二人だけの伝説
調理器具と食材の調達にフラン達を町に送り出したミルとクリスは、ミリアを連れて町から大分離れた草原に来ていた。使い切ったバーサークターキーの代わりを確保しようと思ったのだ。
だが、この辺りは見晴らしはいいのに、目に映る場所に獲物が居ない。
すでに探し始めて一時間ほど経ち、出発時間を考えるとそろそろ戻らないといけないのだが、収穫は未だゼロだった。
「ミリア、この辺りは普段からこんなにモンスターが少ないのか?」
「……町の周りは確かに少ないけど、このくらい離れたら普通は遭遇する。今日は運が悪い」
ミル達が狩りに行くというので、護衛兼監視として付いて来たミリアが首を振る。
勿論建前上はこの辺りには以前来たことがあるので、ミルの美味しいごはんにありつく為に狩りのお手伝い、と言う事にしている。むしろ九割八分くらい建前が本音だったりするが。
ちなみにエリーナはミルのしごきで動けず、エマは買い出しである。エマに治療してもらえばいいと思うかもしれないが、筋肉痛は本来治療魔法で直さない方がレベルアップ効率がいいのだ。少量だが痛みが続いた分だけ経験値が入ることを、経験則で知っているこの世界の人々は治療しないことも多い。妹分にコテンパンにされているエリーナは殊更だろう。
「見通しはいいのに全然モンスターと遭遇しないし、どうしたもんか。ミルが自信満々に『肉は確保するから野菜のみでオッケー』とかフランに言うから、下手すると残り二日ベジタリアン生活だぞ」
クリスが愚痴を吐くが反応がない。不審に思ってミルを見ると、何やら上の空だ。
「おいミル、聞いてるのか?」
「……え? あ、うん。そうだねプロテインだね」
「話を聞いてなかったことを誤魔化す気が欠片も感じられねぇな。どうしたよ?」
「あー……えっと、なんでもない」
何やらそわそわとと落ち着かないミル。
便所か? とクリスは一瞬思ったが、思えば狩りに出る直前から何やら様子がおかしかった様に思える。
ミリアが狩りに付いて来ると言ったあたりから落ち着かなくなったが、二人の間に何かあったのだろうか。
「なぁミリア、お前ら何かあったのか? 何かちらちらとそっちの方を見てるみたいなんだが」
「? いや心当たり無いけど。ミルちゃんどうしたのかな。……私のスカートを見てる? 何か変?」
「いんや普通」
単刀直入に聞いてみるが、本当に心当たり無さそうにミルを心配するミリアに、クリスも疑問が募る。
確かにミリアのスカートを見ているように見えるが、その視線は下心というより何か心配そうな、不安そうな、心もとないような、何とも複雑な表情だ。
今日のミリアのスカートは、タイトな皮製のミニだが風でひらめく様なことも無く、特に不審な点は無いように思う。
「おいミル。千里眼で見ても反応は無いか?」
「……」
「おーい。ミルー?」
「……」
「返事しろー。そろそろどうするか決めないと時間がないぞー」
「……」
「どうする~」
「アイ〇ル~」
「聞こえてんじゃねぇか」
「……」
「ダメだこりゃ」
ネタにだけ条件反射で反応して、また上の空に戻るミルに見切りをつけると、クリスはミリアの方へ話を振る事にした。
「時間的にそろそろだし、あの丘の上にある木の所まで行ったら戻るとするか。このままいけば残念ながら残りの日にちはベジタブル生活だが、こいつならうまい事料理するだろ」
「……分かった。私はミルちゃんのご飯が食べられるなら何でもいい。野菜のみでも全然アリ」
「さよか」
完全に胃袋を掴まれているミリアに苦笑するクリス。だが、自分も人のことは言えない事に気付いていない。
しばらく歩き、クリス達三人は頂上に一本だけ木が生えている見晴らしのいい小高い丘に到着した。だが、やはり周りを見渡しても全く獲物は見当たらなかった。
「しゃーない帰るか」
「……待って、念のためこの木に登って遠くまで見てみる。本職の弓手程じゃないけど目はいいから」
そのミリアの言葉を聞いたミルの反応は劇的だった。
「!!! だ、だめだよミリアお姉ちゃん! クリスもいるのにそんなのダメ!」
急に慌てだしたミルに、クリスとミリアは目を丸くする。
「さっきからいったい何をそんなに心配してんだ。お前はいつも変だが今日は違うベクトルで変だぞ」
「……いやだって、ほら、ね?」
「ね? って言われても分かんねぇよ」
「むー! 何でさ! いつもは無駄に心読んでくるのに!」
「流石の俺もノーヒントじゃキツイ」
「いつもノーヒントで分かるのに、肝心な時につっかえ―――」
「……ねぇミルちゃん。どうしたの? 何か心配な事があるんだよね。お姉ちゃんに教えて?」
クリスとミルの言い合いが始まりそうな所で、絶妙なタイミングで割って入るミリア。
血はつながっていないが、年下の姉妹と呼べる相手が多い彼女だけにそういった空気をよく読める。
ミルとクリスの言い合いが低レベル極まるという事でもあるのだが。
腰をかがめて、普段の無表情ではなく、相手を安心させるように優し気な微笑を浮かべるミリア。あふれ出す姉力がミルを包み込む。
「あうあう」
一方のミル、そんなミリアをまともに見れない。
だって、彼女はこんな清楚系エルフなのに下は―――。
いやいや種族的なことだし、別にアレが無くてもイコールエロフというのとは違うと分ってはいるけど、でもやっぱりこの清楚系お姉ちゃんエルフが狩の時はノーアレなのはやっぱり確定的にアレなわけでアレアレアレレ。
自分の妄想でいっぱいいっぱいになったミルは、結局クリスの後ろに逃げ込んだ。
そしてクリスの上着の端をグイグイ引っ張り、木の後ろに連れていく。一人でエルフの秘密を抱え込むのに限界を感じたのだ。
二人は木の裏でこそこそと話す。
『あのね、たっつん。流石に本人の前で言うのは種族差別になりかねないからこっそり言うけど』
『種族差別? 何やら穏やかじゃないな』
『うん。だからこれから話すことは他言無用だよ』
『ふむ……分かった』
『あのね、この世界のエルフってね』
――― 狩りの時、パ ン ツ 履 か な い ら し い よ !
「ファッ!?」
思わず木の裏から顔を出しミリアを見るクリス。
幸いなことに(?)ミルに避けられた形のミリアは四つん這いになって項垂れるくらいにショックを受けて、クリスの視線に気づいていない。
『コラッ! そんな目で見ないの! きっとエルフ的な風習とかしきたりとかあるんだから』
『マジで? 都市伝説とかじゃなくて?』
『確かな情報だよ。僕見たもん』
『見たのか!?』
完璧に主観と勘違いだった。
だがそんな事を知らないクリスは、いつもの幼馴染力で無駄にミルが嘘を吐いていないことを感じ取ってしまい、誤解が広がる。
クリスは不意に思い出す。初日の装備脱着実験の事を。
装備はクイックアクションで瞬時に脱着可能だ。だが下着は手で脱がなければ脱着不能だった。
そして、現在ミル愛用のローライズ紐パンの提供者はミリア。
クリスの中で、点と点が繋がり線となって、誤解が確信に変わる。
あれは装備を付けたまま脱着しやすいからか!
『僕が思うに、おそらく身一つで狩猟をしていた先祖を敬い、装備が整うにつれ大自然を肌で感じる事がなくなった分、せめていちばん大事な部分では大自然を感じようという、エルフ的な自然への信仰と畏敬の現れなんだよ』
『意味がわからん。だが宗教なんて大抵、外から見れば意味不明なもんか……なるほど』
すまんミリア。今までエロフ扱いしてたけど、種族的な事だったんだな、と心の中で詫びるクリス。
ミルのせいでそれっぽい理由が付け加えられ、こうして二人だけの都市伝説に新たな一ページが加わった。
クリスの説得(?)に成功したミルは、連れ立ってミリアのもとに戻った。
ミリアもその頃には、なんとか立ち上がれるほどには回復した、ように見えた。
「ミミミミルちゃん。おおお姉ちゃん、な、なにかミルちゃんが怒るような事したかな!? 何か悪いところがあったら直すから、お願い嫌いにならないでっ!」
全然回復してなかった。
普段のキャラが完全崩壊し、依存先の彼氏に振られそうな女のようにミルにすがりつくミリア。
その豹変っぷりにドン引くクリスをよそに、優しい微笑みで腰に抱きついてきたミリアを受け止め、頭を撫でるミル。
「大丈夫。大丈夫ですよミリアお姉ちゃん。ミリアお姉ちゃんは何も悪くないの、文化の違いなんだから」
「ほんとう? 本当に怒ってないの? 私のこと見捨てたりしない?」
「怒ってませんし、見捨てたりもしませんよ。これは文化の違いによる誤解と行き違いだったんです。ですから、もっと貴女のことを教えてくださいね。お風呂とかで」
「うん。教える、なんでも教えるよぉ。だから嫌いにならないでぇ」
「……何だこれ」
天使の微笑みでセクハラをするミルと、感動に瞳に涙を浮かべるミリア。
そしてクーデレかと思っていたら、依存系ヤンデレっぽいミリアにドン引きするクリスだった。
「……見苦しいところを見せた」
なんとか調子を取り戻したミリアが、無表情に戻って言う。
「耳まで赤いぞ」
「……い、言わないで。我ながらちょっと取り乱しすぎた」
「私が可愛過ぎるせいで、ごめんね。ミリアお姉ちゃん」
「百理ある。ミルちゃんの魔性の魅力にやられた。私は悪くない」
「ねぇよ!」
未だに耳が赤いが、冗談を言うくらいには回復したようだ。さっきのアレが本性だとは思いたくないクリスは、それだけ言ってそっと流すことにした。……冗談だよな?
「で、話を戻すが、肉の確保は―――」
クリスが改めて狩りについて話そうとしたとき、それは再び起こった。
――― ゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「……二回目、だね」
「……そうだな」
アップデートへのカウントダウン。転移二日目の一回目から数えて、二回目の地震が発生したのだ。
「一回目から結構時間が開きましたけど、順調に進んでいるってことですかね」
「残念ながら、な。だが今はそれより」
「うん。いるね」
「二人共なんの話を―――っ!?」
二人の会話を理解できず、困惑するミリアだったが二人に遅れること数秒後、迫りくるソレに気づいた。
揺れが収まった直後、地震の揺れを引き継ぐように微かな揺れが発生し、その揺れがこちらに向かってくるように段々と大きくなってきていることに。
「下るぞ!」
「ん!」
「きゃ!」
飛び退くクリスとミル、そしてミルに突然お姫様抱っこされて小さな悲鳴をあげるミリア。
身長はミリアの方がずいぶん高いが、クリスを片手で持てる力強さを誇るミルには造作もない。
ついでにドサクサに紛れて胸を揉んでおくことも忘れない。
微かな揺れを最終的に激震に変え、丘の頂上の木を根本からなぎ倒してソレは地中から現れた。
「「土竜熊!!!」」
「マガルクィラッッッ!!!」
「「 うん? 」」
ソレは装甲のような硬質な外皮を体の所々に備え、巨大な両手に鋭利な爪を振りかざす、体高3メートル近い赤黒い熊だった。
ミル達がその名前を知っていたことから分かるように、この立った状態だと2階建ての建物に迫る巨体を誇るこの熊型のモンスターは、ゲーム時代にも存在していた。
ここヘルモア平原は、広大な分様々なレベル帯のモンスターが配置されており、初期は実装済みのマップで一番の辺境であったことから、後半のレベル上げ用に当時の高レベルモンスターが配置されていた。
そして【魔王降臨】アップデート以降は、人間の国、獣人の国、魔族の国の三カ国による戦争イベントのメイン会場として、全体的なモンスターレベルの強化も行われた。
その際にフィールドボスとして実装されたのがこの【土竜熊】。
このヘルモア平原で敵国同士のプレイヤーが遭遇することで起きる戦争イベントの対人戦の際に、運悪くこいつの真上で戦闘を始めると戦闘中に乱入し、疲弊したプレイヤーを敵味方関係なく蹂躙して去っていく厄介極まりないフィールドボスだった。
レベルは360ながら、AAOのボスにはレイドクラスというパラメータが存在しており、この土竜熊のレイドクラスは2。
つまり平均レベル360のプレイヤーの2パーティ分と同程度の戦闘力、という事。
1パーティの最大収容人数が12人なので、プレイヤー24人で当ることが推奨されるモンスターであった。
まぁそう聞くと強そうだが、実際はまともに当たれば適正レベル12人の1パーティでも圧倒できる程度なので、このレイドクラスというのはあくまで目安でしかない。だが、休眠状態だと盗賊系の索敵スキルをすり抜ける隠密性と、地中にいるにもかかわらず戦闘音などの刺激で覚醒して遠距離からでも高速で近づき、前衛の真下から攻撃してくる奇襲性が合わさり、対人戦中でそちらに意識が行っているの前衛プレイヤーの数多くが餌食となった。
そして、前衛がいなくなったパーティなど脆いものでそのまま両陣営ごと全滅、などということも珍しくなかったのである。
――― グルガアアアアアアアアアアアァ!!!
大気を震わせる咆哮。絶大な威圧をもって発せられたそれに、ミリアの足がすくみ上がる。
ミリアもこのモンスターの事を知っていた。いや、実際に見たことはない、遭遇すること自体が稀で遭遇すればほぼ助からないと言われるほどのモンスター。危険度特S級の伝説。
初代聖王アリア様の物語にも出てくる平原の王者、地中より来たる死神、アリア様のパーティでも苦戦を強いられた相手!
「退こう! マガルクィラ相手に三人では自殺行為、Sランクが3パーティ以上で当たるべき相手で―――!」
「マガルクィラ? 土竜熊って名前持ちだっけ?」
「うーむ? フィールドボスでユニークモンスターだけど名前持ちじゃなかったと思うが。ちょっと鑑定……名前は普通に土竜熊だな。おぉレベル372だってよ、何かちょっと強くなってるぞ」
「そういえば昨日アリストさんから野菜を貰ったときに、野菜の名前がどう見てもニンジンなのにウィリットだったり、まごうことなき玉ねぎなのにオルリンだったりしたんですよね。でも私が認識したら他の人もニンジンって言い出すし、こちらもニンジンで通じるしで、聞き間違いかと思ってたんですけど」
「認識したら翻訳されるようになるってことか? 翻訳機能さん超優秀だな」
呑気に名前について考察するミルとクリスに焦るミリア。いくらこの二人でも、相手も伝説に名を残すモンスターだ。たった二人で相手は厳しいだろう。
「二人共何を呑気に話をしてるの! コイツはアリア様達伝説のパーティでも苦戦した強力無比なモンスター。早く逃げないと―――」
――― ゴアアアァァァァアアァァァァ!!
焦るミリアをよそに、二人の余裕の態度を挑発と受け取ったのか土竜熊は咆哮を上げると凄まじい勢いで突進を開始し。
「「五月蠅い」」
【気配遮断】を解いた二人の【威圧】に急停止した。
「グルァア!? グルルルッ、ガァ……」
完全にに腰が引き気味の土竜熊。
同じく腰が引き気味になりながらも、そんな土竜熊の様子に目を見開くミリア。
「ねぇねぇミリアお姉ちゃん。あのモンスターの名前もう一回言ってみて」
「え? ええ? えっと、土竜熊デス」
「えっと、マガルクィラ?」
「??? ソウデス。土竜熊デス」
二人を警戒して様子を見るためか周りをぐるぐる回り始めたのをいいことに、考察を再開させる二人。何故か片言になるミリア。
「なるほど、翻訳されてるっぽいな」
「ですね」
「アノ……アレ、ドウシマショウ?」
完全にビビってる感ありありな伝説のモンスターを指差し、ぷるぷる震えながらミリアが言う。この震えは土竜熊に対してでなく、二人に対してだ。
なにげに一番近くに居たので、先程の二人の威圧に超当てられていた。
危なかった。林業の時のミルちゃんを見ていなかったら確実に漏らしてた! よく耐えた私の膀胱。二人の前でパンツを濡らして、またノーパンになるような事にならなくて本当に良かった!
と、本人は心から安堵していたが、残念ながらすでに二人からはノーパン扱いされていることをミリアは知らない。
そして先程まで土竜熊に感じていた緊張が嘘のように吹き飛んでいることに今更ながら気付いた。
というか、土竜熊の威圧感など、林業のときに感じたミルのこの世の終わりのような威圧感に比べれば、そよ風と台風だ。
そしてこの二人の、この落ち着き様。ぐるぐると周りを回り続ける土竜熊。
ミリアは経験から知っていた。
獣同士が対峙した時に、周りを回り始めるのは必ず格下の方である事を。
「んで土竜熊さん逃げないみたいですが、私がやってもいいですか?」
「いや、逃げないのなら俺がやる。少しは動かしとかないと体が鈍るし、昔コイツのカチ上げをもろに食らって、初めて鍛冶で作れたレア武器をロストしたことがあるからな」
「あーレア装備の恨みは恐ろしいですね。まぁでも、あまり無理をして怪我とかしないで下さいね」
「誰に言ってるんだ誰に。今晩の熊肉料理楽しみにしてるぞ」
「任せて下さい」
気負うことなく前に出るクリスを笑顔で送り出すミルに、ミリアは思った。
あぁ何も心配ないんだな、と。




