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恋のキューピット?


「あっっぶない! また流されるところだった!」

「へいへいお熱い事で、すまんな邪魔しちまって。俺たちに構わず続けてくれていいぞ。俺たちの事は空気だと思ってくれ」

「無理だから! 忘れてた事は謝るから、意地悪は無しにしよう!」

「私も今後の為に是非観察したいので、どうぞ続けてください」

「どんな羞恥プレイ!? ……っていうかミルちゃん、キスした事ないの?」


 クリスの生暖かい視線にタジタジになっていたアリアだが、ふとミルの発言を疑問に思い問いかけた。


「……無いです」

「あれ、君たちって夫婦……ってそうか、ごめんごめん、考えてみればリアルが夫婦って事も無いわけか。MMOでリアルの事を聞くのはタブーかもしれないけど聞いていい? 君たちってリアルで知り合いなの?」


 アリアはその事実にようやく思い至る。

 頭の回転が速い彼女がそんな当り前の事に気付かなかったのは、こちらでの生活が長すぎて元の世界での記憶が思い出しにくくなっていた事と、ミルとクリスの仲があまりに良く、夫婦と言われても全く違和感を感じなかったからだ。


「別にもう今がリアルだから構わないさ。俺とミルは元の世界でもリアルで知り合いだ」

「ふーん。リアル兄妹だったり?」

「いんや、ただの幼馴染だ」


 クリスの言葉にミルの方をじっと見るアリア。

 その謎のプレッシャーにミルはたじろぎ、クリスの腕を取ると己を隠すように前に掲げる。

 困ったときの“たっつんバリア”なのだが、座った状態で無理やりした結果、クリスの腕に後ろから抱いているようにしか見えなかった。


「ふーん、“ただの”幼馴染ね。ほーん」


 生暖かい視線を向けてくるアリアに、クリスは慌ててミルから腕を引き抜いた。


「その目止めろ! 前も言ったが俺たちはそういうんじゃねぇぞ!」

「うんうん分かる、分かるよ。そういう時期ってあるよね。若いっていいなぁ」

「ムカつく顔で納得してんじゃねぇぞ! お前絶対勘違いしてんだろ!?」

「ホントに勘違いかなー? 見てると時間の問題って感じだけど」

「勘違いだよ! 大体コイツの中身はお―――」

「わーわーわー! そんな事より王宮楽しみですね! どんなとこなのかなー!? ねぇクリスもそう思いますよね!?!?」


 口を滑らせかけたクリスに、ギリギリ割り込むことに成功したミル。

 クリスが、『え、お前アリアリさんにも秘密にすんの?』と目で聞いてくるのに、ミルも視線で『当たり前だよ!』と返した。


「そ、そうだな。最近ずっとテント暮らしだったから、久々のベッドが恋しいぜ」

「そうそう! まだ夜は寒いしね! お風呂も入れて無かったから、部屋でひと心地付いたらお風呂に行きましょう! アリアリさんの家ならお風呂ありますよね!?」


 あからさまに話を逸らす二人にアリアも不審に思ったが、まぁ同じプレイヤーと言ってもそこまで仲の良かったわけでもない二人に、最初からリアルの事まで根掘り葉掘り聞くのもどうかと思い至り、これ以上突っ込まないことにした。


 ついでに、恋人未満友達以上の二人に対して、仲を進展させる妙案も思いついた。ミルとクリスに言わせれば、近所の世話好きおばちゃんのお節介並みに有難迷惑なのだが……。

 自分の妙案に心の中でニヤリと笑ったアリアは、しかし顔には出さずにミルの問いに答えた。


「モチのロンだよミルちゃん! ノーマルタイプから打たせ湯、ジェットバスっぽいの、檜風呂風、サウナ、露天風呂もあるよ! そうそう、アルバートが私たちの部屋の準備ができるまでちょっと時間が掛かるかもって言ってたから、向こうの馬車の子も含めて一緒に先にお風呂入ろうか。ミルちゃんたちも長旅の疲れと汚れを落としたいでしょ」

「是非!」

「いやお前それは流石に……」


 アリアの言葉に、下心に目を輝かせるミルに、顔が引きつるクリス。

 そんなクリスにアリアは訝し気に聞いた。


「どうしたのクリス、変な顔して」

「うーむ……実はな、ミルはお―――」

「わーわーモゴッ!?」


 またも遮ろうと必死に言葉を被せて止めようとするミルの口を押さえつけるクリス。

 実害が無ければ放っておくのだが、これは流石に見過ごせない。完全にデバガメの事案である。


「ミルの中身は男なんだ、だから混浴はどうかと思う」

「「え!?」」


 突然の相棒の裏切りに、ミルがクリスに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。


「ちょっとたっつん! なんでバラすのさ!?」

「うるせぇ! 流石にリアル人妻と中身男が混浴とかまずいだろ!」

「今の僕は女の子だし! この! この!」

「いてて……痛いって、ホントに痛てぇってのヤメロ! お前自分の攻撃力考えろ!」


 手を振り回してクリスをぽこぽこと殴るミルと、そのうっかり癒されそうな可愛らしい見た目にそぐわぬ威力にミルの手を抑えるクリス。

 そんなミルに、アリアの普段より低い声がかかり、ミルの肩がビクリと震えた。


「えー……そっか、そういう事もあるよね、むしろ多いもんね。ミルちゃん……ネカマだったんだ」

「あわわわ、いやこれはその」


 全てを察したアリアがミルにジト目を向け、それにとても慌てるミル。


「ミルちゃんが可愛いからすっかり中身も女の子だと思ってたよ。クリスが夫婦って事に否定的なのはそういう事情だったんだね」

「あうあう」


 うんうん頷くクリスとは対照的に、ミルはどんどん小さくなっていく。


「ネカマは可愛いっていうもんねー」

「うぅぅ……ご、ごめ―――」



「ま、いいんじゃない」



「「え?」」


 アリアの容赦ない追撃に涙目になったミルが謝罪を口にしようとした瞬間、それに被せる様にあっけらかんとしたアリアの声が響き、クリスとミルの二人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「いや、よくないだろ、だってコイツの中身は男なんだぞ」

「そうだね、中身は男なんだろうね。でもさクリスよく考えてごらん、外は完全に女の子なんだよ。

 もし君が、ある日突然女の子になったらどう思う? 男と女って全然違うんだよ。体のつくりから精神的な事までね。

 元が男だからと言って、いや、元が男だからこそ、精神と肉体の乖離はとても辛いと思うんだ」


 神妙な顔で語るアリアの言葉に、クリスは『え、そうなの?』とミルを見る。

 ミルはクリスの視線にポカンと開けていた口を閉めると、うんうんと頷いた。


「そ、そうそう。そうなんですよアリアリさん! もう僕、困っちゃって困っちゃって!」


 あ、こいつ乗っかりやがった、今の今まで辛いなんて欠片も思ってなかった癖に。と一目で看破するクリス。ミルのゲスい部分も良く知る相棒は、ミルの図太さも知っているのだ。


「そうでしょう、今までよく頑張ったね。お姉さんが、人生の先輩として、そして女の先輩として、お風呂で女の事を色々と教えてあげる」

「え、結局一緒に入るのか? いいのかアリスト」


 思わずクリスがアリストの方を見れば、彼は微妙な顔をしながら口を開いた。


「うーん。ちょっと複雑ではあるけど、アリアがそれでいいと言うなら……一つ確認しておきたいんだけど、ミル君が突然男に戻ることってあるのかい?」

「絶対とは言い切れないけど、ミルが男に戻れるのは元の世界に帰った時だけだと思うよ」

「それならいいよ」

「いいのかよ!?」


 アリストに驚愕の目を向けるクリス。もし自分なら、たとえ外見が女でも中身が男の似非美少女と、自分の妻が一緒に風呂に入るとか嫌だと思ったのだが、アリスト的にはセーフらしい。


「クリス、どちらかといえばミルちゃんよりも君の方が私は心配だよ。何時まで幼馴染が男だと思っているんだい? ちゃんとミルが女の子って事を自覚して接してあげないと、可哀想じゃないか」

「そーだそーだ! 僕はもうか弱い女の子なんですから、脳天チョップとか止めてください!」

「ぐぬ……お前がそういう態度だからオンナノコなんて思えねぇんだよ! 思ってほしかったらちったぁ可愛らしくしろ!」

「何言ってるのさ!? 僕ってこんなに可愛いじゃん!」

「可愛くな、い……こともないが……」

「え?」


 胸を逸らして言うミルに、クリスも脊椎反射で反論しようとしたが、アダムヘルから王都へ向かう道中で何度か可愛いと思ってしまった事に思い至り、ぽそりと無意識に本音が漏れた。

 この流れで肯定が帰ってくるとは思っていなかったミルは、クリスの素の呟きをバッチリと拾ってしまい、ぽかんと一瞬目を見開くとじわじわと赤くなっていく。


 それを見てやっと自分の失言に気付いたクリスは、この流れはヤバイと場の空気を戻すべく口を開く。


「い、いや外見がな!? 見てくれだけな!」

「んな!? 料理洗濯スキルを実装したこの僕の女子力が、未だに底辺だってたっつんは言いたいの!?」

「いやそういう意味じゃなくてだな! つかお前、俺に女扱いして欲しいのか!?」

「えぇ!? ……びみょー」

「どっちだよ!?」






 やいのやいのと、いつものじゃれ合いを始めた二人に見えない角度で、アリアがニヤリと笑った。


「あ、アリアが悪い顔してる」

「これはオモシロイ、オモシロイよ」

「楽しそうだね、そんなアリアも可愛いよ」

「クックック、アリアちゃん恋のキューピット大作戦、開始だっ」


 何やら楽し気に悪だくみを始めたアリアを、愛おしそうに見つめるアリスト。

 ここにアリアを止められる人間は、一人もいない。







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― 新着の感想 ―
[良い点] クリスのポロリいいね [一言] やっぱりミルさんかわいいです
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