カリヨンの音色と郵便竜
連合王国になり国土が広がったせいか、同じ国であっても多様な文化圏が存在する。
島国の出身である私が大陸側へ移住した時に一番驚いたのは、時告げの鐘である。時刻によって優雅に、時には荘厳に奏でられるカリヨンの音色を初めて耳にした時は、思わず聴き惚れてしまった。
鐘を組み合わせて繋げた棒状の鍵盤を拳で叩いて演奏するカリヨンは、塔そのものがひとつの楽器だ。だから、鐘の数や塔の形状で音色が異なる。
今は個人で時計を持つことが一般的ではあるけれど、時告げに鐘を鳴らす文化は各地に残っている。
北の辺境伯領は特に顕著で、特定の日を除いて、朝の六時から夜の九時までの三時間ごとに鐘が鳴る。さすがに深夜の十二時と三時はスキップされる。昔は鳴っていたらしい。
中でも正午と夕方の六時にはカリヨン奏者が音を奏でるので、居合わせた訪問者は小さな演奏会にサプライズで招待された感覚になる。
ちなみに故郷の鐘は音楽的というよりは数学的というか、ひたすら順列と組み合わせの計算をして鐘を鳴らす。
機会があって、譜面を何度か見せていただいたことがあるが、まるっきり数字の羅列にしか見えなかった。それなのに不思議と落ち着く音色である。私はどちらも好き。
グイメハムには教会がないので時告げの鐘もないのだが、この街には立派な鐘塔がある。六時の鐘が奏でられる中、私はロクランに連れられて街の郵便局へ向かう。
「圧の強そうな井戸端会議が始まってる気がするんだけど」
私のつぶやきにロクランは苦笑した。
遠目からでもわかる三色の巨大な山が、石積みのクラシカルな建物の向こうから覗いている。
「リオワースの他にも郵便竜がいそうだね」
六十フィートクラスの巨大生物が同一の場所に三頭いる光景は壮観だろう。もっとも、郵便局には竜が付き物なので、王都の中央郵便局では広大な広場に大勢の郵便竜たちが待機するそうだ。
郵便局の裏庭に回ると、朝靄のような銀灰色の大きな瞳がこちらに向けられる。
『あら、早かったのねえ。もう少しゆっくりでも良かったのに』
金属のような光沢を持つ鱗は、北国の深い森の色と漆黒のグラデーション。心地よく響く低音ボイスでおネエ言葉を操る美麗なドラゴン、それがリオワースだ。
「お気遣いありがとう。友だちを待たせる訳にはいかないでしょ」
『変なところ律儀よね、アナタ。嫌いじゃないわ』
笑みを含んだ声がそう言うと、並んでいる竜たちを紹介してくれた。
赤銅色の体躯に淡い黄色の目の竜がセズ、青紫の鱗に春の空色の目をした竜がイーヴァル。予想どおり、彼らも郵便竜だそうだ。
三頭とふたりで軽く雑談をしていると、手続きを済ませた彼らの相棒が戻ってきて、再度自己紹介をする。
私、猫を被るの今日三度目だな。
彼らはそれぞれ東と西の辺境伯領へ飛ぶとのこと。距離にして八百マイル以上はある。私はリオワースに尋ねた。
「どちらもここから王都へ行くより距離はあるけど、普通はどれくらいの時間で到着するの?」
『どっちも行こうと思えば四時間はかからないわね』
『俺もそのくらいかなぁ』
『私もだな』
リオワースの回答にセズさんとイーヴァルさんも同意する。
「煽るのはやめてください、リオワース殿」
セズさんの相棒であるエドさんが真顔で意見した。
「いくら経験を重ねた騎竜郵便士でも時速二百マイルオーバーで数時間飛ぶのはキツいです」
きっついだけで、できなくはないんだなぁと思いながら、彼らの攻防を見守る。
「速達では請負ってないですし、そこまで急ぐことでもないですから」
イーヴァルさんの相棒で、西へ行くパトリスさんも譲らない。
陽も長いことだし、休憩を含めて六、七時間ほどで到着するそうだ。
「今からの時間だと、お二人ともブルーモーメントの空を飛ぶんですね。素敵だわ」
私の羨ましそうな声色に、郵便士のお二人は誇らしそうに頷いた。その時間の空はとても綺麗ですよ、と感想を教えてくれる。
いいなあ。いつか全天球の視点で、藍色の空を体験したいものである。
彼らの出発を見送り、こちらも帰る準備をする。
『荷物はそれだけ?』
ロクランが渡してくれた紙袋を見て、リオワースが確認した。
「うん。本と鉱石は郵送手続きしたけど、これだけは持ち帰りたくてさ。見たことのないリキュールと十年物のバーレイワイン」
『あら、いい買い物をしたわね』
「帰ったら一緒に飲もうと思って。送迎のお礼に夕食ご馳走させてくれたら嬉しいな。どう?」
『いいわね。喜んでお呼ばれするわ』
リオワースの背中に乗る。すぐに酒瓶の入った紙袋と共に竜の念動力で固定された。
竜という生き物は、幻獣の中でもトップクラスの魔力量を保有し、それを細やかに制御する器用さも併せ持っている。
彼らは多重思考能力に長け、念話にも念動力にも最高レベルに魔力を割り振れるので、こんな芸当ができるのだ。私もその器用さがほしい。
「そろそろ七時になるよ」
出立する準備が整った私たちに、ロクランが声をかけてくれる。
今から帰れば、アペロという名の軽い一杯に丁度いい時間帯に間に合う。そこから夕食兼ダラダラ飲みへ突入するのだ。
「ありがと。じゃあね、ロクラン。今日は楽しかった」
「俺も一緒に過ごせて嬉しかった。また会いに行くよ。だからそれまで元気でね、テア」
そうだ。冬の花火の前にもうひとつ約束があったじゃないか。確かロクランは受けて立つと答えてくれた。
私は笑顔でロクランに向けて拳を突き出した。
「次に会う時はヤスペルさんの屋台で外飲みだね。計らずも挑戦状を叩きつけてしまったけど、負けるつもりはないよ」
「え? 挑戦状? え?」
予想外の私の気合いにロクランは気圧されたようだ。戸惑うその様子に私は勝利を確信した。
ヤスペルさんの屋台ではビターバレンも美味しい。
揚げたてのカリカリした薄い衣のシチュウフライに、酸味のあるオリジナルのマスタードをつけながら食べるおやつ兼おつまみだ。
中身は小麦粉を丁寧に炒めて作られたルーと、ほろほろに解れた牛の腰肉。とろとろ熱々のビターバレンはナツメグが効いていて、たっぷりのパセリとバターの風味に負けないくらいの肉々しさがいい。このジャンクさがたまらない。
揚げ物は極上の酒の友である。これと新鮮な鱈をかりりと揚げたキベリングさえあれば、私はいくらでもエールを飲める。
この勝負、もらったわ。
『行くわよ』
笑いを含んだリオワースの声と共に浮遊感が私を襲う。千年も歳を重ねた竜ならば、一度の羽ばたきでトップスピードに乗れるのだという。急な加速は一瞬だけだ。
リオワースはひと呼吸の間もなく上昇すると、ぐるりと街の上空で一周した。そのまま、のんびりとお喋りしながらグイメハムへ向かう。
『もう少ししたら夏至祭ねえ。今年はアナタ、外つ国へは出ないのね』
「去年みたいなのも面白いけどね。地元が一番だよ」
そうよねえ、とリオワースも同意してくれる。
「天気がいいと助かるんだけど。去年、冷や冷やだったもの」
晴れた夏至の日の正午にしか採取できない素材があるのだ。
普段なら雨の日も楽しいが、この日だけは晴れてほしい。年に一度の機会、逃したくはない。
『晴れるといいわねえ』
うん。晴れるといいな。




