傭兵vs精霊
前話「招かれざる客」にて、話を一つ飛ばしていたため、急遽前話の冒頭に付け足させていただきました。
申し訳ありません。
「ぐほぁ!」
吹き飛んだ男の身体が地面に叩きつけられ、肺から空気を吐き出した悲鳴が響く。突然の出来事に時が止まったように辺りが静まり返り、数秒遅れて全ての視線がフウに集中した。
「エルデ、戻ろう。早くハエンを探さないと」
「あ?あぁ……そうだな」
吹き飛ばした男を見ることすらせず踵を返したフウにエルデはついていく。
確かに、こんなならず者の集まりのような傭兵団を雇うくらいだ。録でもない依頼主であることは想像に難くない。そんな者にハエンを一人で会わせるのは嫌な予感しかしない。
しかし、傭兵の男たちに回り込まれて行く手を遮られてしまった。
「大人しくしてろっつっただろうが。ヒトの話はちゃんと聞けと、親に躾されてこなかったのか?」
ゆっくりとクラウロスが立ち上がる。それだけで周囲を漂う空気が変わり、眼に宿る光は鋭く、危険なものに変わっていた。
「クライアントが必要としているのは小僧の方だ。てめえらの処遇については俺たちに一任されている。つまりだ……別にこの場でてめえらを八つ裂きにしちまおうが縛り上げてヤっちまおうが構わねえってことだぜ?」
「あーハイハイ好きにしなよ。そんなことよりも、早くここを通してくれるかな」
まるで興味が無さそうにフウは手をひらひらと動かす。それは下手な挑発より挑発的で、クラウロスのこめかみに血管が浮かび上がったのが見えた。
「……どうやら自分の立場ってもんが分かってねえらしい。生意気な小娘には、ちょいとばかしきついお仕置きが必要なようだな」
ドスの効いたその言葉を合図に、部下の男たちが一斉に武器に手を掛ける。
――その時、エルデは身が凍りつくような感覚を覚えた。
冷や汗が吹き出し肌が粟立つそれを感じさせたのは、フラウロスの放つ威圧でもなければ、その部下たちの殺気でもない。
それはもっと身近なところから。そう、すぐ隣にいるフウから――
(……!)
恐る恐る眼だけを横に向けて見えた彼女の顔は、もはや別人のようだった。
一言で言うなら、氷のような表情。自分に敵意を向けている男たちを見る眼は、ヒトを見るというより目障りな虫を見ているかのようで。別物の仮面にすげ変わったのではないかと思ってしまうほど、天真爛漫で表情豊かな普段の顔とはかけ離れていた。
同じ屋根の下で暮らす仲間の変容っぷりにエルデは息を呑む。今のフウは危険な匂いしかしない。
そして――
「――待て!」
腕を持ち上げようとするフウの僅かな動きに強烈なざわめきを感じ、思わずその腕を掴んで止めた。
「闇雲に探し回るより、こいつらからハエンの居場所を聞いた方が早い。だから……加減を間違えるなよ」
「…………」
少しの間を空け、フウはため息とも深呼吸とも取れるような息を吐く。
そして、次にこちらを向いたフウの表情はいつも見せる顔に戻っていた。
「分かってる。ちゃっちゃと終わらせて、早く三人で帰ろう」
「……クックックックッ……!」
二人のやり取りが聞こえていたクラウロスの笑い声が不気味にこだまする。しかしその眼は一切笑っていない。
「これまで長いこと傭兵をやってきたが、ここまで舐められたのは初めてだぜ……。少し撫でてやる程度にしてやろうかと思ってたが、やめだ。てめえらは徹底的に潰して、肥えた貴族どもの奴隷として余生を過ごさせてやるよ!」
傭兵の一人が動く。
手斧を構えた一直線な突撃。単純な動きだが、数々の戦場をくぐり抜けて鍛え上げられたであろう肉体は一瞬にして距離を詰めてくる。
(これだけの数がいるというのに、一人ずつ向かってくるのか……?)
疑問に思いつつもエルデはカウンターで精霊術を叩き込もうとしたが、すぐに中断する。後ろからも気配を感じたからだ。
前後からの同時攻撃をエルデは右に避け、すぐに体勢を立て直す。別の傭兵たちから同じように挟撃を受けていたフウは、エルデとは反対に左側へ避けていた。
すぐさま次の攻撃が更に別の傭兵から繰り出され、エルデは避ける。
それを繰り返す度にフウとの距離が空いていき――気がついた時には傭兵たちに囲まれるフウと、包囲の外側に弾き出されたエルデという構図ができあがってしまっていた。
(なるほど、最初から私たちを分断するのが目的だったか。人間の連携力というのは昔から侮れないな)
「オイ、どっち向いてやがる。てめえの相手はこっちだぜ」
クラウロスはニヤリと笑うと腰のベルトに手を回し、ぶら下がっていた何かを取り出す。
それは小さなカンテラのような形をしていた。しかし中で燻っているのが炎でも光でもなく、黒い霧のようなものである。暗闇を照らすという目的で使用するものではないということは一目瞭然だ。
(古代遺物……?いや違うな。そうか、あれが魔法具というやつか)
今の世の中には、古代遺物を模して作られた魔法的な効果を持つ道具があるとエルデはハエンから聞いたことがあった。
話によると、一介の冒険者ではとても手が出せないほどかなり高価な物らしい。それを所持しているということは“血錆びの剣”は傭兵団としてかなり名のある連中なのだろう。
クラウロスはカンテラを天に掲げる。すると黒い霧が溢れ出し、雪崩のような勢いで広がっていく。
そして瞬く間にクラウロスもろともエルデの姿を呑み込んでいった――。
***
「ここは……?一体何が起こったんだ?」
激流の川のように流れる黒い霧が渦を巻き、その内に作り出されたドーム状の空間で、エルデと呼ばれていた褐色肌の少女は周囲を見回す。
あれだけ大量にいたクラウロスの部下たちも、エルデの仲間の碧髪の少女もここにはいない。夕暮れを報せる鳥の鳴き声も風に吹かれて踊る草花が擦れる音も何も聞こえない。
さっきまで立っていた空間がそのまま切り出されて霧にくるまれたような、異質な空間だった。
「これが魔法具“閉闇のカンテラ”の力だ。音、匂い、光、衝撃、あらゆる刺激を遮断する霧で空間を隔離する。つまり……この中じゃ悲鳴をあげようが泣き喚こうが外には聞こえないってことだ」
「ふむ、なるほど。周囲に気取られず敵を倒せるというわけか。奇襲や夜襲で使えそうな道具だな」
動揺の色を見せず冷静に魔法具の使い道を分析するエルデに、フラウロスはピクッと眉を動かす。
「それだけじゃねえ。こうして相手を分断してなぶり殺すこともできるわけよ。今頃霧の外じゃ、てめえのお仲間が俺の部下たちに可愛がられてるだろうぜ」
「中に入るとそう簡単には出られない。そして外からの干渉もおいそれとは受けないということか。よくもまぁ、これだけの物を人間が作れたものだ」
今度は何故か感心までし始める。身の丈に合わない落ち着きぶりを見せる少女の態度は、クラウロスの心を更に苛立たせる。
「……てめえ、これだけの状態下に置かれてビビりもしねえとは、随分と余裕じゃねえか」
「驚いてはいるさ。表情が硬いのは生まれつきでな。これでも感情は豊かな方なんだぞ」
何故この少女は自分の頬を指で持ち上げて無理矢理笑みを作ろうとする余裕すらあるのだろうか。もっと恐怖したり絶望した顔が見たかったというのに、これでは興醒めだ。
「そうかよ。それなら、せいぜい良い断末魔を聞かせて貰おうじゃねえか!」
もはや加減の必要は無し。相手が子供だろうと――いや、子供だからこそ傭兵の恐ろしさというものを徹底的に分からせてやる必要があるだろう。
クラウロスは背負っていた大斧を取り、両手で柄を握りしめると、勢いよく地を蹴った。




