激昂するアスタル
「――貴様、今なんと言った?」
エーデリック家屋敷の執務室に冷ややかな、しかし色濃い怒りを孕んだ声が響く。こめかみに血管を浮かび上がらせ、相手を射殺しそうな眼光を放つアスタルの前で、カルハが頭を下げていた。
「弟君と、今一度話し合いをする場を設けるべきだと申しているのです、アスタル殿」
ぷつん、と何かが切れた音が聞こえたような気がした直後、怒声が大気を震わせる。
「ふ……ざけるな!風神剣を取り返せなかったばかりか、ハエンと話し合えだと!?貴様はこの俺を馬鹿にしているのか!?」
「…………」
「あれはこの家の当主が代々継ぐもの!最初から俺の所有物と決まっている!今更話し合うことなど何もない!いいか、もう一度言う!さっさと奴から俺の風神剣を取り返してこい!」
「アスタル殿……」
カルハは頭を上げ、ゆっくりと首を振る。
「某にはハエン殿が己の欲を満たすために風神剣を盗み出したとは思えませぬ。故に、何か別の理由があると思われます」
「我が家の宝を奪い去り、この俺とエーデリックの名に泥を塗るだけの理由があるというのか!!そんな理由があるというなら、それは何だというのだ!」
「……某にも分かりませぬ。ですから、それを聞き出すためにも話し合いの場を――」
必死に説得を試みようとするカルハの言葉はアスタルには届かず、怒声にかき消されてしまう。
「ええい黙れ!奴に何を吹き込まれたのかは知らんが、情に絆されおって!従騎士が聞いて呆れるわ!話すことなど何もないと言ってるだろう!」
「何故そこまで弟君を拒絶するのです!?実の肉親でございましょう!たった一人の、血を分けた兄弟ではありませぬか!」
――ガンッ、と怒りに任せて執務机を殴る音が響いた。
「奴と俺を同列で語るな!!」
「!?」
これまでとは様子の異なるひときわ大きくなった怒声に、思わずカルハは息を呑み込む。
気の短いアスタルが怒鳴ることは珍しくないが、ここまで声を張り上げられたのはカルハも初めてのことだった。故にどう言葉を返せばいいか分からず黙ってしまう。
――一時の静寂。
暑い部屋の壁が更に助長するそれを、アスタルは背を向けて破る。
「……貴様に期待したのが間違いだった。もういい、下がれ」
「…………」
これ以上は何を言っても無駄だろう。
そう判断したカルハは頭を下げ、踵を返す。
そして扉の方に歩き出そうとした瞬間――
「――待てカルハ。ハエンは確かに風神剣を持っていたんだな?」
アスタルに制止され、カルハは再び振り向いた。
戦いの最中にハエンが起こした風は確かに風神剣のもの。かねてよりエーデリック家に仕える身として、それだけは断言できる。
実際に手に持っていたわけではないのは引っかかるが、ハエンが所持しているという動かぬ証拠だろう。
カルハが頷くと、少しの間考える素振りを見せ、アスタルもまたこちらを振り向いた。
「ならば、貴様の氷扇を寄越せ」
「な……っ!?」
何が『ならば』なのか、何がどうなってそういう発言をするに至ったのか。全く理解できなかったカルハは凍りついたように硬直する。
いや、よしんば理解できたとしても同じ反応をしただろう。それくらい突拍子もない命令だった。
「ハエンに大人しく返す気がないのなら、力ずくで取り返すしかない。だが、いくら奴が無能とはいえ古代遺物があるとなれば少々厄介だ。負けることは無いにしろ風の機動力で逃げられかねん。だが貴様の氷扇があればその憂いも消える」
「し、しかし氷扇は某の家族であり、我が半身も同然。それを差し出すなど……」
「従騎士はその身を捧げ、主に忠誠を誓うものだろう。ならば貴様の半身だろうと家族だろうと俺のものということだ。何も問題はあるまい?」
滅茶苦茶な発言である。お前のものは俺のものということだ。
当然、カルハが取る選択肢はノーである。
「……それでも、氷扇は渡せませぬ」
「貴様に拒否権はない。これは命令だ」
「いくら主の命であっても、譲れないものはございます」
「…………」
アスタルはおもむろに壁に手を伸ばす。そこに掛けられていた黄金に煌めく一振の剣の柄を握りしめたアスタルは、その剣先をカルハに向ける。
「……貴様とは昔から反りが合わんと思っていたんだ。主に逆らえばどうなるか、その身に刻み込んでやる」
膨れる殺気。それはカルハの肌を刺し、額に冷や汗を滲ませる。
しかし気圧されることなくカルハもまた刀に手を掛ける。戸惑うことなく臨戦態勢に入れたのは、こうなるかもしれないと心のどこかでは覚悟していたからかもしれない。
二人の剣士がにらみ合う。衣擦れ音も息づかいも響かない静寂が今一度執務室内を支配する。
そして――
刃と刃がぶつかり合う、けたたましい音が大気を震わせた。




