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傭兵vs精霊③

 倒れたクラウロスからエルデは“閉闇のカンテラ”を奪い取ると、巨大な岩の右手で躊躇い無く握りつぶす。

 内に込められた魔法で道具自身が壊れるのを防ぐために強固な細工が施されているはずの魔法具が、バキバキと飴細工のように粉砕されていくのを、立ち上がれないクラウロスは見上げることしかできなかった。


 霧が薄れていく。

 およそ半年分の収益をつぎ込んで手に入れたものが一瞬にしてごみ屑になっていく様は、敗北の悔しさとは別にかなり心に来るものがあったが、同時に希望を見いだせるものでもあった。

 霧の外には二十人を越える部下たちがいる。個々の実力はクラウロスには及ばないものの、皆が皆腕に覚えのある精鋭ばかりだ。

 慢心を捨て、作戦を変更し、数の差を押し付ければ勝ち目はある。クラウロスの中にそういう思いが沸き立ち――


 ――霧が晴れた瞬間、その思いは打ち砕かれた。


 散乱する武器と、標的を捉えることができなかったであろう無数の矢。

 緑一色だったはずの大地が捲れ上がるように荒れ、数多の屈強な男たちが横たわる地獄絵図が広がっていた。


「くそっ!何なんだ!何なんだこいつは!こんな化け物が相手なんて聞いてないぞ!!」


 大勢の仲間が倒れる中、一人だけ立っていた男は挙動不審なまでに周囲を見回し、震える両手で剣を握りしめながらそう叫ぶ。


 ――ひと吹きの風が男の頬を撫でた。その瞬間、男は戦慄き肩を跳ねさせ後ろを振り向く。


 いつの間にか、そこには緑髪の中性的な顔立ちをした少女がいた。


「う、うわ――――」


 男が叫ぶより早く、剣を振るより速く少女が動く。

 風を纏った拳を突き出すと、その風が弾丸となって男に直撃し、破裂音じみた音と共に凄まじい勢いで弾き飛ばした。


「……ふぅ、これで全部かな」


 まるで戦いなどなかったかのように、ただ一つの傷もなく、疲弊した様子もなく少女は悠々と身体を伸ばす。そして魔法具による霧が無くなっていることに気づき、エルデの方を向いた。


「そっちも終わったんだ。ちょうどよかったね」

「うむ。そちらも問題はなかったようだな、フウ。しかし――」


 右腕に纏った岩の手甲を解除しつつ、エルデは周囲の様子を見回しながら続ける。


「――荒れたな。まるで竜巻でも通ったみたいだ」

「あ、分かる?相手が多かったから、一気にやっちゃおうと思ってさ」

「……本当に竜巻を起こしたのか。街の近くであまり派手なことはするなよ。無関係な者を巻き込んだらどうする」

「大丈夫だよ。だって、わざわざヒトが通らなさそうなところに連れてきてくれたんだから。……ね?」


 フウと呼ばれた少女の目が倒れているクラウロスに向く。笑ってはいるが、その中にある感情が穏やかじゃないことを察したクラウロスは身震いする。

 フウはクラウロスの前まで移動し、屈んだ。


「ボクたちは早くハエンのところに行きたいんだ。どこに連れていったのか教えてよ。そしたらこれ以上は何もしないからさ」


 友人に語りかけるようなフレンドリーな声色。それが逆に不気味さを助長していた。


「…………へっ、残念だがそいつぁできねえな」


 だが、例え実力で負けていても、こんな少女に気持ちで負けるわけにはいかない。そんなプライドじみたものがクラウロスを不適に笑わせ、不遜に地面にあぐらをかかせる。


「傭兵にも矜持ってもんがあるんだよ。別に依頼主がどうなろうが知ったこっちゃねえが、金を受け取ってる以上は責任がある。そいつを裏切るようなマネは……あがっ!?」


 言い終わるより先にクラウロスの顔が掴まれる。

 指の隙間から見えるフウの顔を見たクラウロスは、全身を氷の刃で撫でられるような感覚を覚えた。


「そう。なら、キミはもういいよ」


 見るもの全てを蔑み、見下すような冷酷な顔。

 先ほどまでの笑顔やフレンドリーさは微塵も無い。

 人を殺すことに一切の躊躇いが感じられない。愉悦もなく、嫌悪もなく、必要ならば目の前にいる人間一人を淡々と()()してしまいそうな、そんな顔だ。


 フウの頭上に風が集束していく。それは槍のかたちとなり、矛先がクラウロスを向いた。

 見ただけで分かる。魔力で槍を精製して放つ魔法はあるが、これはそんな生易しいものではない。まるで台風がそのまま凝縮したかのような力だ。貫かれれば穴が空く程度では済まない。


「ま、待て待て!俺を殺せば小僧の場所が分からなくなるぞ!それでもいいのか!?」

「何言ってるのさ。キミの代わりなんて()()()()()()()()()()じゃないか」


 一瞬、その言葉の意味が分からなかった。

 しかし倒れている部下たちの微かな呼吸音が耳に入った瞬間、クラウロスは瞠目する。


「大体二十人くらい?これだけいれば、誰か一人くらいは喋ってくれるでしょ。だからキミが何も言いたくないならそれでもいいよ。他の人に聞くから」


 顔を掴む握力が強まり、頭蓋骨が割れそうな激痛が走る。

 風の槍に貫かれるより早く頭を潰されてしまいそうだ。

 悲鳴をあげながらもその手を引き剥がそうするが、何の意味も成さない。傭兵として、戦士として鍛練に鍛練を重ねて作り上げてきた力が、少女一人の細腕を動かすことすらできはしない。


 そして――クラウロスは後悔する。

 決して関わってはいけない化け物に喧嘩を売ってしまったのだと。目の前にいる少女たちは自分とは違う次元にいる存在なのだと。

 この先どれだけ足掻こうが、絶対的な強者の前ではあまりに自分は無力なのだと。


 ――そう、クラウロスは理解した。理解してしまった。


 傭兵としての矜持などあっという間に恐怖の色で塗りつぶされた。死と隣り合わせなど珍しくもなかったというのに、今は死が恐ろしくてたまらない。


 一縷の希望もない絶望が、これほど耐え難いものだとは知らなかった。


「あ……ぐ……っ!や、止めてくれ!話す!話すから……!」


 一刻も早くこの悪夢から抜け出すために、もはやクラウロスにできることは一つしかなかった。


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