第73話 解呪
この生物は、生きていてはいけない。
レーヴは、本心からそう思った。
果たして、この存在を人間として定義してもいいのか。善悪の処遇を迷ってしまう程に、その怪物は、人の形をしているだけの生き物に過ぎなかった。
身体の至る所から触手の如き柔軟な腕が生え、その先に牙の鋭い口がついている。獲物から血を吸い取る為の補給口だ。それが伸びては血を取り込み、本体の方へと送り込まれていく。
神が人々の祈りを受けて形を保つのならば、吸血鬼は恐らく人そのものを取り込んで形を保っているのだろう。故に、勇者とは正反対の存在。
こんなモノと、少しでも分かり合えると思った自分が馬鹿だった。彼が命の恩人である事には変わりはない。だが、この光景を見た後では、分かりあえという方が無理だ。
脈動と同時に細かく震える肉体の生物感が一層、人ではないナニカを思わせる。獣と呼ぶには本能に近過ぎる。しかも、身体が燃えているのにも関わらず、それを気にせずに貪っている。地面に四つん這いになり、全ての口から血溜まりを補給する。
吸血鬼は食事をする姿を見せないと言われている。その意味がようやく理解出来た。
「・・・・。」
何か言葉を紡ごうとしたが、何も思い浮かばない。何て声を掛ければいいのか分からない。
「・・・・・・マダだ、マダタリナイ。イノチヲモット・・・。」
燃え盛る長い触腕が渇望していた。歪な唇の上についた小さな目が、更なる血を求めて、レーヴの方を向いた。
レーヴは身構える為に、セトラを近くにある木の日陰に寝かせ、勇者剣ガイアを構える。
その目が、レーヴを見てから、恐怖や畏怖のような色を浮かべた。
ーーーーその瞬間、吸血鬼はうずくまり始め、触腕を納めていった。
「・・・あ・・・あっ・・。」
吸血鬼は呻き、燃え盛る身体をそのままに、血溜まりの中で身体を丸める。
そして、突如《村正》を引き抜いて、自らの心臓に突き刺した。
「ーーー何してるんですかッ!!」
勇者の身体は、勝手に動いていた。
レーヴは、吸血鬼から《村正》を引き抜いこうとする。
「今!貴方はッ!!何をしようとしたんですかッ!!!」
「もういいだろ・・・もう沢山だ・・・。」
「良くない!!」レーヴは、心臓の《村正》を引き抜こうとするが、吸血鬼は頑なに拒み、燃え盛る手で抵抗する。
「・・・また失敗した・・・耐えられなかった・・・。」
「何で、そんな事するんですか!!」
「何が良くないのか教えてくれよナァ!!」コースケは、急に大声を上げて捲し立てる。
「何度も死ぬような思いして、自制も効かない身体を引きずって、また失敗した!!また俺の仲間が殺される!!誰も助けられない!!!取り返しもつかない!!!生きてる限り痛みが終わらない!!!!殺されたら殺し返してその繰り返し!!!!!何回同じ事すりゃあいいんだ俺はよ!!!」
コースケは、度重なる経験がフラッシュバックし、半狂乱になっていた。吸血衝動を抑えられず、魔王軍とはいえ沢山の命を無駄に殺し尽くし、血を啜った事で一線を越えてしまったのだ。それを勇者に見られてしまった。
一度死んだ事のある人間は、死へのハードルが下がる。コースケは、失敗がトリガーになってしまい、溜めていたモノが溢れ出してしまっていた。
「・・・私もそうだよ!!でも、放っておけないでしょ!!!新しく生まれてくる子供達に、今の世界を胸張れないでしょ!!!」
洛陽が落ちゆく中、勇者の必死な残響が煌々と脳を焼き付け、劈いていく。
ーーー幸助は、ハッとした。
まだ年端もいかない勇者の少女が、自分なんかよりよっぽど大人な発言をしたからだ。
目の前にいるのは、やはり勇者だった。ただの子供なんかではない。己の弱さすら肯定し、それでも他の為に命をかける。正義の象徴として完成されている。
「・・・君は・・・強いな・・・」
コースケは、レーヴの心からの叫びに、落ち着きを取り戻した。
「・・・十二幻将相手に、殆ど勝ち星無しですよ、私。」
「・・・強くなくたっていいから、俺にもそんな強さがあれば良かった。」
「早く日陰に行きましょう。色々と、話す事があるんです。それに、呪いを解いて欲しいの。」
「呪い?」
「じゃあ刀、抜きますね」
「・・・えっ心の準備が」
「何乙女みたいな事言ってるんですか、平然と刺したくせに。えいっ」
「あっ」
レーヴは、コースケの心臓ごと引き抜いてしまった。が、《再生の魔眼》により、身体はすぐに修復を果たした。
「・・・この呪い、《箱庭》の構造に似てるね。」
龍王セトラに触れて、回復させながら、幸助は答えた。
「・・・《箱庭》?呪いが?」レーヴは首を傾げる。言っている意味がよく分からない。
《箱庭》には、開放型・顕現型・閉塞型の3つがある事は有名だ。でも、その呪いはどれにも合致していないように思えた。
「ーーーああ、何というかね。《箱庭》って要は、自らの心象世界を押し付けるっていう広義的な見方をすれば、この呪いも《箱庭》みたいなモノなんだよ。相手に吸血鬼という要素を押し付けているでしょ?」
「でも、セトラが吸血鬼と接点を持ったのって・・・。」
「歴史に残る、真祖クロノグラフと、龍王アークの激突時に掛けられた呪いだろうね。でも、そうなると真祖クロノグラフは、自らが吸血鬼である事がアイデンティティになっていたって事になるね。なんか、空っぽな奴だなぁクロノグラフ。人として面白くない。」
「酷い事言いますね。真祖に対する信仰心みたいなのって無いんですか?」
「ある訳無いじゃん会った事無いんだし。師匠は一緒に行動してた時期もあったみたいだけど、その辺あんまり話してくれないから知らないんだよねー。」
「で、その呪い、治せるんです?」
「もう治したよ。」
「え!?いつ!?」
「話してる間に。俺、《箱庭》の構造解析と回復だけは得意なんだよ。既存のモノを新たに組み立てるってのが両方とも共通していて、やりやすいんだ。」
「すごーい!え、本当に凄い!」
「新入社員くらい褒めてくるじゃん。恥ずかしいからやめてくんない?っていうか、師匠は?」
「・・・AAと交戦中よ。」
「・・・・・・不安だな・・。後ですぐに行こう。さて、もう聞こえてるでしょ、セトラさん。ずっと意識無いフリしてるの流石に性格悪いですよ。」
「え?」レーヴは変な声が出た。
「あと、さっき偽物の貴方と戦った時の僕の世迷言は全て真実です。僕はこの世界の異物ですが、目的を達成する為ならば何でもやりたい。協力しろとはいいません。ですが、絶対に邪魔はしないで欲しい。」
「ーーー邪魔なんぞする訳無かろうが。」
龍王セトラは、起き上がり答えた。
「それなら良かったです。」
「・・・小僧・・・。お前に借りができたな。」
「まぁそう思うのは構わないですけど、真祖って奴が大体全部悪いんでしょ?その尻拭いをしただけですよ僕は。」
「違う、いや、それもそうだが、その、なんだ。急に襲って悪かった。」
「いいですよ別に。今死んでなければ全てチャラです。」
「さっき死のうとしてた奴の発言には思えんな。」
「あそこから起きてたんですか。うわマジ恥ずかしい。死にたくなってきた。」
「あまり死にたいなんて言葉を軽々しく使うんじゃないぞ。」
「それは無理です。それが僕の《箱庭》だから。」
「・・・イカれてんなお前!!本物の馬鹿じゃないか!アハハハハハッ!!!」
「・・・?」
セトラは急に大笑いをした。それにレーヴは理解が出来なかった。今の会話、どういう意味なの?
「気に入ったよ坊や。確かに、今の魔王軍と戦おうなんて奴は、それくらいイカれてないと駄目だ。精神面に関していえば合格をくれてやるよ。」
「別にそんなつもりは無い。これしか僕に手段が無いだけです。」
「ほぉー。確かに君の心は読めないが、本気でそう言ってるのは分かるよ。やはり坊や、君は頭がおかしい。少しばかり矯正もかねて、スレイヤーに師事するのはやめて、私が《箱庭》が何たるかを教えてやってもいい。同じ幻獣種としてね。」
「お気持ちは嬉しいですが、血の契りはもう既に交わしてありますので。」
「成程、君は君のままでいたいのか。てっきり吸血鬼なんぞ捨てて、竜にでもなりたいのかと思ったのに。」
「・・・やっぱり、空の竜はスルースヴィルの人達だったんですね。」
「勘違いしないでくれ、無理矢理した訳じゃない。軍事力を欲した馬鹿が、下らない愛国心の為に志願してきたんだよ。1人を竜に変えてやったら、次第に歯止めが効かなくなった。神殿にいる奴ら以外はみーんな竜に成り下がった。ま、神殿に残った奴も今頃はーーーー」
そこで、龍王セトラは、顔を歪ませて唇を噛んだ。
「ーーーーーAAの養分か。」
ーーーそれは、幸助もレーヴも、分かっていた事ではあったが、言い出せる訳が無かった。
廃華楽土アザレア・アカシク。
通った後に生物の痕跡を残さない理由は、彼女の能力が有機物を溶かし、新たな生命へと転換する固有スキル《烙印帰結術》を自在に操るからである。




