カルハとの戦い
「随分と大きくなられましたな。最後に会った時は……ふむ、たしかまだこのくらいの身長でしたのに」
ゆっくりと近寄りながら自分の腰の高さで手を水平に広げるカルハに、ハエンは半目を向ける。
「いや、流石にそんなに小さくなかったと思うんだが……」
「おっとこれは失敬。こうして顔を合わせるのはおよそ五年ぶりですからな、多少の記憶違いはござりましょうぞ」
カルハは高らかに笑う。
「しかし入り口近くとはいえ、魔物も徘徊するような森の中で一人とは、一体何をされておるのですかな?」
「少し用事があってな。そっちこそどうしてこんなところに?まさか偶然……ってことはないよな?」
普段通りの態度を装いながらハエンは自身の中で警戒レベルを上げる。
カルハはエーデリック家の従騎士。主の命令なくして領地の外を出歩いたりはしないはずだ。
そんなカルハがハエンの前に現れたのだ。しかも刀を携えた状態で。どうにも嫌な予感がする。
「…………覚えておられますか?貴方が幼い頃、何度か剣の指南をしたことがございましたな」
質問を無視して別の話を始めたカルハに怪訝な色を浮かべながらも、ハエンは答える。
「覚えてるよ。まるで歯が立たなくて何度も泣きべそかいてたな」
「はっはっは、そうでしたな。確かに貴方はアスタル殿と比べて才能に劣っていたかもしれませぬ。街の者も彼の才を称え、貴方を蔑ろにしていた。しかし、それでもひたむきに努力しようとする貴方の姿に私は心打たれたものです」
顔を上に向け、カルハは遠い場所を眺めるような目をすると、少しの間を空けてから再びハエンに目を向ける。
そして腰の刀に手を触れ、目を鋭くしながらこう言った。
「――嘆かわしい。そんな貴方がこんな外道へ堕ちてしまうとは……!」
一気に膨れ上がる殺気にも似た威圧感。それまでの穏やかな表情は微塵も無くなった。
思わずハエンは身構える。身体が重くなり、冷や汗が溢れだす。気を抜いたら意識を持っていかれてしまいそうだった。
「どうしてこんなところに、と仰いましたな。その質問にお答え致しましょう」
金属が擦れる音がして、鞘から刀が抜かれる。
白銀の刀身が露になった。
「伯爵家の次男という身でありながら自身の家を裏切り、私利私欲のために古代遺物を持ち去り逃亡した逆賊に……その罪を贖わせるためにございますよ」
「……っ!」
確かに古代遺物だったフウを――どちらかというとこっちが連れられた気がするが――連れ去ったのはハエンだ。
だが、ハエンを追放したのはアスタルである。裏切りなどしていないし、私利私欲のためにフウを持ち去ったわけでもない。
「今すぐ古代遺物を返すのなら、某も刃を収めましょう。二度とエーデリックの名を名乗らないと約束し、何処へなりとも行くがよろしいでしょう。ですが、もし返す気が無いというなら……」
刀身が妖しく輝く。その刀は古代遺物ではないはずだが、意思を持ってハエンを威圧しているようだった。
「…………」
ハエンは困る。
もはや“風神剣ウィンダール”という古代遺物はこの世に存在しない。いるのはかつてそれだったフウという精霊だ。返せと言われてもできないし、彼女は帰ることを拒絶するだろう。
当然ハエンも大切な親友と離れたくない。
最初から返すという選択肢は存在しない。
ならば、何と言えばカルハは納得するだろうか。
(カルハは話せば分かる男だ。ここは本当のことを話して……いや、いやいや待て)
そう。精霊について話すというならば、重大な問題が一つ。
古代遺物は実は今では忘れ去られた精霊という種族のなれの果てであり、それをハエンが元に戻した。
それはハエンにとっては事実であり真実だ。
だが――
(――こんな話、誰が信じるっていうんだよ!)
ハエンはカルハの方をチラリと見る。「返す」という返答以外は問答無用で切り伏せてきそうな形相をしている剣士を見て、額から冷や汗が流れる。
こんな突拍子もない話を、今にも切りかかってきそうな相手が信じてくれるはずがない。それどころか下手な言い訳にしか聞こえないだろう。喋ったところで神経を逆撫でしてしまいそうだ。
真実だと訴えたところで証拠も何もない。精霊の見た目が人間とそっくりなのも裏目に出ている。
フウやエルデのことを考えるならば下手な話はできず、仮に話したところで信じてくれる可能性は限りなく低い。
ならばどう答えればいいというのか。
冷や汗を流しながらハエンが固まっていると、痺れを切らしたカルハの目が細くなった。
「……仕方あるまい。ならば力ずくで取り戻すまで!」
「あ、ちょっ……!?」
カルハは刀を構える。それは、もはや問答無用という証でもあった。
(くそっ!もうやるしかない!)
ハエンもまた剣を抜く。
それを待っていたかのようにカルハが一歩踏み出したかと思えば、すさまじい速度で距離を詰めてきた。
(速……っ!)
ハエンは咄嗟に剣を水平に構える。そこにカルハの刀がぶつかり、ガキンと硬い音を立てた。
カルハは剣術の天才であるアスタルにも迫る実力者。冒険者の階級で例えるならば、英雄とも表される五星級にも匹敵すると言われている。
そんな男の初撃を防げたのはハエンが動きを見切ったからではない。剣が構えている場所に刀を振り降ろされたのだ。その後に二撃、三撃と加えられる斬撃の全てがハエン本体でなく、剣に向けられている。
(俺を斬るためじゃなくて、武器を弾いて無力化するための攻撃か!しかも、あからさまに手加減されてるな)
そうでなければハエンなどものの数分で斬り伏せられてしまうだろう。加えて、勢い余って相手を斬りつけてしまわないような絶妙な力加減もされている。斬撃を何とか受け止められているのはそのためだ。
(全力じゃないはずなのに……なんて重い攻撃なんだ!このままじゃ……!)
防戦一方な展開となり、剣を握る腕が徐々に痺れてくる。
状況を打破するに攻撃に転じたいが、下手に剣を振るおうものならその勢いを利用され、逆に弾かれるかもしれない。
それを避けたかったハエンは〈風神〉発動させた。
ハエンを中心に爆発的な旋風が巻き起こる。
「むお!?」
強烈な風がカルハの身体を押し返し、わずかに体勢を崩させる。その隙にハエンは水平に剣を振るが、後ろに下がられたことで空振りに終わった。
「この風……やはり風神剣は貴方の手にあるということですか。しかし、その手のある剣はただの剣でありましょう。一体どこに隠し持っておられるのですかな?」
「…………」
「……答える気はありませぬか。しかし古代遺物の力があるとなれば少々厄介。こちらも少しばかり本気を出すと致しましょう」
カルハは懐に手を突っ込み、何かを取り出す。
(あれは……!)
一見、戦いとは無関係に見える雪のように白い扇。
だがハエンは知っている。
それはカルハが肌身離さず持ち歩き、周囲の目も気にせず“家族”と称するほど大事にしているものである事を。
そしてそれが、人智を越えた力を持つ古代遺物である事を。
「ゆくぞ氷扇。お主の力を貸してくれ」
カルハが扇――“氷扇ツグハナダ”を開いた瞬間、身震いするほどの冷気が辺りを包み込んだ。




