二人目の精霊②
――数分後。
「なるほど、状況は把握した!まさか民間人に助けられるなんてなぁ!騎士として情けねえったらありゃしねえな!だっははははは!ぐっ、あいてて……」
目を覚ました騎士の男は現在の状況についてハエンから説明を受けるなり豪快に笑い、途中で顔を歪めて胸を押さえる。
「大人しくしてないと駄目だって!治癒魔法薬を飲ませただけで、まともに治療もしてないんだから!」
「つつつ……あぁ、スマン。ここで死ぬつもりでいたってのに、何の因果か生き残れちまったことが愉快でたまらなくてな」
苦痛に歯を食い縛りながらも男は笑みを浮かべる。
「助けてくれて感謝するぜ。俺はジェード・ラインフォール。王国正騎士団、第一部隊隊長なんてもんをやらせてもらってる。よろしくな」
「俺は――」
ハエンは自分のフルネームを口にしようとして、一瞬動きを止める。
エルイア王国において姓は高貴な身分の証明であり、ただの平民が姓を名乗ることは許されない。
今やハエンはエーデリック家を追放された身だ。もうその姓を名乗ることは許されないだろう。
「――俺はハエン。それと、こっちにいるのがフウとエルデラント」
ハエンが少女たちの代わりにそれぞれの名前を紹介する。フウは軽く手を振る程度の挨拶だったが、エルデは神妙な面持ちでジェードに近づいた。
「……傷は大丈夫だろうか?」
「ん?ははっ、何だ嬢ちゃん心配してくれてんのか?だがそれには及ばねえ。この程度の傷なんざ慣れたもんだ。それにそいつが飲ませてくれた治癒魔法薬も効いてるしな」
「そうか、それはよかった。……その、済まなかった」
「……何で嬢ちゃんが謝るんだ?」
ジェードは首を傾げる。気絶していた彼はエルデが自分に怪我を負わせた魔族だということ知らないのだから、当然の反応だろう。
「それはそれは壮絶な戦いだったからね。あまりそっちを気に掛けてる余裕がなくて、巻き込まれない場所にぶん投げちゃったのを気にしてるんだよね、エルデは」
そこにすかさずフウのフォローが入る。
真実を伝えれば面倒なことになるのは分かりきっている。誤魔化してしまうのが最善手だろう。多少の罪悪感はあるが仕方ない。元はと言えば悪いのはエルデではなく、彼女を追い込む要因を作った在りし日の人間なのだから。
その意図を読み取ったのか、エルデは「あ、あぁ」と歯切れの悪い返事を返す。
「なぁんだそんなことか。何も気にする必要はねえよ。むしろそれがなきゃ気絶したまま死んでたかもしれねえし、感謝こそすれ怒る理由なんてねえ。だからそんな顔しねえで笑え。子供ってのは笑ってなんぼだからな。だっはははは!……いっつつ……!」
(この人、大丈夫なのか……?)
再び豪快に笑って懲りずに痛みに顔を歪ませる目の前の男にハエンは不安感を抱くが、同時に騎士という堅苦しいイメージを覆す気さくな態度に親しみやすさも覚えられた。
「にしても、よくよく見れば嬢ちゃん一人と少年が二人……。それでよく魔族をやれたもんだ。ちょいと信じ難ぇな」
どうやらフウを少年と勘違いしているようだが、当のフウ本人が特に気にしていない様子なので何も言わないでおくことにする。
「信じ難ぇが……信じるしかねえ。このまっ平らになった光景と消えた魔族、そして俺が生きてることが何よりの証拠だ。となると……お前らが何者かどうかが気になってくるな。その人数で魔族を倒せるなんて普通じゃねえ。英雄として国から担ぎ込まれてもいいくらいだ。騎士団では見ねえ顔だし、見たところ冒険者でもなさそうだが……」
ジェードの目が鋭くなる。
相手を見定めようとするこの表情は、騎士としての彼の顔なのだろう。もっとも、それはほんの一瞬の間だったが。
「ま、何でもいいか。どう見たって悪い奴らには見えねえしな」
「は、はぁ……。俺が言うのもなんだけど、そんな軽くていいのか……?」
「これでも人を見る目には自信があるんだ。どうだ?そっちさえよければ騎士になってみねえか?」
それは家を失い、先立つものも無いハエンにとっては魅力的な提案だった。
騎士団は国王直下の治安維持組織であるため、安定した収入は約束されている。だが、構成員のほとんどが貴族出身であるため、実力の他に家柄も重視される傾向にある。
それは今のハエンには難しい問題で、普通に入団したとしても厳しい環境に立たされるだろう。だが、現役の騎士隊長の推薦となれば話は違ってくるかもしれない。
ハエンはジェードの目を見る。冗談を言っている訳でもなさそうだ。望むなら本当に騎士にさせてやるという思いが感じられる。
これは今後の人生を左右する重要な選択だ。だからこそすぐに答えを出せない。
「んー……ボクは遠慮しとこうかなー」
そうして頭を悩ませているハエンより先に断ったのはフウだった。
「騎士団って規則とか決まり事とか多そうだし、そういうの苦手なんだよね。秩序を重んじる騎士なんてボクの柄じゃないよ」
「そうだな。私も遠慮させてもらおう。騎士は騎士で立派な務めだと思うのだが、私はもっと自由を堪能していたいのでな」
エルデも続いて提案を断る。ハエンのように悩む間もなかった。最初からその気などさらさら無かったようだ。
ハエンは二人を見て騎士となった二人を想像し――小さく首を振る。想像の中で騎士然とした真新しい鎧を身につける二人の姿に、驚くほど違和感を覚えたからだ。
それはハエン自身もまた然りである。
(……確かに、騎士なんて俺には務まりそうにないよな)
「俺も……とてもありがたい話なんだけど……」
「そうか、残念だがまぁ仕方ねえわな。そっちの……えっと、フウだったか?が言う通り騎士ってのは堅苦しいし、忙しいし休みも少ねえし命の保証はねえし……ったく、そんなんだから万年人手不足なんだよ」
流れるように生々しい愚痴が吐き出されたような気がするが、ひとまず聞かなかったことにしておこう。
「さてと……振られちまったし、そろそろ俺もやるべきことをやらねえと。村人と部下たちが無事に逃げれてりゃいいんだが……」
「それなら……フウ、それっぽい集団が少し離れた場所にいたんだったよな?」
「本当か!?それはどの辺りだ!?」
ジェードは身体をのめり出す。
ハエンは実際にそれを確かめてきたフウに視線を向け、詳細な位置を説明するように促す。その意図を読み取ったフウは自分の後方――村の外側方向を指差した。
「向こうの方にだいたい歩いて十分くらいの場所かな?怪我人はいたけど、みんな無事そうだったよ」
「そうか。……そうか、よかった。全員無事か……」
心の底から安堵したような吐息を漏らし、ジェードは深く座り直した。
「……ホント、何から何までありがとよ。今は差し出せるもんは何もねえが……もしまた会うことがあったら、何か礼をさせてくれ」
「気にしないでくれ。俺たちはたまたまここを通りかかって、たまたま助けられただけなんだ。それじゃあ、仲間のところまで送ろうか」
「いいや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だ」
ジェードは腰からぶら下がっているポーチに手を突っ込む。
明らかにポーチよりも大きな手をすっぽりと入れ込めたのは、そのポーチが内部の空間を拡張した魔法具の一種だからだろう。
少し経って引き抜かれた手に握られていたのは、使いきりの魔法を封じ込めた巻物だった。
「こいつで〈交信〉すりゃ、俺の可愛い部下たちがすっ飛んでくる。これ以上恩人の手を煩わせるのもしのびねえからな」
「そうか。そういうことなら、こちらができることはもう無さそうだ。俺たちもそろそろ行くよ」
「ああ。この辺りにもたまに魔物は出るから気をつけろよ。って言っても、お前らにそんな心配は無用か!だっはははは!」
豪快な笑いから痛みに悶える男の姿を三度見たハエンは、呆れた表情を隠すように額に手を当てた。
***
「――さて、それじゃ行くか」
村を後にしたハエンは歩くべき方角を見据える。目指すはフウが飛んでいる最中に見たと言っていた街だ。
これから何をするにしろ、ひとまずは安全な場所に行くのが最優先だ。それから稼ぐ手段を見つけなければならない。屋敷から持ち出した金が多少はあるのですぐ飢えるということは無いだろうが、余裕がある訳でもない。
「お腹空いたー。ねえハエン、先にご飯にしようよ」
「そんな悠長にしてる場合か!もう日が暮れるぞ」
日は既に傾き始めている。夜間は魔物の活動も活発になるため、日が暮れる前には森を出てしまいたい。
「大体、食うもんなんか何もないぞ。ルーインスで食糧を買う間も無く誰かさんに空の旅にご招待されたからな」
「ならその辺になってる木の実とか食べればいいんだよ。任せて、ボクそういうの詳しいから。あっ、あそこにある実とか赤くて美味しそうじゃない」
「どこが詳しいんだよ!あれはオニインゴの実じゃねえか、大鬼すら卒倒する猛毒だぞ!」
「あ、あれぇ?おっかしいな昔と比べてカンが鈍ったかなぁ?」
「カンとか言ってる時点でまったく信用できねえ。余計なお喋りしてないでさっさと行くぞ」
そう吐き捨てたハエンは前に進もうと一歩踏み出す。
「待ってくれ!」
それを引き留めたのはエルデだった。
硬い表情のまま、おずおずと上目遣いでハエンを見上げる。
「私も……一緒に行っていいか?」
ハエンはエルデの視線の高さまで屈み、その頭に手を乗せた。
「もちろんだ。言っただろ、お前はもう独りじゃないって」
「……感謝する。この命尽きるまで、私はお前たちと共に在ると約束しよう。改めてよろしく頼むぞハエン、そしてフウ」
表面上の表情こそ変化は少なかったが、ハエンにはエルデが満面の笑顔を浮かべているように見えた。




