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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
歌う夏とルーナサの話
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癖(ヘキ)、それは無限大

 二軒目のバーで居合わせた客から声をかけられたのは、二杯目を頼むかどうかを迷っていた時だった。


「もしかして、テアさん?」


 長身の男性。年齢は私より五歳ほど上だろうか。顔立ちはハンサムさんの部類に入るだろうけど、正直覚えがない。


「忘れてしまっているのも無理はないか。以前王都で顔を合わせたことのある者です」


 さっぱりわからない。

 王都、ということはアカデメイア界隈か。

 困惑する私に、男性は気を悪くした風もなく隣りの席に移ってもいいか聞いてきた。構わないのでヒントがほしい。


「十年以上昔のことなので、仕方がありませんよ」

「どちらでお会いしたかしら」


 男性は苦笑した。それでも懐かしそうな表情はそのままだ。一欠片も覚えていない私に対しても親切そうな方なので、できればそれが悪い思い出でなければいいなと思う。

 男性はある学会の名前を挙げた。そちらは記憶がある。


「シンポジウムの手伝いをされていたでしょう」

「……思い出してきました。確かに、当時は主催者側に所属しておりました」


 魔導学者さんたち専属で、古代色再現の請負仕事をしていた時期だ。手が足らないとのことで受付や案内やらを手伝ったことがあるのだ。


「あの時にテアさんをスカウトしようとした医師です。断念しましたけど」

「あら。ええと……その際は失礼いたしました」


 笑ってごまかしたが、まだ思い出せていない。そんなことがあった気もするが、まったく覚えていない。段々と申し訳なくなってきた。


「いえ、後からあなたは植物薬理学専門の研究者ではなく、本業は色彩魔術師だと伺いまして、大いに反省しました」

「反省ってそんな」


 逆に恐縮してしまう。

 というか何があったんだ、当時。

 過去のことながら状況が気になる。なにかやらかしたんじゃないだろうな、昔の私よ。冷や汗が出そうになる。


「改めて名乗らせてください。王都で内科医をしているダニエレ・ロッカです。どうぞエーレとお呼びください」

「グイメハムのコロルリア、テアです」


 改めて握手をする。


「昨日、友人の結婚式がこちらであったんです。北の領都へは久々だったんですが、来てよかった」

「そうだったんですね。再会できて光栄ですわ」

「こちらこそ。偶然に感謝を」


 エーレさんは感じのいい人で、話題も豊富だった。話していて面白い人はいい。


「普段は王都にいらっしゃるの?」

「はい。王都にいらした際は七区のフィリペイユ街をお訪ねください」


 言いながら、エーレさんはビジネスチップをくれた。礼を言ってこちらもチップを渡して交換する。思わぬところで医者の知り合いが増えたわ。

 魔女仕事の都合上、医師や治療師、神官などの再生術に長けた知り合いは多い。

 が、どういうわけか私の知り合いにはまともな常識人がいないので、エーレさんのような人は貴重である。

 頭のおかしくない医療関係者、カモン。


「今夜は楽しかった。またお会いできたら嬉しいです。ご相談したいこともありますし」

「薬草についてでしょうか」


 はい、とエーレさんは微笑む。


「子どもにも飲みやすい加工ができたら、と考えているんですよ」


 あら、優しい。


「やはり癖があったり苦い薬は飲みたがらない子が多いのですね」

「そうですね。でも、大人の患者さんでも苦手な人は少なくないので、誰にでも飲みやすい薬が増えるといいなと思ってるんです」


 確かに。


「大人用でしたら蜂蜜を混ぜるのもアリですが、小さい子用でしたら、天然シロップと色素材を組み合わせた方が安全ですね。樹液ベースのシロップでしたらよりお菓子風にも加工できますよ」


 七区といえばセレブの住宅地として有名で、メインの通りには著名な美術館や博物館がいくつもあり、隣り合う八区は高級ブティックや宝飾店が並んでいるような地域だ。庶民には敷居が高い。

 そんな街で開業しているくらいなら、提携している魔女の一人や二人はいるだろう。彼ら彼女らに、色素材を使用して試作してもらうことを進言する。


「なるほど、色素材でも味をコントロールできるのですね」

「味にも食感にも温感にも作用します。ご一考くださいませ」

「はい、必ず」


 後半は仕事に関する話題で終わってしまったが、なかなか有意義に過ごせたと思う。

 そんなことを締めのバーで話していたら、どうもエーレさんは有名な方らしいことが判明した。

 曰く、子どもたちに人気のある小児科医。

 華やかな界隈から信頼されるセレブ医師。

 ハンサムなのに独身ということから、上流階級の淑女の方々から大変におモテになるそうだ。わかる。あれはモテる人だわ。

 ただ、遊び人風には見えなかったから、後半のものは望まぬ噂なのかもしれない。


「わかりませんよ。テアさんも気をつけなさいな」


 バーテンダーのデイジーさんが心配してくれる。


「気をつけるも何も、今現在二十七歳から三十一歳までの異性にしか昂りは持てませんし、私」

「昂り……」

『もう少し言葉を選んだほうが良くってよ、テア』


 一応は言葉を選んで表現したのだが、山猫のマダムにも注意をされてしまった。反省。

 ちなみに誕生日である十一の月には一歳ずつ追加される。プラマイ二歳は譲れない。我ながら好みの年齢については細かいとは思うが、キーラほど面倒ではないと思っている。

 我が心の友は、年齢差九歳までのイケオジに跪いて愛を乞われたいらしい。

 更に突き詰めると、人見知りで陰気な性格のドMが好みなのだそうだが、なかなか見つからないと言っていた。ニッチな趣味にもにも程があると思うが、どうか。

 私にはその性癖は理解できないが、親友が理想の男性に出会えるといいなとは思っている。

 生活力の乏しい旦那の一人くらいは私が養うと豪語していたので、我こそはと思う顔のいい陰気な三十代後半男性は立候補してみるといい。

 性格はともかく、神官さんとかいいんじゃないかとキーラに提案したことがある。が、顔が良すぎて嫌なんだそうだ。何事も程々がいいようだ。

 

 双子の魔女、マルティナとラウラとは、彼女たちの経営するエルボリステリーで待ち合わせ、一日カフェ巡りを楽しんだ。手土産は大当たりで、二人とも喜んでくれたのでよかった。

 秋分祭前に行うハーブ交換会での再会を約束して、私はグイメハムへの帰路へ就いた。

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