パワーレベリング
眼鏡の奥で、クリスの鋭い視線と言葉が、安心しきっていたこの場の者全てを貫いた。
神にも等しい者から浴びせられた冷や水が、油断していた心を容赦なく打ち据え、心胆を寒からしめる。
硬直し、沈黙する面々のなかで、唯一平静を保てていたアリアが口を開く。
「いや、ちょっと待ってくれクリス。言っていることは分かるが、それは次にしてくれないか。
君も知っている通り、この世界はゲームに比べてレベルが低めだ。それは死んだら終わりという現実的な縛りもあるし、平和が長かったという証しでもあるのだから、私は誇っていいと思うのだ。
だからこそ今は、今回だけは、君たちに立ち上がって貰わなければ、この世界の人々が多く死ぬことになってしまう。
レベルアップについては、各国と冒険者ギルドに掛け合いダンジョン攻略を推奨するなどして、徐々に上げていくことを約束する。君たちの手を煩わせなくてもいいように、この世界の者も努力し、苦難を自力で乗り越えられるだけの力を付けられるように。
だかそれには時間が必要だ。早急に進めるべきことではない。それは分かってくれるだろう?」
この世界を愛する者の一人として、アリアがクリスに懇願し、それにアルバートも続いた。
「余とて、できる事ならば自力で解決したく思う。可能性があるならば、それが許容範囲ならば、たとえ多量の出血を伴おうとも引いてはこの世界の為であろう。しかし貴殿が分析した通り、現状では世界全ての戦力を集めてすら、状況の打開は厳しい状態なのだ。
もし対価が必要と言うのならば、いくらでも、何でも支払おう。余の命を差し出せと言うのならば、この首持って行くがいい。……出来れば、余の目で今回の事態を見届けてからにして貰えると、心残りが少なくていいのだがな」
「馬鹿者! 若造が軽々しく首を差し出すでない! クリス殿、首が欲しいのであればまずこの老いぼれのモノを差し出しましょう。この首はそこの若造よりもよほど重さと価値がありますぞ」
「ほっほっほ、グレア大司教。貴方が差し出すのでしたら私も続きましょうか。実は最近老いたせいか、肩の荷が勝ちすぎていましてな、首を落とせば少しは軽くなるというもの、丁度よろしい」
アルバートの発言に驚いたグレアと、それに追従する形でウェールズが続け、アルバートの発言を否定した。
二人の思いは一つ、まだ若く有望な現王を亡くすのは余りに惜しく、それならば役割を終えつつある自分達が代ろうというのだ。
「おいコラジジイ共、何勝手な事言ってんだ。老い先短い首なんて貰ったって天人も喜ばねぇだろ。天人よ、どうかここは余の首一つで勘弁してもらえぬだろうか、現聖王の首はこの世界で一番重いと余は思っている。どうか」
そんな現王、前王、教皇の自己犠牲精神の極みを静かに見ていたアリストは、クリスに向くときっぱりと言い放った。
「あ、僕はアリアとの新婚生活があるので首は無しで」
「いらねぇよ首なんて! つか最初っから『出来るだけ手伝う』って言ってるだろうが! 人の話を聞け!!」
己の首の差し出し合いという、不毛極まる話に辟易したクリスの一喝でやっと場が収まり、視線が自分に集中したのを確認すると、溜息を吐いてクリスは自分の考えを語りだす。
「アリスト、まずは確認だ。ギルドの首都間転移サービスの稼働は何時になりそうだ?」
「……なぜ、それを君が知っているのかは気になるところだけど、それは置いておこう。既に稼働実験は終了している。明日には各国のトップがそれを使ってこちらに来る予定でいる」
「今回のアップデートで実装予定だったからな、そろそろだと思ったが準備がよくて助かる。今回はそれを使って軍を移動させるぞ」
「勿論、冒険者ギルドとしても協力するつもりだけど、軍を移動するには魔導士の数が足りないよ。知ってるかもしれないが、転移魔法陣で移動できるのは一回30人程だ。そりゃクリス君が協力してくれれば心強いけれど、陣そのもののクールタイムもあるし、二十四時間稼働させても移動できるのは万に満たない。50万を移動させるには、普通に進軍させるのと半々で行うのが最善だ」
以前グレアと話し合った内容をそのまま伝えるアリスト。
転移魔方陣の存在を知っていても、その詳細までは知らなかったのか、と安心した。
ゲーム時は冒険者ギルドの都市間転移サービスにクールタイムなど存在しなかったので、内心少し戸惑ったクリスだが、今回の計画には関係ないので流すことにした。
「問題ない。俺が一回各国の首都に飛べればそれでいい。軍の移動は俺がやる」
「あ、なるほど、クリスが【転移陣】するのね」
「そういう事だ。お前のせいで、道中に実験もできたしな」
「流石私ですね。どやぁ」
「……いや褒めてねぇから」
クリスは普段腹の立つだけのミルのドヤ顔が何故か可愛く見えてしまい、「俺、疲れてるなぁ」としみじみとぼやく。ミルほどではないが、流石にこの国と宗教のトップどころとの交流など、リアルでは只の大学生である自分にもストレス以外の何物でもないようだ。
クリスも可愛いが正義という言葉には同意するが、それはミルにだけは当てはまらないと首を振る。コイツに萌えるとかないわぁ。
まぁしかし、事実として人に対してやりずらい【闇ポタ】の実験を、バーサークターキーの群れに対してできたのは僥倖だった。
バーサークターキーの処理を押し付けられたという事実をチャラにしてもいいと思えるくらいには、とても役に立った。
特にポタは出現座標をメモできていない場合、目測で大まかにしか出現位置を設定できないので、飛べるモンスターを“遠くに見える大霊峰の上空”という極めてアバウトな場所に転移させることができたのだ。
転移の成功は感覚的に“大体あの辺に転移した”程度には分かるので、転移が成功したのも確認済みである。
すぐに修正されたが、実装当初の【転移陣】はバグも多く、足元に置けることもそうだが、出現位置座標をメモしていないと術者の感覚のズレで空中や地中に出ることもしばしばあったのだ。
その頃はまだ飛行魔法や【空転脚】のような空中機動スキルも無かったため、下手なところに飛ぶと落下ダメージや窒息ダメージで漏れなくデスペナルティへの片道切符である。
中には、あえて高高度に出現して紐無しバンジーする猛者も居たが、ごく一部であった。グラフィックがリアルなAAOでそんな事をすれば、夢に見る程怖い思いをする。
クリスはアダムヘルの出発前にアダムヘルのメモはしていたので、首都に着いて落ち着いたらここにもメモを取り、実験がてら飛んでみようと思っていた。
「それはつまり、クリスも【転移陣】が使えて、しかも冒険者ギルドのモノより大規模なモノということだね」
「【有効範囲操作】が乗るからな。本来は直径5メートルが精々なんだが、その100倍は可能だ。MP的にはしんどいがな」
【転移陣】の本来の大きさが半径5メートルで、冒険者ギルドのモノも同じだ。それを広範囲化で、直径500メートルの円形で転移陣を展開出来るというのだ。
円の面積は半径の二乗で変化するので、半径が百倍になれば面積は一万倍となる。
冒険者ギルドの直径5メートルの転移陣で詰め込めば30人転移させることが出来るのだから、単純計算で直径500メートルの転移陣ならば30万人を一気に転移させることが出来だろう。
各国の首都にメモが無いため行きは冒険者ギルドの首都間転移サービスを使う事になるが、クリスさえいれば一国につき、一度の転移で軍の移動が可能になった。
「うへぇ……それって一般人が使えるようになったら、都市のセキュリティ考え直さないといけないじゃん。要人の警備とか」
「転移不可フィールドってのもあったし、技術的には可能になるんじゃないか? つかそんな事より今は軍を転移した後の事だ」
「そうだな。今はクリスタール殿以外に使えぬ魔法の事を話しても仕方あるまい。クリスタール殿がその気になれば王城に転移して余を害すより、首都ごと消し飛ばすほうがよほど早い。
で、先ほども話した通りこの世界の軍では最高戦力を集めて当たったとしても勝利はおぼつかぬのだが、どういった魔法を教えてくれるのだ?」
希望が見えて、だんだんと楽しくなってきたらしいアルバートが、前のめり気味に問うてくる。
この王はもともと新しいモノ好きで、面白そうなモノも大好きなのだ。そうでなければここまで足を運んでいない。
「そこに居る、アルトとフランシスカなんだがな」
アルバートの問いを受け、クリスは二人に視線を向けた。
この流れで自分たちに話題が来ると思っていなかった二人は大いに慌て、ミルのようにフランシスカが思わずアルトの後ろに隠れた。
それに何となくほっこりしたクリスは、気を取り直して言葉を続ける。
「そこの二人な、ここ5日ほど毎日一時間、俺たちが鍛えたんだ。そうだな二人とも」
「は、はい」
(コクコク)
全員の視線が集中し、それでも何とか言葉を発するアルトと、緊張に言葉を発することもできず必死に頷くフランシスカ。
「アルトは出会った時すでにレベル200台半ばと結構強かったが、フランシスカはレベル60程度だった」
「あ、あの。クリス殿は見ただけで相手のレベルが分かるのですかな? 普通は冒険者ギルドか、教会にある魔法具を使わねば分らぬのですが」
「ああ、分かる」
ウェールズの問いに当たり前のように答えるクリスに、しかし流石に周囲ももう驚かなくなってきた。
“天人だから何をしてもおかしくない”という伝説に、ものすごい勢いで新たなページが加わっていく。
「話を戻すが、どうやら俺たちが修行をつけると、超高効率で経験値が入るみたいでな、二人のレベルも相当に上がった」
クリスの言葉を聞き逃すまいと一同が集中し、アルトとフランシスカも自分たちの事となればより一層と傾注した。
ごくりっと、誰かが唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
誰しも、自分がこれ以上驚かないように気合を入れて耳を聳たせる。
……しかし、結局その気合は無駄な努力となった。
「今のアルトのレベルが471、フランシスカが444。俺とミルを除けば、その二人が既にこの部屋の中で一番強い。アリアを含めてな」
全員に衝撃が走った。
特に言われた張本人であるアルトとフランシスカは、驚愕を通り越し困惑気味だ。
ミルとクリスという超常の存在を相手にしていて、しかも二人とも徐々に手加減を少なくしていたので、余計に差が縮まった気がせず、下手をすれば差が開いているような気さえしていたので、その分困惑もひとしおであった。
「事実だ。後でそのレベルを計る魔法具とやらで確認して構わん。
アルト、フランシスカ、自信を持て。最終日、二人はある程度ミルと打ち合えていただろう。それが何よりの証拠だ。本気では無かったとはいえ、手加減を止めたミルと打ち合える、それだけでこの世界ではトップクラスなんだよ、俺とミルはそういう次元にいる」
驚愕が抜けきらぬこの場に、更に追撃を掛ける様に、クリスが結論を叩きつけた。
「でだ、それを踏まえて、全軍をこの地に呼び寄せたのち俺とミルとで訓練を行う。つまり、そう」
――― 世 界 の パ ワ ー レ ベ リ ン グ だ !




