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招かれざる客

一つ話を飛ばして投稿してしまっていたため、急遽こちらの冒頭に付け足させていただきました。


申し訳ありません。

 アークフォルン郊外にある農業区。その一区画にて。


 真ん丸に肥えた鳥をそのまま人間の子供と同等のサイズにまで巨大化させたような魔物――“暴食鳥(グラトナスイーグル)”の群れが地上十メートル程の高さを飛ぶ。

 その名の通りあらゆるものを捕食する鳥の魔物が農作物を狙いに翼を翻した瞬間――強烈な風が吹き荒れた。

 バランスを崩した暴食鳥(グラトナスイーグル)は次々に風に揉まれ、落下していく。中には落ちる前に持ちこたえたものもいたが、半分近くは地面まで引きずり下ろされた。


 そして体勢を立て直す前に、その肥えた身体を地面から突き出てきた岩の杭が貫く。けたたましい絶叫をあげ、地上に落ちた暴食鳥(グラトナスイーグル)は一匹残らず絶命した。


「フウ!まだ残ってるぞ!頼む!」


 エルデが地面から手を離すと、岩の杭は地中に引っ込むように消えていく。


「あいよー!任せて!」

「さっきも言ったが、一気に落とそうとするなよ!?強くしすぎると周囲を巻き込みかねない!畑を魔物から護るのが今回の依頼なのに、その畑が滅茶苦茶になったら本末転倒だからな!」

「分かってる分かってる!それじゃあいくよ!」


 フウの手から精霊術の力が放出され、残りの暴食鳥(グラトナスイーグル)の周囲に暴風が巻き起こる。一度目は耐えられた魔物たちもこれには耐えきれず落ちていく――。


「………………」


 そんな光景をハエンは遠巻きに眺めていた。


(あれから三日か。今のところ兄上からコンタクトはないが……)


 しかし心はここにあらず。

 暴食鳥(グラトナスイーグル)が岩の杭に貫かれる様を眺めながら、全く別のことを考えていたハエンは深くため息をつく。


(結局いい感じの言い訳は思い付かないな。……というか、言い訳なんかしようがないよな。やっぱり本当のことを話して納得してもらうしかないのか。でもなぁ……あの傍若無人な人が俺の話なんて聞くとは思えないんだよなぁ……。聞いてもらえたところで信じてもらえるかは別問題だしなぁ……。それに信じてもらえたところで事実として風神剣(ウィンダール)は失くなったわけだし、結局は逆上されそうだよなぁ……)


 いつかは行わなければならないであろう兄との対話。その様々な可能性を考慮するも何も良い解決策は浮かばない。思考がぐるぐると回り、結局どうすればいいのか分からなくなってしまう。

 頭が混乱しつつあったハエンは、風を操って魔物が畑に入るのを阻害しつつ地上に叩き落としていくフウの後ろ姿を眺める。

 その瞳は助けを求めるようであったが――しかし、何も言うことなくまぶたを閉じて首を横に振った。


(ハァ、このまま来ないでくれないかな……兄上)

「――ハエン!危ない!」

「え?」


 フウの声でハエンは目を開ける。そして、ようやく目の前に暴食鳥(グラトナスイーグル)の嘴が迫ってきていることに気づいた。

 しまった、と思った時には既に遅し。防ごうにも反撃しようにも間に合わない距離まで迫っていた。


 ――しかし、その嘴がハエンの顔を啄むことはなかった。

 突如として目の前に突き出てきた岩の壁が魔物の攻撃を阻んだのだ。


「はぁああ!」


 怯んだ暴食鳥(グラトナスイーグル)にすかさずフウの精霊術が叩き込まれる。風を凝縮した弾が炸裂し、魔物の身体は破裂するようにバラバラになった。

 暴食鳥(グラトナスイーグル)の血しぶきも防いだ岩の壁は、役目を終えたように地中に潜っていく。


「大丈夫か!?」


 駆け寄ってくるエルデとフウに、ハエンは気まずそうに苦笑いする。


「あぁ、平気だ。助かったよ」

「すまない。最後の一匹だけ討ち漏らしてしまったようだ」

「いや、そういう時のために俺が後方に控えてたっていうのに、ごめんな。ありがとう」


 二十はいるであろう魔物の群れ相手に、畑を気にしつつ戦っていては討ち漏らしも出るだろう。そんな状況で集中できていなかったハエンが悪いのは明白だ。

 謝罪と感謝の意身を込め、ハエンはエルデの頭を撫でる。


「うむ。無事ならばよし。これで魔物も当分は現れないだろう。あとは依頼主に報告すれば晴れて依頼完了だな」


 目を細めながら口を動かすエルデ。やんわりとした雰囲気が滲み出ているには、気分が良くなっている証拠だ。

 エルデが表情ではなく、纏う何となくな雰囲気で感情を示してくるのは、生活も仕事も共に過ごしてきたハエンには最早慣れたものだった。下手に顔に出るより分かりやすいのが彼女の可愛らしいところだ。


「そうだな。報告を済ませて、帰るか」


 ハエンは歩き出そうとする。

 その時、少し下がったところで二人のやり取りを見ていたフウから声がかかった。


「ねぇ、ハエン」

「ん?」

「……大丈夫?」

「…………」


 心配そうな眼差しを向けてくるフウに、ハエンは微笑みで返した。


「少しボーッとしただけだから大丈夫だ。心配するな」


 ***


 夕方。

 冒険者としての仕事が一段落したエルデとフウ、ハエンは宿屋に戻って各々自由時間を過ごしていた。

 特にやることがなく部屋のベッドの上でごろごろしていたエルデだったが、ふと小腹が空いた事に気づき、部屋を出て階段を降りて食堂に入る。何かちょっとしたものを作ってもらおうとしたのだが、はるかぜ亭オーナーであるレクトールもその娘のリリアの姿も見当たらない。


 その代わり、不機嫌そうに口を尖らせたフウが椅子に座っていた。


「……どうした、随分と不満そうな顔だな」

「むー……ハエンが一人で買い物に行っちゃってさ。ボクも一緒に行きたかったのになぁ……」

「断られたのか」

「『ちょっとした日用品を買うだけだから一人でいい』んだってさ。あーあ、早く帰ってこないかなぁ」


 フウはつまらなさそうに足をぶらぶらさせる。そして何を思ったかカウンターの向こう側の調理台に置いてあったスプーンやフォークを風で吹き寄せ、そのままぐるぐると空中で回し始めた。


「お、おい何をやってる!宿の備品で遊ぶんじゃない!」

「いいじゃんいいじゃん、レクトールもリリアも今はいないんだし。今なら何したって自由だよ」


 そう言ってフウはイタズラっぽく笑い、更に磨き終わって置かれていた数枚の皿を自身の精霊術で引き寄せて空中で自在に動かす。

 竜巻に巻き込まれたかのように数々の食器がフウを中心にぐるぐると回る様子は舞でも踊っているかのようで、風の力によって操作されているとは思えないほど緻密な動きだった。


「……おお、風の力だけでここまで自由に操れるものなのか」

「すごいでしょ?この力で空だって飛べるんだから、こんな小さなものを動かすくらい朝飯前だよ」

「それは凄い……とでも言うと思ったか阿呆!万が一、落として割ってハエンに怒られても知らんぞ!」

「うっ……」


 フウは一瞬身体を硬直させると食器で遊ぶのを止め、それらを丁寧に風で動かして机の上に並べると、自分の手で全て重ねていく。


「ちぇーつまんないのー。それもこれもハエンがボクに構ってくれないせいだよ」

「子供かお前は……」


 重ね終えた食器を持って立ち上がり、渋々といった様子で元の場所に戻しに行くフウの背中を見ながらツッコミを入れつつ、エルデも椅子に座って背もたれを鳴らす。


「しかし、あのカルハという男に会ってから今日で三日……あの日からハエンの様子がどうもおかしいというのは私も薄々感じてはいる。どうも身が入っていないな。ボーッとしているというか、上の空というか……」


 特にフウは受け答えをせずにカチャカチャと陶器が触れ合う音を鳴らせているが、気にせずエルデは続ける。


「悩んでいる……ようにも見えたな。フウ、何か心当たりはあるか?」

「…………」


 戻した最後の食器が静かにカチャリと音を立て、フウはエルデの方を振り向く。


「さぁ?ボクも分かんないな」

(……?)


 気のせいだろうか。

 こちらに向けてくるいつもの表情。その前、振り向く直前の見えたフウの横顔が、妙に暗く、思い悩んでいるように見えたのは。


「……そうか」


 きっと見間違いだろう。顔にかかった影の影響でそう見えただけだ。

 そう思いつつ、エルデは深く背もたれに身を預ける。


「きっとハエンも疲れてるんだよ。人間ってボクたちと違って脆いからさ」

「ふーむ……確かに。街に着いてからというものの、慌ただしい日々だったからな」


 慣れない街で慣れない仕事をしつつ、人間社会に疎い精霊二人に代わって宿を手配したり生活に必要な物を揃えたりして生活基盤を整えてくれたのだ。疲労が溜まっていて当然だろう。


「一度どこかで暇を入れたほうがいいかもしれん。いくら頑張ったところで、身体を壊しては元も子もないからな。私がなでなでして存分に労って――」


 ――と、自分が屈んだハエンの頭を撫でている姿を思い浮かべた直後、エルデは僅かに肌を刺すような気配を感じて目つきを鋭くする。それはフウも感じ取ったようだった。


「…………」

「…………」


 互いに目配せし、宿の出入口の方を見る。気配は外からしているようだ。


「……出てこいって言ってるのかな」

「ああ。従わなければ建物ごと壊されるかもしれん」

「どうする?」

「出るしかあるまい」

「了解」


 最低限のやり取りを終え、エルデとフウは扉に手を掛ける。

 外に出ると黒を基調とした目立ちにくい格好をした大男が三人。それぞれが剣や手斧といった武器を腰からぶら下げていた。


「ほほぉ……俺たちの気配に気づくとは、曲がりなりにも冒険者ってところか。おかげで余計な手間が省けたぜ」

「ボクたちに何か用?あっ、もしかして指名の依頼?いやぁそれは嬉しいんだけど、今はリーダーが不在でさ。また今度――」


 フウの言葉を遮るように男の一人が前に踏み出し、高い身長から威圧的な視線で見下ろしてくる。そしてニヤリと口元を歪ませた。


「依頼じゃねえがご指名だぜ。俺たちと一緒に来てもらおうか。……おっと妙な動きはするなよ?その綺麗な顔を腫れ物にされたくなかったらな」


 建物の影から更に数人が姿を現す。いずれも屈強な男たちばかりだ。纏っている雰囲気からは危険なものを感じる。言っていることは決して脅しではないとすぐに分かった。


「……分かった従おう」


 大通りから外れた横道の奥とはいえ、大勢のヒトの往来がすぐ近くにある街中での荒事は間違いなく面倒なことになる。そう判断したエルデは素直に首を縦に振った。



 ***



 アークフォルンの至るところに張り巡らされた脇道を、事前に決めていたであろう複雑なルートを通って連れ出された場所は街の外――フォレリア森林地帯とは街を挟んで反対側に広がっている丘陵地帯だった。

 緑の丘に囲まれた谷間で、二十人はいるであろう男たちが二人の少女を取り囲む。その中に一人、一際荒々しい気配を放っている者がいた。


「――よぉ。歓迎するぜ」


 左頬と右目に刀傷を走らせ、服の上からでも分かるほど膨れた筋肉からなる広い背中に大斧を背負ったその男は、鷹揚に腕を広げる。


「……これだけの人数に囲まれて顔色一つ変えねえとは、見た目によらずなかなか肝が据わってやがる。だが、連れてこられた理由が分からないって顔だな。オイオイ、説明もなしにレディをエスコートしたのはどいつだぁ?」


 頭領と呼ばれたその男の冗談に、この場にいる男たちが一斉に卑しい笑い声で返す。


「なぁに、別に取って食おうってわけじゃねえ。クライアントの要望でな。てめえらにはここで大人しくしていてもらいてぇのよ」

「……依頼主だと?なら、お前たちも冒険者か?」

「冒険者ぁ?そんな生ぬるい連中と一緒にされちゃ困るな」


 男は乱雑に置かれた木箱に腰掛けながら続ける。


「俺たちは傭兵団“血錆びの剣”。そんで俺がその頭を張ってるクラウロスってモンだ」

(傭兵団……金さえ積まれればどんなことでも遂行する武装集団か)


 冒険者と少し似ているが、白か黒かという点が決定的に違う。犯罪や戦争すら平気でこなすのが傭兵団である。そういった輩がいることはエルデはハエンから聞いたことがあった。


「今回のクライアントはてめえらと一緒にいた小僧にご執心でな。二人で話がしたいんだそうだ。そのためには仲間のてめえらが邪魔なんだとよ。だからこうして離れた場所までご足労願ったわけだ」

「話だと?何だそれは!貴様らの依頼主は誰だ!?」


 男――クラウロスは呆れ混じりに鼻で笑い肩をすくめる。


「オイオイ、クライアントの情報を勝手にバラす傭兵がどこにいんだよ。……だがまぁ、わざわざ傭兵団一部隊を丸ごと雇ってお仲間を引き離すくらいだ。よっぽどヒトに聞かれたくない重要な内容か、血生臭い話なんだろうよ。」

「……まさか……!しまった、ハエン……!」


 フウの口から声が漏れる。何かを知っているのか、彼女にしては珍しく動揺や不安感にまみれた声色だった。


「今頃は別動隊がクライアントのところに連れていっているはずだ。今更戻ったところでもう小僧はいねえよ。だからよぉ……あんなケツ青い小僧なんざ忘れて、俺たちと楽しく過ごそうぜ」


 クラウロスの――いや、全ての男たちの眼に粘っこいものが宿ったのをエルデは肌で感じ取った。その内の一人が先走り近寄ってくる。


「頭の言う通りだ、そう怖がらなくてもいいぜ。存分に可愛がってやるからよ」


 その手がフウの肩に触れようとした――その瞬間。


「……んぁ?」


 間抜けな声を置き去りに、男の身体が宙を舞った。


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