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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
歌う夏とルーナサの話
24/58

お茶会という名の報告会

 久々に領都へ出た。

 年に数度、近況報告しろとばかりに召喚される。行き先はこの地を治める領主様の本邸だ。

 領主様こと北の辺境伯(マルクグラフ)様は広大な北の領地を治める地方長官である。他国でいう所の侯爵(マーキス)の称号と同等以上の地位があるため、四人の辺境伯様は侯爵の称号もお持ちだ。ただ、辺境伯は古い時代からの称号で、数百年の歴史を持つ名誉ある爵位なので、そちらをメインで名乗られてる。領地の通称もそうだしね。

 連合王国の大陸側の国では、特別地区である王都と、その周辺にあるいくつかの公爵領を除くと、四つの辺境伯領に分かれている。それぞれ東西南北の通称で呼ばれていて、街道や運河で繋がっているため行き来がしやすい。

 その交通網を整えるプロジェクトに大貢献したのが、当代の辺境伯夫人だ。そんなやり手バ、じゃなかった領主夫人のヨランダ様は、私をこき使う名人である。もっとも、質良し量良しの報酬を弾んでくださるので、決して嫌いではない。

 南にある都市国家で代々評議員を輩出するような名家出身のお嬢様でありながら、十代の頃は軍部へ身を投じていた剛毅な方だ。

 そして領主様も元軍人である。お二人は同盟国で行われた合同演習で出会われたそうだ。

 穏やかな外見とは裏腹に思考と手段がいちいち武人な方々なのに、お子様方は割とふんわり優しい性格をしているのが謎である。

 私は北の辺境伯家の七不思議のひとつだと思っている。


「まあ! 久しぶりね、会いたかったわ、テアテア!」

「ご無沙汰しております、ヨランダ様。あとテアは一度で十分です」

「昔は喜んでくれたのに」

「幼児期の呼び名を三十にもなろうかという大人に使うのはいかがかと思います」

「とっても可愛いらしいのに」


 いくら子どもの頃からの顔見知りでも、その呼び方はないだろう。


「だったらシスター・ダーク……」

「そちらの呼び名も即刻却下いたします。そもそも私はヨランダ様の姉妹ではございません」

「冷たいわ、テアちゃん」


 面倒くさい。


「お姉様の娘御(むすめご)ですもの。わたくしにとって実の娘か妹に等しいのに」

「大変光栄ですが全くの他人ですね」

「つれないわ、テアちゃん」


 少女時代にピストレッロ家の暴れ牛と恐れられたヨランダ様は、有り余る魔力の制御を学ぶために私の祖母へ弟子入りした。正確には問答無用で連行されたらしい。今でこそ姉と慕う私の母とは初対面から衝突したそうだ。

 特化型魔術師同士の大喧嘩は周囲に多大な迷惑をかけたらしく、ふたり仲良く祖母の大目玉を食らったと聞く。

 以来、ヨランダ様と母は姉妹弟子として非常に親密な関係を保っている。


「変わりはないようで安心したわ。お姉様も元気そうね」

「元気ですね。私もしばらく顔を合わせていませんが、手紙を読む限り非常に元気です」

「海の上にいることが何よりもお好きですものね、お姉様」

「陸の上だと何するかわかりませんしね、母様は」


 母への認識は微妙に一致していない私たちだった。

 魔女にして元軍人。

 今は士官候補生学校最終学年の監督官として古巣の王立海軍に同行している私の母は、一年の半分以上を、洋上の軍艦で過ごしている。

 直接会うのは年に一、二度だが、手紙のやり取りはしているので特に寂しくはない。

 

 いくつか予定している秋のイベントについての相談を終えると、ヨランダ様は尋ねてきた。


「この夏は南方で長く過ごすのですって?」


 南方というのは南の都市国家群のことだ。商業都市や大きな港を持つ街が多い。


「エリザベッタの所に滞在するのかしら」

「お誘いはいただいたんですが、他にも色々回ろうかなと考えています。だから週末だけ寄せていただくことになってますね」


 エリザベッタことリーザさんは、ヨランダ様の古いご友人で、私の期間限定雇い主である。大きな農園をご夫婦で営んでいて、私は彼らの生産するトマトの大ファンなのだ。


「週末以外だと、今月の下弦の週と来月の上弦の週はサマーレクチャーの講師をする予定です」


 サマーレクチャーとは、初等科学校へ通う年代の子どもたちや、働く大人向けの夏季限定大学である。短期間だが、全て受講すれば修了証を手にすることができるので、毎年楽しみにしている人も多い。

 今回、私は各週の一の日から六の日まで、毎日一、二コマの授業を受け持つことになっている。

 そう言って勤務する予定の大学名を伝えたら、ヨランダ様は弾ける様な笑顔を見せてくれた。

 昔、私が純粋に慕っていた頃の綺麗で面白いお姉さんという印象が蘇る。あの頃は良かった。


「嬉しいわ。わたくしの地元にも来てくれるのね、テア」

「大陸最古の大学からのお誘いですから。光栄な話です」

「兄上に知らせなくてはいけないわね。姪たちも喜ぶわ」

「是非。心よりお待ちしているとお伝えください。子ども向けのプログラムも用意していますよ」


 ヨランダ様ご実家のおチビちゃんたちに会うのも久しぶりだ。週末家庭教師として魔術講師をしていたのは四年近く前になるだろうか。おませで賢い姉妹だった。

 担当したのはそれぞれ一年ほどだったのだが、成長が早くて驚いた記憶がある。

 大きくなっただろうなぁ、と思いを馳せた。そろそろ上のお子さんは東の隣国あたりのボーディングスクールに放り込まれる年頃だろうか。女子校の寄宿舎生活も楽しそうだ。

 瞬時に着脱可能な合金製の猫をこれでもかというほど鍛え上げ、悪戯心を共有する腹心の友を探す場所と聞く。

 お嬢様とは頼もしき生き物である。


「初級のウィッカレッスンと色彩魔導学の講義をする予定です。後ほどご実家へスケジュールをお送りしておきますね」

「あら、わたくしも知りたいわ。こちらへも同じものを送ってくださるかしら。興味を持ちそうなお友だちがいるのよ」

「承知しました。宣伝してくださるのは大歓迎です」


 話の流れでお子様方の話題になる。

 下のお子様がこの秋に士官候補生学校の最終学年を迎えるとのこと。この前、入学したばかりと思っていたのに、時の経つのは早いものだわ。来年六月の卒業式に、どんなお祝いをするかで盛り上がった。


「全力でお力添えをする所存ですよ。ふふふふふ」

「まあ、素敵だこと。わたくしも楽しみにしているわ。うふふふふ」


 ド派手にぶちかまそうぜ。私とヨランダ様の心は一つになった。

 別れ際に、上のお子様からの言伝(ことづて)とボンボンショコラを詰めた小瓶をいただいた。

 オレンジがデザインされた、クラシカルなラベルが私の気分を上げる。水彩画のオレンジや、セピア色のカリグラフィーで書かれた文字が美しい。このデザイン、好き。


「先日まで南方へ行っていたのだけど、すぐに東の辺境伯領の友人に呼び出されてしまって。あなたと会えなくなったこと、とても残念がっていたわ」


 本当に次代様はお優しい。ニセモノ叔母さんに対しても心配りを忘れない。なんという好青年に育ったものだろう。私はじんわりと心が温まった。

 が、添えられたメッセージカードには異国の言葉で「親愛なるダーク姉様へ」と書かれていたので、変な声が出そうになった。

 次代様は相変わらず人のことをからかうこともお好きである。

 二つか三つくらいのおチビさんだった次代様に向かって、我は闇の名を持つ者、その名はダーク! とかやってくるくる回ったりしていた十歳当時の私をいまだに覚えていやがるのだ。時折、ダーク姉様(シスター・ダーク)と呼びかけられるので、その度に羞恥に煽られつつ、内なる暗黒乙女がアップを始める。

 記憶力の良い子、怖い。

 

 領都からグイメハムまではおおよそ百二十マイル。

 巡礼路とも被っているため道路も整備されていて、観光気分で歩いても四、五日で到着できる。

 今日は馴染みの本屋に顔を出して、鉱石商会で少し打ち合わせをする予定だ。

 明日には、こちらに居を構える悪友、かつ魔女仲間の二人と会う約束もしている。いい感じの手土産を用意したいので、カオリーネの店へ行くことにした。

 領都にある店舗はグイメハムの本店よりも大きく、異国のお菓子や調理品の取り扱いが多くて、見ていて楽しい。

 私は比較的自分でも作ってしまう方だが、極限まで手抜きができる製品も心の底から大好きだ。選択の自由、最高である。

 カオリーネやエティエンヌさんは南の方へ行っているだろうけど、顔なじみの店員さんに相談しながら選ぶのも楽しそうだ。

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