花冠とファーストダンス
グイメハムの豊穣と繁栄と住民の幸運。
心を込めて祈りを捧げ、祝福の煙を愛する土地へ送り出す。こうして魔女の長い二日間が終わった。
焚き火台以外の片付けを終え、広場へ下りると夏至祭の後半戦が始まっていた。よしよし、間に合ったわ。
「テアちゃん!」
「ルーミ! イルマリも。どうしたの?」
マイアとエルンストの大切な宝物、双子の姉弟が笑顔で駆け寄ってきた。両親そっくりの彼らは相変わらず可愛い。
「しゃがんでしゃがんで」
言われたとおり腰を落とす。
「はい、花冠!」
父親譲りの人懐こい姉、ルーミが背伸ばしして私に花の冠を載せてくれた。
「テアちゃんが最後なの。キーラちゃんとカオちゃんにはもうあげてきたんだよ」
母親によく似た優しい弟、イルマリが胸を張る。
二人とも五歳児にしては少し体格がいいが、さすがにこちらが膝を折らないと私の身長には届かない。
ふわりと髪にいい香りが降りてくる。薔薇と、あとはなんの花だろうか。
キラキラした瞳でこちらを見上げる双子ちゃんたちに、私の心は浄化された。まじ天使。
「テアちゃんはツヤツヤのブルネットだから白とか青い色が似合うかなって」
「ダヴィーちゃんに教えてもらいながら編んだんだよ」
ダヴィッツはお姉さん方だけではなく、子どもたちにも人気があるのだ。博識で教え方が上手だから、この時期は特にモテモテだ。
この二日間、どれだけのブーケや花冠へのアドバイスをしたのだろうか。あとで労おう。
「ありがとう。とっても嬉しいな。似合う?」
すごく! と声を揃えて答えてくれた。超可愛い。
二人それぞれに両手を引かれ、広場の中心へたどり着くと村長さんが迎えてくれた。
「ダハクテア、今年もお疲れさまでした。グイメハムを代表して最大限の感謝と敬意を」
「ありがとうございます。共に繁栄を」
互いに礼を取り、微笑み合う。
もう気にしたら負けなのだが、今日も村長さんの周りだけ、小鳥たちがピィピィふわりと舞い踊っている。まるで一人宗教画である。
「テア、疲れただろう。今夜は無礼講だ。私が担いで家まで送ってあげるから、安心して酔い潰れるがいい」
村長夫人は頼りがいのある一言をくれた。こちらも変わらずイケメン対応だ。しかも泥酔を許可されるなんて最高だわ。
夫人は、傭兵稼業に就く以前には王立陸軍の山岳旅団に所属していた猛者だ。元特殊部隊員の護衛付きで帰宅の約束がされるなんて、これ以上はない安心感がある。
「ありがとうございます。しかし私は酔い潰れたことはありません」
夫人は豪快に笑うと、目を優しく細めた。
「だが記憶はなくすだろう。このような場では無茶はしないだろうが、暴れるのはほどほどにな」
暴れるだなんて。
とは言い返せないほど脛に傷を持つ私は、できる限り優雅に微笑み、淑女の礼を取ってごまかした。
みんなに魔女仕事を労われ、花冠が似合うと褒められて上機嫌の私は、いつもの仲間たちの元へ合流した。
「お疲れさま、テア。君たち三人とも花冠が似合っているよ。みんな綺麗だ」
「ありがとう、ローディ。ダヴィッツも花冠、ありがとね」
「アドバイスはしたけど花を選んで編んだのはルーミとイルマリだよ」
濃い金髪のカオリーネには鮮やかな赤やピンクの薔薇、ジンジャー系の赤毛を持つキーラは柔らかな緑と淡い黄色の薔薇。
私は暗い髪色なので白い薔薇とコーンフラワーの花冠だそうだ。白と青の組み合わせは大好きだ。
この花たちをベースに白い小花やグリーンが編み込まれている。
鏡を見ていないから自分の姿は確認できないのでアレだけど、他の二人とも可愛くて似合っているのだ。きっと私も可愛く仕上がってるに違いない。
希望を持つのは自由だしね。
「やあ、森の乙女と女神と女王が勢揃いだね」
誰が誰なんだかは不確定にしておこう。
ともかく、こんな台詞を平気で口にできる存在は限られている。妖精族の王、アルベリック様だ。
「年に一度のお勤め、ご苦労さまでーす」
「せめてもう少し心を込めて歓迎してくれないか、グイメハムの魔女よ」
夏至祭当日と前夜祭、妖精の王族は祝福を与えるという名目で各国の街や村を巡り、魔女を訪ねる。
魔女の篝火と恋スミレの魔力により、異界とこちら側への扉が繋がるのはこの二日間だけなのだ。その間、はっちゃけた妖精たちは、現し世へ遊びに来て羽目を外して帰る。
辺境の小さな集落グイメハム。
この村への来訪は、夏至祭の終了少し前である。一年の豊穣を願い村人たちが朝まで飲食を捧げる宴会に合わせて、アルベリック様はやってくる。
「マイアの料理はあっちにたくさんありますよ。新作のミントソースとコケモモソース、どっちも肉料理に合っててめちゃくちゃ美味しかった。お試しされてはいかがでしょうか」
「おお、いい情報をいただいた。さっそく行ってこよう」
金色に輝く若草色の肌の美丈夫だが、一切の威厳を感じられない食いしん坊の王様は意気揚々と去っていった。そのまま神官さんと談笑しながらローストビーフを切り分ける列に並んでいる。
「そこそこ地位のあるおっさんたちが、子どものようにわくわくした顔して料理を待ってるのは微笑ましいよね」
アルベリック様の私の印象は昔から一貫している。食い意地の張った小綺麗なおっさん。それ以外の何者でもない。
『アルベリック様をおっさん呼ばわりするのはアナタくらいよねえ』
辺りに大きな影が差したかと思うと、くすくす笑う聞き馴染みのある声が降ってきた。空を見上げる。
「リオワース! エルンストもお帰りなさい」
空へ向かってそう声をかけると、人懐こい大型犬のような笑顔のエルンストが手を降ってくれた。
広場から少し離れた空き地に降りるようだ。くるりと上を一周したリオワースが地上に降り立つ。
風も衝撃もなく、いつもと同じ紳士的な着陸に見惚れてしまう。口調はおネエだけど。
私は隣りにいたダヴィッツに声をかける。
「マイアと双子ちゃんたち呼んでくるね」
「リオワースの影が見えた時点でリヌスが行ったから大丈夫だよ」
そういえばいつの間にか姿が見えなくなってたわ。相変わらず気の利く男だ。いいヤツ。
「ただいま、みんな。最後の宴に間に合ってよかった」
快活な声に、その場にいた全員が破顔する。
「一番大事な仕事が残ってるだろ、エルンスト」
幼なじみであるダヴィッツが、遠くからこちらへ駆け寄る双子の姿を見る。
「あの子たち、ママ用の花冠を一生懸命編んでたんだ。マイアを独身に戻してファーストダンスを踊らなきゃ、二人に叱られるよ」
「もちろんそのつもりだよ。ダヴィー、ありがとう」
夏至祭では、花冠を被ると既婚女性も独身扱いになるのだ。
夫婦は初対面の挨拶とファーストダンスを経て、プロポーズまでを再現する。
そして私たちのような花の独身者様に盛大に冷やかされるのだ。
夏至祭とは、未婚者の縁結びやカップルたちのためだけでなく、既婚者のイベントでもある。
恋愛は面倒だが、互いに支えになれる伴侶はほしいという、わがままな願いを持っている私でも、彼らの仲睦まじい様子を目にすると、いいなあと思ってしまう。
常に一緒にいるわけではないが、心の結びつきが強い夫を持っている祖母や母を見ているので、婚姻に憧れがあるのだ。
プラスマイナス二歳差くらいで、私にとって都合のいいパートナーでもどこかに落ちてないだろうか。落ちてないか。
人生とは難しいものである。
来た来た、と声がした方に顔を向けると、子どもたちと手を繋いだマイアが来たところだった。
マイアはエルンストといる時に限って、しっかり者のお姉さんや、頼りがいのある優しい母親の顔が作れない。夫が大好きでたまらない新妻そのものの表情になる。
「お帰りなさい、エリー。寂しかったわ」
「俺もだよ、ミア。愛してる」
ご馳走様です。
お互いだけの呼び名で盛り上がる恒例の愛の劇場が繰り広げられたあと、エルンストは双子たちから花冠を受け取った。
女王の戴冠式のように恭しく花の冠を授かったマイアは、魅惑的な微笑みを愛する夫へ向ける。
華やかな濃いピンクやサーモンオレンジの薔薇の冠は、マイアの黄金の髪や緑色の瞳を引き立ててよく似合っている。まるで春の女神みたい。
いいわ。ダヴィッツの色彩センス、すごく好き。
「今年はどちらと最初のダンスを踊る?」
ふと、キーラに尋ねてみる。
実質カップルであるローディとカオリーネは置いておいて、余り者シングルである私たちその他四人は毎年交代で相手を変えて踊っている。悲しいほどバリエーションがない。
どうにかならなすぎて四人兄妹みたいになっているのが悲しい。
「いっそのこと、私と踊る?」
キーラがにやりと笑った。
宮廷の正式な舞踏会でも、東の隣国でのオーパンバルでもないし、ましてや結婚パーティーでの畏まったファーストダンスでもないので、おひとり様は割と自由である。
だから私も同じ顔で頷き返した。
「私なら男性パート踊れるよ。キーラ嬢、お手をどうぞ」
「まあ。嬉しいわ、ダハクテア」
右腕を差し出すと、キーラは左腕を絡ませてくれた。
「やめて、お願い」
「せめて最初くらいは女性と踊りたいんだが」
ノリノリで踊り始めようとした私たちに、どこからか悲痛な声が届いた。
やめることにした。




