冒険都市
エルイア王国南東部に位置する都市――アークフォルン。
魔物から住民を守るための王国都市共通構造として外側が城壁で囲まれたこの街は、中央部に建てられた巨大な時計塔と一体化した冒険者協会がシンボルであり、多くの冒険者が募ることから“冒険都市”とも呼ばれている。
屋敷から追放された激動の一日が過ぎ、フォレリア森林地帯を抜けてたどり着いたこの街で、ハエン一行がまず最初に行ったのは“冒険者”になることだった。
屋敷から持ち出した金は多少持ってはいるが、収入が何もなければ当然底をついてしまう。何をするにしてもまずは生活基盤を整えなければならない。冒険者となったのはそのための手段だ。
冒険者とは依頼主から依頼を受け、その対価として報酬を受け取る職業だ。その依頼とは魔物退治が主ではあるが、時には希少素材の採取、要人の護衛、賊の制圧など幅広い。
それらを受けるかどうかは冒険者の裁量であり、特にノルマもないため最も自由な職業と言っても過言ではないが、それ故に完全な実力主義で命の保証もない。
自由と言ってもその実、何が起ころうと全てが自己責任の厳しい世界だ。
少し前のハエンであれば、冒険者になるという考えは持たなかっただろう。
しかしフウやエルデという仲間を得て、精霊の加護という力も得た今ならば危険な冒険者職もやっていける。ハエンはそう判断したのだ。
それに加えてもう一つ、ハエンが冒険者を選んだ理由がある。
実力主義である冒険者には家柄も経歴もコネも関係ないのだ。
屋敷から追放され、家も姓も貴族という階級も全て失ったハエンにとってはそれが好都合だった。
もちろん、それで食っていけるかどうかはまた別の話だが。
そういう訳でハエンとフウ、そしてエルデの三人が冒険者となり、アークフォルンに住まうようになってから早一週間の時が流れた――。
***
冒険者協会から出てきたハエンとフウ、エルデの三人は人の往来がまばらになった夕焼けの大通り――から少し外れた横道に進む。
その胸には冒険者となった証であるプレートが付けられていた。そこには星のマークが浮き彫りされており、その数で冒険者としてのランクが一目で分かるようになっている。
一星
二星
三星
四星
五星
六星
ハエンのプレートには星が一つ。つまり――冒険者となったばかりで当然ではあるが――彼が最も下のランクである一星級であることを表していた。
「……はぁ」
ハエンは歩きながら溜め息をつく。
「そんな溜め息ばかりついてちゃ幸せが逃げちゃうよ?」
隣を歩いていたフウはハエンの顔を覗き込む。
「……暗い顔をするのも分かるぞ。街中の失せ物探しによろず屋の倉庫整理、依頼主の家の庭の草むしりに酒場にたむろする酔っぱらいどもの喧嘩の仲裁……冒険者となったものの、受けた依頼は有り体に言えば雑用ばかりだからな」
表情の変化に乏しいエルデはがっくりと項垂れることでくたびれた様子を表現する。
「仕方ないことなんだけどな。やりがいのある依頼も割りの良い依頼も大抵は一定以上のランクを指定してる。俺たちは一星のド新人なんだから、受けられる依頼は限られてるんだ」
ハエンは手に持っていた革袋に視線を落とす。中に入っているのは今日の報酬として受け取った銀貨だ。決して大きい金額ではないが、稼げるだけマシというものだろう。
「……俺たちには金がない。とにもかくにもその問題を解決するために、雑用でも何でもやっていかないとな。……そういえばエルデ、あのよろず屋の店主、お前のことえらく褒めてたぞ」
「む、そうなのか?」
「『ちっこい身体だけど力持ちだし、真面目で素直で指示をよく聞いてくれる。こんな面白くもない仕事をあそこまでしっかりやってくれる冒険者は珍しい。最初は子供を寄越されたと落胆したが、良い意味で期待を裏切られた』ってな。俺から見てもエルデは頑張ってたと思うぞ。ありがとな」
「そ、そうか。私はただ言われた通りに動いていただけなのだが……」
照れくさそうに頬を掻くエルデの頭をハエンは撫でる。
そんなハエンの肩を叩いたのはフウだった。
「ねぇねぇ、ボクは?ボクのことは褒めてくれないの?」
「お前もよくやってくれたよ。お前が嫌いそうな地味な作業ばっかりだったから途中でぶーぶー言い出すんじゃないかって思ってたけど、意外とちゃんと仕事できるんだなって感心した」
「うんうん。……うん?あれ?これって褒められてるかな……」
フウは訝しげに首をかしげる。
「でも酒場のあれはやりすぎだ!酔っぱらいの喧嘩を止めるためとはいえ、いきなり両者ともぶっとばすんじゃねえ!」
「だってそれが一番手っ取り早かったんだもん。酔っぱらいに何言ったってどうせ聞きやしないんだから、喧嘩両成敗だよ」
「だからってあんなところで突風吹かせるんじゃねえよ!」
街にある酒場から貼り出された突発的な依頼――その内容は酔っぱらい同士の喧嘩を止めてほしいというものだったが、現場に着いたフウは状況を把握するや否や、室内ではあり得ないような突風を吹かせた。
酔っぱらいの二人は吹き飛ばされて気絶。結果として喧嘩は確かに止められたのだが、成人男性二人を飛ばせるほどの風が酒場という様々な物で溢れ帰っている場所で巻き起こればどうなるか――想像するのは難しくないだろう。
あまりに突然かつ不可思議な出来事すぎてフウの仕業だと気づいた者はおらず、酔っぱらいに落とされた天罰だということでその場は片付いたのは幸いだったが――
「原因が俺たちにあるってバレなかったからいいものの、下手したらとんでもない額の賠償金を払わされてたぞ!」
「大丈夫だって。ボクだってちゃんとバレないように気をつけてやってたんだから」
「ああいう時はせめて周囲を巻き込まないやり方にしてくれ!心臓に悪い」
「ハイハイ、分かったよ。人間社会ってのは決め事や気を付けることが多くて大変だねぇ」
小さな口で欠伸をかきながらそう言うフウに、ハエンはため息混じりで返す。
「人間ってのはそうしないと生きていけないんだ。そうやって社会のバランスを保ってるんだよ。……そういえば、精霊の暮らしってのはどんな感じだったんだ?やっぱり人間と似たようなもんか?」
「そうだなぁ……人間みたいに集団で暮らす人はあまりいなかったね。みんなそれぞれ好きな場所で好きなように生きてたよ」
「うむ、そもそもの個体数が少なかったからな。村や町といった集落を作れるほどの人数が集まらないのだ。中には人間と共に暮らす者もいたが……私は主に洞窟の中を根城にしていたな」
「ボクはいろんな所飛び回ってて、一ヶ所に留まる事は少なかったよ。寝る場所とかも気分で適当に決めてたしね。空き家だと思って入り込んで寝てたら家主が戻ってきちゃって、泥棒だと間違われたこともあったなー」
「なんて迷惑な奴なんだ……」
そんな話をしているうちに日は沈み、街灯の中にはめ込まれた“光石”が光度の減少に反応して光を発する。通りから外れた横道なためか道の広さに対して光石の数が少なく、半端に照らされたせいで不気味さが増していた。
そんな道を更に進んだ先に古めいた建物があった。
建物の名前は“はるかぜ亭”。
アークフォルンで暮らし始めたハエンたちが部屋を借りている宿屋である。




