カルハとの遭遇
翌日の昼。
フォレリア森林地帯に少し足を踏み入れた場所にやってきていたフウは、地面に生えている草を摘み取る。
瑞々しい緑色に輝くそれは“ヒールリーフ”というエルイア王国で広く流通している薬草で、世界各地に群生地がある馴染み深い植物だ。フウも三千年前に目にする機会は多かった。
今日の依頼はこのヒールリーフを集めること。常に一定の需要があるため、定期的に依頼として貼り出されると冒険者協会の受付嬢が言っていた。一星級が受けられる依頼としては報酬も高めだ。
「よい……しょっと」
摘み取った薬草を袋に詰め込んだフウは立ち上がる。そこに別の場所で採集していたエルデが合流した。
「フウ、順調か?」
「こっちは結構集まったよ」
フウが膨らんだ袋を見せると、エルデも同じくらいに中身が詰まった袋を見せる。
「ふむ、このくらいあれば充分だろう。後はこれを協会に届けるだけだな」
「やっと終わりか。あー疲れた。退屈だし疲れるし汚れるし、もうしばらくはこんな依頼やりたくないよ」
「私はなかなか楽しかったぞ。地面を掘り返すと広がる土のにおい、草の青臭さ、そこにほんのり混ざる花の香りを嗅ぎながら土をいじるのも悪くないものだ」
「それに」とエルデは続けながら、どこからともなく黒い塊を取り出す。片手では収まりきらないほどの大きなそれは、よく見なくとも何の変哲もない岩だと分かった。
「土の中から大きな岩が出てくると、お宝を発掘した気分になって気分が上がらないか?」
「え……うーん、ちょっとボクには分かんないかなぁ……」
「なんと!なかなか掘り出せない岩が引っこ抜けた時のあの微妙な高揚感が理解できないのか!?」
「それが分かるの、きっとキミだけじゃないかな……」
「そ、そうなのか。てっきり万人共通の感性だと……」
エルデは軽くショックを受けた様子を見せながら岩を適当な場所に放り投げる。
流石に本当に岩がお宝だとは思ってないようだ。あくまで気分の問題ということだろう。
「ところで、ハエンはまだ練習してるの?」
「そのようだ。まだまだ苦戦しているようだがな」
「なら薬草も集まったことだし、様子を見てこようかな」
「待て、私も行く!」
ハエンがいる場所はちょうどエルデがやってきた方向の先だ。
鼻唄を歌いながら歩き出したフウの後にエルデが続く。
「……それにしても風が冷たいな。さっきまでこんなに肌寒かったか?」
「確かに妙に寒いね。今日は過ごしやすい陽気だと思ったんだけどな……。きっとハエンも寒がってるだろうから、早く戻って暖めてあげなきゃ。人間って寒いとすぐ風邪引いちゃうからね」
「暖めるって……どうやって?」
「それはもちろん、こうやってぎゅーってするんだよ」
両腕を広げ、虚空を抱き締める動作をするフウをエルデは半目で見る。
「……お前の言っていることはどこまで本気か分からんな」
「ボクはいつだって本気だよ。暖まるには人肌に触れるのが一番なんだから」
「ふむ、一理ある。もしお前が本気でぎゅっとするというなら、私も混ぜろ」
「えー!」
「えー、じゃない!私だって加護を渡した身なんだからな!独り占めは許さんぞ!」
***
――およそ十数分前。
空を覆う枝葉の隙間から差し込む光に照らされながら、ハエンは集中する。
「…………力みすぎず、緩めすぎず、川の流れのように自然に……」
エルデから聞いた言葉を復唱しながら、自分の身体を通して大地に力を流し込むイメージを浮かべる。
「……ハァ!」
ハエンは地面に手を押し付け、イメージ通りに力を解放する。
すると地面が脈動したような感覚が身体に伝わり、眼前の地面が小さく隆起した。
「よし!せいこ……ブッ!!」
しかし予想を遥かに越えるスピードで伸び上がった隆起がそのままハエンの顔面に直撃する。端から見れば、まるで地面から伸びてきた拳に殴られたように見えただろう。
ハエンは後ろに倒れ込み、隆起は静かに元に戻る。
「くそ!なかなかうまくいかないな……」
赤くなった鼻を押さえながら起き上がったハエンは一度手を離して鼻血が出ていないことを確認し、溜め息をつく。
「せっかくあいつらに依頼を任せてまで練習してるのに、こんなんじゃ時間も無駄だぞ……」
現在、ハエンには二つの精霊の加護が宿っている。
一つはフウから与えられた風を操る力――【風神】
そしてもう一つはエルデから与えられた力――】大地の支配者】
【大地の支配者】は一時的に大地を操作する力だ。
操ると言っても、今のハエンではせいぜい拳大程度の太さの隆起を作るのが精一杯なのだが、それでも未だにうまくコントロールができていない。実践で使うにはまだ厳しいだろう。
「やっぱ二つの力を一気に使えるようにするのは難しそうだな。エルデには悪いけど、まずはフウの力に慣れていくか」
まだ鼻をヒリヒリさせながら立ち上がったハエンは気持ちを切り替え、今度は別の力の流れをイメージする。
「慣れないうちは一気に吹かせようとするとコントロールが効かなくなるってフウが言ってたっけ。だから少しずつ……少しずつ……」
深く息を吸い、長く吐き出しながら【風神】を発動する。
無風だった場にそよ風が吹き、徐々に強く激しくなってハエンの髪を揺らす。それを集束させ、足元から吹き上がる上昇気流となってハエンの身体を浮かび上がらせた。
(よし!浮かび上がるくらいなら何とかできるようになったな。このまま俺の回りだけ流れを斜めに傾ければ……)
目標は正面十メートルほど離れた場所に立つ木の下。そこに向かって風の力で跳んでいくために、ハエンは再び【風神】で風の流れを制御しようとする。
しかし――
「――うおわ!?」
突如流れが乱れて制御不能になり、予想より遥かに強烈な風がハエンを押し出す。視界がぐるんと回り、身体が弾き出された。
それでも目標としていた木には遥か届かず、ひっくり返った状態で地面に落下した。
「ぐっ!?あ痛ててて……!」
ハエンは顔を歪ませる。
そこまで高く浮遊していなかったおかげで身体的なダメージは少ないが、それよりも失敗したことが悔しい。
悔しいが――楽しい。
ハエンは剣術も魔法も扱えない無能と屋敷の者たちから蔑まされてきた。技能も使える場面が限られる〈精霊回帰〉のみ。それも鍛練の末に会得したものではなく、生まれつき持っていた特異技能だ。
そんな持たざる者だった自分が初めて使えるようになった力を、どうすればうまく扱えるのか試行錯誤できるのが嬉しい。
そして何より、これはフウとエルデから贈られた大切なものだ。
加護を与えるということが精霊にとってどういう意味を含んでいるのかは分からない。
だが、これだけは分かる。
この力は二人の信頼の証だ。
その想いに応えていきたい。そのためにも休んではいられない。
「加護を持続させようとすると制御が効かなくなるな……。こればかりはフウもエルデも慣れだって言ってたけど……やっぱひたすら訓練するしかないか」
身体を起こし、あーでもないこーでもないとハエンが次の訓練プランを考えていると、ガサッと何かが擦れる音がして思考の渦の中から現実に意識を引き戻される。
「二人とも、薬草は集まったか――」
フウとエルデが戻ってきたと思い込んでいたハエンは振り向き――そして固まった。
「――久方ぶりですな、ハエン殿」
深い青色の長い髪を垂れ下げた、整った顔立ちの男性。
その男にハエンは見覚えがあった。
「……カルハ……?」
その男はエーデリック家に仕える従騎士――カルハ・カムイズミその人だった。




