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アリア=アリネージュ


「いやぁ、私が昔使ってた離宮がまだ残ってて良かった良かった。あそこなら王宮の裏門から馬車で直接乗り入れられるし、城下町へ抜ける秘密のトンネルとかもあるしねー」

「アリアが目覚めるのを信じて、建て直しや解体の話が出るたびに全力で反対していた甲斐があったね。あぁでも、城下町に抜ける隠し通路は防犯上の理由で潰してしまったよ」

「あー、そうなんだ。残念ではあるけどしかたないね。離宮が残っててくれるだけで有難いよ。あの離宮は私が余生を過ごすために大分気合を入れて魔改造したから、ミルとクリスも気に入ると思うんだ」


 紛糾した対大暴走(スタンピード)の話し合いも終わり、残りは明日各国の代表が集まってからという事にした一同が解散したのは、解散したのが日もとっぷりと暮れた後。


 アリアが余生を過ごした離宮が健在であると現聖王アルバートから聞いたアリアは、惜しむウェールズを振り切り教会本部の貴賓室を辞すと、離宮へ向かう馬車に乗っていた。


「この時間から宿を探すのもしんどいから泊めてくれるならありがたいんだが、何で俺達まで一緒の馬車なんだよ? イチャイチャするなら二人っきりの時にしてくれよ」

「……私達、あっちの馬車に移りましょうか。むしろ移りましょう、これ以上お二人の邪魔をするのもなんですし」


 今も身を寄せ合いイチャイチャするアリアとアリストに、少々食傷気味のクリスが言う。

 ミルもリア充感満載の二人に少なからず怒りのボルテージが上がり気味で、しかもフランシスカとアルトが別の馬車に一緒に乗っているので、それが気になり余計に機嫌が悪そうだ。

 ちなみにタマモだが、フランシスカが色々と超体験が続き精神的にオーバーフロー気味だったので、精神安定剤替わりのモフリティ要員兼二人の監視員として向こうの馬車に派遣している。今頃モフられながらも二人の仲が進展しないよう見張っていてくれているだろう。


「いや待って待って。ごめんよ、ほら、何か今この子と二人きりになったら身の危険を感じてね。一緒に居てくれるとすごく助かる」

「ははは、アリアが嫌がる事を僕がするわけないじゃないか」

「公衆の面前でキスしてきた男が言っても全然説得力がないっての。今もさり気なく体を触ってるし」

「酷い誤解だよアリア。でも、君が受け入れてくれるのならば、僕は何時でも準備ができているとも」

「……もう、この子ったら」

「降りましょうかクリス」

「そうだな」

「待ってって! このハイテンションジジイと二人っきりにしないでっ!」


 至近距離でアリストに囁かれたアリアが、微かに頬を染めるのを見ていられず腰を浮かせるミルとクリス。それを我に返ったアリアが必死に止めた。


「つかいいじゃねぇか相思相愛なんだろ? 俺らの居ないところで好きなだけイチャつけよ」

「いや確かにそうなんだけど、このハイテンションっぷりを見ると、本格的にイチャつき始めたら歯止め聞かなそうじゃないか! 私まだ本調子じゃないし、アリストが全力で来たら拒める自信ない!」

「アリアリさんの嫌がる事はしないって言ってますし、大丈夫ですよ。アリストさんをもっと信じてあげたらどうです?」

「アリストの事は信じてるよ! 世界で一番信じているとも! でもほら、ね? だからこそ迫られたら拒めないというか……受け入れちゃいそうでゴニョゴニョ」

「降りましょうかクリス」

「そうだな」

「待ってー!!」


 走っている馬車の扉に手を掛けたミルの腰に縋りつくアリア。そこに先ほどまでの威厳は欠片も感じられない。


「何か、アリアリさんが普通の人みたいに見えるな」

「私は向こうじゃ、どこにでもいる中流家庭の普通の主婦だったのさ、威厳とか貫禄とかこっちに来てから意識して身に着けたからね。まぁ向こうで生きてた年月の三倍以上こっちで過ごして、普通の人の一生分くらい人の上に立ってると、もはやそっちが本体って感じだけど……立場ってヤツができると色々と面倒なんだよホント」


 ミルが渋々席に腰を下ろしたのを見ながらクリスが言うと、アリアも苦笑いを浮かべながら答えた。


「主婦? そう言えば、アリストの事を“三人目”とか言っていたな……そうか、結婚してたのか」

「旦那と子供を二人、向こうに残して来てる。上が男の子で6歳で下が女の子で3歳だったんだよ」

「……そりゃ辛いな」


 淡々と、表面上は感情の波を感じさせずに言うアリアに、クリスの方が沈痛な表情となった。


「辛かったよ。それこそこっちに来てから、死に物狂いで帰る方法を探して、探して、探し回って、それでも見つからなくて、もしかしてと思って人間と獣人との戦争を止めてもダメ。一縷の望みをかけて魔王を倒してみたけど、やっぱりダメだった。ま、その頃にはすでにこっちに来てから十年くらいたってたし、この世界の人たちの為っていう気持ちも強くなってたけど」

「アリアリさん……」

「そんな顔しないでミルちゃん。確かに私の中で未だに未練はあるし、こちらで辛い事も多かったけど、それでも私は幸せだったよ。こっちでも子供に恵まれたしね」


 儚げに笑うアリアの手を、アリストがそっと握った。

 心配げに見つめる視線に頷き返し、アリアは続ける。


「こうやって、未だに私を想ってくれる人もいるし、私の子孫は平和に国を治めてくれている。私と二番目の旦那と仲間たちが、命がけで成した平和が連綿と続いてくれているんだ。私はこれ以上ないほど幸せだとも」


 とても透明で、今にも消えてしまいそうなほど儚く笑うアリアに、ミルは思わずアリストが握るのと反対の手を取った。


「あの、アリアリさん……死んじゃダメだよ」


 ぎゅっと両手で自分の手を握り、心配そうに上目遣いで見つめてくるミルに、しかしアリアはプッと噴出した。


「大丈夫だよミルちゃん! 死ぬ気だったら【超硬金属化(アダマンタナライズ)】なんて使わずに、とっくの昔に自ら命を絶ってるさ。二番目の旦那にも、『諦めるな』って言われちゃったしね」


 一瞬前までの弱々しい微笑とは一転して、力強く見返してきたアリアに、ミルはほっと息をつく。

 そんなミルの様子に堪らなくなったのか、アリアはミルの頭に手を置くと優しく撫でた。


「ミルちゃんはいい子だねー、よしよし」

「……ん。何かお母さんみたいな包容力を感じる」

「そりゃ向こうとこっちで計五人産んだし、こう見えて計百歳越えのおばあちゃんですから」

「アリアおばあちゃん?」

「あははミルちゃん、自分で言うのはいいけど人に言われると腹が立つ事ってあるんだよー。そんな事を言うのはこの口かなー??」

「ひはいひはい(いたいいたい)!」

「あぁ、スベスベぷにぷにでよく伸びるねー。これは癖になる感触」

「ははひへー(はなしてー)」


 不用意な発言をしたミルの両の頬を引っ張るアリア。しばらくプニポヨ具合を堪能されたミルは涙目になった。

 先ほどまでのしんみりした空気を吹き飛ばす和やかな雰囲気に、クリスもほっと息を吐く。


「その二番目の旦那ってのが、この国の二代目の聖王なのか?」

「いや、二代目は長男だね。二人目の旦那のトリスは当時のパーティーの神官で、初代のアリア教会教皇だよ」

「そうなのか……っとスマン。アリストの隣でする話じゃなかったな」


 目の前に座るアリスト配慮するクリスだが、彼は首を振った。


「いや、その辺りの事情は知っているから大丈夫さ。むしろ、僕はトリス兄さんの事は尊敬しているんだ。

 僕とアリアが出会ったのは聖歴4年。トリス兄さんはアリアに出会ったのは聖歴1年、アリアがこちらに来た直後に出会い、それからずっと行動を共にして、魔王討伐の最後まで生き残ったパーティメンバーだった。

 彼はアリアが国を興した際に、すでに形を成していたアリア教をまとめ上げてアリア教会の基盤を作り、魔王討伐後も長くアリアに協力してくれて、聖王国とアリア教会の最大の貢献者となったんだ」

「生死を共にして愛が芽生えた感じか。王道だな」

「いや、トリス兄さんは出会った瞬間からアリアの事が好きだったけれど、アリアとトリス兄さんが結ばれたのは、アリアがこの世界に来てから30年近く経ってから、トリス兄さんが四十代後半の時だよ」

「「え?」」


 思わずアリアの顔を見たミルとクリスに、アリアは苦笑する。


「いやだって私、元の世界に返る気満々だったし、一応最初の旦那に操を立ててたからねー」

「そういう事でね。実のところ、アリアの元パーティーメンバー12人の内8人は男だったけれど、全員アリアにベタ惚れだった。勿論パーティーメンバー以外にもそりゃもうモテモテだったし求婚もひっきりなしにあったけど、アリアがこちらで夫として認めたのは、唯一トリス兄さんだけだったんだよ」


 恥ずかし気に無言で頬を掻くアリアを、アリストは何故か嬉しそうに見た。

 長年追い求めた、彼にとって世界最高の女性をやっと射止めたことが、誇らしくそして嬉しくて仕方ない、と顔に出ている。


「すごい逆ハーレムだな」

「ちなみにアリストさん。逆ハーメンバーは皆イケメンだった?」

「若いころの僕が普通に見えるくらいに、イケメン揃いだったとも」


 ハーフエルフでイケおじのアリストの若いころは、十分二枚目で通る顔だっただろうに、それすら平均に貶めるほどのイケメン空間が形成されていたと知り、二人は驚きを隠せない。


「凄まじいモテっぷり、そして凄まじい身持ちの硬さだな」

「そんなアリアリさんは、どうしてトリスさんを受け入れたの?」


 不思議そうなミルに、アリアは微苦笑を浮かべた。


「私と一人目の旦那も幼馴染でね、それこそ生まれた時から一緒にいるっていうくらいずっと一緒だったんだ。彼は幼いころから私をお嫁さんにするって言っていて、物心ついたころからずっと私のそばに居て愛してくれていた。そして私も、彼の事を愛していた。

 だから、離れ離れになっても彼と子供の元に絶対に帰る。こっちで別の人を愛する事なんて絶対にない……って思ってたんだけど」


 そこで言葉を切ったアリアは、どこか遠くを見る様に目を細めた。


「トリスは、私がこちらに来てから最初に仲間になってくれた人だった。彼は私の為に故郷を捨てて付いてきてくれて、共に何度も死線をくぐり、戦争を止めて魔王を倒して国を作ってからも、ずっと隣にいてくれた。

 その間に、彼は一度だけ私に告白したことがあった。私は断ったよ。旦那が居るから、子供もいて元の世界に残してきた人たちを裏切れないから、その思いには答えられないって、はっきり言った。

 彼は、『そうか』って一言だけ言って、その後も変わらずずっと隣にいてくれたんだ。

 それから、彼の気持ちを知りつつ見て見ぬふりをして過ごしていた。酷い女だよね私って。

 彼には、何度も私みたいな酷い女の事は忘れて別のいい人を見つけなさいって言ってたんだけど、彼はその度に困ったように笑うだけだった。

 そして、歳月が流れて元の世界に居たのと同じだけの年月をこちらで過ごした時に、ふと思ったんだ。

 私は彼に何をしてあげれたんだろうって。アリア教を立ち上げた彼は早い段階で初代教皇となったけれど、彼が教皇としての立場や権力を求めていない事はずっと前から分かっていた。彼が教皇をしているのは、私の為だって分かっていたんだ。

 そして、悶々と悩んでいるときに気付いたんだ……あれだけ大切に思っていた一人目の旦那や子供達の顔を、思い出し辛くなっていることに」


 アリアの瞳の奥が悲しそうに揺れた。きっと今も彼らの顔を思い出せないのだろう。


「愕然とした、悲しかった、切なかった、自分を許せなかった。あんなに愛していたのに、今でも愛しているのに、もう顔すら思い出せないなんてって。

 気付いた時にはかなり荒れたけど、それでもトリスは隣にいてくれて、私の事を励ましてくれた。

 月日が流れれば記憶が薄れるのはどうしようもない、だから記憶のあるうちに似顔絵を描こうって、私が思い出を溢さないように残しておこうって、言ってくれた。

 その時かな、一人目の旦那の事は今ででも愛しているけれど、トリスの事も愛してしまったのは。……いや、ホントは目を逸らしていただけで、ずっと前から愛してしまっていたんだと思う。

 その時の似顔絵とトリスとこっちの子供たちの肖像画は、私が石化するその時までずっと寝室に飾っていたんだよ」


 数多の懺悔と悔恨を滲ませるアリアの独白。しかし最後に少しだけ、先ほどと同じ透明な笑顔を見せたアリアだが、すぐに目を伏せると自虐的に笑った。


「ふふ……本当に、酷い女だよね。結局一人目の愛を全う出来ず、二人目も気持ちを見て見ぬふりして待たせに待たせたせちゃったんだ、軽蔑するよね」


「そんな事ない! そんな事ないよアリアリさん!」


 ミルは、大声でアリアの言葉を否定した。

 クリスもそれに続く。


「だな、むしろアンタはいい女だ。アリストや周りの人間が惚れ込むのも分かる。アンタは軽蔑されるんじゃなく尊敬されるべきで、そんなアンタを惚れさせた二人の旦那も尊敬に値するいい男だったんだろう」


「……君たち……ありがとう」


 目に浮かんだ涙をそっと拭い、朗らかな笑みを浮かべるアリア。


「で、そんな大恋愛の末に旦那を決めるアリアリさんは、そこのアリストをどうやって受け入れたんだ?」


 場の空気を変えるべく、茶化すように言うクリスに、アリアも意図を察して努めて明るい声をだした。


「【超硬金属化(アダマンタナライズ)】を使うときに、大反対するアリストに『目が覚めたら何でも言うことを聞く』って約束して説き伏せたんだよね。

 この状態異常が将来的に実装予定で、回復方法もあるって事は公式に出てたし、将来的に天人(プレイヤー)がこっち来ることがあれば、解けるとは思っていたんだ。だから、記憶と精神の消耗を抑えるには丁度いいと考えてね。

 ……まさか目覚めるのに300年も掛かるとは思わなかったし、300年間も思われ続けてるというのは完全に予想外だったけど……あ、勿論、約束の為だけに受け入れたんじゃないよ、アリストの事は愛しているよ。まだ親愛って感じだけどね」


 説明している途中で、勘違いされることを危惧したアリアが焦って訂正するが、アリストは全く気にした風もなく、自信を持って言う。


「大丈夫ですよアリア、もし貴女が僕の事を愛してくれていなかったとしても、これから僕の事を愛してもらえるように努力しますとも。

 君が居ない300年に比べれば、君の傍に居られるというだけでそんなモノは困難に入らない」

「もう、恥ずかしいなじゃない。……愛しているよアリスト」

「僕もだよアリア」


 またも始まる桃色空間に、しかしクリスとミルは今までのように口を挟まず暖かく見守った。

 事情を知らなければ鬱陶しいだけのリア充のイチャイチャも、苦労の果てにあるという事を知れば素直に祝福も出来るという物だ。


 やがて、引かれ合うように二人の唇が近づき……


「ねぇねぇクリス、キスって気持ちいいの?」

「シッ! 今いい所だから静かに」


 触れ合う寸前で聞こえてきたミルとクリスの小声に、アリアは正気に戻るとアリストの胸を押して慌てて離れた。







アリアリさんに救いはあります。

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