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傭兵vs精霊②

 数々の戦場を駆け抜けてきた強靭な脚力は、二メートル以上の巨体を見た目からは想像もできない速度で動かすことを可能にしていた。子供並みの身長しかないエルデからは、まるで筋肉の壁が迫ってきているように見えていることだろう。

 一瞬にして間合いを詰めたクラウロスは大斧を大きく振りかぶる。


「ぬぅううん!」


 大きな身長差を活かした渾身の振り下ろし。

 まともに受ければ何人たりとも死を免れないであろうそれが生み出す衝撃は大地をも揺るがす。

 しかし――クラウロスは瞠目する。


 大斧は地面にまで達しておらず、途中で何かにぶつかっている。

 エルデではない。もっと硬い鋼鉄のような何か。


 クラウロスの一撃を受け止めていたのは、地面からせり上がった大地そのものだった。


「んなぁ!?」


 まるで大地が意思を持ってエルデを護ったかように、突如現れた不可思議な大地の壁。岩をも容易く砕くはずの一撃が受け止められたことに、クラウロスの思考が固まる。

 しかし傭兵としての勘というべきものが瞬時に働き、クラウロスはその場を一歩引いた。直後、大地から円柱状の柱が勢いよく突き出し、鼻先を掠める。もし下がっていなければ顎に直撃していただろう。


「避けたか。並の人間なら今ので顎が割れていたのだがな」


 柱も壁も元の平坦な大地の姿に戻っていく。その裏から再び姿を見せたエルデをクラウロスは睨み付けた。


「ただのガキじゃねえとは思っちゃいたが……てめえ土系魔術師(アースメイジ)か!」

「……うむ、まぁ……そうだな。似たようなものだ」


 微妙に歯切れの悪い返答が少しだけ引っかかる気もするが、魔術師だというなら納得がいく。そして同時に自身の中の警戒レベルを引き上げなければならない。

 魔術師は多彩な魔法を使い様々な局面に対応できる厄介な相手だ。その力は純粋な戦士よりも才能によって左右されやすく、小さな子供が大人を凌駕する魔力を持っていることなどざらにある。

 目の前にいる少女もそういう才能の持ち主なのかもしれない。それならば敵を前にして妙に落ち着いているのも理解できる。


(まだ何の苦労も知らないようなガキが、ちょっと才能を持ってるからってスカした顔しやがって……気に入らねえな)


 だが、それだからこそ叩き潰し甲斐がある。

 まだまだ子供だが、成長すればそれはそれは美しくなるだろう。そう確信させるだけの容姿を持ち、更に魔法の才能もある。きっとこの先、このエルデという少女は何不自由なく幸せな人生を送るに違いない。


 ――そういう輩をドン底に落としてやれたら、どれだけ気分が良いことか。


 加虐的な思考をにやりという笑みで表面に浮かばせ、斧を握る握力を一噌強いものにする。


(俺の一撃を防いだのは褒めてやる。だが、あれが俺の全力だと思ってるんなら、とんだお気楽頭だぜ)


 壁が砕けないなら、砕けるまで力を高めればいい。

 クラウロスは技能(スキル)――〈倍化撃〉を発動させる。

 全身が熱くなり、力が沸き上がる。戦場での活動を想定し、強靭な特注繊維で編まれた袖が破けるほど腕の筋肉が膨張する。

 攻撃の気配を察知したエルデの前に再び大地の壁がせり上がった。


(魔術師のクセに距離を取ろうともしねえ。次の攻撃も防げると思ってやがる。やがりガキだな。その慢心が己が身を滅ぼすことを教えてやる)


 それを想定しての〈倍化撃〉だ。この状態のクラウロスの一撃の前には鋼鉄すら紙に等しい。防御されようがそれごと粉砕できるだけの威力がある。

 クラウロスは大斧を振りかぶる。一瞬の間、嵐の前の静けさが戦場を包み込み、そして――


「うぉらぁああああ!!」


 ――咆哮と共に大斧が振り下ろされた。


 先の一撃とは比べ物にならないほどの衝撃が拡散し、大量の土煙を巻き上げる。爆発したかのような轟音が鳴り響く。


 目の前の視界すら霞むほどの土煙の中、全身の力を込めて歯を喰い縛っていたクラウロスの表情が変化していく。

 勝利の確信から疑問。

 腕に伝わる抵抗感が一切弱まらず、いくら力を込めても斧を振り抜けない。相手を潰したという手応えが無い。


 そして――驚愕。

 衝撃に巻き上げられた土煙が晴れ、眼に飛び込んできた光景は信じられないものだった。


「……ば……かな……!」


 全身全霊、正真正銘全力で繰り出した一撃。

 それが壁に受け止められている光景。

 あれだけの衝撃を受けて、へこみもしていなければヒビ一つ入っていない。

 まるで効かなかった。何事もなかったかのようにそこに有る壁は、その事実をクラウロスに叩きつけていた。


 役目を終えた大地の壁が埋もれていく。

 再び姿を見せたエルデの表情は冷静なものだった。

 まるで最初の攻撃と〈倍化撃〉を使った先ほどの攻撃、そのどちらも差程変わらなかったと言わんばかりに。


「どうした?私を子供と思って加減しているなら、そんな情けは無用だ。もっと全力で来い」

「……っ!」


 本人は皮肉で言っているつもりはないのかもしれない。だが、それがよりクラウロスの感情を逆撫でた。

 怒りや悔しさで顔を真っ赤にし、目を血走らせながらクラウロスは吠える。


「ふっ……ざけんじゃねえぞガキがぁああ!!」


 大斧を横に薙ぎ、三度せり上がってきた大地に防がれる。

 だがクラウロスは止まらない。何度も何度も得物を振り回し、そして何度も弾かれる。

 踊るように大地がうねり、攻撃に合わせて瞬時に壁が作られていく。その間エルデは一歩も動いていないのが余裕を見せつけられているようで、クラウロスの頭に更に血が上っていく。

 振り下ろしても、振り払っても、振り上げても、袈裟斬りしても、ただ虚しく土煙を巻き上げ鈍い金属音が鳴るのみ。時にフェイントをかけて別方向から斬りかかっても結果は変わらない。

 〈倍化撃〉の効果が切れ、威力が格段に落ちてもクラウロスは攻撃を続ける。これはもはや意地だった。


(クソッ!クソクソクソ!何なんだこいつは!!一体どんな魔法を使ってやがんだ!)


 元が岩だろうと砂だろうと、魔術師の魔力が通った壁はその魔力の量によって堅牢さは変わる。当然頑丈な防御壁を作ろうとすればそれなりに魔力も技術も必要になる。

 最初の一撃を止められたのは、大量の魔力を消費した末に作られた壁だったからだというならばまだ話は分かる。相手も全力を以て防ぎにきたのだとするならば、自分と同等の力を持っているのだと納得はできる。

 しかし、エルデはそれを連続で展開し続けているのだ。クラウロスの攻撃よりも早く、ピンポイントで防ぐように正確に。全力などではなく余裕綽々と。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


 もう何回大斧を振り回しただろうか。

 がむしゃらに攻撃を続けたというのと、〈倍化撃〉による肉体への負荷もあってクラウロスの息は荒い。もう得物を持ち上げるのも精一杯だった。


「……もういいだろう。これ以上続けても無駄だ。お前の攻撃は私には通らない」

「ぐ……っ!」


 疲労困憊なクラウロスと涼しい顔をしたエルデ。

 この構図はどちらが勝者なのかを雄弁に語っていた。


 しかし――


「降参してハエンの居場所を吐くというなら、私から危害は加えないと約束しよう。さぁ、どうする?」


 ――認められるはずがないのだ。


 傭兵として数々の死地を渡り歩いてきた自分が。

 相手が魔物だろうと冒険者だろうと同業者だろうと騎士団だろうと、立ち塞がる敵は全て薙ぎ倒してきた自分が。


 こんな子供相手に傷一つ付けられず、攻撃すらされずに敗北するなどと――


「――認めて、たまるかぁああああああ!!」


 それは怒号だろうか、悲鳴だろうか。

 心の内の沸き上がる感情の全てを吐き出し、全体重を乗せて大斧を振る。その攻撃が迫っているにも関わらず、今度は大地の壁がせり上がって来なかった。

 油断していたせいで展開が間に合わなかったのだと、大斧が振り下ろされる刹那の瞬間にクラウロスは笑みを浮かべ――硬く鈍い音が鳴り、全てが絶望に染まる。


 今度は壁に弾かれたのではなかった。

 エルデの右肘から先が、彼女の小さな身体の輪郭を大きく崩すほどの巨大な岩の腕と化し、斧刃を受け止めていたのだ。


 例えるならば、それは岩の巨人の腕。その力によって捕まれた大斧は押しても引いてもその場に固定されたかのようにびくともしなかった。


「そうか……。それがお前の答えならば仕方あるまい」


 深いため息が聞こえた直後――クラウロスの足元から地面から石柱が飛び出し、その勢いで胸部を突き上げた。

 胸から凄まじい衝撃が顎、そして頭頂部を突き抜けると共に、突き上げられたクラウロスの身体が、大斧をエルデの岩の手中に残したまま宙に舞う。

 視界がぐわんと揺れ、一瞬の浮遊感の後に地面に叩きつけられたクラウロスは肺の中の空気を強制的に吐き出させられる。


 耐え難い苦痛は悲鳴をあげさせることすら許さず、もはや立ち上がることすらできなかったクラウロスは、ただ呻き声を唇の間から漏らすしかなかった。

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