和解
もう少し器用な生き方ができれば、長生きできただろうか。
剣術や魔法だけでなく、こういうところまで無能なのだろう。ハエンという男は。
だが、これでいい。後悔はない。
ハエンは目をつぶる。
全身が凍るのが先か、喉を貫かれるのが先か。果たしてどちらの方が苦痛が少ないのだろう。
フウとエルデは悲しんでくれるだろうか。結局もらった加護もうまく使いこなせないままだった。まだ一緒にやりたいことも沢山あった。
――ごめんな。
最後に心の中で謝罪し、来るべき運命に身を任せようとした――その瞬間。
バキン、と氷が砕け散った。
「……えっ?」
身体が自由になったと同時に喉に触れる冷たい刃の感覚も遠退き、ハエンは驚きながら目を開ける。最初に視界に入ったのは、刀を鞘に収めるカルだった。
「どうやら某が聞いていた話とは少々異なるようですな」
「……それは……どういう事だ?」
カルハは気まずそうに頬を指でかく。
「某は屋敷から風神剣を盗み出されたと聞き、主であるアスタル殿から直々に命を下され、ずっと貴方の足取りを追ってました。……恥ずかしながら、見つけるまでに一週間もかかってしまいましたが」
それもそうだろう。なにせ屋敷から直接空を飛んで来たのだから馬車のなどの主流な使用記録も残ってないだろうし、アークフォルン以外の店や宿の利用もしていない。
ルーインス街からアークフォルンまで、普通に馬車を使って街道を通っていけば一晩はかかる。その距離をどこをどう通ってきたのか、痕跡もほとんど残っていないというのに、むしろよく一週間で見つけられたものだ。
「そして風神剣を取り戻すべく、貴方に刃を向けました。欲にかられた盗人の手より一刻も早く救出し、長きに渡り同じ屋根の下で過ごしてきた家族の元に帰そうと思ったのですが……」
(あぁそうか、この人はそういう人だったな)
カルハは街では変人だと有名な人だった。
ただの道具をまるで伴侶かのように扱い、接し、語りかける男など端から見れば不気味以外の何者でもない。容姿は良いのに、街中の女性たちから残念な人扱いされる始末だ。
しかし、そんなカルハだからこそ古代遺物が盗まれたと聞いて憤怒したのだろう。身内の同類が誘拐されたような気持ちになったはずだ。
――その気持ちは、ハエンにもよく理解できた。
「……どうやら某の早計だったようです。貴方は盗人など、またしてや外道などではなかった。数々のご無礼をお許し下され、ハエン殿」
「それはいいんだけど……俺が言うのも何だが、それこそ早計なんじゃないか?俺がこれから風神剣をどうするかも分からないし、もしかしたら本当に売って金にするために持ち出したのかもしれないぞ?」
「ハッハッハ、ご冗談を。もし本当にそのつもりでしたなら、今この時にわざわざ自白などしないでしょう。それに……」
カルハはじっとハエンの眼を見て、続ける。
「人は命の危機にさらされた時、最も本性が表れる生き物です。某は貴方の真の心を見極めるために死の寸前まで追い詰めました。しかし……貴方の瞳からは最後まで強い意志が消えることはなかった。そう、風神剣を護るという揺るがない意志が。……貴方を信じる理由としては、それで充分です」
「……そうか。ありがとう」
ハエンの言葉に、カルハは微笑む。もう戦っている時のような殺気は微塵も感じられなかった。
「しかし……もしよろしければお聞かせ下され。何故貴方は風神剣を持ち出したのです?」
「あ、うーん……えっと、それは……」
ハエンは困ってしまう。
精霊の存在を無闇に拡げたくなくて黙っていたが、それに代わる言い訳も思い付かない。
(本当は精霊の事は、誰にも言わないのが正解なのかもしれないけど……)
カルハには話してもいいのではないか。
戦いが終わって緊張感が緩んだせいだろうか、ハエンはそう思い至る。
カルハは少し変わったところはあるものの、芯の通った良識のある男だ。現代における精霊の立ち位置を考えれば、その存在が広まっていいものかどうかの判断はついてくれるだろう。
(カルハだって、氷扇をずっと家族同然に大事にしてきた。それを裏切るようなことは絶対にしないだろうし……。それに、すぐそばにいるのに、そいつの事を何も知れないってのは悲しいよな……)
真に想うなら古代遺物などという呪われた姿ではなく、ありのままの姿で居てほしいと願うだろう。それがどんな業を背負った存在であったとしても。
少なくともハエンは、フウが精霊だと知って軽蔑したようなことは一度もない。
(よし……!)
返答までに長い間を開けてしまったせいか不思議そうな眼で見つめてくるカルハに、ハエンは眼を合わせる。
「実は――」
意を決してハエンが口を開いた――その瞬間。
『――やめて!!』
「!?」
頭の中に響く女性の声。驚いたハエンは続けようとした言葉を飲み込む。
そして――気がつけばハエンは森の中ではなく、暗闇の空間にいた。




