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焦燥のアスタル

 エーデリック家の屋敷の執務室は常に静寂が保たれている。

 それは当主が執務に集中できるよう、環境音がなるべく入らない作りになっているためだ。同時に来客との会話内容が外部に漏れないようにするためでもある。

 呼ばれない限り使用人すら立ち入ることを許されないこの部屋に、今は二人の人間の姿があった。

 執事長のバレル。そして現当主のアスタル・エーデリックである。


「………」


 かすかな衣擦れの音すら耳に届くような静寂の中、バレルは真っ青な顔で立っている。

 滝のようにかいた冷や汗は拭いたそばからすぐにじみ出し、もはや拭うことを諦めていた。見苦しくはあるが、主の前で何度も何度も顔を拭く姿もまた見苦しいという判断からだろう。

 背筋伸ばして立っているものの、それは使用人としての体勢というより、恐怖心から身体が硬直しているにすぎない。

 そんなバレルの姿を、アスタルは執務机の向こう側から鬼のような形相で睨み付けていた。


「……どういう事だ」

「は、はい?」


 小さな声で呟かれたアスタルの言葉はバレルの耳に届いていなかったようで、バレルは怯えつつもう一度聞き返す。


風神剣(ウィンダール)が消えたというのはどういう事だ!バレル!!」


 怒号と共に両手が机に叩きつけられる。執事としての姿勢が崩れるほど激しくバレルの肩がはね上がり、直後に慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ございません!」

「謝罪など聞いていない!俺が留守にしている間、何故我が家の古代遺跡(アーティファクト)が消えたんだと聞いているんだ!」


 立ち上がり、椅子を蹴り飛ばして横転させてもなおアスタルの怒りは収まらない。


「あれはエーデリック家を象徴する剣!かつて我が先祖が王より賜った由緒正しい古代遺物(アーティファクト)だぞ!?そこいらに転がっている有象無象の古びたガラクタとは訳が違うのだ!それを失っただと!?詳しく説明しろ!」

「は、はい!昨日の朝、アスタル様がお出掛けになられた後、メイドの一人が封印室の扉が解かれて空いているのを目撃しまして……不審に思い勝手ながら調べさせていただいたところ、安置されているはずの風神剣(ウィンダール)が忽然と姿を消してしまっていたのです」


 アスタルの目が鋭さを増し、バレルは更に顔色が青くなる。


「ま、窓が空いていたことから、何者かが扉の封印を解いて古代遺跡(アーティファクト)を奪い、窓から逃走したと思われます……。し、しかし他に荒らされた形跡はなく、屋敷内にある他の財産は全て無事でございました!」

「他の財産などどうでもいい!!」


 部屋全体が震えるほどの怒声にバレルの身体が縮こまる。それから呪文のように「申し訳ありません」と繰り返し、頭を下げ続けた。

 それでも怒りが収まらず、アスタルは目の前の役立たずの後頭部を切りつけてやろうと机に置いていた剣に手を掛けようとして、止まる。


(待て、扉の封印が解かれていただと?)


 ふと冷静になったアスタルは頭を下げっぱなしのバレルに近寄り、指で顔を上げるように指示をする。


「バレル、扉の封印は()()()()()()んだな?」

「は、はい、左様でございます」

「破られていたのではなく?」

「……アスタル様もご存知の通り、無理に破かれていたのであれば魔法陣にどこか必ず綻びや欠損が生じます。我々が調べたところ……そのような形跡はございませんでした」

「…………」


 風神剣(ウィンダール)はエーデリック家を継ぐものにしか振るうことを許されない古代遺跡(アーティファクト)。故に、封印室を封じる術を解く方法はエーデリックの血をひく者にしか伝えられない。

 風神剣(ウィンダール)が無くなったのは昨日、ハエンとの茶番じみた試合を終え、アスタルが屋敷を留守にしている間。それはまず間違いない。二日前までは部屋に風神剣(ウィンダール)があったのをこの目で見ている。


 ――とすれば自ずと犯人は絞られてくる。

 間違いない。

 昨日まで屋敷にいた者で、エーデリック家に名を連ね、封印室に自由に出入りできるのはアスタル以外にただ一人しかいない。


「――ハエン……あの無能が!追放されてもなお我が家名に泥を塗るか!」


 この場にいない相手に向かって拳を振り上げたアスタルは、今一度冷静になって烈火のような感情を飲み下す。


(……窓から逃走したと言ったか?ということは窓の封印も解かれた……?あれは亡者の賢者(リッチデイモス)の魔法すら跳ね返す術式のはずだぞ!?それをハエンが……?)


 風神剣(ウィンダール)の力を使ったとしても不可能だ。だが、状況を考えるとハエンの犯行以外には考えにくい。

 何らかの手段で魔法を無力化したか、虐げられた腹いせに協力者を雇ったか、あるいは別の古代遺物(アーティファクト)を使ったか――可能性はいくつか考えられる。誰かにそそのかされてハエンが協力したのかもしれない。


(いずれにせよ、まずは奴を捕らえて吐かせる必要があるか……)


 眉間にシワを寄せて黙るアスタルの姿が怒りが収まらない様子に見えたのだろう、バレルは更に焦りながら口を開く。


「す、すぐに騎士団に連絡いたします!」

「……!?待て!やめろ!」


 怒りよりも焦りの色濃くアスタルはバレルを制止する。


「騎士団などに連絡すれば間違いなく王の耳にも届く!王より下賜された品を盗まれたなどと知られれば、我が家の信用はガタ落ちだ!エーデリックの名に傷がつくどころか地に落ちかねん!他の貴族どもにつけ入られる隙を作ることになる!俺を世間の笑い者にするつもりか愚か者が!」

「はっ!も、申し訳ございません!そこまで考えが及ばず……」

「貴様の謝罪はいい加減聞き飽きたわ!頭を下げている暇があったら、今すぐハエンの行方を調べろ!それ以外に余計なことは一切するなよ!いいな!?」


 出ていけ、とアスタルが手で大きく払う動作をすると、バレルは動揺が表にあらわれたぎこちない一礼をして、逃げるように部屋を後にした。


「……クソッ!!」


 アスタルは壁を殴る。剣術で鍛えられた肉体から繰り出された拳は、防音のために厚く作られた執務室の壁を貫かんばかりの威力だった。


(いかに奴が無能とはいえ、風神剣(ウィンダール)を持っているとなれば面倒だ。こちらも古代遺跡(アーティファクト)持ちをぶつけるのが確実か……)


 内部的に処理してしまいたいため、騎士団や冒険者には頼れない。

 古代遺跡(アーティファクト)を持ち、かつ情報を漏らさない信用のおける者――そんな人物に一人、アスタルは心当たりがあった。


「必ず風神剣(ウィンダール)は取り戻す!どんな手を使ってでもな!この俺を怒らせた事を後悔させてやるぞ、ハエン!」



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