兄vs弟③
あらゆるものを吹き飛ばす竜巻がうねり、ハエンの上を吹き抜けアスタルに直撃する。
「うぉおおおお!?」
踏ん張ろうとも意味を成さず、アスタルは弾き出されたような凄まじい速度で飛ばされ、積まれていた木箱の山に突っ込んでいった。
「ハエン!」
入れ替わるようにして駆け寄ってきた二人の姿は、意識が朦朧としていても見間違えはしない。
「フウ……エルデ……」
「今助けるよ!エルデ、早くっ!」
「分かっている!これはどのくらい飲ませればいいんだ!?」
「全部でいいよもう!ほらハエン口開けて!飲んで飲んで!」
上半身を抱え起こされ、口に瓶のようなものを押し付けられ何かの液体を飲まされる。というより口の中に流し込まれた、という表現が正しいか。
ほんのり苦味のあるそれが体内に入った瞬間から身体の痛みが消えていく。日の光に包まれているように全身が暖かくなり、傷が癒えていく。
「むぐぅ!?ぐっ、ゲホッ!ゲホッ!」
しかし想像以上に流し込まれた液体の量が多く、ハエンはむせてしまった。
「大丈夫!?身体は!?」
「ゲホッ!馬鹿、一気に飲ませすぎだ!溺れるかと思ったぞ!」
うっすらと涙を浮かばせながら咳をするハエンの横でエルデとフウは安心した表情を浮かべる。
「よかった。無事みたいだな。まったくヒヤヒヤさせてくれる」
「……あぁ、なんとかな。助かった。二人ともありがとう」
無事だという証明に、咳が止まったハエンは二人に微笑んで見せる。
痛みはほとんど消え、霞んでいた視界も霧が晴れたようにスッキリした。肩の傷も凄まじい速度で塞がっていく。
そこでハエンは気づいた。
ただの治癒魔法薬にしては効果が高すぎる。
瓶の中身はほとんど無くなっていたが、底に残っていた液体の色は深い緑色をしていた。ハエンが使う一番安価な治癒魔法薬は青色だったはずである。
「これって上位治癒魔法薬じゃないか!?こんなものどこで手に入れて……!」
高い効力を持つが故に一本で一星級冒険者一月分の稼ぎに匹敵する値がつくような代物である。当然、そんなものをフウやエルデが持っているはずがない。
「貰ったんだよ」
「……奪い取ったと言ったほうが正しいだろう。傭兵どもから」
「は?傭兵?」
「あー……この話は後でな。それよりこっちの状況はどうなっている?さっきの男は何者だ?」
確かに今は魔法薬の出所など話している場合ではない。気持ちを切り替え、ハエンは説明する。
「あの男はアスタル・エーデリック。ここから東の方にある街、ルーインスの領主で……俺の兄上だ」
「……そうか。あの男が話に聞いていた、ハエンを屋敷から追放した男なのか」
ハエンは頷き、フウに視線を流しながら話を続ける。
「兄上はエーデリック家の家宝である風神剣を取り戻しにやって来たんだ。だけど風神剣はもうフウに……精霊に戻り、存在しない物になってしまった。だから俺は諦めてもらうために精霊のことを話したんだ」
「ふむ。察するに信じてもらえず、逆上されたといったところか?」
「全くもってその通りだよ。まぁ、そうなる気はしてたけどな。……だって兄上だし」
ハエンの言葉にアスタルのことを知るフウはうんうんと頷き、エルデは小首を傾げる。
「とにかく、兄上は風神剣のことを諦めてない。おやがおうでも取り返そうとするだろう」
「王家からの信頼の証を失えば、その信頼も失う……か。人間社会というのは大変だな。少しのほつれで全てを失いかねないとは」
「ホントホント。栄光だか名誉だか知らないけど、ボクを巻き込まないで欲しいよ」
「……兄上も必死なんだよ。自分の代で、これまで先祖たちが積み上げてきたものが崩壊しかねないんだから」
――貴様には理解できまい!これまで何の責任も、何の重荷も、何の期待も背負わずにのうのうと生きてきた貴様には!!
アスタルの言葉がハエンの頭の中で甦る。
確かに、次男であり平民の血が混ざっているハエンには家を継ぐ資格も責任もない。追放された身となっては尚更だ。
そんな自分が最後の最後に家の名を貶めるような行動をしてしまったことに関しては、申し訳ないという気持ちも少しはあった。
しかし――
「――だからといって精霊の尊厳を踏みにじっていい理由にはならないけどな。人間が精霊のことを忘れてしまったなら、せめて俺はそれを守ってやりたいと思う。だから兄上には分かってもらうしかないんだ。フウはフウで、家の名を映えさせるための道具なんかじゃないんだって」
ハエンは立ち上がり、服についた泥を払う。
肩の痛みはもうない。流石は上位治癒魔法薬だ。価値が高いだけのことはある。
もう一度自分で肩を触り、本当に完全に傷が塞がっているのを確認した時、ふとまだ立ち上がっていないフウとエルデと眼が合った。
「……な、なんだよその顔」
にやけ笑いを浮かべるフウと、相変わらず硬い表情だが口元が緩んでいるエルデ。何を思ってそんな顔をしているのか分からず戸惑うハエンに、二人の少女が答える。
「精霊の尊厳を守る……か。そのようなことを、まさか人間に言われるとはな。……よく素面で言えたものだ」
「ハエンったらカッコいいよ!」
「か、からかうな!ちょっと自分でも格好つけすぎたなって、言ってから恥ずかしくなってきたんだから!」
などとやり取りをしていると――轟音が鳴り響いた。
三人は一斉に音がなった方向を見る。そしてそれは、アスタルを下敷きにしていた、常人ではまず身動きが取れない量の瓦礫が吹き飛んだ際に鳴ったのだと知った。
永い年月の間放置され続けていた土埃が舞い上がる。まだアスタルの姿は埋もれて見えない。だが、確実に這い出てこようと動いている。
「あの程度じゃダメだったか。……仕方ないなぁ。ハエン、ちょっと剣を借りるよ」
「え?あ、あぁ」
地面に転がっていたハエンの剣を取り、フウは立ち上がる。
研かれた剣身に映る自分の顔を眺めた後、何度か剣を振り回す。その直後、再び爆発音に似た轟音が鳴り響き、衝撃が瓦礫を一気に吹き飛ばした。
こちらに飛んできた破片はエルデの力でせり上がった壁によって弾かれた。
フウは再度正面を見据える。より一層舞い上がった土埃は空間を塗りつぶし、フウが手を払う動作と共に生じた風によってかき消されていく。
「……これって大体ボクのせいなんだよね。何も知らないキミに特異技能を使わせて、元に戻れたことに浮かれて屋敷を飛び出したのはボクなんだから。自分の責任は自分で取らないとね。というわけで――」
完全に視界が晴れ、こめかみに血管を浮かび上がらせているアスタルの姿が露になる。今にも相手を射殺しそうな眼光に全く動じることなく、フウは歩き始めた。
「――ここはボクがケリつけてくる。エルデ、ハエンのことは任せたよ」




