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兄vsフウ

 状況に似合わない軽い足取りで歩を進めるフウの背中を見ながら、ハエンは無意識に剣を握ろうとして虚空を掴む。

 そういえばフウが剣を持っていっていた。それについてハエンは疑問を抱く。


「あいつ、剣なんぞ使えたか?」


 同じ疑問を抱き、先にそれを口にしたエルデと目が合う。


「……さぁ?」


 当然、ハエンにもその答えは分からない。少なくともハエンの知る限りではフウが剣を持ったことなど一度もない。

 果たしてどういう意図があるのだろう。フウのことだからただの気まぐれかもしれない。

 だがアスタルは――感情的になりやすくてそうは見えないが――英雄と謳われる五星(ペンタ)級冒険者と同等と言われる、戦士として高みに立つ男だ。それを相手に、慣れない剣を持ち出して平気なのだろうか。


 ハエンがそんな不安を抱いている間にも二人の距離は縮み、やがてフウとアスタルは互いに対峙し合った。


「この俺に泥をつけた不敬者は貴様か……!」


 阿修羅のような形相でフウを睨み付けたアスタルは、直後に眉間にシワを寄せる。


「どこかで見たことある顔だと思えば、ハエンと共にいた仲間の小僧ではないか。チッ、傭兵どもは何をやっていた。所詮は見かけ倒しの木偶どもということか」

「アッハハ、あの人たちだってただの人間のわりには、それなりに頑張ってたと思うよ」


 遠巻きに自分が人外であることを匂わせるような発言をしたフウは、わざとらしく気取った態度でお辞儀をした。


「初めましてご当主様。いや、この場合久し振りって言うべきかな?相変わらず他人に厳しいね。そんなんじゃそのうちみんなに愛想尽かされちゃうよ?」

「……何だ貴様は。まるで覚えがないぞ。一体、何者だ?」

「ボクの名前はシ……じゃなかった。ボクの名前はフウ。エーデリック家の象徴、風神剣(ウィンダール)の精霊とはこのボクのことさ!」


 フウは胸を張って自慢気な顔をする。


「…………」

「…………あれ?」


 しかしアスタルが期待通りの反応を示さず、間の抜けた声を漏らした。


「ちょっと、反応薄くない?キミが探していた風神剣(ウィンダール)はボクなんだよ?もっと驚いてくれてもいいと思うけど」

「ハァ……何を言い出すかと思えば、貴様もそういう輩か。もう飽き飽きだ。悪いが子供のごっこ遊びに付き合っている暇など無い」


 精霊について知らない者が聞けば、当然の反応だろう。フウの容姿や言動がお世辞にも大人と言えないのも説得力に欠ける要因だ。


「そうやって物事を柔軟に考えられないところ、キミの悪い癖だよ?」

「やかましい!何なんだ貴様は!貴様ごときが俺を語るな!これ以上戯れ言を抜かすようなら、その首を斬り落とすぞ!」


 フウは腕を組んで悩むような動作をし、それからイタズラを思い付いた子供のような顔を浮かべた。


「……じゃあ、ボクが風神剣(ウィンダール)だって証明してあげようか」

「貴様は人の話を聞いて……あぁもういい!どうやら今すぐ死にたいようだな!」


 アスタルは剣を構え、すぐにでも斬りかかれる体勢を取る。

 しかしフウは全く物怖じせず、そのまま続ける。


「あれは十二、三年くらい前だったかな?まだハエンとも出会う前、屋敷の中でただの風神剣(ウィンダール)として封印室で孤独に安置されてた頃に、セドリアに連れられて部屋に来た男の子がいたんだ」

「……っ!?」


 アスタルの眉がピクッと動いた。


 セドリア・エーデリック。

 先代のエーデリック家の当主であり、王国正騎士団の軍事顧問にも任命されていた男である。風神剣(ウィンダール)を片手に優雅に猛々しく戦うその様から“風神将”とも呼ばれ、多くの戦士の尊敬と羨望の的だった。

 高い実力とカリスマ性を兼ね備えたこの男は、病没してしまったハエンとアスタルの父親でもある。

 そんな男に、ウィンダールの血を継ぐものしか入ることを許されない部屋に連れてこられた男の子が誰なのか、言うまでもないだろう。


「可愛かったなーあの子。もう目をキラキラさせながらボクのことを見て、『父上の跡を継ぐまでに、この剣に相応しい男になってみせます!』なんて息巻いちゃってさ」

「…………おい」

「それからその子、何回か親の目を盗んでは部屋に入ってきて、部屋の中で剣の自主練習を始めるんだよ。何度も何度も剣を振って、その音で使用人に見つかっても『俺は次期当主だ!当主がここにいて何が悪い!』なんて逆ギレするもんだから、父親を呼ばれて子犬みたいに震える姿をよく見たもんだよ」

「おい貴様、今すぐその口を閉じろ……!」


 顔を歪ませ眉をピクピクと動かしながら剣を突き付けるアスタルに、フウは笑いながら細めた目を向ける。


「そうそう、そういえばその子、結構形から入るタイプの子だったんだよね。幼いからこそ格好付けたがりな面があるっていうか。風神剣(ウィンダール)を継いだ時のことを考えて、必殺技なんか色々考えたりとかしちゃってさ。確かその名前が……」

「やめろ、やめろやめろ!その減らず口を閉じろ!今すぐ閉じろ!それ以上喋るな!!」


 声の中に色濃い動揺を混ぜながら怒鳴るアスタルだが、それでもフウは止まらなかった。

 むしろ一層笑顔に邪悪さを増したフウは、無慈悲にとどめを刺す。


「超スーパーアスタル風神スペ――」

「――やめろぉおおおおおおおおお!!」


 空気が震えるほどの大きな怒声。

 兄弟として同じ時を過ごしてきたハエンも、ここまで恥辱にまみれた兄の叫びは聞いたことがなかった。

 その叫びは怒声というよりも悲鳴だろう。アスタルは顔を焼かれたように真っ赤にしながら悶絶していた。


「あいつ……えげつなさすぎだろ」

「……あんな兄上初めて見た」


 今まで散々心無いことを言われてきたハエンだが、流石に今回はアスタルに同情せざるを得ない。黒歴史をほじくりかえして暴露するとは、なんと恐ろしい精神攻撃だ。


「どお?これで信じてくれた?」

「…………殺す!!」


 激昂したアスタルが〈神加速〉を使用して踏み込む。

 ――直後、激しい金属同士が衝突する音が鳴り響いた。


 あまりに一瞬のことで何が起こったのか分からなかった。過程は全く見えず、その結果だけを知ることしかできなかった。

 踏み込んだままの低い姿勢から放たれたであろうアスタルの切り上げをフウが剣で防ぎ、そのまま拮抗している。

 押しも引きもできない迫り合いを先にやめたのはアスタルだった。後ろに飛び退き、距離を取る。


「ハァアッ!」


 着地の勢いをバネにし、技能(スキル)も相まった更に速度の上がった踏み込みから攻撃。ハエンの目では追えなかったが、しかし、フウはそれを受け止める。精霊術など何一つ使わず、その身体能力だけで。

 ヒットアンドアウェイの要領でアスタルは何度も斬撃を繰り返し――全て受け止められていく。アスタルの表情に焦燥が浮かび、対するフウにはまだ余裕があった。


「クソがっ!貴様が風神剣(ウィンダール)だと!?認めん!認めんぞ!こんな威厳の欠片もないふざけた小僧風情が!我が家の象徴たる古代遺物(アーティファクト)だったなどと!納得できるものかぁ!!」

「勝手にそういう風にしたのはキミたちでしょ?声が届かないのをいいことに好き勝手に振り回して力を使ってくれちゃってさぁ。いい迷惑だよ」

「貴様……!」

「あっ、あとボクは小僧じゃないよ。これでも女の子なんだ。まぁ、昔からたまに間違えられるから今更気にしてないけど……人の上に立つ立場なら、そのくらい判別できる観察眼は持っとかないとねぇ」

「黙れっ!」


 目を細めて煽るフウにアスタルが斬りかかる。

 今度はそれを受け止めず身を翻してかわしたフウは反撃する。しかしその身のこなしや力に似合わず、ハエンが見ても分かるほど剣筋が鈍い。

 そこに技はなく型もない。力に任せて棒を振るような拙さ。剣を初めて握ったであろうことは明白だった。


「ぐぅ……!?」


 しかし――それを受け止めたアスタルの顔が歪む。剣同士がぶつかる激しい音がその剣撃の重さを物語っていた。

 すかさずフウの次の攻撃。またしてもアスタルは受け止めたが、その重さにわずかに身体が押された。

 たまらずアスタルはまたもや後ろに飛び退く。


「チィ!ならば……」


 アスタルは氷扇(ツグハナダ)を広げる。接近戦では部が悪いと判断したのだろう。あれだけ煽られてもそういう判断を瞬時に行えるのは流石の一言に尽きる。


「貴様が本当に風神剣(ウィンダール)だというならば、こちらも古代遺物(アーティファクト)の力をもって屈服させてやる!そして元の姿に戻し、もう二度と喋れぬようにしてやろう!」

「アハハハッ!やってみなよ!その程度でまだボクを倒せると思ってるならさぁ!」


 善も悪も無く、どちらかと言えば両者とも悪人めいたや言葉が交わされ、更に戦いは激しさを増していった。



 ***



 ――時を遡ること十数分前。


 アークフォルンの路地裏を、身体を引きずるようにして歩く男がいた。

 男――カルハは右肩から左脇腹にかけて一直線の傷を負い、そこから伝わる激痛に歯を食い縛りながら、一歩、また一歩と歩を進めていく。


「ハァ……ハァ……ぐっ!」


 果たしてどれだけ歩いたか。足を止めると、傷口から血が滴り地面に跡を残す。

 カルハの意識は、もやがかかったように朦朧とし始めていた。

 倒れそうになる身体を、歯を食い縛って奮い立たせる。


「ふぅ、ふぅ……!」


 まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。大切なものを取り戻すまでは。

 止めた足を再び動かし、進んでいく。


 その時、突風の如く強烈な風と共に、近くの曲がり角の先から誰かの話し声が聞こえた。


「――では、ハエンをさらったのは実の兄だというのか?」

(……!)


 よく知った名前が聞こえ、カルハは角から顔を出す。


(あの二人は……)


 緑髪の中性的な少女と、白髪褐色肌の少女。以前ハエンと戦った後に姿を見せた仲間の二人が、上空からふわりと着地する瞬間を見た。

 カルハはその時の記憶を甦らせ、少女たちの名を思い出す。たしかフウとエルデといっただろうか。


「確証はないけど……多分、間違いない」

「私はそっちの事情に詳しくないから分からんが、お前が言うならばそうなのだろう。それで、そいつに会ったらどうするつもりだ?」

「……エーデリックの家系には色々と()()になったからね。そりゃもう言いたいことがいっぱいあるよ。だけど、もし……もしハエンに万が一のことがあったら……」


 カルハは話の内容を聞き漏らさないよう、バレない程度に更に顔を出し、耳をたてる。

 そして――


「後悔する暇も与えない。この手であいつを八つ裂きにしてやる……!」


 ――カルハは内蔵が全て氷にすげ替えられたかような、身体の内から凍てつく感覚に襲われた。


「――――……っ!!」


 カルハは漏れそうになった声を必死に押さえる。

 肌が粟立ち、瞳孔が震える。痛みからくる油汗が一瞬にして冷や汗に変わっていく。あれだけ全身を這い回っていた激痛すら感じなくなるほどの衝撃が身体を通り抜けていった。

 ここからではフウの顔は見えないが、目を合わせれば殺されてしまうのではないか。そう思わせる殺気が場を支配していく。


「……そ、そうだな。私も同じ気持ちだ。だが、その……少し落ち着いたらどうだ。お前、今凄い顔をしているぞ。そんな顔をハエンに見せる気か?」


 同じく殺気にあてられ萎縮した様子のエルデがフウをなだめる。表情こそ変わっていないが、遠くからでも冷や汗が頬をつたっているのが見えた。


「……分かってるよ。こんなこと話してないで、早く助けに行かなきゃ」

「う、うむ。あの傭兵の話ではこの辺りなはずなのだが……。むっ、あのぽつんと置かれた木箱が怪しいな」


 そう言うとエルデは先の袋小路に置かれた、彼女の身長よりも高い木箱の前に移動すると――突如、巨大な岩の手甲が彼女の右腕を覆った。

 カルハが驚愕に目を丸くした直後、エルデはその右腕を叩きつける。コンテナの役割を果たすために頑丈に作られていたであろう木箱が一瞬にしてバラバラに粉砕された。


「……!あったぞ!この下に違いない!」


 木箱があった場所の地面には、明らかに周囲の色とは噛み合わない古びた扉があった。

 そこに駆け寄ったフウは邪魔な瓦礫を蹴り飛ばし、扉を開ける。そして二人は迷うことなく扉の中へと下っていった。


(…………な、何者だ、あの二人は……。いや、今はそんなことを考えている時ではない!)


 二人の少女がいなくなり、ハエンは開けっぱなしの扉の場所まで移動する。

 中は暗く、地下深くまで螺旋階段が続いていた。二人分の足音は聞こえるが、既に姿は暗闇の奥だ。


(この奥にハエン殿と……アスタル殿が……)


 螺旋階段はどこまで続いているのか分からない。歩くのもやっとなこの身体で、果たして下りきれるかどうか……。


(……待っていろ、氷扇(ツグハナダ)!今取り戻しに行く!)


 ――引き返すという選択肢はあり得ない。

 カルハは意を決し、暗闇へと続く階段へ足を踏み出した。

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