよ」
「みんなでまた旅行できたらいいね。一緒に北国へ帰った時、色々あったけどとっても楽しかったもの」
確かに色々あったわね。暴走空回り的な意味で。
その辺はスルーして、楽しかったという所だけ同意した。
「うん。今度は南方の国へ行くのもいいかもしれないね」
「絶対楽しいと思う。半月くらい休みを取ってのんびり観光したいわ」
二人で旅行計画を妄想しているうちに、昼を回ってしまった。ランチをいただくにはお腹がいっぱいだ。十一時のお茶に気合いを入れすぎてしまったわ。
「そろそろ出ようかな。今日は時間を取ってくれてありがとね。しばらく忙しいだろうけど頑張って」
「こちらこそ。テアが来てくれて嬉しかったよ。グイメハムへ帰るのは少し先になりそうだけど、今度はキーラも入れて旅行計画の続きを話そうね」
女子会と言う名の元に、朝まで飲み明かすことが決定した瞬間だった。いつものことか。
というか、結局カオリーネのテンションが高い理由は聞きそびれてしまった。本当に何があったんだ、友よ。




