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カルハとの戦い②

 片手に扇を持ちながら刀を構えるその様は、何も知らない者が見れば奇妙に映るだろう。戦いというよりも舞を踊るかのような構えに見えるからだ。

 だが、これこそがカルハの本来の構え。氷扇(ツグハナダ)の力を操りながら戦う、彼独自のバトルスタイルである。

 その圧力を前に、ハエンは震える手を必死に押さえる。

 これは稽古ではない。正真正銘、真剣を振るう戦いだ。命の保証はない。その事実がハエンの心に恐れを生む。


(兄上になんて言われたんだ!?金儲けのために古代遺物(アーティファクト)を盗んで逃げたとでも吹き込まれたか!?仕方ないじゃないか!あれはフウが止める間もなく俺を連れて……いや、でもあいつを自由にしたのは俺だし……俺が盗んだのと同じようなもんなのか!?)


 なんと弁明すればこの状況を切り抜けられるだろうか。

 事実を話しても信じてもらえはしないだろう。仮に信じてもらえたとしてもハエンのせいで風神剣(ウィンダール)が無くなったことに変わりはない。

 返すという選択肢など最初からない。ならばやはり、ここでカルハを倒すしかない。

 ハエン一人では無理ならば、仲間の力を借りるしか――そう思って一歩後退した瞬間だった。


「はっ!」


 扇の一振に呼応し、ハエンの後ろに突如として氷の柱が突き出した。

 それらは瞬時に一つに連なり、壁となって退路を塞ぐ。


「逃がしはしませんぞ。観念なされ」

「くっ!」

(あのわずかな動きで、退こうとしたのが読まれたか!)


 カルハの観察眼に畏怖の念を抱くと共に、フウとエルデに助けを求めることができなくなりハエンは焦る。


(俺一人でカルハを倒す!?……いやいや無理だろ!)


 手加減されている状態でも防戦一方だったのだ。古代遺物(アーティファクト)まで取り出したカルハに勝てるビジョンが見えない。


(とにかく、時間を稼げば二人とも来てくれるかもしれない。それまで何とか耐えるしかない!)


 倒すという考えは捨てたハエンは、一挙一動を見逃さないようカルハを睨む。


「まだ戦う意思はあるようですな。余程風神剣(ウィンダール)を手放したくないと見える。良い買い手でも付きましたか?」

「勘違いするな!俺はあいつを売るつもりなんて毛頭ない!」

「……ほお?」


 カルハは意外そうな表情を見せたが、すぐに元に戻る。


「ならば、何故盗みを働いたのですか?」

「それは……」


 何も言えず口をつぐんだハエンにカルハは失望の色を見せる。


「まぁいいでしょう。何にせよ、風神剣(ウィンダール)は長きに渡ってエーデリック家の者と共に過ごしてきた古代遺物(アーティファクト)。いわばエーデリック家の一員。それをあるべき居場所に返すのが某の役目。……覚悟!」


 カルハが動く。

 凄まじい脚力で地を蹴り距離を詰めてくる。

 先程よりも更に速くなった動きは、目で追うことすら難しい。

 ハエンは【風神】を発動して飛び上がる。本来なら引き付けて攻撃を空振りさせて反撃したかったがそんなことを狙う余裕も技量も無く、ただ当てずっぽうのタイミングで跳んだ結果、カルハの間合いに入るよりもかなり早く跳んでしまった。


「笑止!」


 冷静にカルハは氷扇の力で作り出したつららを放つ。

 跳躍したハエンは身動きが取れず、ただ貫かれるのを待つだけの的――


 ――ではなかった。


「【風神】!」


 もう一度加護を発動し、一瞬だけ突風を吹かせたハエンはそれに押し出されるように空中移動する。つららは標的を貫くことなくはるか後方の木に刺さり、着弾点を凍りつかせた。


「何とっ!?」


 まるで空中でもう一度跳躍したかのような動きに、カルハの顔にに驚愕の表情が浮かぶ。流石に予想外だったのだろう。動きが止まり、続いての攻撃は飛んでこなかった。


 ハエンはこの一週間、冒険者としての仕事をこなしながらも二つの加護の鍛練を欠かさなかった。

 しかし未だ使いこなせているとはお世辞にも言えない状況だ。

 特に【風神】を発動し続けられる時間がかなり限られている。時間にするとせいぜい二秒程度だろう。それを越えると制御できなくなり、自分自身が吹き飛ばされてしまう危険がある。


 だが、逆に言えば一瞬だけなら問題なく吹かせられるようになった。

 フウのように空を飛ぶことはできない。だが、空を()()ことはできる。細かな操作はできなくとも風で単純なベクトルに力を加えることならできる。

 虚を突かれ隙をさらしたカルハの頭上を越えたハエンは着地間際に更にもう一度風を吹かせ、その推進力を得て突撃。その背中めがけて剣先を突き出す。

 直撃すれば相手の命を奪いかねない攻撃だが、そんなことを気にしている余裕などない。全力でいかなければこちらがやられるのだから。


 しかし、やはり流石というべきか、カルハの動きが止まっていたのは一瞬だけだった。すぐに身体を反転させ、振り向き様に刀を水平に振るう。

 ガキンと金属の音が響き、ハエンの剣が弾かれる。

 いや剣だけではない。凄まじい力でハエンは身体ごと打ち返されてしまった。


「ぐっ……!」


 木の幹に叩きつけられ、肺の中の空気が口から漏れる。衝撃でズレた目の焦点が再び戻ったと同時にカルハが氷扇で大きく一文字を描いているのが見えた。

 頭上でパキパキとひび割れるような音が鳴る。嫌な予感がしたハエンは痛む身体とふらつく頭を無理矢理動かして横に逃げると、その直後ハエンがいた場所に人の頭ほどの大きさの氷塊が落下し、地面に当たって砕け散った。


 そして――安心する間もなく、目の前に先回りをしていたカルハが現れる。

 氷扇で作り出した氷塊は当てるためでなく、思い通りにハエンを動かすためのものだったと気づいたときにはもう遅かった。


「〈瞬連斬〉」


 カルハの最も得意とする技能(スキル)が発動し、ほぼ同時に三つもの銀色の閃光が走る。

 剣と刀、その刃を構成する金属同士がぶつかり合う鋭い音が幾重にも重なる。

 そして――


 ――ハエンの剣が宙を舞った。


(しまった!)


 距離にして数メートル離れた場所に突き刺さった自分の武器を見て焦ったハエンは、慌ててそれを拾いに行こうとする。しかし、ひやりと凍てつくような感覚を感じたと共に足が動かないことに気付いて足元を見下ろした。


「こ、凍って……!」


 凍てつくような、ではない。実際に足が凍てついていたのだ。

 身体を捻って何とか足を持ち上げようとするも、氷に包まれた足はがっちりと地面に固定されて指一本すら動かすことができない。

 いつの間に凍らされていたのか、それすらハエンには分からなかった。


「風の力用いたあの変則的な動きは見事。ですが……これで勝負あり、ですな」


 喉元に刀の切っ先を突きつけられ、ハエンは青ざめながら動きを止める 。

 武器を失い、動きを封じられた。もはや誰がどう見ても勝負はついている。

 これ以上ハエンになす術はなかった。


「……さて、それでは問うとしましょう。風神剣(ウィンダール)を返していただけますかな?」

「…………」


 ハエンが答えないでいると、刀が更に喉の近くまで突きつけられる。血が出ない程度に切っ先が食い込んでいた。


「よもや黙秘がまかり通るとが思っていないでしょうな?このまま黙り続けるならば我が刃が喉を貫くか、あるいは……」


 カルハの言葉を聞き、ハエンは気づく。さっきまで足首までにしかなかった冷たい感覚がふくらはぎの辺りまで上がって来ていることに。

 喉が切れないよう恐る恐る目線を下に向けると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 まるで氷が足から這い上がってくるかのように、少しずつ自分の身体が凍りついていたのだ。


氷扇(ツグハナダ)の氷に包まれ、永劫溶けぬ氷像と成り果てましょう。どちらにせよ、黙っていては貴方に待ち受けるのは死あるのみ。もう一度言いましょう。風神剣(ウィンダール)を返していただけますかな?」


 この身を這い上がる氷よりも更に冷たい何かが背筋を撫でる。

 唾を飲み込んだわずかな喉の動きによって食い込んでいた刀の切っ先が皮膚を裂き、血の雫を垂れさせる。それを痛いと思わないほどハエンは別の感覚に支配されかけていた。


 怖い。恐ろしい。殺される。逃げたい。逃げられない。


 下半身まで既に凍りついた。みるみる気温が下がっていき、吐く息が白くなる。

 全てを話してしまおうか。必死に説明すれば信じてもらえれるかもしれない。

 そしてフウを差し出してしまえば命だけは助かるかもしれない。そう考えた瞬間――


『人間とか精霊とか、そんなのはどうでもいい。ボクはキミがいてくれて本当によかった。そう思ってるよ』


 屋敷を抜けたあの日、フウが浮かべた笑顔が脳裏をよぎり、ハエンは拳を握りしめる。

 そして自分自身を深く恥じた。

 ――何てことを考えてしまったんだ、と。


「……馬鹿だな俺は」


 自分自身以外には聞こえないような小声でそう呟き、ハエンは真っ直ぐカルハを見る。

 もう胸の辺りまで氷が上がってきている。

 首から下は指一本すら動かすことすら叶わない。

 次の一言でハエンの命運は決するだろう。

 しかし、もう恐れはなかった。


 ――何の取り柄も無い自分にいつも笑顔を向けてくれる大切な親友だけは、絶対に裏切りたくない。


「断る!あいつは絶対に……絶対に渡すもんか!」


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