崖っぷち世界
「……ハハッ、流石は後輩の天人。どうやら君たちは、私が知っているよりずっと後のAAOから来たようだ」
クリスの発言に、たっぷり十秒は固まったアリアが苦笑気味にそう言う。
「そういう事だ。理解が早くて助かるな」
百戦錬磨たる英雄の、ぽかんと口を開けた間抜けな顔を見られたクリスは、先ほど手玉に取られた留飲を下げ、ニヤリと笑う。
何やらお互い納得した風の新旧天人に周りは付いていけず、アルバートが代表して声を掛けた。
「8割というのは、どういう意味なのであろうか」
「そのまんまの意味だ。レベル400台程度、俺とミルなら何も問題ない。ただ、交戦範囲が広いから打ち漏らしを考えて8割と言った。すべてのモンスターを一か所に集められるのならば、俺とミル二人でその悉くを殺しつくせるだろう」
「冗談……ではないのだろうな。少なくとも貴殿はそう信じているようだが、初代はどう考える?」
「事実、そうなのだろうさ」
「……とても信じられぬ」
言葉そのまま、半信半疑ところか一信九疑といった表情をするアルバートに、アリアもそりゃそうだろうねと苦笑した。
自分がこちらに転移した時も、きっとこちらの住人達は同じことを感じたのだろう。それを今度は自分が感じる事になるとは、人生何が起こるか分からないものだ。
「ねぇクリス君。キミ達ってどのアップデートの時にこちらに飛ばされたの?」
「今回の【神々の箱庭】アップデートの、次の【裏世界】アップデート以降は、今までの一年区切りの大型アップデートと違い半年で実装されている。正規稼働して5年も経てば、ユーザーも離れるからそれの対策だろうな。
俺たちがこっちに来たのは、その更に次の【異界への道】アップデートの後、【神々へ至る道標】アップデートの直前だ」
「私が知っている限り、上限レベルは大型アップデートで100ずつ解放されてたけど、君たちの時代も同じと思っていいのかな?」
「そうだ。正確には、アップデート毎に設定された上限レベル以降は、レベルアップの必要経験値と敵を倒すことにより得られる取得経験値の関係で上がりにくくなるだけだけどな。狩りを続ければ少しずつレベルは上がる」
「なるほどなるほど、つまり前回の【魔王降臨】で上限レベル400、今回の【神々の箱庭】で上限レベル500、次の【裏世界】で上限レベル600って事だ―――ズバリ、君たちのレベルはいくつなの?」
「俺が、レベル757」
「私が、レベル761、です」
沈黙が、その場を支配した。
その場に居る者のほとんどが、そのレベルの意味を理解できず、困惑に近くの者と顔を見合わせる。
凄いのは分かる。自分達のレベルの倍以上なのだ、少なくとも倍は強いのだろう。
だが、高々倍のレベルで、モンスターの大群の8割を殲滅できるのか? と。
自分に置き換えてみても、自分のレベル半分のモンスター数万など対処出来ない。
「あの、クリスタール様、そのレベルは―――」
「アーッハッハッハッハ!」
すごいのですか? というウェールズの発言を遮り、アリアの哄笑が部屋に響き渡った。
皆がギョッとして見つめる中、アリアの笑いは収まらず、目に涙を溜め腹を抱えて笑い続ける。
これまでの威厳を捨て去る様に、切れ者の印象をぶち壊して、力が入らない筈なのに膝をバシバシ叩いて笑い転げる姿は周りが心配に思うほどだ。
「ハハハ、ヒー、ヒー、お腹痛い! やばい、廃人だ。スーパー廃人がいる! 空前絶後のド廃人だ!」
一分ほどゲラゲラと笑い転げ、更に一分ほどヒューヒューと荒い呼吸をしながらたまに思い出し笑いをしては咽、アリストに背中をさすられて呼吸が整うのに更に一分は掛かった。
「お前さ、人のレベル聞いて爆笑ってなんなの? 失礼と思わない?」
「いやだって、【異界への道】アップデートだっけ? それって上限レベル700のアップデートなんだよね? それを何、レベル750オーバー? 上限レベル超えたら全っ然レベル上がらなくなるのに? 次のアップデートまで半年しか時間がないのに!? 予想だけど、3キャラレベル700に出来るくらい必要経験値いるよね! バッカじゃないのどんだけ狩りしまくったの! どんだけ暇だったの! いくら何でも廃人すぎるって! プークスクス!」
また笑いを再発させるアリアに、ウェールズが恐る恐るといった風に尋ねた。
「あの、アリア様。我々にはそのレベルがどの程度なのか、今一つ実感が湧かぬのですが……」
「あー、ごめんごめんそうだよね。あんまりにもインフレしすぎて実感できないよね。
そうだなぁ、君たち【アリアの旗幟】って知ってる? 【トレア村撤退戦】とかでもいいけど」
アリアの問いに、当然のようにアルバートが頷いた。
「勿論知っているぞ。初代の名が歴史に刻まれた最初の戦いであるな。
サンクロイア王国とディファルド連邦との戦争、【タラップ戦役】の初期、初代が滞在していたサンクロイア王国の辺境の村トレアが、ディファルド連邦軍の進軍経路上にあり戦火に巻き込まれた。万を超える獣人の軍相手に、住人が逃げ延びる時間を稼ぐべく初代が単身、万の軍の前に立ちはだった。という話だろう」
「子供向けの童話の類ですが有名な話です。アリア教徒であれば知っていて当然でしょう。現在のアルレッシオ聖王国の国章の基となったエンブレムの入った旗幟を平原に撃ち立て、そこより一歩も下がる事無く、時間を稼ぐどころか単身で軍を撤退させた。という逸話ですな」
アルバートの話をウェールズが捕捉し、アルバートも懐かし気に顎を撫でながら目を細めた。
「余も子供の頃は寝物語によく聞かされたものよ。その強さに憧れ強くなろうとし、強くなればなるほど一人で万軍を相手にするなど不可能であると分かったがな」
「まぁ子孫である儂が言うのもなんじゃが、伝説というのは脚色されるものだからのう。むしろ儂は、せっかくご本人がおるのじゃから当時の本当の状況を聞いてみたいですわい。
後世に色々と学説が出ておりましてな、その中でも最も有力なのが、既にそのころにはアリア様を慕う者が数多く集まっており、共に戦った。そしてアリア様の威光を強調せしめ同志をより多く集めるために、周りの者がその功績をアリア様お一人に集約させた。というものです」
グレアの説明に、アリアは苦笑して首を振った。
「残念。違うんだなー」
「ふむ、では話術で交渉したか、敵将と一騎打ちで打ち倒したかですかな。こちらも有力な学説です。本日直接お会いした印象で言わせて貰えば、交渉というのが正しそうですが」
「いやいやグレア大司教、そんな俗世の学説に惑わされるものではありません。公式の書に残っている逸話ではありませんが、アリア様が成された伝説なのです。“そう”であったのでしょう」
切れ者っぷりを見せるアリアに、グレアは己の予想も含め思案気に髭を撫でながら尋ねるのを、ウェールズが諫めた。だが、その顔に苦笑が浮かんでいることから、信仰深い彼ですらすべて信じているわけではないのだろう。鰯の頭も信仰から、というやつである。
しかし、グレアの問いにアリアは再び首を横に振る。
うーむ、ではどうやって……と首を捻るグレアと苦笑するウェールズに、アリアは答えを教えてあげる事にした。
「その話ね、全部ホントだよ」
数秒フリーズした二人の顎が、カクンと落ちる。
「というか、何で私がこの流れでその話をしたと思ってるの。
私が万軍をボッコボコにして撤退させたのは事実だよ。そして、その時の私のレベルが390くらい、獣人の一番強いのでレベル160くらいだった。
勿論私にもいろいろと隠し玉はあったし、地形的な条件とかも少なくはないけど、私は半日以上戦い数千の敵兵を降した。
そして、ここが重要なところなのだが、私はその間、ほとんどダメージらしいダメージを貰わなかったんだ。
当時の私ですらそうだ。ましてやAAOのシステムでは、レベルが100上がるごとに使用できる職業が増え、こちらの世界では職業の制限なくスキルを使用できる。その差は、単純なレベル差だけでは語れないほど、私達が元居た世界とこちらの世界の住人との大きな差となるだろう」
この世界の住人もスキルの使用制限は無いとはいえ、スキルの習得に必要なのはその職業の経験だ。
それはレベルアップで貰えるジョブポイントを振って習得するタイプのAAOのシステムより、熟練度を上げて習得するタイプのシステムに近い。
どちらがより上位のスキルを簡単に取れるかといえば、前者だろう。
「簡単に言えばアルバート、キミがレベル一桁の子供千人を相手にするのと、そこの二人がレベル400のモンスターを四万匹相手するのとでは、取得しているスキルによってはモンスターを相手にする方が楽という事も有り得るんだ。そうだろう、クリス?」
言葉も出ない一同から視線を外し、クリスに視線を向けるアリア。
クリスも少し考えた後、それに答えた。
「まだ実際に広範囲攻撃魔法を試してないから確実な事は言えないが、ここに来る道中に軽く範囲支援魔法で試してみた感じ、俺の持っている攻撃魔法なら半径1キロくらいの範囲はカバーできそうだな。レベル400相手じゃオーバーキルな上に地形が変るだろうが」
「わお、範囲とダメージのインフレ進んでるねぇ。そこまで行くと使い勝手悪そうだけど。クールタイム長かったりとかある?」
「フレンドリーファイヤと地形変化が無いゲームだからこそ出来る感じだな。実装当初こそ攻城戦で猛威を振るったが、終盤は敵も属性防御固めてるから効果は今一つだった。タゲ取りとザコ狩りには優秀なんだが、所詮そんな使い方になったな、広範囲大魔法なんて。クールタイムは長いヤツで1時間くらいだ」
「対人には魔法より物理ってのは昔からのAAOの仕様ですね。レベルを上げて物理で殴れば大概何とかなります」
クリスの説明をミルが補足する。脳筋的補足ではあるが。
「極論だが、こいつが言ってるのも間違いじゃないんだよなぁ。レベルが10違えば多少の職業的不利は覆るし」
「その結果が目の前の廃人二人って訳だ」
「……俺は付き合ってただけなんだがなぁ」
和気藹々とVRMMO話に花を咲かせる三人に、しかし周りは神か悪魔を見るような視線を向けた。
クリスはあまり自覚も無く言っているが、1時間に1回、半径1キロの範囲でレベル400のモンスターを軽く殲滅する魔法を撃てるというのだ。そんな代物に人が当たれば、掠っただけでも今の最高レベルの者ですら消し炭も残るまい。
単身で国を落とせる。いや、国を消滅させられる存在。
そんなモノが、神や悪魔で無くてなんであろうか。
……だが、この窮地おいて人知を超えたこの二人が味方であってくれた事こそ、僥倖であり希望であるのだと、この二人さえ居れば何とかなるのだと、この場に居る者は一先ず安堵に胸を撫でおろした。
これで、この世界の人が滅ぶことは無い、と。
一通り楽しくに昨今のAAO情勢を教えて貰っていたアリアは、はたとこちらの世界の人間を置き去りにしている事に気付いて、コホンと咳払いすると、話を戻した。
「じゃぁ、今回のアップデートは二人に出来るだけ頑張ってもらう方向で―――」
「あー……いや、それなんだがな、確かに俺達は出来るだけ手を貸す気なんだが、モンスターを直接叩くのはこっちの世界の人間にして貰いたいんだわ」
「あれ、そうなのクリス? 私てっきり私達二人で迎撃するものと思っていたんですが」
「そうだよクリス! 今の話の流れでそりゃないよ。何か敵を倒せない理由があるのかい?」
話を締めようとしたアリアの言葉を遮り言うクリスに、ミルとアリアは驚いた。
不審気に問うアリアに、クリスは眉間にしわを寄せて考えると、その理由を話す。
「この国があるヘルモア平原な、これから結構な頻度で大規模イベントあるんだわ。例えばダンジョンが発生してモンスターが溢れたり、ドラゴンの親玉が襲来したり、天使の大群が降りてきたり、さ。その度に俺たちが出張れるとも思えないし、ある程度こっちの人間にもレベル上げて貰って、そういう苦難を自力で何とか出来る様にしとかねぇと」
――― どのみち、いつか詰むぞ。




