第72話 華の名前
普通なら避けられただろう。
だが、日光に侵された身体はその弾道すら判断出来ず、セトラの腹部を容易く貫いた。
魔力により強化された鉄の塊は、小さな銃から放たれたモノにしては威力が高過ぎた。見るからにこの世界の兵器とはかけ離れた凶器。生物を殺す為だけに特化した形をしており、その銃口から放たれたそれは、魔弾をも超えかねない密度を保っていた。
「ーーーー」
セトラは、言葉が出なかった。受け身も取れずに、石床へ崩れ落ちる。
痛みには慣れていた。身体を貫くような怪我は何度もした事があった。
ーーー自分がどれだけ弱ってしまったのかを理解させられた。立っているのもやっとで、こんな玩具に撃たれただけで虫の息になるなんて。そこらの人間と何ら変わりないじゃないか。
「ーーーさてさて。まぁ、良いじゃないですか。どうせお互いに月蝕が來るまでの寿命なんですから。早く楽にしてあげますよ。」
AAは更に引き金に指を掛け、ケタケタと笑う。そして、セトラの頭部目掛けて、再び凶弾が撃ち込まれた。
ーーーその銃弾を、弾く者が現れる。
勇者レーヴ。そしてーーーー
「ーーーヤァヤァ。久しぶりだな龍王さん。」
「ーーーーそ、の、声ーーー」その声の主の姿を見て、セトラが呻く。
卍死の吸血鬼、スレイヤー。
真祖クロノグラフが当時の龍王アークを殺した際、現場にいたうら若き吸血鬼だった。
「ーーー勇者ちゃんと・・・おやおや、スレイヤーさん。お久しぶりですねェ!まだしぶとく生きてたんですか?」
AAは、元魔王軍幹部のスレイヤーに一切怖気付かず、飄々と全てを煽るような口調で捲し立てる。
「貴方の席はもうありませんよスレイヤー。」
「無くていいさ。私には、信じる者が出来た。帰ろうなんて思わない。」
そして、スレイヤーは憐れむように微笑みながら、AAに言い放った。
「弟さん、元気か?」
「ーーーー」
「ーーーー」
勇者レーヴは、絶句した。
それは、魔王軍の最近の動向を考えれば、その言葉が如何にAAにとって屈辱的な言葉であるかが分かるからだ。
ーーー不滅快天ザナドゥ・アカシク。通称、XA。又の名をオールド・キッド。
魔王軍幹部のスレイヤーが辞めた事で、その穴を埋める形で幹部入りを果たしたアカシクの民がいた。
その少年は、不死身だった。ある日から時を止めたように一切歳を取らず、超常的な回復能力と複製能力を持ち合わせている正真正銘の怪物であり、言葉もまともに喋らずに敵を蹂躙する、まさに生物兵器と呼ぶべき存在だった。
ーーーだが、そいつは、色彩魔法の使い手として名を馳せているアルビノの少年・パレットと対峙し、ものの無残に殺されてしまった。
無敵であり不死身とされるXAと、色彩魔法の相性が途轍も無く悪かったのだ。本来ならパレットが敵うような格の相手では無かった。が、ジャイアントキリングは起きてしまった。
「ーーーー殺す殺す殺す殺す殺す。」
XAは、AAの唯一の肉身だった。
そんな彼女の弟は、色彩魔法の使い手に、肉片すら残さない方法で殺されてしまった。
「私が喰っちまえば良かったかな?そしたら私の《箱庭》でいつでも再会できたろうに。姉弟水入らずにしてやれたが、可哀想に。救いは無いのかねぇ。」
スレイヤーは悪魔のように微笑みかける。
それを見て、レーヴはとても恐ろしく感じていた。真の吸血鬼から放たれる言葉は温度を感じなかったからだ。
「ーーーー《烙印帰結術》」AAは詠唱を始めた。
「来るよ、勇者ちゃん。」そう言い、スレイヤーが身構えた。
「またちゃん付け・・・」
「じゃあレーヴちゃん。」
「何も変わってないですよ。」
「ーーーー《戦華》。」
AAの背後から伸びる草木が風に揺れるように靡き、急速に成長し、一切に華が咲いた。だが、神殿を覆いつくさん華達の先端から、夥しい数のAAが手に持つ物と同じ銃口が向けられた。
魔力により強化された銃弾は、魔弾そのものの威力を持っている。スレイヤーは、幸助の血から記憶を辿り、この銃がどういったモノなのかを瞬時に理解した。魔力の無い世界において、もっとも手軽に人を殺せる凶器であり、魔力強化せずとも簡単に人を貫通し、死に至らしめるもの。扱いは簡単。基本的には、引き金を引くだけ。
何百丁もの銃口がこちらに向いている。喰らえば一溜りも無い。幾ら勇者や吸血鬼が頑丈とはいえ、弱った龍王を貫く威力。
「ーーーってな訳で作戦開始!!」
スレイヤーの叫びと共に、勇者レーヴは自身に《勇道二番・迅速》を掛け、伏している龍王の胴体を掴み、神殿の外を目指す。
先程、幸助とセトラが暴れた際の壁に空いた穴へ向かう。その最中、銃弾が放たれる。
スレイヤーはそれを予測し、手を打っていた。いや、手を千切って勇者の方へ放り投げていた。そして、詠唱する。
「ーーー《指切幻瞞》。」
千切られた手は、その五指が別れるように裂けていき、指一本一本が新たな傀儡へと姿を変えていくのだがーーーー。今回は違った。手そのものを触媒とし、そのまま受肉させる。
内に巡る血の中で記憶されている最適な人物を選定し、現世に呼び戻し、当時の形すら再現して、召喚する。
吸血鬼だからこそできる人智を超えた力であり、究極の手段である。
「出番だ、龍王アーク。5本の指全てを使い、顕現せよ。」
本来は指一本で英雄を再現出来る。が、スレイヤーは龍王アークを完成させる為に、その手全てを使用する事にした。より完全であり完璧な人格を生み出す為、協力者として良き隣人として、魂そのものを複製する為には、その全てを対価交換にする必要があった。
それに、万全な龍王は、危険度がSSSを優に超える怪物である。手の一本くらい安いものだ。それに、どうせ幸助がいればすぐに治る。
「ーーー承知した、吸血鬼スレイヤー。」
龍王アークは、相剋する蒼白い光と赤黒い闇に包まれてその姿を現しながら、その声に応えた。
ポトリ、ポトリと、銃弾が地面に落ちていく。龍王アークが全ての銃弾を手で掴み取り、鉄の塊を握力だけでぐちゃぐちゃに潰してみせた。飛んでくる銃弾を一瞬で掴み、勢いを殺し、捨てる。一斉に放たれた弾を、一瞬で捌いて見せた。
意識が途絶えそうになる最中、セトラはかつての龍王の姿を見て、夢か幻かの判断がつかなくなった。
なんなんだ、これは。
何故、アークが殺された筈の吸血鬼に協力するのだ?
「アカシクの娘よ。セトラの手前、悪いが手加減は出来ん。出し惜しみせずに来い。」
龍王アークは強かに口元を歪める。《変身》により人型となった龍王アークの姿は、本当に生きているかのような錯覚を覚えた。
懐かしい。・・・忘れなくて、良かった。
セトラは、最後に希望を見て意識を失った。
アークに気を取られたAAを他所目に、勇者レーヴは脱出を果たす。外は竜の《爆撃》が止み、静かになっていた。たまに鳴り響く轟と爆音は、十二幻将コンスとブラッドの戦闘によるものだとすぐに分かった。
ーーーそれより今は、彼を探さなければいけない。
レーヴは、先程のスレイヤーとの会話を思い出していた。
「ーーー私の弟子に、回復魔法だけは凄いのがいるんだ。この戦場の何処かにいる筈だ。作戦が成功したら、セトラを連れて、そいつを探しな。」
「ーーーそれって、コースケさん?」
「ーーーああ、知ってるなら話が早い。コースケならきっと、セトラに罹っている呪いもどうにか出来る筈だ。」
「ーーー何故、貴方は人間側についたのですか。」
「ーーーそれは、私が元々人間だったからだよ。コースケも同じだ。弱かったから人間を辞めた。その矜持を忘れたから、取り戻そうとしてるだけなのかもね。」
コースケさんはやはり吸血鬼だった。ならば、その知り合いのブラッドは、それを知りながら一緒に行動していた事になる。こんなの、表にバレたら封印されてもおかしくない事案だ。吸血鬼が人間を味方しているなんて、今までならあり得ない話だ。それを知りながら野放しにしている元勇者もどうかしている。
でも、今回の特異な状況に限っていえば、あり得ない話では無い。
元々、スレイヤーは魔王軍の中でも穏健派の人物として知られていた。魔王軍の人間憎悪感情により思想が過激的になってきた中、いつ裏切ってもおかしくない立ち位置ではあった。
それに、肝心のブラッドは人の話を聞かない事で有名だ。聖杯探索さえも成し遂げており、人間最強を欲しいがままにしているせいで、実際誰もブラッドの動きを止める事が出来ないのである。強すぎるが故の放置をされている訳である。セトラ以上に危険視する者もいる程だ、彼を縛りつける事は不可能である。
そう考えると、コースケさんって、何処から湧いて来たのか分からない程に謎の人物だ。急に現れた新星であり、セトラと手を繋ぎたいとか言っている狂気じみた精神を持ち合わせている、変な人だ。
「ーーー初めて会っておいて何だけど、コースケは私のものだから、幾ら勇者ちゃんといえどあんまり仲良くし過ぎると、私も何するか分からないとだけ言わせて♡」
冗談っぽく笑顔でスレイヤーはそう言っていた。何処も冗談に思えないくらいに表情は強張っていた。
「あ・・・そうなんですね。」
ーーーああ、そういう感じなんだ、とレーヴは冷めた気持ちで返した。
とにかく、彼を探す必要がある。
龍王セトラがどんな思想を持っているかなんて分からないし、誰の味方になるのかなんて予想がつかないけど、今ここで死なせておくには勿体無い程の強者だ。來る魔王軍との戦いに、間接的ではあるが参加してくれる希望くらいは無いと、余りにも人間側に勝ち目が無い。
十二幻将の他にも、幹部連中には女帝デスペラードや旧神フォーチュンといった別格の存在もいる。幾らブラッドが強いとはいえ、余りにも戦力格差があり過ぎる。
魔王軍の侵攻により、世界はどんどん暗くなっている気がしている。滅びに抗うよりも、その滅びを受け入れ、苦しみを和らげる諦めに縋る人が増えてきた。
ーーー勇者として、どうすればいいのかを毎日考えている。が、答えは出ない。余りにも自分は無力で幼い。だから、どんな力でも利用しないといけないと、今は思う。
少し走っていると、所々に硝煙の昇る肉片が飛び散っていた。見ると、太陽の光に反応して、焼けているような感じだった。
間違いない。彼だ。このまま彼の肉片の跡を追いかければーーーー
森を抜け、開けた丘に出る。そこで、その光景を見て、レーヴは絶句する。
そこには、夥しい数の魔族を殺し尽くし、太陽の光で身体を激しく燃やしがら、死体の血を啜る怪物の姿があった。




